ボクは猫又。悪しき妖怪であります
ボクは元々、町の野良猫でありました。町といっても、旦那やご主人様が普段暮らしているような場所と比べれば、田舎でありましょう。
それでもそこには、ヒトが多くいて、その分食い扶持もある方でありましょう。
でも、ボクはそこで生きてはいけませんでした。体が小さく、弱く、ヒトに甘えるのも得意ではありませんでしたから。
縄張りも持てず、逃げるばかりの日々でありました。ある日、逃げ込んだのがヒトの乗り物だったようで、この村に迷い込んでしまいました。
そして出会ったのであります。ご主人様と、ナツキ殿と。
「カイト、どうしたのその子」
「や、なんかそこでへばっててさ。ナツキ、猫とか飼えないよな」
「無理よ。ママ、猫アレルギーだもん」
「だよなぁ」
当時の僕には、どういう意味だかわかりませんでした。それでも、僕の処遇を話しているのだということはわかりました。
「じゃあ、招待しようか。僕らの秘密基地に」
当時の僕には、何を言っているのかわかりませんでした。それでも、それが救いであることは、僕にもわかりました。
そうして、ボクにお家が出来たのであります。お二人のお家にお招きいただいたこともありました。ご飯をいただいたり、お風呂に入れて貰ったり。それでも、ボクの帰る場所は彼らの秘密基地でありました。
二人は毎日のように顔を出してくれました。ナツキ殿はよく、ボクが鬱陶しがるまで撫でたり、抱き上げたりしてくれました。
二人共いる時は、ご主人様はあまり干渉してきませんでしたが、ご主人様とボクだけの時は、ご主人様もたくさん構ってくれました。
たくさんのものを見せてくれました。ボクにはどれもよくわからない物でありましたが、ご主人様にとって、とても大事なものであるということだけはわかりました。
ナツキ殿と二人の時も、ナツキ殿からたくさんの宝物を教えてもらいました。秘密基地は、二人の宝箱のようでありました。
ボクは、嬉しかったのであります。幸せだったのであります。僕も、二人の宝物になれたようで。
二人はよく言い合いをしていました。猫は、ヒトの感情に敏感なのであります。それは、仲が良いからこそのものだと、ボクにはわかっていました。
たまに熱くなりすぎたとき、ボクの声かけ一つで、二人は冷静さを取り戻しました。そのこともまた、嬉しかったのであります。ボクが二人を、繋ぎ止めているようで。
ある時、大雨が続きました。ボクは降り始めたとき、山ではなく、村の方にいました。なので、そのまま村の空き家で雨宿りをしたのであります。多分、旦那が今暮らしている、あのお家でありました。
二人は、ボクが村にいたことを知らなかったと思います。さぞ心配をかけているだろうと思っていました。自分のご飯もないのに、二人のことばかり考えていました。
雨が止んで、ボクはすぐに基地に向かいました。二人もすぐにボクの安全を確かめに来るだろうと思っていたのであります。その時にボクがそこにいなければ、きっといらない心配をかけてしまうと思いました。
風の強い日でありました。僕の小さな体すら吹き上げてしまいそうなほど強くて、山道は歩き辛くて、それでも必死に進みました。
基地は、潰れてしまっていました。雨風で柱が倒れてしまったのでありましょう。
今思い返せば、地面のシートと天井のシートに挟まれて、中身の被害はそこまでではなかったのではないかと思うのでありますが、当時のボクは酷くショックを受けていたのであります。
ボクは必死で掘り起こしました。小さな体で、時間をかけて。風が吹きました。掘り起こしたところから、大きくシートが捲れ上がり、中身をばらまきました。
ボクの目は、川の方へ吹き飛ばされる物の中に、ナツキ殿が一番大切そうに握りしめていた指輪を捉えたのであります。
ボクは迷わず飛び込みました。苦しくなって、すぐに目の前が真っ暗になりました。
その時ふと、力が湧き上がってきたのであります。感じたことのない、不思議な力でありました。
水面から顔を出し、岸まで飛び上がりました。体に何か重いものが巻き付いていましたが、構わずまとめて飛びました。
巻き付いていたのは、ナツキ殿でありました。ナツキ殿はもう、動いてはくれませんでした。
たくさん呼びました。たくさん毛づくろいをしました。それでも起きてはくれなくて、たくさん鳴きました。
誰かが頭を撫でてくれました。見ると、それはナツキ殿でありました。
「大丈夫よ、しーくん。あたしはどこにもいかないから」
夢だったのだと思いました。ナツキ殿が動かなくなってしまったのは夢なのだと。本当は大丈夫だったのだと。
「本当でありますか? 生きてるで、ありますか?」
声が言葉になりました。ボクは少し不思議に思いましたが、気にしませんでした。
ナツキ殿は言いました。
「ううん、死んじゃった」
わけがわかりませんでした。ナツキ殿は、ボクを指さして言いました。
「ほら、しーくんも」
見ると、尻尾が二つになっていました。どっちもボクの思い通りに動く、ボクの尻尾でした。
「おばけ同士、おそろいね」
ナツキ殿は、優しく笑いかけてくれました。それを見て、ボクはようやく、取り返しのつかないことをしてしまったのだと気づきました。
夏が過ぎました。ご主人様は都会へ帰っていきました。酷い顔をしていました。ボクはご主人様の顔を見る度に胸を痛めてしまって、見送りも出来ませんでした。
秋も、冬も、春も。ナツキ殿と二人で過ごしました。たくさんの妖怪たちとも、その時知り合いました。
次の夏が来ました。ご主人様が都会から帰ってきました。ようやく、きちんと顔を見ることが出来ました。もうそれほど、暗い顔をしていませんでした。
ボクは、安心しました。安心してしまったのであります。
ご主人様は、川へ足を運びました。来る日も来る日も。雨の日も風の日も。ボクらが亡くなった場所に、毎日。
泣いているのをみたこともありました。ボクは、何も出来ませんでした。
ナツキ殿は違いました。なんと、彼の前に出ていって、川へ蹴り落としたのであります。
ナツキ殿は、うじうじするなと彼を叱りました。ご主人様は目を白黒させていました。ボクもつられて出ていくと、また涙を流しました。
泣くなって言ったでしょってナツキ殿は怒ったけれど、ナツキ殿も涙を流しました。三人でひとしきり泣いてから、僕らはまた、一緒に過ごすようになりました。
ご主人様は何度でも泣いて、何度でも謝りました。その度にボクも謝って、ナツキ殿が怒りました。
支え合えているのだと思っていたのであります。あの日のボクは。だけどきっと、違っていたのでありましょう。
夏が終わりに近づきました。ご主人様は言いました。今年は帰らないと。
ボクは喜びました。ずっと一緒にいられるのだと。だけど、ナツキ殿は怒りました。今までで一番の大喧嘩になりました。
「帰らないって、学校はどうすんの!?」
「いかない。僕はここにいる」
「そんなの、おじさん達が許すわけないでしょ!? 何言ってんの!」
「父さん達が何を言ったって関係ないだろ! 僕の人生だ!」
「人生だなんて言うなら、こんなことで棒に振らないでよ!」
「こんなこと!? こんなことだって!?」
「やめて、やめてくださいであります」
ボクの言葉では、もう二人は止められませんでした。ボクではもう、繋ぎ止められなかったのであります。
「帰ったって、その先にお前はいないじゃないか! 僕には、ナツキだけがいればそれでいいのに!」
ナツキ殿は、顔を真っ赤にして立ち去りました。ボクは必死になって追いかけました。ご主人様は、立ち尽くしていました。
「ナツキ殿、よかったでありますね。秋も冬も一緒でありますよ。きっと、三人ならもう寒くないでありますよね」
早足で歩くナツキ殿の背中に、ボクは言葉を投げかけ続けました。ナツキ殿の手が、どんどん強く握りしめられていくのが分かっていながら、ボクはやめられませんでした。他に、かけられる言葉も持ち合わせていませんでした。
ナツキ殿は真っ直ぐに、ぬらりひょん様の元へ向かいました。
「ぬらりひょん。あんた、縁を結んだり切ったり出来るって言ってたわよね。それって、自分以外の人同士でも出来るの?」
何をしようとしているのかが分かって、ボクは止めました。いくら鳴いても、ナツキ殿は止まってはくれませんでした。
やはり、ボクの声には、なんの力も無かったのであります。
「本当に、よろしいのですな?」
「ええ」
音もなく、簡単にそれは遂行されました。ご主人様は、夏の終わりに都会へ帰られました。ナツキ殿は、それまでずっと、泣き通しました。
「ごめんね」
ある時、ナツキ殿はボクを抱きしめて謝りました。
何がでしょう。ナツキ殿が一体、ボクに何をしたでしょう。
ボクは、ナツキ殿に何をしたでしょう。ボクのせいで、大切なものを失くしました。命まで失いました。彼との縁まで切らねばならなくなりました。
秘密基地を掘り返したのはボクであります。川に飛び込んだのもボクであります。悪いのは、ボクであります。どうして、ナツキ殿が苦しまねばならないのでありましょうか。
罰を受けなければならないのは。ボクであります。
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