無くて七癖とは言うが、ギャップに驚くこともある

 アップリケとの会話は描写が非常に億劫であるため、内容を簡潔にまとめようと思う。


 奴はナツキからカツアゲを受けていた。身体を直してやった報酬に道案内をしろと。ヒヨ子が目撃した内緒話というのもこれだったそうだ。


 僕がホズミくんと虫取りをするため昼間から寝こけている間に、ナツキはアップリケの案内で秘密基地の大まかな位置を割り出した。


 レースで最速記録を出すために山の全てを把握していると豪語するアップリケですら正確な位置まではわからなかったそうだが、秘密基地が実在したというだけで、ナツキには大きな収穫だったのではないだろうか。


 奴の死因に秘密基地は密接に関連しているように思う。猫又の計らいで失くした記憶の中に基地のことが含まれていてもなんらおかしくはない。


 その場合、奴の記憶を最初に刺激してしまったのは、僕が釣り上げたガラクタである可能性が高い。やたらと拒否反応を示していたこともそのことを裏付けている。


 そうして、ナツキは基地の跡を見つけ出し、記憶を取り戻した。そうして僕らに見つかり、何を思ったか、ホズミくんとの縁を再び切った。


 推測も多分に含むが、おそらくはこんなところであろう。間違っていてもいい。どうせこれから本人に会いに行くのだ。その時に確かめればよい。


 貴様の補修は僕も行ったのだから、報酬を受け取る権利は僕にもあるはずだ。そう主張すれば、勿論力になると、アップリケは力強く頷いた。僕の受けた仕打ちに腹を立ててくれているらしく、味方になってくれるようだ。


 ナツキの現在の居場所は分からぬが、アップリケが空中から広範囲を探せばいずれ見つかるであろう。


 公式の場は用意できなかったが、偵察ドローンとしての活躍の場は与えることができた。一人遊びで磨いた飛行技術もたまには役に立つものである。


「しかし、急がねばホズミくんの訪問時間になってしまうな。早く見つけなくては」


「何言ってるんですか旦那様ぁ。彼なら今日はお祭りがあって来れないからって、昨日多めに食べ物置いていってくれたじゃないですか」


 頭の上からヒヨ子が答えたが、そうだっただろうか。記憶を取り戻すまでの間にあったことはどうもおぼろげである。


 食べ物とやらも、家を出るまでの間に見かけた覚えも、平らげた覚えもないが、まさか。


「ヒヨ子、貴様が食ったな」


「……アタイじゃないですよ」


 捻り上げるとぴぎゅうと鳴いて、すぐに言い訳を始めるヒヨ子。


「だって! 旦那様どうせ残しちゃうじゃないですかぁ! 勿体ないじゃないですかぁ!」


「それは事実であろうが、貴様のやったことが盗人同然であることも事実であろう。浅ましい奴め」


「ぐぬぅ……あっ、旦那様、アップリケさんが呼んでますよ」


 話を逸らしたように見えるが、ヒヨ子の場合ただ注意が散漫なだけである。視線を空中に戻せば、なにやらアップリケが旋回していた。


 見やすい装飾を施しておいたのは慧眼だったな、などと自己肯定感を高めながらアップリケの飛び回る真下へ向かえば、そこにいたのは目的の幽霊ではなかったが、会いたかった猫ではあった。


「しーくん!」


 ヒヨ子が喜色に満ちた声をあげる。猫又の表情はあまりに対照的に、沈んでいた。


 彼から見た僕らは敵だろうか。邪魔者だろうか。そうだとしても、僕は彼をそのように思ったことなどない。いつも通りに、僕は話しかけた。


「猫又。無事であったか」


「ナツキ殿のところへ行くのでありますか?」


「ああ」


 無駄話をする気はないようだった。構わない。僕の方も、話したいことが山ほどある。


「諦めては、いただけないのでありますよね」


「何も知らぬままではな。まずは貴様だ、猫又。貴様はなぜ、彼らとの縁を切ったのだ」


「分からないのでありますか」


「僕の想像はどこまでいっても想像の域を出ん。答え合わせをせねばな」


 猫又は俯いて黙り込んだ。猫の姿でそれをされると、動物愛護団体から酷いバッシングを受けそうである。最も、人の姿でされても、傍から見ればまるで僕が虐待でも働いているように見えるのは変わらぬであろうが。


 しばしの沈黙が流れた。その間一度も、僕は猫又から目を離さなかった。やがて、彼はぽつぽつと語り始めた。


「ボクは元々、町の野良猫でありました。ある日、ご主人に拾っていただいて、名前をいただいたのであります」


 猫又の姿がぐにゃりと歪んだ。膨張し、収縮し、人の姿を形成していく。


「改めまして、ボクは猫又。生前の名は、シュバルツと申します」


「待て」


「はい?」


 そんな空気ではなかろう。なかろうが、聞かずにはいられなかった。脳に横文字が張り付いて離れない。


「……シュバルツ?」


「はい」


「それで、しーくんか」


「はい」


「……一応聞くが、ご主人とは、ホズミくんのことで合っているか?」


「何かおかしいでありますか?」


「…………いや、続けてくれ」


 それから語られた猫又の一生より、頑強に固まっていたはずのホズミくんの常識人のイメージが、意外なネーミングセンスで歪んでしまったことに、何よりも目を白黒させてしまった。

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