ふらっと立ち寄るだけで楽しいものですよね、祭りって
村から三十分も車で移動すれば、町へと下りる事が出来る。東京にも、道が広かったり、街路樹が多かったりする比較的長閑な町はある。この町はそういう町に少し雰囲気が近くて、なんだか落ち着くような心地がした。
村にいると少し落ち着かない。最近は特にそうだった。とはいえ、中学生の僕が一人でここまで来るのは骨が折れる。
村はずれの平屋で暮らす山田さんという方に、食事を届ける仕事もある。それもあって、余計に勝手な行動が取れるわけではなかった。今日のような日は特別なのだ。
食事を届ける仕事が嫌いなわけではなかった。山田さんと会うと、なんだか少し懐かしい気持ちになるから。この夏初めて知り合ったのに、不思議なことだ。
山田さんは、元気にしているだろうか。今日一日とはいえ、目を離して大丈夫だろうか。目に見えて落ち込んでいたあの人は、じきに限界を迎えてしまうんじゃないだろうかという危うささえ感じさせた。
夏祭りなんて、一人でいつまでも楽しめるようなものでもない。今日は早めに引き上げて、帰り際に山田さんの家にも寄ってもらおう。
祖父母だって、わざわざ僕のためにここまで出てきてくれているだけなのだ。僕がそうしたいと言えば否とは言うまい。
山田さんへのお土産は何にしようか。何なら食べられるだろうか。そんなことを考えながら屋台の間を一人、練り歩いた。
祖父母にも一応、こちらに挨拶しておかなければならない知り合いがいるらしいので、あまり早く上がりすぎても困らせるだろうか、なんて心配していたのだけど、存外、一人でも祭りは楽しかった。
まず粉物。これがズルい。海の家の焼きそばとか、富士山の上のカップ麺とか。どちらも僕は経験がないけれど、夏祭りのたこ焼きやお好み焼きも同じカテゴリに含まれるんじゃないだろうか。
特別美味しい味付けがされている訳でもないのに、特別な機会に食べるというだけで特別な味がする気がする。むしろ、安っぽいのがいいのだと言っても過言ではないのではないだろうか。
甘味もいい。お祭りで買うかき氷は、都会のスーパーとかでは見ないような味のシロップも選べる。お祭り以外で食べる機会なんて、別にないのだけど。それでも立ち並ぶ色とりどりの瓶は、見ているだけで心が躍る。
チョコバナナは、二本も手に入れてしまった。一本で十分なのに、店主とのじゃんけんで一本多く勝ち取れると嬉しいのは何故だろう。
りんご飴は買ったけど、食べなかった。これは見た目に特化しすぎていて、それほど味が好きなわけじゃない。それでも何故か食べたくなる時があって、結局食べる年の方が多い気がする。今年は、山田さんへのお土産にしよう。
りんご飴は日持ちしないだろうから、駄菓子も取っていってあげようと、射的に挑戦した。
ゲームとか、そういう目玉賞品はそもそも取れるようになっていないと睨んでいるけれど、小さな駄菓子などは意外と、ちゃんと狙えばちゃんと取れる。
戦果はガムやラムネ菓子をいくつか。いつでも好きな時につまめて、大して量はない。山田さんには丁度いいだろう。ガムを喉に詰まらせる、なんてことがないようには、祈っておく。
金魚すくいにも挑戦した。十三匹。上々だ。山田さんの家には金魚鉢があったはず、と思い挑戦したけれど、そういえばそれ以外の飼育道具はない。あったとしても、彼はいつまでもあの家で暮らすわけじゃない。飼うのは無理かと、仕方なく全て水槽に帰した。
代わりに何か、と見渡して、ちょうど良さそうなものを見つけた。山田さんは結構わかる人だ。きっと喜ぶだろう。
「おじさん、一回お願いします」
「おっ、よし坊主! いっちゃんいいの当ててみな!」
「そんな景品表示法に引っかかりそうなのはいりませんよ。そこのハンドガンで十分です」
顔が引き攣るおじさんを放っておいてさっさとくじを引く。結構運には自信があったんだけど、結果は、一番下の賞だった。
「がはは! 謙虚に見せても欲は隠せなかったな坊主! ほれ、そこから好きなの取ってきな」
まあ、こういう日もある。エアガンの代わりになるものはないかと、指し示された六等賞品のラインナップを何気なく眺めると、良さげなものが見つかった。
光る指輪。こういう場所にはお決まりのようにある。山田さんからも既に壊れた光る指輪を預かっているし、お返しとして用意すれば、山田さんはどんな顔をするだろうか。
きっと要らないと言うだろう。でも僕だって要らない。そうなれば、どちらが引き取るか勝負で決めよう、と言い出せる。内容は、また釣りに行っても、虫取りをしても、花札だっていい。
山田さんの気が晴れるなら。また一緒に、気軽に遊べるのなら。
山田さんは……どうして、あんなに落ち込んでしまうようになったんだっけ。いや、ここに来た原因を考えれば自然なことではあるのだけど。
それにしては、やたらと元気だったような記憶が確かにある。そして何故だか、思い出せない記憶も多くある。
例えば、あの指輪は、何故僕が預かる事になったんだったか。そもそもどこで……いや、それは釣りの時だった。どうすれば指輪を釣り上げることができるのかさっぱりとわからないけれど、山田さんは釣ってみせた。
僕は……何を釣ったんだっけ。思い出せないけど、なんだか釣れるはずのないものを釣ったような気がする。
山田さんの周りにいれば、そんなことばかり起きていたような気がするのに。いつ、どのタイミングからあんなに塞ぎ込むようになったんだっけ。
「おじさん、僕、これで」
指輪を景品に選んで立ち去ろうとした。もう日も沈んですっかり夜だし、引き上げるには丁度いいだろう。そして、山田さんに会いに行って、勝負の約束をすれば、何か、思い出せるかも知れない。
「うぉわあ!?」
そんな僕の思考を遮ったのは、くじ屋のおじさんの驚愕の声だった。何をそんな、と僕も振り返って視線の先を追えば、僕の目も、点になった。
そこには、この世のものとは思えぬ光景が広がっていた。
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