第7話 不意打ち


『りっちゃん、何食べたい?』



7月を迎える頃、お姉ちゃんに可愛い

赤ちゃんが産まれた。



先生と2人で産婦人科がある場所まで行き、

感動するくらい小さなちいさな命を

ガラス越しにずっと見てしまった



『莉乃、良かったね。』



お姉ちゃんが出産する前に、

先生が昔いた施設で眠れない時も

1人にならないようにそばにいてくれた人って

紹介すると安心したようにも見えたのだ



たった一言だけ


それだけなのに、今こうして一緒にいる

目の前の人との時間がとてもいいものに

思えてくる



「りっちゃんはこの年で恥ずかしいから

 嫌なんだけど‥‥」



7歳の時はその呼び方でも返事ができるけど、

流石に20代半ばで呼ばれるとこそばゆい。



あれから帰りにちょうどお昼だからって

近くのカフェに2人で寄らことにしたのだ。



休日ということもあるけど、

店内の他のお客さんや店員さんまで

先生のことをめっちゃ見てる



どこに行っても目立ちそうだから

悪気があるわけじゃないけど、

ジロジロ見られていては落ち着かないや‥



なんだかんだで忙しくて、

あれから先生とこうして向き合って

話すこともなかったから話したかったし。



『じゃあ‥‥莉乃』


えっ?




『フフ‥‥りっちゃん驚きすぎ』



そんなん驚くでしょ!?



こんな顔面偏差値がかなり高めの顔立ちで

真顔でそう呼ばれたら誰だって固まる



家族や今まで付き合って来た人にだって

何度も呼ばれてるのに、

いつも滝さん呼ばわりしてた人から

急にそう言われるとより恥ずかしい



今まで先生と事務として接して来たから

そんな急には変えられないって思ったけど、

先生はあれが素で特に何にも変わらないでいる



小さい頃の慶くんもいつも目が合うとニコっと

笑ってくれてたけど、こうして見ると

ちっともあの頃と変わらなかったんだね



「慶くん今日はありがとう、一緒に

 来たいって言ってくれて‥」



食事を終えた後、慶くんは珈琲を

私は苦いの飲めないからラテを飲みながら

お礼を伝えた。



いつも言いそびれちゃうし、

また仕事が始まれば次いつこういう機会が

あるかも分からなかったから。



『莉乃の家族のことなら大事だから

 会ってみたかったんだ。いい家族に

 迎えられてるって見てて分かった。』



慶くん‥‥

そんなこと思ってくれてたんだ‥



新しい今の両親はお父さんの仕事の関係で、

お母さんと2人九州の方に今は住んでいる。



年に一度は帰省してるけど、

最近はメールや電話のみになってるけど、

本当に2人ともお姉ちゃんと同じように

大切に育ててくれたと思う‥‥



「慶くんは?

 ‥‥あ、聞いても大丈夫ならだけど‥」



当時だと8歳か9歳の頃に施設から

引き取られて行って、今は診療所だけど、

大学病院に勤めるなんて本当にすごいことだ。



一人暮らしっていうことは知ってるけど、

少しだけやっぱり知りたかった



『僕を引き取ったのは本当の両親だよ。』



えっ?



『事情があって少しの間だけ施設で

 過ごすことにはなったけど、優しくて

 2人とも仲がいい両親だよ。』



少しだけ悲しそうに笑った慶くんに

胸の辺りがチクッとしたけど、

あれから慶くんも

幸せを感じられながら生きてきたなら

それでいいと思えたからそれ以上は

聞くのをやめた。



『莉乃は

 あの家に今は1人で住んでるってこと?』



「うん‥‥両親は九州だし、どうして?」



『防犯的に心配かな‥平家だし。』



あ、そうか送ってもらった時に

家知られてるんだった。



「そんな平気だよ。

 近所の人も知ってる人いるし。」



先生みたいな美しい人なら、

1人で住んでるなんて近所の人が知ったら

用もないのに来てしまいそうだけど‥



ご飯とか毎日作ってくれそうだし‥

ん??‥‥あれ‥‥そういえば‥‥



「慶くんって彼女いるよね!?

 わたし休みの日に一緒にいて大丈夫??」



なんでこんな大事なこと考えなかったの!


普通に彼女がいない前提で

前まご飯行ったら話してた自分が怖い!



抱きついちゃったし膝の上にまで‥‥

彼女さん香りまで嗅いでしまってごめんなさい



『いないよ。』


えっ?


職場の人と楽しそうにしながらも、

血の気が引くくらい青ざめてオドオドしてると

クスクスと笑う声に閉じていた瞳を開ける



「‥なんで?」



いないことの方が不思議でしかない人に、

彼氏がいない人が上からものを言うのも

おかしいけど真顔で質問してしまう



清水さんみたいな人が隣にいたら

お似合いなのにな‥‥



『莉乃は?』


「えっ?‥‥そんなの見てわかるでしょ?

 今はいないよ。」



まだ莉乃って呼ばれると恥ずかしくて

仕方なくなり、ラテを一口ゴクリと飲む



私のことなんて聞いても面白くないのに‥



『良かった‥』


えっ?


「な、何が?」





『ん?莉乃が好きだから』



ガシャン!!



「ゴホッゴホッ‥‥」



持っていたカップを落としそうになるとともに

口に含んだラテが喉に詰まりむせてしまう



今の聞き間違いだよね?



涙目で慶くんを見ると、

肩肘をついたまま、こちらにもう片方の手が

伸びてきて私の長い髪の毛を一すくいしたまま

真っ直ぐにこちらを見ていた



先生!!ここ外!!


みんなの視線見て!

すっごい見られてて恥ずかしい!



「はぁ‥‥‥待って、

 えっと‥‥職員として‥だよね?」



『それ以外だったらダメなの?』



掴まれた髪の毛を手から引き抜き耳にかける


ちょっと待って‥‥


それ以外ってなに?

急なことで頭が全くわからない。



『莉乃?』



「はい‥‥先生。」


『なんで先生なの?今仕事じゃないよ。』



ドクドクとおかしいくらいに

心臓が波打ち、目の前の相手の目が

全く見れない‥‥いや怖くて無理



なんで‥‥

さっきまで普通だったのに‥



『莉乃』


「ちょっと待って‥‥」



なんかこの先を聞いたら

ダメな気がしてならないのに、

少し視線をあげたら切れ長の瞳が

ニコッと笑った



ダメだ‥‥このまま聞いたら‥‥



ドクドクとスピードをあげる心臓と、

お風呂に何時間もつかっているような

顔の熱さに体が固まった







『莉乃の恋人になりたいな』



ドクン



なんで?

慶くんが私と?



少し前まで先生と事務員の立場で、

最近慶くんだったことごわかったばかりで

なんで付き合うって話になるの?



顔から火が出そうなほど頬が熱くて、

頭がおかしくなりそうだ。



今までだってバイト先の人となんとなく

付き合ったし、告白らしいものも

初めてじゃない



けれど、今の状況が一番心臓に悪く

いつまで経っても心音のスピードが

止まらない。



相手が慶くん‥先生だから?



『ごめん、困らせたね。外に出ようか。』



「あ、‥‥‥う、うん。」



まだ全くあたまが回らないまま車に乗り、

あの大好きな香りを体に取り込む



私の恋人‥‥?


慶くんが?



初めての恋愛でもないのに、

なんでこんなパニックになりかけてんだろ。

もういい大人なのにな‥‥



「あのさ‥‥‥なんで‥その私なんかと

 付き合いたいの?

 私何にも持ってないよ?

 ほら‥‥見た目もダメだし、ただの

 事務でさ、誇れることもないから‥」



以前はなんとなく言われたら付き合って、

結局フラれてダメになってなんてことがある。



付き合って見たらそれなりに楽しかったし、

私なりには頑張っていたけど、結局体を

繋がれても心が繋がらないようなそんな

感じだったから



こんなこと今まで聞いたこともなかったけど、

やっぱり慶くんには聞きたかった。



『なんでか‥か‥‥‥それは俺も知りたい。』



えっ?



エンジン音とエアコンしか感じない空間で、

ふいに繋がれた右手

私よりも当たり前だけど大きくて、指が

長くて、簡単に包み込まれる



『触れたいとか一緒にいたい、

 そばにいて欲しい、そう思えるのが

 やっぱり莉乃だけだからかな‥‥。

 誰と付き合ってもやっぱりダメだったし、

 一方通行な思いに答えれなくて相手にも

 可哀想なことをした。

 だけど、莉乃とはずっと一緒にいたい。

 今はそれが答えかな‥‥』



慶くん‥‥‥‥



何気に手繋ぐの許してしまってるけど、

車内で手繋いでこんな話してたほうが

なんか落ち着く‥



さっきは人の目もすごく感じたし、

心のどこかで慶くんみたいなカッコいい

人と一緒にいるのが恥ずかしいって

思ってるんだと思う



好きって気持ちを真っ直ぐ伝えてくれて

嬉しくない人なんかいない


ましてやこんな文句のつけどころが

ないような人からなら



「私ね、今までも恋愛はしてきたんだ。」



『ん‥‥』



「でもね‥‥前にも話したけど、

 自分の気持ちが上手く伝えられない。

 それは‥‥‥やっぱり小さい時に

 捨てられたくなかった人に捨てられた

 トラウマで、あまりのめり込むと

 また捨てられた時の怖さがあるから。」



慶くんが握った手を緩めると、

私の手に長い指を絡めてまたギュッと握った




「人の気持ちなんて何がきっかけで

 変わるかなんて誰にも分からない‥‥

 だからそういう時が無理して一緒にいても

 仕方ないって思う。

 でも慶くんとは‥‥‥上手く言えないけど、

 ‥‥‥ずっと一緒がいいから‥‥前に

 進むのが怖い‥‥ごめん、何言ってるか

 よくわからないよね‥」



こんなにも誰かに本音の気持ちを

話したことがなくて、少し苦しくなる



新しい両親に大切にしてもらったし、

お姉ちゃんのことも大好きだけど、

我儘や本音を言ったらまた離れちゃうのが

怖くていつのまにか伝えるのができなくなった



『頑張ってたんだね、莉乃は。』


えっ?



少し俯いていた顔を上げて横を向くと、

少しだけ泣きそうな表情で笑う慶くんが

私をそのままそっと抱き締めた



あの香りが脳まで届くくらい染み渡り

本当は逃げ出したいのに体の力が

抜けてしまう



「フフ‥‥‥」


『なに?急に笑って』


「ん‥‥‥何回もこうしてもらってるなって」


『嫌?』



片手が頭に移動して何度か髪を撫でた後、

首筋に移動しそのまま顎を持ち上げられる





「嫌じゃ‥ないよ‥‥」



言葉では上手く伝えられないけど、

近づく顔に目を閉じると、唇が塞がれ

慶くんの体温をぐっと近くに感じた



こんなこと先生としてるなんて、

いまだに少し前の私からは想像できない



一度唇が離れた後、恥ずかしくて俯くと

もう一度顎を捉えられて、今度は長い

キスが落とされた



本当はとっくにこうしたかったのかもしれない


真っ直ぐいつでも向き合ってくれてたのに、

気付かないふりや気づきたくないから

いつも逃げてたから



「‥‥‥‥私で‥いいの?」



『‥‥‥クス‥‥俺でいいの?』




下唇を甘噛みされると頬に唇が触れ

耳元で小さく囁かれたので、

小さく頷くと、私たちはもう一度

大好きな香りに包まれてキスをした

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