第8話 留美の葬式
私は、遠くを見ていた。テレビの雑音だけが響き渡る居間で、こたつに入り、遠くを見ていた。チクタクチクタク!なぜか、時計の秒針の音が耳につく。
「留美と一緒、やったんやな。」
ぼそりと呟いた言葉に、カレーを作った留美との遠い記憶を思い出す。
「生蕗と作ったリゾットも、留美と作ったカレーも、同じや。」
留美との会話が続かず、間を持たすためにカレーを作ろうと留美に提案し、二人で台所に立った。みんなの会話に入れず、みんなの晩御飯を作る事で時間を埋めていた所に、生蕗が現れて、一緒に台所に立った。考えてみれば、留美以外の妹と、台所に立ってことがない。もちろん、姪っ子たちの中で、生蕗としか、台所に立ったことがない。これから先あるかもしれないが、現時点では、留美と、生蕗と、同じことをしていた。どうでもいい事である。ちょっとした事である。でも、この偶然に、私は、感動を覚えていた。
「ああ、なんか、うれしいな。それって、俺だけかなぁ。」
天井に向かって、無意識に言葉を口にしてしまう。返事なんか、返ってこないのに、私は、ジィーと待っていた。返ってくるはずの言葉を…
クチャぐちゃクチャ…煙草の箱を両手に絞り込む。吸おうと思い手を伸ばした煙草の箱が空になっていた。何も考えず、靴下をはき始める。
「買いに行くか。」
立ち上がり、そんな言葉を呟いた。多分、買い置きの煙草ある。妻の貴子が買い置きしているのを知っているし、置いてある所もわかっている。でも、煙草を買いに行こうとする私がいた。このまま、この居間でこたつに入っているのも、どうなのだろうと思ったのか、散歩がてら、十二月の冷たい空気に、この身を置くのもいいかもと思ったのだ。
玄関から、外の外気に触れた瞬間、身震いするほどの冷気が、身体を覆った。大阪の南に位置する土地。この時期に雪など降る事は、めったにないのだが、年末の大寒波にご注意よと、朝のニュースでやっていた事を思い出す。私は、思わず、天を仰ぎ見ていた。星が見えない、ぼんやりではあるが、厚い雲で覆われているように見える。深夜三時を回っている。空は、真っ暗で、雲など見えないのに、そう感じてしまう。
降ってくるやろか。思わず、そんな言葉が漏れてしまう程、冷たく寒い。そんな寒気の中、私は歩を進めた。背中を丸め、モッズコートのポケットに、手を深く突っ込み、身体の暖を逃がさないように歩く。
マフラーしてこうへんかった。しばらくして、そんな言葉で、嘆えてしまう。歩いて、五分ぐらいのコンビニで、煙草を買おうと思っていたが、足は逆の方に向いて歩いていた。逆の方向に十分ぐらい歩いたら、タバコの自動販売機がある。そこに向かって歩いているようである。真夜中午前三時を回っている。歩いている人間などいない。さすがに、朝起きの老人でさえ、犬の散歩はしていない時刻。弱い外灯の灯りに照らされた、シーンと静まり返った道を私は歩いていた。
私は、ある事だけは決めていた。間違いなく、後悔するだろうとわかっている。でも、葬式には、参列しない事は決めていた。本音を言えば、出たい。最後に、留美の顔を見たい。今からでも、車を飛ばして、九州に向かえば、七時間ほどで着くだろう。でも、それをしない。二か月前に出向いて、感じた疎外感が、行動に移せない一つではあった。血が繋がっているだけの赤の他人。私は、留美の周りの人間からしたら、そんな存在なのである。私のずぼらなせいで、この二十五年間距離を置きすぎた。留美の周りには、私がいる場所などないのである。普通の家族であれば、妹が死んだ。と知らされたら、とりあえず、出向く準備をするに違いない。それが、当たり前なのである。留美の葬式ので、私の居場所はあるのだろうか。留美の兄です。と紹介されるのだろうか。戸籍上は赤の他人なのである。現に、兄らしい事は、全くと言っていいほど、してきていない。そんな私が、兄貴面して、留美の葬式に向かっていいのだろうか。多分、妻、貴子に言えば、怒られるだろうと思う。何言ってんの、早くいきなさい!って、激怒されると思う。でも、それだけは、私の中で固まっていた。
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