夏と田舎は斯く在るべし

「それで、あんたこれからどうするのよ?」


「うむ。よくぞ聞いてくれた」


 もういつ死んでもいいからこそ、もう少しくらい寄り道してやろうと、そう遠回りしている間に死後の計画はしっかりと考えていたのだ。


 最も、その遠回りは一年も続かなかったのでまだ絵空事に近いのだが。


「ぬらりひょん。ナツキも手伝え」


 一人ではないのだ。どうにかなるだろう。


「僕はここに、体験型イベントを立ち上げる!」


「は?」


 たった一音で全く話についてこれていない事を伝えるとは、コスパのいい疑問詞である。


 仕方あるまい。解説してやろう。幸いにして、難しいことなど一つもない。


「ここを訪れる観光客や帰省者に素敵な一夏の体験をプレゼントしてやるのだ。僕が貴様らに貰ったような、奇天烈で下らない、滅茶苦茶な思い出を」


 何を言ってるんだこいつ、というナツキとぬらりひょんの顔がまたおかしなことを言い出した、とでも言いたげなものに変わったが、どうせ僕がやると言えば付き合うのは分かりきっている。


 なんだかんだ、こやつらは付き合いがいいのだ。そうでなくとも、最初に僕にそうしたのはこやつらなのだから、今更出来ぬとは言うまい。


「なんとなく言いたいことは分かったけど、わざわざ外からこんなとこに来る人間なんて滅多にいないわよ」


「その辺は将来ホズミくんがどうにかしてくれることであろう。それまでは、そうだな。神隠しと称して適当に誰か拐ってくればよかろう」


「駄目に決まってんでしょ!?」


 何が駄目なものか。僕だって最初はそうしてここへ連れてこられたのだ。そして、そうでなければ今、こんな風に幸福に死んでいることは無かったであろう。


 無論、誰彼構わず拐ってこいというわけではない。かつての僕やナツキのように、誰かが無理矢理連れ出さねばどうしようもない奴がいれば連れてきてスッキリさせてやろうと、それだけの話だ。


 ぬらりひょんがいれば出来ぬこともあるまい。いや、情報収集に長けた者のサポートもいるか。まあ、ぬらりひょんなら適役をアサイン出来るであろう。


 連れてきたら、そうだな。案内役は猫又がいい。マスコット役もこなせるからな。ヒヨ子はお笑い枠にいれてやっても良いが、客が少年であった場合は裏方に回す他あるまい。


 アップリケは荷物持ちでもやらせればよかろう。大人を乗せられる筋力があればタクシー役でもよかったが。


 いや、そうだ。レースもどうにか、ハンデを課しつつ実現してやろうではないか。上手くいけば競馬や競輪より盛り上がる賭博になるやも知れん。


 あとは何をしようか。思えば、川釣りや虫取り以外にも夏らしいことは山のようにあるのに、僕はあまりしてこれなかった。


 スイカを割らせたりかき氷でも作らせたりすれば食からも夏を楽しめる。視界を塞ぎ、スイカを割るかヒヨ子を割るかというアトラクションにしてもよいな。


 流しそうめんもよかろう。当然、流れてくるヒヨ子を掴んだら罰ゲームだ。


 花火も人魂で代用できることがわかった。打ち上げもよいが、手持ち花火も再現できないだろうか。今度特訓させてみよう。


 ここで用意出来ぬ資材は川田にでも輸送させればよい。なに、死んだ友の願いを嫌とは言わぬだろう。


 他にも、そう他にも。工夫次第で出来ることはいくらでもあるはずだ。まずは妖怪を集めてミーティングを開かねば。そうだ、例のキックオフミーティングはいつになるのだろうか。今度は記憶が飛ばぬ程度に抑えねばな。


「よし! やるぞ貴様ら!」


「駄目だってば! ちょっと、決意を固めるのやめなさいよ! 絶対碌な事にならないんだからー!」


 ナツキの叫びが山にこだまする。もうじき夏が来る。


 暑くて、空が高くて、周りは山や田畑ばかりで。


 側には妖怪が居る。人ならざる怪異達が潜んでいる。しかし恐怖は微塵もない。


 怪談だなんて口が裂けても言えぬほど、どうしようもなく下らない奴らと過ごす、他愛のない日々。


 だというのに、そんな他愛ない日々を何度だって思い出すのだ。


 夏という言葉を聞く度に。青く茂る山を見上げる度に。足を冷たい水にさらす度に。花札に興じる度に。祭り囃子に心を踊らせる度に。


 記憶につながる欠片を得る度に何度でも思い出し、明日を頑張る力を少しくれる。次の夏が楽しみになる。


 そんな思い出を、おかしな奴らと作っていくのだ。夏休みの学生も、疲れたサラリーマンも、隠居同然の芸術家も。


 ここを訪れた誰も彼もが。


 夏と田舎は斯く在るべし。さりとてここで問題が一つ。




 夏以外の季節を、僕はここで一体、どう過ごしていけばいいのだろうか。




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