第11話 同じ景色を


『今年の行き先はここになりました』



なかなか診療所をGW.お盆とお正月以外は閉めることができない中で毎年必ずある

診療所の恒例行事ともいえる社員旅行



時には日帰り

時には一泊と年毎バラバラだけど、

今年は真夏の三連休を使い、帰宅後

1日体を休められる日程になった



楽しそうだけど

真夏だから暑そう‥‥



本当は春や秋に行きたいところだけど、

何故か毎年真夏なのだ。



『先輩、海入れますよ。

 水着持ってかなきゃですね。』



「ううん、私は日焼けすると真っ赤になるから

 ブラブラ観光か旅館でゆっくりでいいよ。

 木戸くんと仲良く遊んだら?」



いつのまにかくっついていた2人に、

納得のような思ったより早くくっついたような

気持ちだけど、姉心なのか嬉しいのだ



『もう、恥ずかしいからやめてくださいよ。』



照れて見せる由佳につられて、

後ろの席で仕事していた木戸君も何故か

耳が赤くなっている



今年は温泉街かぁ‥‥


暑いけど疲れをとるのには良さそう



そんなに予算はないから、高級ホテルでもなく

どうせ大部屋で雑魚寝だろうね、今年も。



あまり期待はせずに、

美味しい料理と温泉だけを楽しみにしとこう。



『お疲れ様でした。お先です。』



仕事を終えて外に出るとモワッとした

夏独特の熱気が地面から舞い嫌な汗が

出そうになる



夕方でもまだこんなに暑いなんて‥‥


明日は休みだから、旅行に持ってくものでも

買いに行こうかな。



食欲も激減するような厚さの中駅に向かって

歩いていると、信号を渡ったところで

見慣れた車を見つけてもしやと思い駆け寄った



コンコン



ガラスを軽く鳴らすと、窓が開けられて

慶くんがニコっと笑った



「こんなとこでどうしたんですか?

 今日、大学病院に行く日でいなかったから

 会えると思わなかった。」



白衣の時とは違い、

黒のシンプルなTシャツにデニム、

サングラスをした先生は別人のように

またカッコいい



『ちょうど同じ頃に帰れたから、

 莉乃が来るの待ってて今電話しようと

 思ってた。乗って、暑いでしょ?』



周りの人が慶くんのカッコ良さに

みんなジロジロ立ち止まって見てたので、

急いで助手席に乗り込んだ。



「会えなかったらどうしてたの?」



寄り道したかもしれないし、

絶対この時間に来るとは限らないのに。



『そしたら家まで行くよ。

 せっかくだからご飯食べに行かない?』



「うん!」



適度に涼しい風を感じながらも、

首筋にかいた汗をハンカチで拭いてみた



『最近髪の毛ずっとあげてるね。』


「背中まであると暑くて‥‥

 結んでるとおかしいかな‥‥ンッ」



伸びてきた手が首筋をなぞるから

辺な声が出てしまいそうになり

恥ずかしくて首元を押さえた。



ほんとによく触れたがるというか、

いちいちドキドキさせられてしまう



仕事中は頭が痛くなるから

バナナクリップでゆるっと纏めているけど、

最近は暑いから、帰る時も耳後ろの高さ

ほどにまとめ上げている



汗を拭いたところにクーラーの風があたって

ものすごく涼しくて気持ちいい



『下ろしてるのも好きだけど、

 全部あげてると色っぽいからどっちも

 好きだよ』



色っぽい?私が?


痩せてるからどちらかと言えば

凹凸の少なめの体型だから

毎日見ているこの体のどこに色気があるのか

不思議でならない



悲しいけど、

慶くんのほうが目を伏せた時の色気とか、

じゅうぶん感じられるけどね‥



『何が食べたい?』


「うーん、暑いからそうだなぁ‥‥

 さっぱりか、逆に辛い物とか?」


『ん、了解‥‥じゃあ美味しい

 韓国料理なんてどう?』



韓国料理なんてちゃんとしたのは

食べたことないかも‥



二つ返事で頷くと、一旦慶くんの

マンションに車を置いてから

タクシーでお店に向かうことにした。



その方が慶くんもお酒飲めるし、

駅に近ければ歩いて帰れるしね。



仕事終わりに、

約束してないのにこうして会えるのって

なんだか嬉しいな‥‥



先生は大学病院に行く日で

月曜日まで会えないんだって

思ってたから。



マンションからタクシーで10分かからない

場所に到着すると、立派な高いビルで

手を引かれてまたもや歩くと

エレベーターで32階まで一気に上がった



「こんなとこにご飯屋さんがあるの?」



『ん、鉄板焼きがメインなんだけど、

 韓国料理も美味しいしゆっくりできるから』



絶対付き合ってなかったら、一生

来ることはなかっただろうなって思うくらい、

色々なお店を知ってるんだね。



前に聞いたら、大学の時や、大学病院の時に

よく先輩に連れて行ってもらったかららしい



『こんばんは。いらっしゃいませ。』


『予約した度会です。』


『お待ちしておりました、ご案内致します。』



こんな仕事終わりの格好で大丈夫なのか

不安になるくらい絨毯のフロアを

歩くと、カーテンで覆われた部屋に

案内されると、そこから見える景色に

驚いた



「すごい綺麗‥‥」



窓際にテーブルが置かれて、

高いところから景色を見渡せる空間に

感動してしまう



韓国料理なんていうから、

もっと居酒屋っぽいイメージだったのに、

カーテンで覆われたそこはまるで

個室のようでとても素敵だ



『ご注文はいかがなさいますか?』



感動している私を他所に、

テキパキと色々注文していく慶くん


こんなところ来たことないから、

お料理なんて任せるのが1番だから。



「ありがとう、慶くん。」



『クス、子供みたいに喜んでくれて

 連れて来た甲斐があるね、良かった。』



トクン



付き合いたての頃よりも、

慶くんの動作、仕草、言葉の一つひとつに

心が素直に動く



嘘のない真っ直ぐ私に向けられた感情が

伝わってくるからだと思う



「‥‥け、慶くんといると‥‥その

 ‥‥単純な言葉だけど幸せだよ‥‥

 あったかくて優しくなれるから。」



どう言えばいいかが慣れてなくて

正解かも分からないけど、握ってくれている

手を握り返す



前にちゃんと話した時から、

少しは向き合えてる気がするから



毎日の中の数分でも数時間でも、

同じ空間で同じ景色を見られるなんて

幸せだなって今はそう思える



『‥‥ご飯食べる前に

 キスしたくなるんだけど?』



いつもなら絶対拒否するとこだけど、

なんだろう‥‥私も無性に触れたくなってる



こんなこと今までだってなかったのに、

前だって自分からしてしまったし、

もしかして欲求不満とか?



キョロキョロしながら、

少しだけ立ち上がると、慶くんの唇に

軽くキスを落とした



『‥‥莉乃、いま』


「あ、あまり見ないでっ!今頑張ったから」



する前とした後ではこんなにも

羞恥心が出るのかと体全体が

外にいるかのように熱くなる



慶くんだって

真っ直ぐ気持ち伝えてくれるから、

私もしたい時はしたいのだ



『はぁ‥‥』



隣から吐かれたため息に一気に不安になり

勢いよく横を向くと、口元に手を当て

顔を少しだけ赤くして照れてる表情に

ホッとして、目が合うと私達は小さく笑った



「美味しかったね。」



お腹がはち切れそうなほど2人で食べて

美味しいお酒も少し飲んで満足した後、

エレベーターに乗り外の景色を眺めていた



ガラス越しに見えた慶くんが、

私の後ろに立つと腰に手を回して

耳元に唇をそっと寄せる



「フフ‥‥酔ってる?」



酔ってるのは私の方かもしれないけど、

背中に感じる体温と耳元に触れる熱が

くすぐったくてクスクス笑ってしまう



『莉乃、』


「ん?なに?」




『今日帰したくないって言ったら困る?』



ドキン



ほろ酔い気分なのに、甘い言葉に

更に酔いが回りそうなほど体が

熱を持ち始め、腰に回された腕が

少しだけ強まった気がした



準備したいって前は笑ってごまかした。



けど私も今は離れがたい‥‥



「慶くん、帰って泊まる準備したら‥‥

 うちに来る?」



私は泊まるとなると準備がバタバタして

きっと待たせて困らせてしまう



それならこのまま慶くんが準備して

来てくれた方がいい気がしたのだ



『いいの?今日は待たないよ‥俺。』



「‥‥うん、私ももっと一緒にいたい‥」



素直な気持ちを顔を見ては言えないけど、

心臓が敗れそうなほど音を立てる中

頑張って背中越しの相手に伝えた



タクシーに乗り込み、そのまま慶くんは

タクシーを下で待たせて準備をすると

そのままコンビニで少し買い物を

済ませると私の家に向かった。



「それだけでいいの?」



『うん、歯ブラシとかは買ったから

 洗濯機だけ使わせて、服洗うから。』



バックパック一つ分の荷物が

男性にとって多いのか少ないのか

分からないけど、準備はわたしよりも

断然早いからやっぱりこうして良かった



「先にお風呂いれてくるね。」



夏の熱気に汗ばんだ体をリセットしたくて、

家に着くとクーラーを入れてからお風呂の

準備をしていく




2度目の慶くんの訪問だけど、

来たいって言ってくれたってことは

居心地が悪くはないよね‥‥



慶くんのマンションよりも、古いし

和風なお家だけど、私はここの方が

多分リラックスはできる気がする



「冷たいお茶でいい?」



『ん、ありがとう。』



換気をし終え、窓を閉めると

クーラーの心地よさにホッとして

ソファに座った



「私の部屋クーラーなくて夏は

 そこの和室にお布団敷いて寝てるから、

 リビングのクーラーつけっぱなしの方が

 明日の朝も涼しいし、慶くんもそれで

 大丈夫??」



夏はお姉ちゃんとよく和室で布団を

並べて寝ていた。



両親の部屋には付いてるけど、

流石に不在でもそこで寝るのは

気が引けてしまうから。



『いいよ、莉乃と一緒なら。』



「ん‥‥」



まだお風呂に入ってないのに、

さっきから変にくっつきたくなるから、

お風呂の合図とともに慶くんを先に

お風呂に誘導して、私はお布団を準備した



ガーゼの肌掛け布団で大丈夫かな‥‥


クーラー弱めにするし、

タオルケットも用意しておこう



シャワーの音をリアルに聞くと、

これから慶くんに抱かれるんだって

実感してそのまま敷布団に突っ伏す



初めてじゃないのに‥‥

本当に好きな人とする行為って

こんなに心臓がバクバクと煩い



初めて長いキスをした時のように、

すでに伸ばせそうで、冷たいお茶を

一気に飲み干した



ガチャ



『莉乃、お風呂ありがとう、

 気持ちよかったよ。待ってるから

 ゆっくり入っておいで‥』



ドキン



湯上がり慶くん‥‥

なんて‥色気がすごいの!?



セットされた髪も下りてるだけで

幼さも増すけど、湯上がりはなんだろう‥

危険なくらいカッコいい。



「う、うん、お茶もあるし、

 この前のビールもまだあるから飲んでね」



一旦リビングを出てから部屋に行き、

着替えの準備をするとのぼせそうな頭を

フルフルっと左右に振った



いつもより丁寧に頭も体も洗って、

普段つけるナイトブラとは違い

持ってる中ではいい方だと思う下着を纏う



洗面所に置かれたアロマを少しだけ手に取り

手首につけると、大好きな香りに

気持ちが落ち着いていく



「ふぅ‥‥」



ガチャ



『ゆっくり出来た?はい、お水飲んで。』



ちょうどキッチンにいた慶くんが、

コップにミネラルウォーターをついで

手渡してくれ私はそれを一気に飲み干す



「はぁ‥‥美味しい‥‥」



緊張からなのか喉がカラカラで

いつも以上に美味しく感じてしまう



『ゆっくり入れた?』


「うん‥‥ごめん、長かったよね。」



私の手からコップを抜き取ると、

そのまま優しく引き寄せられ腕の中に

閉じ込められた



『莉乃?』


「ん?」


腕の中は、私の大好きな香りで、

湯船に垂らしたアロマがほんのりと舞い

リラックスした気持ちになっていく



『少し横になって話でもしない?』



一緒に歯磨きをしたあと、部屋の電気を消して

和室の小さなルームライトのみの明るさの中

2人で布団に寝転んだ



もっと強引に始まってしまうのかと

ドキドキしていたからこそ、

ゆったりとしたこのペースに

どうしていいか分からない



向き合って寝転び、慶くんが

私の手を握ってから優しく笑った



『緊張してるでしょ?』



「‥‥うん」



『大丈夫、莉乃だけじゃないから。』



手を引かれ慶くんの心臓に一緒に触れると

私のように少し速い心音を感じて

慶くんを見つめた



『ね?同じでしょ?』


「うん‥‥フフ‥‥ほんとだ‥‥」



2人で小さくクスクスと笑うと、

どんどんさっきまでの緊張がほぐれていく



変なの‥‥

ドキドキしてることには変わらないし、

向き合って寝転んでるだけでも恥ずかしい。



それなのに、それ以上に手を繋いで

心音を感じることがこんなにも

心地いいなんて知らなかった



慶くんが頭を撫でてくれると、私も撫でた


頬や瞼に触れてきたので

私も手を伸ばして同じような触れてみる



同じことをしてるだけなのに、

体温や香りが感じられて、

抱き合っていないのにすごく近く感じる



『どう?触れると気持ちいいでしょ?』


「うん‥‥不思議な感じ。」



『‥真面目な話になるけど、欲だけを満たす

 行為がダメなわけじゃない。

 強引に抱いて莉乃が気持ち良くて、

 俺も気持ちいいなら一つの結果だし、

 お互いがそれで満足ならいいと思うんだ。

 でも‥‥莉乃とは同じペースでゆっくり

 お互いのことを知りながら抱き合いたい。

 好きで大切な人だから‥難しいかな?』



慶くん‥‥



話しながらも指を絡めたり、

頬を親指で優しく撫でてくれている



小さく首を降ると、少しだけ慶くんに

近寄りその腕の中へ飛び込む



「私も離れてた分

 ‥‥慶くんのこともっと知りたい。」



何が気持ち良くてどんな顔を見せてくれるのか

沢山知って行きたいし、あの頃とは違う

今の慶くんと向き合いたい



ただやりたいとかじゃなくて、

そんなふうに考えてくれてたことが

すごく嬉しくて胸が熱くなる






「私も‥‥触れたい」



薄暗い空間で見上げた先にあった

綺麗な顔が嬉しそうに笑うと、

私たちは触れるだけのキスをした



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る