(四)
「私が何か描く度に、これはあの時のことを参考にしたんだろうとか、このモデルは誰々さん家のあの子だろうとか、そういうことにしか興味がないのよ。もう、ありもしない噂を立てられるのにも、それを否定するのにもうんざり」
「無から有を生み出せない人間の僻みだよ。こんなド田舎に住んでるからいけないんだ。外に行かなくちゃ」
「そんな……」
「一緒に」
ある晩、私はせっせとプロットを書いていた。天才画家と、彼女の才能に惚れ込んだ青年の物語だ。都心に近い静かな一軒家でのシーンに差し掛かる。絵具が散らばった一室をイメージする。都会に出たはいいものの、彼女はすっかり絵が描けなくなっている。
「描けない!」
「描けるよ」
「じゃあ貴方は描けるの?」
「君の絵は君にしか描けないんだよ」
「私にしか描けない絵があったとしても、私より上手い絵を描く人がいるわ。我なんてあって当たり前よ。それは大前提」
口論の内容は後でもう少し練るとして、取り敢えず一番言わせたい台詞をルーズリーフに書き込む。
「どうしてこんな所まで連れ出したの?」
「でも、手を取ったのは、君だろう?」
いいから描きなさい、と筆を握らせ、青年は画商の仕事のために出かけて行く。
夜。バーにて青年がウイスキーを呑んでいる。隣に、青年の友人が座ってくる。
「どうだい、調子は」
「村一番の美人が、この世で一番の美人とは限らない」
「どういう意味だ?」
「今朝、彼女と喧嘩したんだ」
青年はこの友人を頼りに都会へと出てきていた。そのため、彼女のこともすでに話している。
「いやあ、肝が冷えたよ。だって彼女の言う通りなんだから。あんな山奥で絵を描いているのだなんて、彼女しかいなかった。だからこそより素敵に見えたんだ。でも、ここいらじゃあ、化物級のがごろごろしてる。正直、もう僕は彼女の絵を愛していない。今じゃほとんど描いていないけど、そっちの方が却って助かっているかもしれない」
責任を問う友人に対し、青年は答える。
「だから養ってる」
一区切りついたので、私は達成感に浸りつつコーヒーを飲んだ。思いついたところから先に書いたが、ゆくゆくは長編にするつもりだ。筆が止まらなかったことにほくそ笑みながら、プロットを読み返す。上がっていた口角がどんどん下がっていくのを自覚する。「このフレーズ使いたかっただけだろ」というように浮いていて、全体のストーリーに活きていない台詞が多い。長編にしたいと思っていたけれど、この話の前後が全く思いつかない。そもそもこのプロット自体が、「描きたいところだけ」だ。モチーフの羅列。軸の欠如。私は動けなくなる。
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