第13話 社員旅行


『みなさん、おはようございます。

 昨日までの勤務の疲れもあると思います。

 でも年に一度の社員旅行になりますので、

 飲むのもよし、疲れをとるのもよし、

 観光するのも自由に楽しんでください。』



遂に常勤の医師、看護師、薬剤師、検査技師

そして医事課のメンバーで行く

真夏の社員旅行日がやってきた



暑い‥‥

本当に暑い‥‥

部長だっておでこに汗かいてますよ?



地面が熱気で揺らぐくらい暑くて、

急遽バスに乗り込み発車してから

部長の挨拶が始まったのだ



きっと、いや‥全員が思ってるくらい

暑くてしんどい季節になぜ旅行の案件



それでもなんだかんだで毎年特別なことが

ない限り必ず全員参加しているのも

不思議な件



うちの診療所はなんだかんだで、

スタッフに恵まれていて仲がいいから、

居心地は悪くないんだよね‥



大きめのバスが借りられたから、

隣同士で座る人もいるけど、

ほとんどの人は1人で2席使って

のんびり座って行くようだ




『木戸くん、これ食べる?』



『うん、由佳ちゃんこれ好きだから

 俺も買ってきた、被っちゃったね。』




恋人同士な2人は勿論隣同士で座り、

後ろからその会話を聞いていても

微笑ましくて和んでしまう



私は勿論一緒には座れないから、

おひとり様空間満喫だ。



今年は去年の日帰り旅行の際、

学会の日程と被り参加できなかった

度会先生がいるからか、女性陣の

オシャレ感が半端ない‥‥



なんか化粧も、いつもより濃いというか

バッチリな感じだし、服も温泉に行くのに

ものすごくオシャレで手足のつま先まで

ピカピカだ



清水さんは元が綺麗だけど、

私服姿はスタイルの良さが更に出ていて

もっと綺麗に見えてしまう



もう少しオシャレしてきた方が良かったかな‥



旅行用に一応これでも服や下着とかは

新調したんだけど、みんなが凄すぎて

1番地味になってしまった



慶くんはというと、

グレーのシンプルなTシャツに

リネン生地の涼しげなパンツスタイルと

シンプルなんだけど、やっぱり元がいいから

モデルのように神々しい



通路を挟んだ向かい側にさりげなく

座った後、気づかれないように

口パクで話しかけると同じように

口パクで嬉しそうに返事してくれた



2日間は先生と事務としての

接し方でいつも通りな感じにはなるけど、

好きな人がいるかいないかの旅行は

多分全く違ったものになりそうだから

それなりに楽しめたらいいな‥‥




『わぁ!お部屋いいとこですね!!』



大部屋かと思いきや、

私と由佳の二人部屋で、

広めの和室からは海もよく見える



度会先生のおかげで絶対

儲かってる気がするから、

お宿もすごくいいところだし、

こんなのは初めてかもしれない



さっきまでずっと部屋割りを

聞かされてなかったので、

大部屋で雑魚寝を予想していただけに

驚いてしまった



途中で立ち寄った場所で

昼食を済ませてから泊まる旅館に到着した




『先輩本当に海行かないんですか?』


「うん、木戸くんと行っておいで。

 私は温泉いくからさ。」



浴衣もフロントでレンタルできるみたいだし、

夏の疲れをここで癒して帰りたい。



由佳が遊びに出かけた後、

窓際のサンに腰掛けて景色をもう一度眺めた



快晴で雲一つない真夏日和

夏じゃなかったら散歩したいくらいだ。



18時からのみんなとの夕食まで

4時間もあるから温泉入ってお昼寝でも

いいかも‥‥



社員旅行といっても朝、夕食を

一緒に過ごすくらいだから嬉しい



温泉もゆっくり入ってから、

無料でレンタルした薄紫色の浴衣に着替えると

休憩スペースにある窓際の椅子に座って

そこから海を眺めることにした



このまま慣れちゃいそうなくらい

温泉に癒された‥‥



慶くんは何してるんだろう‥



先生達は1人部屋って聞いてたから

ゆっくり休めるといいけど‥‥




『莉乃、ここにいたんだ。』



えっ?



ウトウトしていた私がパッと目を開けると、

真上から見下ろす色気漂う慶くんが

嬉しそうに笑っている



『温泉行ってきたんだね、

 浴衣可愛い、よく似合ってる。』



「ちょっと、先生、こんなところ誰かに

 見られたらどうするんですか?」



同じように隣に腰掛けた慶くんに

1人で焦ってしまっていたけど、

スミクロが混じった紺色の浴衣が

カッコ良すぎてすぐに見惚れてしまった



仕事中の髪の毛をセットしたのも

好きだけど、髪の毛がおりている

ナチュラルな慶くんを他の人に

見られてしまうのも少し残念だ



それくらいオフの姿が素敵だから

内緒にしておきたいのかもしれない



『大丈夫だよ、普通に話してるだけなら。』



それはそうかもしれないけど、

周りの視線がすごい!!



まるでモデルや芸能人を見るかのように

四方からかなりの視線を向けられてることに

本人は気付いているのだろうか‥



「慶‥先生のお部屋はどんな感じですか?

 私と由佳の部屋は広めの和室ですごい

 綺麗でビックリでしたけど。」



『フフ‥‥気になるなら夜来る?』


「ツッ!!」


『そんな浴衣姿見せられたら、

 脱がさないと‥‥ねぇ?』



な、何を言ってるの!!と

突っ込みたいとこだけど、周りの人も

見てるし口をぱくぱしながら訴えると

また嬉しそうに笑った



私だって‥‥慶くんの浴衣姿が素敵だから

もっとゆっくり見たいし、一緒に

過ごしたい気持ちはあるけどね‥‥



『滝さん、ここにいたんですね‥‥あ

 先生もいらしたんですか?』



清水さん‥‥‥



水色の浴衣を羽織った清水さんが

私の奥の椅子に座る先生を見て、

頬を少し赤らめて俯いた



「温泉入ってきて休憩していたら、

 度会先生にお会いしたんですよ。

 何かありましたか?」



『あ、もし良かったら夕食まで

 お茶でもどうかなって‥せ、先生も

 ご一緒にいかがですか?』



えっ!!?



それだけはちょっと嫌かも!!



なるべく自然に接してはいるものの、

先生は態度を隠さない時も度々あり、

医事課のスタッフは慣れているのか

何も言わないけど、清水さんだけは

見られるのを避けたかった



『僕はやることがありますので、

 女性同士で楽しんできてください。

 ‥‥では滝さんまた後で。』



「あ、そうですね、夕食の時に‥ハハ」



また後でって何!!!?


先生の方から断ってくれて良かった‥

あんなのが多いと私の胃がもたないよ。



悪気もないと思うし、先生本人は、

2人でいる時よりは普通に接してくれてるから

あまり我儘も言いたくない‥‥



『滝さん行きましょうか。』


「は、はい、行きましょう」




慶くんと初めて体を重ねてから、

旅行前にもう一度ご飯を食べた後

うちでそういう雰囲気になって体を重ねた



2回目も心臓がおかしくなるくらい

気持ち良くて、2人で時間を気にせず

触れ合ったりするスローセックスに似た行為は

心も体も満たされる幸せな物だと実感した



私は勿論丁寧に頭も心も体も解されるから

気持ちいいけれど、慶くんに触れるのには

まだまだぎこちなく気持ちいいとは言って

くれるけど自信なんてない



だってそんなことしてあげた経験ないし、

正解も分からない。



『2人で探していけばいいよ、

 何度も抱く体だから俺も知りたいし、

 莉乃にも焦らずゆっくり触れて欲しい。』



初めての時、眠る前にそう言って

抱きしめてくれたことがすごく嬉しかった



だからこそさっきみたいなことを

不意打ちに言われると、

頭の中が一気にそういうこと考えていて

体に熱がこもってしまうのだ。



温泉出てから時間経つのに今更のぼせそう‥



『夕食前なので飲み物だけに

 しときますか?』


「そうですね、部長が今回の食事は

 豪華って言ってましたし。」



暑かったけど、落ち着くために

オススメって書いてあった

リラックスハーブティーを飲むことにした。



清水さんと改めて向き合うことが

なんとなく緊張してしまうので、

違う意味でリラックスしたいって

思ったのかもしれない



『あの‥‥もう気付いてると思うんですが、

 私、度会先生に今日告白しようと

 思ってます。』



ドクン



清水さんが小さく溜め息を吐いてから、

珈琲をゆっくりと飲み少しだけ笑った。



本当のことを言えないツラさと、

いい人だからこそ私のせいで

悲しい思いをすることになると思うと

胸が苦しくなる



慶くんが清水さんを選んだら

それは私が止めることじゃないから

仕方のないことだと前は思えた



でも、一緒に過ごす時間が長ければ

長くなるほど離れるのが怖くてたまらない



温もりを知ってしまうと、

捨てられる日を考えるのすらツラい



「‥‥‥清水さん

 私は応援することは出来ません。

 でも伝えたい人に伝えたい気持ちが

 あるなら止めることも出来ません。」



何て声をかけたらいいか分からないけど、

好きな人に気持ちを伝えることは

その人が勇気を振り絞って頑張る

一大イベントだから。



『滝さん‥‥ありがとうございます。

 素直な気持ちなので頑張ります。』



ニコっと笑った清水さんに私も笑顔を返した。



先生と付き合ってしまってごめんなさい‥

でも私も大切な人だから譲れないんです。



慶くんがなんて答えるかなんて

私には分からないけど、

今は清水さんと同じ気持ちで

1人の人を思ってることは変わらないから

ライバルでいたかったのかもしれない



その後もお茶をしながら、

清水さんはそれ以上先生のことは

口にせず、美味しいカフェやご飯屋さんの

話などで盛り上がった



話しやすくて歳も近くて

他の診療所の人と同じように

いい人だからこそ我儘だけどこれからも

繋がっていたい‥‥本当にそう思えた。




夕食は本当に豪華で、

少食の私には食べきれないほどの量かなと

思ったけど、炭水化物以外は海鮮も新鮮で

少量のお酒と共に美味しく頂けた。



先生やみなさんに少しずつお酒をお酌

しに伺う時、慶くんに

小さな声で飲み過ぎないでねと

言われて笑いそうになったけど、

普段働く姿とは違い他のみんな楽しそうだ



『由佳ー、大丈夫?』


『大丈夫れすーーセンパァイ!』



『滝さんすみませんっ!

 同室なのにご迷惑をおかけして』



思ったよりベロベロに酔っ払った由佳を

木戸くんと支えながら何とか部屋に連れて行き

お水を少し飲ませたあと

そのまま敷いてあったお布団に寝かせた



ふぅ‥‥女の子でも全体重支えるのって

結構な体力いるね‥‥



「木戸くん、心配でしょ?

 私酔い覚まししてくるからしばらく

 ついててくれる?」


お酒のせいで暑いのか、夏だから暑いのか、

ポカポカしてるから少し散歩でも行きがてら

冷たいお水を由佳の分も買ってこよう



『あ、すいません、嬉しいです‥』


「気にしないで。じゃあ頼むね。」



木戸くんは優しいし、

由佳のそばにいたいっていう気持ちが

伝わるし大事にしてるのも見てて分かるから

親心のような姉心のような気持ちで

いつも見守ってしまう



広間のそばを通りかかったら、

部長と何人かの技士さんや先生は

まだ飲んでたけど慶くんはもういなかった。



清水さん‥‥今頃伝えてるのかな‥



いかんいかん、今は考えずに散歩しよう。

まだ20時だし、庭園の方でも行ってみようかな



エントランスから下駄に履き替えると、

昼間よりは涼しく海風もあるので

思ったよりも快適に感じそのまま

庭園の方に歩き始めた



こういった日本庭園みたいなものも

初めて見るし、ライトアップされてると

昼間とは違ってまた落ち着く空間に思う



それにしても‥‥

ちょっとここカップル多かったかも‥



1人で散歩してるのが恥ずかしいくらい、

あちらこちらに恋人らしき人達がいて

ライトアップされた庭園で写真を撮ったり

しているのだ



海辺の方なんてなおさらだめかな‥‥



週末だし、大学生とかは夏休み入ってるし

海が近い温泉宿だと人多いに決まってるよね‥



トボトボと来た道を引き換えし、

売店でお水を買うと静かに自分の部屋の

扉を開けた



あ‥‥‥



木戸くんも一緒に寝ちゃってる‥‥



起こさないようにお水だけテーブルの上に

2本置いてからまたそっと部屋を出た



可愛い‥‥

手繋いで寝てる2人の姿に起こすのは酷かなと

思ってしまった



どうしよう‥‥散歩は難しそうだし、

もう一度温泉入りにいこうかな‥



あの様子だとすぐに起きそうにないし、

どうせだからもう一度温泉入ろう。



廊下を歩いてエレベーターの方へ向かうと、

前から歩いてきた慶くんと偶然会った



『一人で何処か行くんですか?』



ほろ酔いなのだろうか‥‥

笑い方に色気が混じってるような気がする



半羽織もよく似合ってて、本当に

何着ても似合うしカッコいいな‥なんて

見惚れてしまう



「由佳が酔ったまま寝ちゃって木戸くんに

 見ててもらったら木戸くんも

 寝てしまったので温泉行こうかと。

 先生はもうおやすみですか?」



ここで降りたってことは

先生たちも一人部屋だけど同じ階だったのね?



誰かが降りてこないか心配で

なんだか落ち着かないから

キョロキョロしてると、クスクスっと

笑われた後手を引かれると

1番奥の部屋の鍵を開けそこに一緒に

入らされた



「け、慶くん、誰かに見られたらどうすっ

 ンンッ!!」



ドアが閉まると同時くらいに

壁側に押し付けられる形のまま

唇を塞がれ、一度唇が離れると

慶くんの舌が私の唇を舐め

何度も舌を絡めながらキスをしてきた



「はぁ‥‥はぁ‥慶くん‥酔ってるの?」



いつもはなんだかんだで冷静な

慶くんがこんな危険を犯して部屋で

こんなことしてくるなんて‥‥



立っているのもやっとの私の体を

支えながら上から見下ろす綺麗な顔に

両手を添えて頬を包んだ



『‥‥浴衣姿見た時からずっと

 こうしたかっただけ。莉乃は?』




莉乃は?って聞かれても‥‥

そりゃ慶くんの浴衣姿が素敵だから

じっくりは見たかったけど‥



浴衣に手を滑らせて、少し乱れた襟元を

直してあげるとそっと慶くんに抱きついた




「浴衣姿‥素敵だよ。すごいカッコいい。」



『莉乃も似合ってるよ‥‥髪の毛も

 纏めてて可愛い。』



「ありがと‥‥ここにきてゆっくりできた?

 部長たち騒いでたから慶くん疲れてないか

 心配だったから‥‥。

 私、もう一度温泉入りに行くから、

 慶くんもゆっくりして?」



私の首筋に顔を埋めてそこを軽く

啄むと、体が離れて手を繋ぐと

そのまま部屋の奥の方へと連れて行かれた



ガラッ



えっ!?



部屋の大きさは私達と変わらないのに、

その奥にあった場所にびっくりして目が

大きく開いてしまった



「すごい‥‥檜風呂の温泉?」



家族で入れそうなくらい広い浴室には

檜の良い香りと温泉がずっと

そこに溢れながらもずっと流れ出ている。



『先生だけは3人とも露天風呂付きの

 部屋にしてくれたんだ。内緒ね?』



これは他の人には言えないな‥‥

何回でも入れるし羨ましい‥‥



「じゃあゆっくり入れるね?

 私は大浴場行ってくるから、慶くんも

 いつも忙しいから体休めてね?」



『フフ‥‥莉乃は一緒に入ってくれないの?』



えっ?



半羽織の紐に手をかけられると、

浴衣の襟元から慶くんの手が滑り込み

咄嗟にその手を抑えた



「だ、だめだよ‥‥それに一緒に

 お風呂なんて‥‥」



『大浴場よりゆっくりできるよ?

 入るなら一緒でしょ?』



違うし!!


大浴場には慶くんいないし!!



入ってみたい欲は見てしまったから

ないとは言えないけどだって‥‥

多分入るだけじゃ終わらないし‥



『莉乃‥‥もう就業時間は終わったよ。

 今からはプライベート‥‥』



「ンッ‥‥慶く‥‥」



結局あれから一緒にお風呂に入り、

のぼせる寸前までとろけさせられ

深夜に部屋にこっそり戻ると、

木戸くんが気づいて起きて部屋に戻って行った



はぁ‥‥

こんな興奮した状態じゃ寝られないよ‥



温泉入りながら

あんなこといっぱいして‥‥



気持ち良かったし、とろけたけど、

最後までしたらダメと思ってなんとか

触り合うだけで留まった




今度は2人で来たいなって思いながら、

疲れてたのかいつの間にか

朝までぐっすり眠ってしまい、

美味しい朝ごはんを食べた後

社員旅行は無事に終了した



清水さんとのことは私からは聞かない‥‥


慶くんからか、清水さんからか

分からないけどいつか聞く日があれば

ちゃんと向き合って聞こうと思うから‥




『帰ったら続きしようね‥‥』



バスの中で昨夜のことを思い出して

恥ずかしい私は私は、顔が赤いのを

気づかれないように眠りについた

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