第4話 一本の煙草

私は、一本の煙草に火をつけた。煙を思いっきり肺の中に入れ、味わうように、ゆっくりと、煙を吐き出す。留美の姿は、痩せ細っていた。

お帰り、お兄ちゃん。か細い声で、笑みを浮かべる留美の姿が、瞳に焼き付いている。数十年前、私に会いに来てくれたふくよかな、女性らしい留美の姿ではなかった。この数日、色んな妄想をした。留美との初見、どんな言葉を掛けよう。そうだ、笑みを浮かべて、ただいまと言おう。覚悟を持って、この土地に帰ってきた。もちろん、体重が落ちている留美の姿も、想像していた。スリムになったなぁ…なんて、皮肉を言ってみようか。でも、この数日、妄想していたものと、実際に、留美の姿を瞳に映った時の心境は、全く違っていた。何も言えなかった。生々しく映る無味の姿。何もゆう事が出来ない私であった。そんな絶句している私に、留美は、

『ダイエットしても、なかなか、痩せなかったのにね。可笑しいね。』

私の浮かべる表情に、気を使ってのこの言葉。情けなくなった。気を遣わないければいけないのは、私の方で、留美本人に気を使われている。私は、不自然なほど、笑って見せた。そんな事しか出来なかった。情けない兄である。

煙を吐き出す度に、二か月前の光景が目に浮かぶ。留美が死んだのに、冷静でいれる。涙も流さないのは、二か月前の思い出があるからだという事に気付く。まだ、元気な時の留美に会えたのである。数日間だけだけど、色々会話も交わした。一緒に酒を飲んだ。食事もした。その現実が、この悲しみを和らげているのである。その事に気付いた。私は、幸せ者だのかもしれない、最後に、留美と言葉を交わせたこと。痩せ細った姿でも、お互いに迎え会えたこと。留美の笑顔が見られたことが…

煙草を一本吸い終えて、不意にある事を思い出す。書きかけの手紙である。この二か月、二週間に一回、手紙を書き続けてきた。内容は、日常の世間話、留美との思い出、妹たちとの思い出話とかを絡めて、書いたもので、寝る前に、三十分程時間を作り、日記みたいに言葉を綴っていた。そんな事を思い出すと、自然と身体が動く。立ち上がり、二階の寝室に向かう。寝室の明かりがついていた。妻が先に寝る時は、必ず、灯りが付いている。妻が、私に対する配慮であろう。

私は、妻への配慮で、音をたてないように、部屋を仕切っている襖を閉める。その時、妻の寝顔が瞳に映し出される。考えてみれば、私の妹たちの中で、妻が、唯一会っているのが留美であった。数十年前、私を訪ねてきた時、私は仕事していた。留美の相手をしてくれたのが妻である。後、私が書いた小説をブログにあげる時、ブログに挙げるやり方のやり取りを、留美と妻で行ってくれた。そうだ!そうやった。そんな事を思い出し、私の作業机の前に座る。目の前に置かれた、書きかけの手紙。引き出しから、留美からもらった唯一の手紙、手書きの手紙を取り出す。私は、留美への書きかけの手紙に手を伸ばす。もう出すことのない自分が書いたモノを読み返してみる。十二月二十一日水曜日、有給消化で、今日が休みな事。おせち料理とは言わないが、こっちで作って持っていく料理の事、日常のたわいのない話を絡めて、言葉が綴られている。なんで、今日、この続きを書かなかったのだろう。仕事で、疲れていたからだろうか。もう今日であるが、土曜日に出そうと思っていたのだから、仕事から帰って来てから書かないと間に合わない。日曜に出せば、いいかッと、安易に考えていたからだろうか。さっき、大量に飲んだアルコールがきいているのか、頭が回っていないような気がする。どうしてだ!そんな疑問が、ずっと、頭の中に渦巻いていた。産みの母親から、電話が来たから…いや、とっくに、深夜零時、回っていたし…、色んな言い訳の言葉が、頭の中を巡りまわる。結果、書いても、読まれる事のない手紙である。正直、どうでもいい事なのである。どうせなら、書き終えたかった。こんな中途半端に綴った手紙よりも、書き終えて、封筒に入れたかった。封筒に入れるからと云って、郵便ポストに入れるわけではない。ちょい待てよ。二週間前に書いた手紙は、留美は呼んでくれたのだろうか、産みの母親の話では、二週間前に、急に、体調が崩したらしい。二か月前、帰省した時の元気な留美のまま、日々を過ごしていたという。じゃあ、二週間前の手紙も、読んでいないのでは…そんなどうでもいい事を考えてしまう。じゃあ、この書きかけの手紙も、書き切らず終えても、いいんじゃないか。そんな妙な事まで、考えている。不意に、視線を寝ている妻に向けた。こいつは、どう思うのだろう。今起こして、留美が死んだと、私の口から告げたら、こいつは、どんな表情を浮かべるのだろう。数年前、私を訪ねてきた時、留美とどんな会話をしたのだろう。私の悪口で盛り上がったのだろうか。ブログに挙げるやり方を、留美からレクチャー受けている時、どんな言葉を交わしたのだろう。私の知らない、コイバナでもしていたのだろうか。

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