第7話 もしも簡易照準システムが国の機関で開発されていたら……

「よく来てくれた真藤 仁。俺が寮監でお前らの担任となる御代莞爾(ミシロ カンジ)だ。」


 担任だと名乗った御代は、桜のナビによると34才独身で、短髪のゴリマッチョだ。

 俺たちに支給されたのとは違う、紫のスウェットを着ている。

 紫のイメージは、高貴・嫉妬・欲求不満などがあるが、後者にしか思えない。


「担任?」

「意外か?」

「はい。寮監と担任を兼務されるとは思いませんでしたので。」

「24時間、お前らの面倒を見ろってことさ。」

「それ、お互いに大変ですね。」

「そう思うよな。そこで、だ。」

「はい。」

「お前に、クラス委員を命じる。」

「命じる?」

「ああ。クラス委員の決定権は俺にある。魔法クラスSSのお前なら他も文句言わないだろう。」

「いや、そうじゃなくって、こういうのは普通、立候補とか推薦で決めますよね。」

「そんな普通は、ここ特中では通用しない。」

「なんですか、それ?」

「防衛庁特殊学校中等部、略して特中だ。」

「それで、俺のメリットは何ですか?」


「………………ない。」

「お断りします。」

「待てマテまて、……そうだな、俺からの印象点が上がる。」

「魅力あるメリットとは思えなせんね。」

「……週に1回は、エロサイトへのアクセスを見逃してやる。」

「興味ありません。」

「…………お前の秘密を黙っていてやる。」

「何が秘密なのか知りませんが、個人情報秘守義務違反で訴えますよ。」

「…………真藤 守のことを教えてやる。」

「!ご存じなんですか?」

「ああ、三つ先輩だからそれほど詳しい訳じゃないが、多少は接点があったからな。」

「……メリットという程でもないですが、クラス委員程度なら引き受けましょう。」


 俺は先生の差し出した手をとり握手した。

 そう、これが災難の始まりだった。



 翌朝、身支度を整えて登校する。

 登校といっても建物は隣なので、3分で着いてしまう。


「俺がⅠ年間お前らの担任となる御代だ。寮監でもある。何か分からないことがあったら、クラス委員の真藤に聞いてくれ。」


 50人を収容した教室がざわつく。

 クラス委員が決まっていた殊に対してなのか、担任と寮監が兼務だったことに対してなのか分からない。


「それから、副担任が3名。こいつらも寮の1階にいるから、24時間相談に乗ってくれるぞ。」


 30才くらいに見える短髪スポーツマンタイプの織田、茶髪ナンパ師タイプの真田、銀髪研究者タイプの吉岡がそれぞれ自己紹介をした。

 桜は、データベースから顔写真や経歴をダウンロードしてあり、視界に名前を表示してくれるからありがたい。

 俺は、顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。


「さてと、早速授業なのだが、せっかく今話題になっている簡易魔法発動理論の生みの親である真藤がいるんだ。着想のきっかけや完成までのプロセスを聞いてみたいと思う。お前らも興味あるだろ。」


 教室が一気にざわつく。

 「あれって、オブロンが開発したんだろ」とか、「サイクロプスの……」「あれが、最新式の義手型ナビ……」とか聞こえてきた。


 昨日聞いていたため準備はできている。俺は教室の前に出て自己紹介を始めた。


「東京都魔法学校から来ました、真藤 仁です。ジンと呼んでください。」


 義手には小型無線ユニットを接続してあり、学校のプレゼンテーションシステムにアクセスして画像が投影される。


「僕は、約2か月前に初級ダンジョンで崩落事故に巻き込まれ、サイクロプスと遭遇した事で右腕を失いました。この肘から先までは義手を装着しています。」


 スクリーンにはOBRA-0158の解説図面が映し出された。


「この義手は、MPUを内蔵したナビでもあり、視覚系に干渉して文字や補助的図形を表示することができます。これが、オブロン社が先日発表したナビと連動した視覚系照準システムになります。」


 スクリーンには改良前の3軸表示型の画像が映し出された。


「3軸がを実査に視界に映し出されると、手振れ補正を加えても非常に見にくく、これで魔法の発動ポイントを特定するには相当の慣れが必要だと感じました。」


 実際の3軸表示を動画で投影すると、ムリとか酔いそうと声があがります。


「こんな環境に置かれたら、誰だって軸を抜きにして直接照準を固定しちゃえばいいんじゃね?って、誰だって考えますよね。

こんなふうに、視覚的にターゲットを固定できるなら、マギとマーリン以来使われてきた軸という概念も必要ないんじゃないか。

僕は知り合いの技術者に相談して、モニター画面上で直接ターゲットを固定する照準方法と簡易魔法発動プロセスを組み合わせてもらいました。」


 現在の視覚系照準システムの動画を表示した。


「何もない空間に魔法を発動する場合には使えませんが、ターゲットを視認できる場合は、複雑な魔法式は必要なく、照準と発動の2アクションだけで魔法は発動できる。今回、僕の考えた理論の概要は以上のとおりです。」


 教室の全員が拍手をしてくれた。

 僕は礼を言って席に戻った。


「さて。理論的には目からウロコで、こうしたタブレットとナビとカメラを連動させれば、誰でも簡単に魔法発動のシステムが作れるようになってしまった。魔法の発動スピードも段違いだ。」


 教室内からは、同意の雰囲気が伝わってきた。


「オブロンが発表して1週間だが、学校でもこれを取り入れて、諸君に支給されたナビ・タブレットを使ってこの簡易照準システムを実現してある。それは次の授業で説明する。」


 またしても、感嘆の雰囲気が出ている。


「だが、真藤 仁は、ミスを犯したんじゃないだろうか。……というのが今回の授業のポイントだ。」


 俺のミスか……。

 考えていたことではある。


「もし、お前たちがこのシステムを発見していたら、どうしたらいいのだろうか?」

「思いついても、MPU上でシステムを組めないと検証すらできませんよね。」

「そうだな。気心の許せるエンジニアの確保というのは、とても重要なポイントになる。まあ、何か気づきがあったら、俺に相談してくれ。悪いようにはしない。」


 教室からクスクスと笑い声が起きる。


「では、エンジニアが確保できて、検証もできたとする。重要なのは次のアクションだ。」

「アクションと言われても、この学校にいる以上は、先生に報告しますよね。」

「そうとも限らないぞ。ネットがあるんだから、民間会社にアイデアを持ち込むことだってできる。現に真藤は義手の開発元であり、視覚系照準システムを作り上げたオブロン社に情報を持ち込んだ訳だからな。」

「先生、こういう知識や技術はお金になると聞いていますが、実際どうなんですか?」

「当然、内容にもよるが、数百万から億だな。今回のケースなら後者だろう。」


 再び教室がざわめいた。今日一番だ。


「もし、今回の内容を学校に報告していたら、どうなるんでしょうか?」

「ポイントはそこだな。もし俺が報告を受けていたら、校長に報告して実演。それが防衛省の幹部に報告されて実演。防衛大臣に報告されて実演。総理に報告されて実演。これまでで、最低20日ってところだな。」

「そんなにかかるんですか!」

「馬鹿を言え。問題はここからだ。閣僚会議で方向性を検討し、結論が出るまでに2週間。当然、防衛庁と魔法庁でスタンスが違うから、最短での話だ。」

「もう一か月超えるじゃないですか。」

「そこから議会にかけられ、下手をすれば法案化が必要となる。最短でも2院通過に2カ月だな。」

「その3カ月の間、システムはどうなるんですか?」

「当然、結論が出るまで凍結だよ。」


 室内から酷いと声があがった。



【あとがき】

 日本ではありません。ヤマトの話です。

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