E2.「黒雨の虚実的商人」Remember

「情報は、全てを壊しうる力となり、全てを操る術となる。」


誰が私を責めれようか、誰が私を殺せようか。何者であったとしても、この虚空を切り裂く事は出来ない。ただ、昔の事を思い出していると、自分の事が惨めで矮小な存在にも思えてくる。


中学の頃は、正直満ち足りた生活を送れていたと思う。剣道部に入り、1年にして県大会4位、全国ベスト128の快挙を遂げ、地元の新聞に名前が載る程にもなった。しかし残念ながら、いやだからこそ、それをよく思わなかった上級生共は陰湿ないじめを敢行する。顧問はそいつらの味方をし、その過程で生じた証拠や情報の隠蔽を図りやがった。

高校に上がってからはフェンシング部に入る事にした。運のいい事に、此方ではこちらも県大会準優勝し、全国大会でもベスト16にまで駒を進めるに至った。だが人間というのは、嫉妬と欲望に駆られてしまえばどんな事でもやってしまうのが悲しい物だ。同じ様にいじめを受けた物だ。昔とは違い、上級生だけでなく親、顧問らが手を組み私は退部することとなってしまう。

私は言わゆるヤンキーとなったのだが、そこである友人と出会う。そいつの名前は、


    『リッカー・クロムウェルズ』


彼は中学生時代、私と同じ様にいじめを受けていたそうだ。盗難や物品の破壊は日常的に繰り返され、住所も特定されたことで自宅へも嫌がらせの被害は広がり、最終的に退学案件の被疑者として身代わりにされ、多額の金を払うことになったと言う。

高校に上がってからは工作部に入ったが、かつての経験がトラウマとなり自己主張が出来なくなっていたが、私と接触した事で幾分か改善が見られている。

そうして卒業する頃、私達は政府の者に拘束され、連行されてしまった。何が何だと一瞬思ったが、何処かで聞いた事がある。この世界には、危険な存在を拘束し、囚われの身とする事で世を平和にする何かがあると。そんなものは御伽話だと思っていたが、そう言うわけでもない様だ。それは奴等が話す事を聞けば明らかだった。


この世界には、「ディア」と呼ばれる物質が存在する。かつて起きた第三次世界大戦の兵器類に使用され、終戦後世界中に拡散。それを接種した者の大多数は死に至ったが、ごく一部の選ばれた存在は、常識外れの力を手にする。

当時の世界各国はその力を恐れ、人工の島を造りあげ、その中に力を持つ者…異能者を収容した。

その残香は、未だ大気中に残っており、経緯はどうあれ、世界の誰もが死の危険と隣り合っていると言っていい。


…所詮はそんな物なのだろう。私の人生と言う物は。何をどうしたとて、情報を無くして何も語れない。…いや、違う。情報が無くて支配されたと言うのなら、情報を支配してしまえばいいのではないか。

そしてそれを可能にする力を、ディアは与えてくれる。



「情報は、世に出ず始めて価値を成す」



最初に殺したのは、いつだっただろうか。あの辺りから、人を傷つける事に躊躇が無くなっていた気がする。日常の様に人を殺していっていたが、その日常はたった一人に阻まれた。

ある日、私は道に佇む男に切りかかった。旧い装いをした、侍らしき男に切り掛かったが、次に目を覚ました時、地に伏していたのは私であった。男の手には刀が握られていた。だが抜刀の瞬間は見えなかった。一瞬で抜いて、打ち返したとでも言うのか。

だが、この程度で諦めていては昔と同じだ。私は必ず成し遂げなければならない。必ずや………


「いつまでも昔引きずってても面白く無いぞ?」


そう声をかけてきたのは、白髪で私と同年代くらいの男。手には背の丈以上の大鎌が握られており、油断も隙も無い。そしてその男は、私がよく知る男でもあった。リッカー•クロムウェルズ。

こいつも人工島に来ていたと言うのか。


「随分と黒い格好してるな、陽明。」


「…私の名前はヴォイドだ。虚空以外の何者でも無い。お前は誰だ?」


「どうせ言わなくてもわかるだろ?それで、私を切るつもりとでも言うのか?」


「…何が言いたい?」


「… 陽明、こんな事をしても意味は無い。辞めるんだ。」


「…折角得たこの力、この場に縛られていては勿体ないだろう。」


「情報を集めてる割に知らないんだな、この力…異能の潜在的な危険性を。」


「…よくもまぁペラペラと、喋ってくれる。」


「……そうだな、なら、ここらしく決着を付けようか、陽明。」


彼は手元の鎌で構えを取る。そしてそれは、戦いでしか解決しない事を意味する。私は手元の刀をリッカーに向ける。


『戦わずに死ぬか、戦って死ぬか、二つに一つ』


私は突撃を敢行する。大鎌であれば、懐が弱点。その隙を突けば一瞬で終わる。その筈だった。彼が大鎌を振るうのを右に飛び回避した。が、直後私は何処かから衝撃に襲われる。それは鉄屑の様な何かであった。だが、それは一目見れば明らかであった。リッカーだ。リッカーがこれを操っている。だがこのレベルの威力では、私は倒れない。瞬間懐に詰め、一太刀入れようとする。だがそれは、隠し持たれたマチェットによって阻まれる。右手で鎌を、左手でマチェットを、私は両腕で刀に力を込めているが、左手の力には全くもって勝てそうも無い。

後ろ飛びで距離を取り、私は刀を構えた。リッカー側も、懐に潜り込まれたと言う事で少なからず体制は崩れている。その隙に攻撃を加えれば、殺せる。体内に滞留する水分、それを媒介として放つ一撃。私がそれを放った瞬間、形容し難い違和感に襲われる。それは、死に対する恐怖。リッカーと言う、旧友を、心の拠り所を失う恐怖。

その一瞬の迷いで、反撃の一打は空を切る。そしてリッカーは既に攻撃の構えを取っていた。彼が手に持つ鎌を地面に打ち付けると、辺りの瓦礫やガラクタ類が浮遊しだす。私を撃ち抜かんばかりに、それらは冷たく、無機質に刃を向ける。


     「機巧射出」(フルバースト)


そう宣言した瞬間に、私めがけてそれらは射出される。迷いによって生じた隙に、私が反応できる訳がない。成す術も無く、私は意識を失った。


「…起きたか?」


目が覚めると、隣にはリッカーが立っていた。ここは、何処かの店のようだ。


「ここは私の店だ。ガラクタ何かを集めて売ってるってだけの、小さな物だがな。」


「…そうな、なのか?」


「ああ、ここに来て、新しい生き方を見つけられたんだ。」


「…新しい、生き方。私は既に多くの者を手にかけた。今更…」


「まぁ、いいんじゃないか?好きにすれば良い、自分が満足する様に生きろよ」


そう言う彼の姿は、何処となく、昔を想起させる。だが昔とは全くの別物でもあった。


「…やり直してみようと思う。」


「ま、頑張れよ。」


店を出る直前、私はリッカーにこう言ってやった。皮肉とも、賞賛とも。



「…お前、まるでガラクタの死神の様だな。」



最近、自殺をしようとしている少女を引き留めた事がある。それが若干気になっている。何となく昔の自身に重なったからと言っても、厄介者の様に思われていないかが心配である。


…そして、当の本人は知らないが、彼はその助けられた子から好意を持たれていると言うのを。しかしながらそれには気づかず、ギリギリ結びつかない恋物語が紡がれていると言う事を。

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