第15話 もう一度


「け、慶くん、本気で言ってる?」


『うん、勿論。だから早く行ってきて?』


「行ってきてって‥だって‥」



ご飯を食べに行くと思っていたのに、

私の家の前に車が泊まると

慶くんの口から思っても見ない言葉が出た



『今から温泉に泊まりに行かないか?』



温泉に入りに行くならまだしも、

旅行のお誘いをこんな仕事終わりに

言われると思っても見なかったのだ



来月行こうか?ならまだ分かるけど、

今からだよ?今から。



旅行の準備も出来てないしやっぱり急すぎる。



「慶くんとは確かに2人で行きたいけど、

 今日はやっぱりダメ!!

 うちに泊まるのならいいけど、

 色々用意する物あるからダメ!」



お金のこともそうだけど、

どうせ行くなら場所とか旅館とか

しっかり2人で決めて2人で楽しみたい



話だって出来てないのに、

こんなモヤモヤした状態で行きたくない‥



『そっか残念だな‥

 莉乃の浴衣姿もう一度見たかったのに。

 じゃあ俺の家に泊まるのもダメ?』



慶くんの家?


結局準備することには変わらないけど、

もしかしたらゆっくり話したいのかな‥?



「うーん‥‥‥分かった。でも準備に少し

 時間欲しいから一緒に家の中に行こう?」



『ゆっくり準備していいよ。

 少し寄るところがあるから1時間くらいしたら

 迎えに来るよ。』



「うん、じゃあまたあとで‥ンッ」



急に首元を引き寄せられたかと思ったら、

一度軽く触れると次は深いキスを落としてきた



『いい子で待っててね。』



唇が離れる時に下唇を甘噛みされると

悪戯っ子のように笑って

何処かへ行ってしまった



不意打ちのキスなんて何度もされてるのに、

慶くんと体を重ねることを覚えてしまったから

その先を無意識に求めてしまっている



たった数秒のキスなのにもう

あの唇にまたしたくなってるなんて

恥ずかしいから言えない‥‥



戻ってくるまでになんとか泊まる用意を

しないと!!



服や部屋着はいいとして、化粧水とか

メイク道具とか色々が面倒だ。



この間旅行の時に使った小さい容器に

とりあえず入れるとして、慶くんが

戻ってくる前に洗濯物を畳んだり

明日する予定だった掃除などを軽く

パパッとやることにした



ご飯食べながら平塚先生‥‥妹さんのことを

聞くつもりだったけど、泊まってなんて

もっと奥が深い話なのかも‥‥




不安にさせないように表情もあまり

崩さない慶くんが、妹さんには

物すごく感情が出ていて驚いたし、

私の知らないことが沢山あるんだと思う



言いたくないことだってあるはずだし、

無理に聞き出そうとも思わないから、

話してくれることだけちゃんと聞きたいな‥



しばらくするとスマホで着いたという

連絡が来たので車に乗り込むと、

良い香りが漂って私の好きなデリバリーを

買いに行ってくれてたのだとすぐに気がついた




ご飯屋さんよりお家の方が

慶くんがリラックスできて話しやすいなら

その方がいいよね‥‥



『すごい荷物だね。何が入ってるの?』



「女は色々面倒なんですよ?化粧動画とか

 メイク落としとか細々とした物が

 ないとダメんなんです。」



全部使うか分からないけど

忘れると困るから荷物が多くなってしまうのだ



男の人からしたら無駄に多いと

感じるだろうね。



『これから何度も来ることになるから、

 今度色々買いに行って置いておくといいよ?

 そしたらいつでも来れるから。』



ドクン



サラッと顔色変えずにそういうことを

言ってる時の慶くんって本音なのかな‥‥



私もそれぐらい自分の意思を思いっきり

いつか伝えられるといいな。



まだ言葉に詰まってしまう癖が治らないのは

これを言ったら離れていかないか

不安になるトラウマがあるからだ。



「‥‥うん、ありがとう」



私が俯いて小さく答えると、

エレベーターの中で頭を撫でられ

こめかみに唇が軽く触れた



『荷物ソファの辺りに置いて、先に

 ご飯でも食べようか?お腹空いたでしょ?』



「うん、実はペコペコ」


『フッ‥ペコペコって可愛い。』



可愛いって‥‥

またそんな綺麗な顔して笑うと、

さっきキスしたことを思い出してしまう



ダメダメ!

今日は話を聞きにきたんだから!!



手を洗ってからデリバリーを並べると、

白ワインを用意してくれ2人でカンパイをし

ご飯を食べることにした



「美味し‥‥いつ食べても美味しい‥‥

 私の好きなものばかりだね。

 慶くんありがとう。」



キッシュだけじゃない。

私だけじゃなくて慶くんもここの

デリバリーはみんな好きって言ってるから、

慶くんのために作れたらなんて考えてしまう



お金は絶対受け取ってくれないし、

お礼を伝えるしかできないから、

今度頑張って作ってみようかな‥



『莉乃の食べてる時の顔がリスみたいで

 可愛いからもっと食べさせたくなるよ。』



「もうこれ以上太ったら困るから大丈夫!」



相変わらずもっと太っていいよっていうけど、

適正体重だけは超えて体調管理できないと

いけないから食べたら調整も必要になってきた



クスクス笑う相手を他所に、

今日は食べるからと伝えてから

美味しいワインも2杯も飲んでしまった



「はぁ、お腹いっぱい‥‥」 



『良かったよ。それじゃあお風呂準備して

 来るからソファに座って待ってて。』



「うん、ありがとう。」



お腹が満たされてほろ酔いだけど、

いつ話してくれるんだろう‥


寝る前?


それとも今から?



荷物から化粧水とかを取り出しながら

整理している時に内緒で持ってきたものを

取り出した。



さっきは断っちゃったけど、なんとなく

目に留まって持ってきてしまったけど

気合い入りすぎって引かれるかな‥‥



『莉乃?』


「ワッ!びっくりした!!」

 


床に座り込んで荷物を整理してた私を

後ろから抱きしめるように包み込むと

持っていたそれを隠す前にガッツリ

見られてしまった



「‥み‥見た?」



『ん、見た‥‥俺が行こうなんて行ったし、

 それ見たいって言ったから?』



両手でそれを抱き締めると、

恥ずかしくて顔が熱くなる。



誰かのために色々してあげたいって思うのは

初めてで、喜んでくれるかな?とか

引かれるかな?なんて不安になるのも

慶くんが相手だからだ




「着てるとこ‥‥見たい‥‥?」



お母さんが毎年ちゃんとクリーニングして

綺麗に保管してくれている白地に藤の花が

描かれている寝巻き用の浴衣を握りしめると

慶くんが少しだけ強く抱きしめなおすと

私の首筋にキスをした



『うん‥お風呂一緒に行こう‥‥』



えっ!?


見たいなら着ようかと

思って言っただけなのに、

何処から一緒にお風呂の話になるの!?



「む、無理!」


『なんで?お互いもう全部見てるから

 恥ずかしくないよ?』


違う!!


ああいうのは触れ合ってて気持ちいいし、

雰囲気だったりもあるけど、

一瞬に入るメリットが分からない。



「つ、つ、疲れてると思うし、ね?

 1人で入ろうよ。」


首筋に顔を埋めたままの相手から逃れようと

体をずらしたりクネクネしてると、

首筋に息が吐きかかって笑っていることに

気がついた



「ねぇ、からかってるんでしょ!?

 本気にするからやめてよ。」



私の反応が面白いから言ってることって

分かるとむすっとして怒りたくなる



体は確かに重ねたし、見たし見られてるし

今更かもしれないけど、そんな急には

じゃあ行こう!なんて言えないんです!



『冗談じゃないんだけどね‥‥

 先にシャワー浴びてくるから、後で

 それ着て見せてよ?』


「ンッ!」



吸い付くように首筋に唇を這わせると、

呆気なく腕がほどかれて慶くんは本当に

シャワーに行ってしまった。



そのあと交代してお風呂に行くと、

浴槽に浮かべられた

ハーブバスのようなものから、あの

大好きな香りが漂い嬉しくなり、

広々とした浴槽で足を伸ばして浸かった



いいなこれ‥‥


私は直接アロマを垂らしてるけど、

こっちの方が優しくて程よい香りだ‥‥




寝巻き用の浴衣は優しいガーゼが含まれた

生地で出来ていて前を合わせたらそのまま

腰紐を右横で結ぶだけだから、

旅館のようなしっかりとした帯もないけど、

涼しくて肌触りがいいから好きなのだ。



パジャマやTシャツと短パンも

嫌いじゃないけど、締め付けもないし

肩も凝らないからお姉ちゃんとお揃いで

夏は時々着ている



湯上がりは暑くて髪の毛を

クリップでまとめ上げると、

リビングのドアをそっと開けた



『クス‥なんでそんな静かに入ってくるの?』


「もしかしたら寝てるかなって‥‥

 アロマが気持ち良くて

 ゆっくり入っててごめんなさい。」



『冷蔵庫にミネラルウォーターあるから

 飲んで。暑いでしょ?』



「うん、ありがとう。」



コップに注いで飲むと、美味しくて

2杯もごくごくと飲み干してしまう



「慶くんも飲む?」


『ん?俺はこれあるから大丈夫。』



片手で缶ビールを持ち見せてくれると、

手招きされたのでソファに座る慶くんの

方へ行くと、隣に座ろうとした私の

手首を掴むと座る慶くんの前に立たされた



黒のノースリーブのタンクトップから

出ている腕の筋肉が程よくて綺麗で、

見惚れてしまうほどだ



「な、なに?」


『‥‥話したかったけど、こんな姿

 見せられたら抱きたいなって。』


ドクン



泊まりに来ればそういうことするのかもって

頭では来てるけど、いざ面と向かって

言われると一気に体が暑くなってしまう



「平塚先生のこと話してくれないの?」



雰囲気に流されそうになりつつも、

抱かれてしまったらきっとそのあと

聞けないまま寝てしまいそうで

掴まれてる手首を離すとその両手を握る



『そんな大した話じゃないよ?』


「うん、でも聞きたい。」



分かったと小さな声でそう言うと、

寝る準備をしてから、ベッドで横に

なりながら慶くんがゆっくりと話してくれた。



平塚先生とは父親が同じで、母親は違うこと。

父親の不倫相手が妹さんのお母さんで、

慶くんのお母さんは慶くんをつれて家を

出ようとしたけど、そのあと病気がわかり

亡くなってしまった。



家を出た後も、お金の面は父親が

支援してくれていたみたいだけど、

再婚した平塚先生のお母さんが

独り身の幼い慶くんを受け入れるのに

時間がかかり施設に入れたそうだ



慶くんが施設にいたのは2年で、

私と過ごした時間も短い。



不倫した相手と暮らす家には

既に妹と弟がいて、どうしても

慶くんを受け入れるのに色々と

すんなりいかないこともあったらしい。



「‥‥ツラくなかった?」



前に両親は仲がいいって言ってたし、

辛そうな感じで家族のことを話しては

いなかったと思うけど、話を聞いてると

時折寂しそうに笑うのが心配で

ずっと慶くんの手を握っていた



『ん、普通に接してくれたし、

 今でも時々は顔見せに帰るよ。

 喧嘩とかそういうのもなかったから。』



「平塚先生とは?仲よくないの?」



『いや、妹や弟とも普通に仲はいいよ。

 ただ家を出てからはなかなか会わないし、

 この歳になると2人で会うのもない。

 父親が医師で自分も千尋もたまたま

 同じ道を選んだだけで、千尋が来たのは

 からかいたかっただけだからキツく

 言っておいた。ごめん、嫌なこと

 言われただろう?』



「ううん、仲がいいから‥‥てっきり

 元カノ?とか思っちゃったけど大丈夫。

 話聞いてすっきりしたから。」



仲良いなら良かった‥‥


私は血のつながりはないけど、

いい両親に選んでもらえたのに、

血の繋がりがあってツラい思いしてたら

私も辛かったから。



『彼女に見えたんだ?』



肘をついて私の頬を撫でる慶くんが

嬉しそうにニコッと笑う



「名前で呼んでたし‥親そうだったし

 名字違うから兄妹とは思わないよ‥」



『嫉妬した?』



ゴロンと仰向けにされ、

私を真上から見下ろす慶くんの頬を

両手で包み、綺麗な黒髪を撫でる



「したよ。」


『フフ‥‥こんなに莉乃のことしか

 頭にないのに伝わってない?

 今だってこれを脱がせて触れたいって

 思ってるんだけど?』



「せっかく着たのに脱がせるの?」



腰のリボンに手をかけようとする

慶くんの手を阻止するとグイッと体を

起こされ胡座をかくそこへ跨るような

体制になった



『莉乃、抱いていい?』



ルームライトのみの薄暗い空間で、

綺麗な顔を見下ろしながら首に手を回すと

自分からそこへ抱きついた



「慶くんとまた会えて良かった‥‥」


『それは俺の台詞でしょ?

 ずっと探してたんだから‥‥。』



背中から腰を支えるようにしていた

慶くんの手が私の髪をとめていたクリップを

外すと髪を何度も撫でてくれている。



髪や耳たぶに触れながら、私がリラックス

し始めると、唇が耳を舐めその唾液の音で

体が気持ち良く反応していく



『脱がして?』


可愛くバンザイする慶くんの服に手をかけて

ゆっくりと脱がすと顕になる均整のとれた

上半身が綺麗で鎖骨にそっと触れた



私も慶くんの髪を撫でたり、おでこに

キスを落として触れると、ちかづいてきた

その唇に食べられそうなほど深いキスをされ

必死でしがみつく



「ンッ‥チュ‥‥ンッ」


息が苦しくなると一瞬でも離されるけど、

またすぐに何度も角度を変えては舌を絡められ

どんどん体が気持ち良くなっていく



キスってすごい‥‥

好きな人としてるからかもしれないけど、

体が真からとろけていくようだ



長く何度も唇を合わせると、チュッっという

リップ音とともにゆっくり離され、

ぼんやりとした視界に慶くんが映し出された。



『抱いていい?』



ふふ‥‥なんでもう一度聞くんだろう?

こんなになるまでとろけさせといて、

断れないのわかってる癖に‥‥



『莉乃?ちゃんと言って?』



自分の気持ちを伝えるのが下手くそだから、

きっと言わせたいんだろうか?



髪をもう一度撫でる手にまだ整わない

呼吸をしながら唇を触れさせてから

慶くんをもう一度見つめた



「‥抱いて?」


私を支える慶くんが一瞬ブルっと震えた気が

したけど、すぐさままた奪われた唇に

そのあとは何も考えられなくなる



『綺麗‥‥下着つけてなかったんだ?』




ゆっくりと解かれた腰紐から前がはだけると

胸に顔を埋めた慶くんが胸を掴み指先と舌で

敏感な部分を責め立てていく



「フッ‥‥ウウン‥‥アッ!」



『可愛い‥‥』



言葉にするのは色々と勇気がいるけれど、

身体は嘘がつけなくて、慶くんが触れるところ

全部がちゃんと反応して答えていく






ゆっくりと優しくその日も丁寧に抱かれ、

時には激しい律動に声と身体が震えた。


一度ならず二度も抱かれて意識が朦朧と

してしまったけど、

慶くんを沢山知ることが出来て朝まで

その腕の中でぐっすり眠った








 





















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