生態系を壊すので本来あってはならぬのだが
その日の夜は珍しく夜更かしをした。
朝まで起きる。その後夕方まで寝る。それから次の夜明け前にホズミくんと虫取りに行く。
そのようなスケジュールを組んでいたためである。
とはいえこちらは寝不足であり、長距離の移動やこまごまとした手作業で疲れている身でもある。暇を持て余していれば睡魔に敗北を喫してしまうのは自明であった。
そんなとき、我が家で出来ることは一つしかない。そう、花札である。
夕飯を届けに来たホズミくんに奇妙なものをみる目を向けられた、と憤慨するアップリケが意気揚々と挑んできたので相手をしてやったのだが、この布、意外とやる奴であった。
というより、相手に合わせて戦略を変える、僕と同じタイプのプレイヤーであった。自分のスタイルを確立していないが故に相手の戦術に依存せざるを得ない僕らが争えば、泥仕合となるのは当然である。
仕方がないので、丁度僕が勝ち越したタイミングでアップリケの相手をヒヨ子に譲ってやった。
勝ち逃げされて一層機嫌を悪くする布切れであったが、ヒヨ子があまりに弱いので、白星を積み重ねていく毎に少しずつ機嫌が直っていく。
格下に勝ってああも喜ぶとは、誇りのない布である。そんなだから自主開催レースの参加者がいなくなるのだ。
それにしても、結果の見えきった他人の花札を眺めているほどつまらぬこともない。
布切れの自己肯定感の高まりに比例するようにヒヨ子の目に涙が溜まり始めてきた頃、僕は眠りに落ちた。
失態に気づいたのは、朝目が覚めて、ようやく起きたか、今度こそ再戦をと喧しく騒ぐヒヨ子とアップリケに詰め寄られた時であった。
僕は失態を取り返そうと、ヒヨ子をぴぎゅうと鳴らし、アップリケを掛け布団にして二度寝を敢行した。
夜は、そんなふうに過ごしていれば自然とやってくるものである。
−−−
時刻は夕飯時に打ち合わせ、その通りの時間に迎えに来たホズミくんを出迎えた僕の手には、虫網と虫かごが二セットあった。
「すみません、預かって貰っちゃって」
「いや、構わん。スペースは余っているのでな。夏の間のみ間借りする祖父母の家に荷物を増やすのは、君も気が進まんだろう」
既に両者了承済みの事情を口にしながら、僕は彼の分の道具を手渡した。
ホズミくんが来るならと付いて来ることを断固主張したヒヨ子は睡魔にやられた敗北者であるため、都合がいいと置いていく。
ナツキには昨日のうちに声をかけたが、まあ虫取りなどは男の遊びだ。来なくても仕方あるまい。土産に珍しい虫でもかごに入れて持ち帰ってやれば十分だろう。
猫又も、ヒヨ子の正体が露見してから僕の護衛が必要なくなり、ほとんどの時間をナツキに張り付いて過ごすようになっていたので、ナツキが行かぬならと遠慮した。猫又には一番大きなカブトムシを捕まえていってやろう。
アップリケは夕方起きたら消えていた。いたとしてもあんな化け物然とした奴を連れて行くわけにはいかぬ。丁度よかろう。
そうして、僕らは二人で山に入ることになった。
「今日は下流側へ行くのだな」
「そちらの方が勾配も緩やかで歩きやすいですからね」
これまで山に入るときは川へ出向く時であったため、つい川を基準にしてしまったが、彼に通じたので問題はない。
釣りに出向いた場所より下流の、ぬらりひょんらに会いに行く際の川沿い。それよりさらに下流側の周辺を目指し踏み入っていく。
「流石に暗いな」
「すみません、懐中電灯のことを失念していて、一つしか用意できませんでした」
「責めているわけではないさ。足元に気をつけるのだぞ」
丁寧に足元を照らしながら進む。しかし困った。水から揚げるまで何が食いついているか分からぬ釣りと違い、虫取りならば異常が起きても事前に気づいて避けられると思っていた。
照らし出すまでいるかどうか、どんな姿をしているかも分からぬのであれば大して変わらぬではないか。
そうは言っても、今回の目的は虫取りである。いつまでも足元を照らしているわけにもいくまい。
意を決して、ホズミくんに借りた懐中電灯の明かりを上に向けた時だった。
「え? うわ!」
珍しく、ホズミくんが彼にしては大きな声を上げた。そこには多分な驚きと、いくらかの興奮が含まれているのが分かる。
興奮もしよう。僕だってしている。
「あれ、ヘ、ヘラクレスですよね」
ヘラクレスオオカブト。カブトムシを追う者で此奴に興奮しないような奴はいるはずもないほどの大物であった。
「今時ヘラクレスなど金を出せば買える。大方どこぞの金持ちから逃げ出してきたのだろう。そんなことより早く捕まえねば逃げられるぞ。挟撃だ。いけるなホズミくん」
僕が早口でまくしたてれば、彼もはっと意識を切り替え、
「ええ、勿論です。協力し合うのですから、所有権はあとでじゃんけんで決めましょう」
「望むところだ」
手に持つ網は剣が如く、僕らの構えに隙はなし。電灯を消しても座標を見失うことなく、気配を消し、左右から同時に仕掛けた僕らの網が交差した。
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