かくして僕は、ようやく指針を得たのである
「フハハハハッ! フワーッハハハハハ! 絶景、絶景! 絶景であるッ!」
目の前の光景に笑いが止まらん。吐いても吐いても、腹の底から無限に湧いて出る。最も、止めるつもりも毛頭ない。
視界いっぱい広がる光。元々飾られていた提灯もあるが、それ以上に化け物由来のものばかりである。
空を飛ぶのは奇妙なものばかり。メンダコだのヘラクレスだのペンギンだのが飛んでいることに至っては僕ですら訳が分からぬ。
かと言って下が人間ばかりかと言えば、そんなのはつい数分前までのことだった。
恐怖に慄き、よろけた人間が隣の者に肩をぶつけ、正気を取り戻してああ済みませんと謝れば、なんとびっくり顔がない!
なんてことがあちこちで起こっている。無論のっぺらぼうばかりがいるわけでもない。首が伸びる者もいれば、変身する者もいる。
そんなテンプレートのような動きをするだけまともな方であろう。僕が好き勝手しろと言ったからか、金魚すくいやヨーヨー釣りの水槽に飛び込み泳ぎだす奴や、屋台の主に化け、焼きそばに化けた同胞をひっくり返す奴もいる。
あそこのわたあめ機の中で高速回転しながらベトベトになっているアヒルはヒヨ子であろうか。はっちゃけ具合はトップクラスである。他の妖怪も見習うがいい。
こうして俯瞰して見ていれば全く、せっかくの大舞台だと言うのに生ぬるい奴が多い多い。致し方ない。僕が導いてやろう。
「そこ! そこ! それからそこも! 写真や動画など撮らせるな! 口伝で語らせてこそ怪異であろうが! どうにもならなければ妖術でごまかせ! データなど吹っ飛ばして構わん!」
「こらそこ! 泣かすまで怖がらせてどうする! 一度おどかして満足したらその次は楽しませてやるがよい! せっかくの祭りであろうが! 笑え笑え!」
「貴様! 図体がでかいからと自分ばかり食うでない! 食い物は分け合え! 宴であるぞ!」
「そこの端で酒盛りに興じる爺共も誰かもてなしてやれ!
「ふむ……祭りだというのに趣が足りぬな……おい人魂。ちょっとそこで弾けてみせろ。花火の代わりになるやも知れん」
僕があれこれと指示を飛ばせば、妖怪共はその通りに動いてみせた。多少雑な振りでも何とか形にして見せてくれる。
現場が曖昧な指示に応えるときは相当な苦心を強いられているのだと、実体験で知っていながら尚、止まらなかった。セクハラ、パワハラで訴えられればまずいことも言った気がするが、気にしなかった。
なんだかんだ言っても、笑っているのだ。どいつもこいつも、いつの間にか、人間共も。
「ハァーッハハハハハハァ!」
僕の笑いも止まらなかった。突如、脳裏にふわりと声が浮かんだ。
『私は生真面目で丁寧な人間です。その分、融通が利かず堅苦しいところもあるでしょう。大学では、ニコリとも笑わず過ごす日もあります。だからこそ言えるのです。この私ですら笑えることで、楽しめぬ人などいないのだと』
それはいつかの面接で、若き僕が苦心して吐いた志望動機であった。今も僕に人格否定を繰り返す糞上司は、当時も面接官として『君、それじゃダメなんじゃない?』などと吐き捨ててくれたものだ。
しかし思えば、そんな僕に内定を突きつけたのもあの上司だったのだ。口ではなんと言われようとも、内心納得させるだけの想いが、そうだ。当時の僕にはあったのだ。
いつの間に忘れていたのだろうか。
「人間共! 妖怪共! 心ゆくまで飲め! 騒げ! 今宵は宴である!」
僕が叫べば、盃やジョッキやラムネ瓶、焼きそば、たこ焼き、金魚に至るまで、多種多様なものが握られた手が、人と化け物入り混じる多種多様な手が、雄叫びとともに高く挙げられた。
ああ、そうだ。僕はずっと。
「フハハハハッ! ハーッハハハハハ!」
ずっと。これがやりたかったのだ。
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