(五)
レストランの前に着くと、新田さんがひらひらと入り口付近で手を振ってみせた。合流し、二人に何度目かの確認を取る。
「いいよいいよ。二人で予約しちゃったし。金払ってるからキャンセルも無理なんだよ」
「西津先輩さえよければ」
私が承諾すると、樋口はおざなりな挨拶をしてその場を去っていった。
「じゃあ行きましょうか」
重い扉を押し、レストランの中に入る。案内された奥の予約席に座り、私は真正面の新田さんが爪をいじるのをしみじみと見ていた。
「なんか新歓を思い出しますね」
新田さんはほのかに微笑んでみせた。
「私あの時話しかけてもらえて凄く嬉しかったんですよ。『魔王』にも興味持ってもらえて」
樋口のことには触れない。あの旅行以来、二人の交際は危うい均衡を保ちながら続いていた。どちらかが「別れよう」と言えば、未練もなくすぐに終わったであろうに、そうはならなかった。お互いに意地を張っているのだろう。今日も今日とて、樋口の卒業祝いをする予定だったらしいが、とても食事をするような和やかな雰囲気ではなくなったため、私が樋口の代わりに呼ばれたというわけだ。こうなることを見越して私の家の近所で予約したのではなかろうか。
食事中も新田さんの思い出話は続いた。私と新田さんとで赴いた場所もいくつか挙がった。それは、喧嘩して抜けた樋口の穴を埋めるよう、他でもない二人に頼まれたものばかりだったが、相変わらず樋口は出てこなかった。
メインディッシュにさしかかった頃、話題が『魔王』へと移行した。新田さんは、私が行けなかったライブについて詳らかにし、『魔王』が近々重大発表をするらしいということを述べた。新曲が増えてきているのでアルバム発売に伴った全国ツアーを行うのではないかといった憶測を交えながら、新曲の素晴らしさについて語って聞かせてきていたはずが、新田さんは不意に途中で口を噤んだ。沈黙に対する問いを投げかけさせたきりにしておいて、新田さんは
「私、西津先輩と付き合えばよかったかもしれない」
と神妙に告げた。俯いた私の顔を覗き込むようにし、新田さんは続ける。
「話も合うし」
私は新田さんの潤んだ瞳から目をそらし、皿の上の鳥だか魚だかをつついた。
私が新田さんと話すのは専ら『魔王』のことだった。それ以外のことも話すは話したが、いざやってみると途端にぎこちなく、会話は停滞した。特にめぼしい話題があるでもなし、至って平々凡々、中身はがらんどう。『魔王』のことを喋るにしても、新田さんのそれは知識の継ぎ接ぎだったため、便利ではあったが、わざわざ新田さんから聞かなくてはならないのかと言われるとそうでもなかった。この人から得られるものは何もない。だが私だって他の誰かにはそう思われているのだ。
窓際の席だったので、私は外の公共モニュメントに飾られたイルミネーションについて触れた。新田さんは鼻を鳴らし、
「そうですね、綺麗な税金ですね」
と言った。段々物言いが樋口に似てきたと思ったが、伝えるのは止めておいた。
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