過分な誇りは傲慢である。余分に負うのも、また傲慢である
「そして、自分とナツキの縁もぬらりひょんに切らせたわけか」
猫又は小さく首肯した。元々体の小さな子であるが、今は一層小さく見える。
「それで貴様が苦しいのは分かるが、それで? 縁を切ったから何だというのだ。それで何になった」
「自分のせいだと、ナツキ殿が自分を責めなくて良くなりました」
「いいや、違うな。責めることも出来なくなったのだ」
「責めていればよかったと言うのでありますか」
「違う」
真っ向から否定してやろう。自分を責める必要など、最初から誰にもないのだ。
「事故であろう。元々誰のせいでもあるまい」
「いいえ、違うのであります。ボクが、あの日、基地を掘り返さなければ」
「考え足らずは反省するがいい。ただ、ナツキの為を思って行動した数々の勇気は誇れ」
猫又は何を言っているのか分からぬという顔をした。何故分からぬのか。自分のことだからか?
僕には分かるぞ。子猫が一匹、強風吹き荒れる山中を駆ける危険も。崩れたずぶ濡れの資材を掘り起こすその苦労も。想像に難くない。ただ一心に、恩人のために力を振り絞ったその行動を誇らずなんとする。
「誇ればよかったのだ。貴様はナツキをそこまで想っていることを。その行動を。ナツキは貴様に想われていることを。ホズミくんに想われていることを。誇ればよかったのだ」
「誇って、どうするでありますか」
「そこからだ。次にどうするかなどという話は。なのに貴様らは自らの非ばかりを見つめて、誇るべきものを見落としているから、自らを犠牲にする方法しか選べぬのだ。それが何を道連れにするのかも知らずに」
ナツキがホズミくんとの縁を切って、苦しんだのはナツキだけか。ならばなぜ、猫又はこんなにも自分を責める。猫又がナツキとの縁を切って、傷ついたのは猫又だけか。忘れさせてくれてありがとうだなどと、あの生意気娘が抜かすものか。
忘れさせられた方は、傷つかぬのか。知らなければないことも同じか。傷があっても、血を流していても、痛みがなければないも同じか。
そんなはずはあるまい。
「ナツキはホズミくんとの縁を切って、ホズミくんの記憶と想いを道連れにしたのだ。貴様も同じだ。心当たりはあるのではないか? ナツキは思い出したのだろう。その時あいつは貴様に何を言った?」
猫又の顔が悲痛に歪む。それは自覚がある故だろう。それは悪いことではない。必要な気づきなのだ。だから猫又以上に悲痛そうな声を頭上から漏らすでない、ヒヨ子。話の筋がぶれる。
「貴様がナツキから自己否定の材料を奪って、それでナツキはどうなった。僕には、諦める以外の道を絶たれたように見えたがな」
楽しそうだった。花札をするのも、メンコをするのも。しかしそれは比較的最近の話だ。
僕が連れ出さずに、あやつが外を出歩いているのを見た記憶はほとんど無い。初めて出会ってからしばらく、一人携帯ゲーム機に向かう姿を見ていても、楽しそうだと思った記憶はない。
他に、どうしようもなかったのではなかろうか。そうやって日々を誤魔化しながら、小さな部屋に籠もって過ごす他に出来ることがなかったのでは無いだろうか。全てを諦めて。
それは、記憶を無くしていた間の、あるいは川田にここへ連れてこられる前の、僕の無為な日々と変わらなかったのではないだろうか。
だからこそ。僕はそれを、黙って見過ごすことは出来ない。
「貴様がすべきだったのは、増水した川に飛び込むほどの勇気を、奴らを前に進ませるために使うことだったのではないか」
猫又は、自嘲的な笑みを浮かべ、頬に涙を流しながら呟いた。
「仰る通りでありますね」
−−−
「そういえば、記憶を無くしていた割には、猫又のことをあだ名で呼んでいたな、ナツキは」
猫又が泣き止むのを待っていたら、思わず思考がそのまま口からこぼれだした。
落ち着きかけていた猫又の表情が、それをきっかけにまた暗くなる。
「自分への罰のつもりでありましたのに、呼び方一つ残っていただけで嬉しくて、そのまま甘えてしまうのだから。それも、ボクの過ちでありますね」
「だから、言っているだろう。そこなのだ」
僕はそう言うと、もう待ちきれんと猫又を無理やり抱き上げ、肩車の形を取った。い、意外と腰にくる。
思わぬ負担に眉に皺を寄せながらも、なんでもない風を装って言った。
「切れぬ繋がりがあったことを誇れ。胸を張って助けに行け。一人で閉じこもっていたら心が腐ってしまう。手を引いてやらねばな」
歩いていると、頭に雫が落ちる感触があった。猫又の案内がなければどちらへ向かえばいいのかも分からぬのだが、今しばらくは仕方あるまい。
アタイ、もう身体洗いませんなどと、ヒヨ子が阿呆なことを抜かすのも、まあ、こんなときばかりは悪くあるまい。
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