第二部 (一)

 あの人の顔は我慢ならない。太ってはいないのに、顔だけにやたらと肉がついていて、特に頬肉が盛り上がっている。そのせいでとてつもない奥目に見える。目といっても黒い線二本。粘土で作ったお団子に思いっ切り指をめりこませた時のことを連想させる。彼女の顔はそうやって作られたに違いない。おまけにくすんだ肌に分厚い唇、脂っぽい癖っ毛の黒髪。率直に言って気持ちが悪い。服のセンスもおかしく、白の長袖セーターに白の長ズボンで私を待っていた時は何の冗談かと目を疑った。洗濯物の周期が上手く行かなかったのかと思いきや、度々その格好で現れたので、どうやらそれは彼女の一張羅らしい。横顔の珍妙な輪郭も相俟って、待ち合わせ相手として彼女の側に近づくのをためらう。だがこういった変な部分も、「天才ゆえ」と片づけられてしまうのだろう。楽でいい。

「どう思う?」

 梨沙(りさ)が遠慮がちに訊ねてくる。私はノートを閉じ、「いいと思う」と微笑んでみせた。梨沙の顔が綻ぶ。ただでさえ多い頬肉が持ち上がったことにより、益々増えて見える。笑ったところでぶすはぶすだ。何というか、彼女の笑顔は粘性で、私は彼女の笑顔を見る度に得も言われぬ嫌悪感を催し、彼女が地元に帰って来る度にこうやって会うのを止めたいと思うのだ。もっとも、彼女と普通に遊ぶというのも苦痛だろう。そんなことではなく、もっと有益なことに時間を使いたい。そう、例えば漫画を描くとか。

 残念ながら梨沙は人並みの容姿にすら恵まれなかったが、世間というのはそこまで無慈悲ではないらしく、彼女は漫画を描く才能に溢れていた。逸材、鬼才、俊英……。どれほどの称賛が彼女を飾っただろう。テレビにも時折出ており、八の字眉でインタビューに答える彼女の姿を見たのも記憶に新しい。そして、本名は出さないまでも、梨沙は度々私のことを話題に挙げた。コミックスのあとがきに私が登場することも多い。よって、彼女のファンの間では私はやや有名なのである。そんな風に、天才の唯一の理解者であるかのように祀り上げられても困る。私は至って凡人だ。ピカソの絵が落書きに見えるくらいには。

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