(六)

 何度確認したか定かでないが、私は今後の段取りを頭の中で繰り返した。まさか初の海外が結婚という行事に伴うとは思ってもみなかった。

だがそれを言えば、『魔王』が解散して新バンドを組み直すのも予想がつかなかった。新田さんは再編成に当初不満気であった割には、新バンド『逢魔が時』にみるみるうちに魅了されていった。そして、あれだけ怒った手前なかなか認めたがらなかったものの、ついに観念して『魔王』を凌駕するほど『逢魔が時』に夢中であることを恐る恐る私に告げてきた。私は相変わらず『魔王』のみのファンであったが、『逢魔が時』やそのファンには何も思わなかったので、好きにすればいいという立ち位置でいた。ただ、『魔王』を除けば新田さんとの接点はないため、もう新田さんと関わることはないと思われた。だが新田さんは『魔王』から『逢魔が時』に流れたことに罪悪感を抱いているらしく――それが何に対するものなのかは不明瞭だが――、大層しょぼくれてしまい、ぐちぐちと何やら呟いていた。そして十何年経った今でも私の近くにいる。

肩を叩かれたので振り向くと、樋口が立っていた。白い衣装に身を包んだ私を眺め、樋口は煙草を咥えた。

「お前がなあ……」

新田さんと別れて以来、樋口は酒を止め、その穴を埋めるように煙草を吸い始めていた。当時、未練で嗜好が変わったのではあるまいかと確認を取ったところ、きっぱりと否定していたため、私は新田さんが交際を申し込んで来たことを報告した。樋口は本に目を落としながら、どうでもいいとまで言ってのけた。その時、私の脳裏には、樋口が捨て去った女がやって来るのを今か今かと待ち受ける男共の図が浮かんでいた。そう言えば、どうして新田さんとつき合い始めたのか、樋口に訊ねたことがなかった。樋口があまり飲み会に出席しなくなったのも一つの要因ではあるが、何となくタブーのようになっていて、私だけでなく、他の連中も知らないはずだ。

どうせ樋口くらいしか来ないであろうことを見越して私は喫煙所にいたのだが、意外と来るのが早かった。ヘビースモーカーは伊達ではないようだ。私は、緊張しているかどうかを樋口に訊ねた。樋口は軽く笑い、

「お前が俺に訊くのか」

と返した。それから暫しの間沈黙が流れた。樋口は煙草をくゆらせ、私はぼんやりとしていた。自室で開催していた樋口の独演会に似ていた。不意に樋口が口を開く。

「お前は誰でもいいんだろ」

 私が反射的に頷くと、樋口は唇の右端を吊り上げた。

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