第9話 私の家で


ピンポーン


チャイム音に立ち上がると、

バタバタと走り玄関に向かって

覗き穴から相手を確認してから

ドアの鍵をガチャガチャっと開けた



「慶くん!早かったね。」



『そう?はい、これ来るついでに買って来た』



私服姿のオフの慶くんも、

元々スタイルがいいからか何着ても似合う



ほんと背も高いし手足も長いのに、

顔と頭は小さいからよりその綺麗な

顔立ちが際立つ



センター分けの少し長めの黒髪も

袖から覗く引き締まった腕が

白衣姿とは違うけど全てが素敵だ



「わぁ、もしかしてデザート?」



ケーキの箱のようなものを受け取ると

喜ぶ私が面白かったのかクスクスと

嬉しそうか笑い始めた



だって‥‥この家に誰かくるなんて

そんなにないしお土産もらったら

喜ぶでしょ?



『ごめん、莉乃が可愛くて。

 フルーツが美味しいお店で売ってる

 タルトだよ、食後に食べようかなって。

 あとは適当に使って?』



可愛いって‥‥

私の容姿を見て何が可愛いんだろ‥



紙袋を軽く持ち上げて笑う慶くんを

リビングの方に案内した



「暑かったでしょ?お茶いれるから

 少しそこに座って待っててね。」



『ん、ありがとう。』



私の家に慶くんがいるって変な感じだ



ことの始まりは、いつものように

お昼休憩をしていた時に始まった



数日前


「なんかいつも色々貰ってるから

 私太りそうです。」



おにぎりだけで過ごして来たのに、

おかずも食べるようになったし、

先生もこうして色々買ってきては

私に食べさせようとするから

最近スカートが少し苦しい気がする



『莉乃は痩せすぎだからもっと

 太っていいよ。』



確かに痩せてるとは思うけど、

このまま続けたらぶくぶくに太るよ?



事務仕事はハードだけど、

通勤で歩くくらいで、ほぼ運動不足



家でも完食とか殆どしないし、

疲れてると食べずに過ごしちゃうから、

余計にここ最近は食べ過ぎてるのだ



「何かお返ししたいんですが、

 色々考えても思いつかなくて‥‥

 何かして欲しいことありますか?」



なんでも持ってそうだし、

オシャレなお店は私よりも絶対知ってるし、

身につけるものは好みがあるから渡しにくい



すごく悩んで考えたけど、何にも

思いつかなくてサプライズにはならないけど、もう聞いた方が早いと思い聞いてみた



『ほんとそんなのいいのに。

 僕がしたくて勝手にやってるだけだから』



「ん、でも‥‥やっぱりちゃんとしたい」



歳だって上だし、収入だって違うし

できることなんて限られてるけど、

喜んでもらえるなら何かしたいな‥



『じゃあ‥‥今度の休みの日、

 莉乃の家でゆっくり過ごしたい。』



えっ?

そんなことで‥‥いいの?



思いもよらないお願いごとに

拍子抜けしてしまうけど、先生は

ニコニコで嬉しそうだ



「それだけ?」


『ん、あとは一緒にご飯作ったりしよう。』



それなら私にもできるかも‥‥



料理の腕は普通並みで大したことないけど、

一緒に作るの楽しそう。

お母さんが料理好きで調理道具も

使ったことないけど沢山ある



「分かった。何作るかは一緒に決めようね」



先生の長くて細い指が私の頭を優しく撫でる。

最初は恥ずかしかったし、仕事中だからと

思ったけど、先生が大丈夫って言うから

私もだいぶ力が抜けるようになった



そんな話をして今日に至るわけで、

三連休の真ん中にあたる日曜日の

10時過ぎに慶くんがやって来たのだ。



ほんとは11時の予定だったから、

準備済んでて良かったけど危なかった‥



昨日は部屋の片付けやらで1日バタバタして、

買い物行ったりと忙しかったけど

なんとなく緊張して寝不足気味な私には

人混みで視線感じるよりよっぽどいい



またレセプトが少ししたら始まるから、

リラックスして過ごせるうちは

のんびりと過ごしたかった



「はい、どうぞ。

 どうする?まだご飯作るには時間が少し

 早いけどここでゆっくりする?」



『ん、いいね。莉乃が施設を出てから

 育った家を見てみたかったんだ。

 離れててもいつもどうしてるかな?って

 考えてたし、いい家族に迎えられてます

 ようにって願ってたから。

 ただ一人暮らしなのは心配だけど。』



慶くん‥‥



隣に座ると、テーブルにカップを置き、

慶くんの方を向くと、大きな掌が私の手を取り

しっかりと握った。



そんなにも思ってくれてたのに、

忘れちゃってて、診療所では冷たい態度で

申し訳なくなる



「ありがとう‥‥慶くん。」



20年近くの時が経って、偶然だけど

また大切な人と再会してこんなにそばで

寄り添うことが出来ていて幸せだと思う



それから、部屋を色々案内してから、

一緒にご飯を作って食べて、ケーキも

美味しくいただいた。



「夏だからもうすぐ夕方でもまだ明るいね。」



クーラーで冷え切った部屋を換気するため、

縁側の窓を開けると網戸越しに中庭から

少し生温い夏の風が舞い込む



映画を見てたら

あっという間に時間が過ぎちゃって、

ゆっくりは出来たけどなんか変に寂しい



また火曜日から職場で会えるし、

どうってことないはずなのに、

楽しかったからか余計にそう思えるのかな‥



『莉乃‥』



後ろから両腕に包み込まれると、

あの大好きな香りが鼻を掠めて

お腹の前でクロスするその手に

遠慮がちに触れてみた



「ちゃんとお返し出来たかな‥‥

 本当にこんなので良かった?」



オシャレ毛もない1日で

ただただのんびりした日だったから

本当に良かったのか心配になる



『おいで‥』


「?‥‥‥うわっ!!」



手首を捕まれるとそのままソファに移動し

慶くんが座った後その上に座らされ

あろうことか跨って対面させられてしまった



いきなりこんな近くに綺麗な顔を感じて、

何より慶くんと触れてる部分が多くて

その場から逃げようとするも、ギュッと

そのまま抱きしめられてしまった



「ちょっと、慶くん!」



腰に回された腕が私を逃さないように

捕まえてるので、バタバタと暴れてしまう



『好きな人と2人で過ごすこと以上に

 お返しなんてないよ。』



「ひゃっ!!」



すーっと指が背中を登りながら、

剥き出しの肩ラインから腕をなぞるので

思わず変な声が出てしまった



「け、慶くん!?ンッ!!」



私の鎖骨辺りに埋めていた顔が離れると、

そのまま首筋に触れてきて、慶くんの唇が

顎にかけて啄むように移動する



ほんとどうしよ‥‥

こんないきなり‥‥



『キスできるね。』



甘い唇が私の下唇を甘噛みすると

ニコっと笑ったあと唇を覆われた



触れては離れ、また触れては啄み、

頬や鼻、目尻やこめかみにと触れていく




こんなことをしてるなんて自分でも驚くけど、

触れる唇や体温はあったくて心地いい‥‥



診療所では会って顔を合わせてても、

キスするのもあれ以来だから、

改めて慶くんとの関係性がちゃんと

変わったのだと感じる



『可愛い‥‥こんな顔外でしたら

 ダメだからね‥‥』



どんな顔?と聞き返す暇もなく

また唇があっという間に塞がれた。



首の後ろと腰をしっかりと支えられ、

私も両手を慶くんの首に回すと

そのまま唇に舌先が触れて深いキスへと

変わっていく



「慶く‥‥‥ンッ‥」




息継ぎするのが精一杯なほど、キスの雨が

振り続け、その甘さに答えるのに精一杯だ



リップ音と共に唇がゆっくりと離れると、

綺麗な顔をした慶くんと目が合った



この顔を目の前にすると

私の心音がうるさすぎて、

顔に熱がこもり始める



『もう少し深くキスしていい?』



あ‥‥‥



少しだけヒンヤリとした長い指が

私の下唇に添えられると少しだけ開けられた

そこに触れた唇から舌が入り込む



恥ずかしいのに、啄まれ吸われ

転がされる舌に気持ち良くなってきて

どんどんどんどん体から力が抜けていき

何度も角度を変えては深くされるそれに

しばらく身を任せた






『莉乃大丈夫?』



「ごめんっ‥‥なんか熱いなって思ってたら

 のぼせるなんて‥‥」



くっついてずっとあんなことしてたからか、

息が上がる頃にはクラクラとのぼせて

立てなくなってしまいソファに寝ているのだ



アイスノンをおでこや頬に当ててくれ

クスクスと笑う慶くんが頭を何度も

撫でてくれている



『ごめん、なんか帰るの寂しいから

 離れがたくて調子に乗った。』



えっ?



まさか慶くんも同じ気持ちだったなんて‥



大人で余裕のある感じにしか見えないのに、

寝転んで見上げる彼の顔が、

施設を出ていく時と同じように寂しく笑った



「‥‥私も。」


『えっ?』


「ううん、なんでもない‥‥」



伝えるのが恥ずかしかったから、

頬に添えられた手に自分の手を重ねる



『今日泊まる準備してくるべきだったな』



「うん、また今度ね。」



『次はいいんだ?じゃあもう少しキスが

 長く出来ないと続きは無理かな‥』



啄むような口付けを残して私を抱き締めると

あの愛しい香りを残したまま慶くんは

帰って行った




「‥‥‥はぁ」



何それ!!

なんなのさっきのは!!



玄関を戸締りすると、壁に頭をつけて

余韻に浸って1人噴火しそうな顔に

両手を当てる



もっと長いキス?その続き?



お互い初めてではないだろうから、

いつかは勿論そういう日も来るけど、

あの色気に今度は耐えられるだろうか‥



好きな人とすることは全て

未経験のような感覚で、全身に

なんとも言えない熱がこもる



はぁ‥‥‥

いつの間にあの人のこんなに存在が

大きくなってたんだろう



これ以上考えてるとまたのぼせそう‥

でも楽しかったから

このままゆっくり眠れそうな気がする



その日はあの大好きな香りに包まれて

深い眠りについた

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