NPC相手には無敗であった

 結局あの後、ホズミくんはアジ二尾、サンマ一尾、イワシ四尾を釣り上げ、ナツキは二杯のイカを釣ったそばから川に叩き返し、クリオネのような何かを釣ったのを最後に不貞腐れてやめてしまった。


 僕の釣果はおもちゃの鍵、おもちゃの指輪、イヤホンのイヤーピースである。何かしらの作為を感じるので、ぬらりひょんと小豆洗いを問い詰めねばなるまい。


 そう思っていたのだが、流石にここ数日の運動量は引きこもりにとっては過剰だったようで、翌日一日は筋肉痛で身動きも取れず過ごした。


 ホズミくんの夕飯の配達すら出迎えることが出来ず、代わりに出るようにナツキに頼めば断固拒否され天井裏に逃げ込まれ、仕方なく猫又に鳴いてもらうことで異常を伝え、向こうから入ってきてもらうことにした。


 あの時の申し訳無さとナツキへの怒りといったらない。そこから更に半日休養に努めることでどうにか回復し、釣りの日から二日目の昼に訪ねてきたホズミくんを自力で迎え入れることにはどうにか成功した。


「もう大丈夫ですか?」


「ああ、情けないところを見せた」


「いえ、それよりまだ動くのが辛いようだったらと、今日は花札を持ってきたのですが」


「花札か、いいじゃないか。上がり給え」


 正直まだ山に入るのを億劫に思う程度には疲労があるが暇であることは確かでもあったので、彼の提案は非常に助かるものであった。


 彼や猫又以外の者達もこれほど気の利く常識的な者達であったらなぁ。そんなことを考えながら廊下を歩こうとする。するとホズミくんがついてこないような気配があったので振り返る。


 何かと思えば、常識的なホズミくんの視線の先には非常識なものが置かれていた。


「昨日聞くに聞けなかったんですけど、このタコ飼うことにしたんですか?」


「ついてきてしまったものは仕方なかろう」


 平屋の玄関、靴箱の上には押し入れから見つけ出した金魚鉢が飾られ、そしてその中では一昨日のメンダコがふよふよ漂っている。


 ナツキに釣り上げられてからというもの奴の肩に吸い付き、過去一番の悲鳴を上げさせるという成果を引っ提げて我が家まで付いてきたこのタコは新しい住処を大層気に入ったようだ。なんせ水を入れた鉢を向けただけで意気揚々と飛び込んできたのだから。


「フィルタも何もないですけど、大丈夫なんですかね?」


「水は替えてやっているからな」


 嘘である。昨日は身動き一つ取れなかったのに水など替えられようはずもない。


 だがまあ、心配は不要であろう。そもそも川で釣れることも、水道水に放り込まれて平気な顔をしていることもおかしいのだ。どうせこやつも何らかの妖の類なのだろう。心配するだけ無駄である。


 いきなり隣に奇妙な生物を置かれ、居場所を台所に移しざるを得なくなったヒヨ子を思えば哀れではあるが、こちらも心配するだけ無駄であろう。どうせ一晩寝て起きれば忘れるに違いない。


「万一死んだらたこ焼きにでもしてやろうかと思うのだが、ホズミくんの家にたこ焼き器などは」


「ないですね」


 彼にしては珍しく食い気味に否定を被せてきた。タコは好まぬのだろうか。その機会があれば、彼の分はタコ抜きで作ってやることにしよう。



−−−



「三光。こいこいだ」


「あがりです。月見で一杯」


「むう……手堅いな」


「山田さんが大きい役を狙いすぎなんですよ」


「そうは言うが、君もまだ重ねられそうではないか。もう少し粘ってもいいんじゃないのか?」


「欲張って雨四光で返されては堪りませんから」


 年の差のせいか彼の性格か、少し距離を置いて接するのが常のホズミくんであったが、花札に興じている最中は幾分砕けた話し方をするようになった。


 彼との落ち着いた距離感を好ましく思う僕であったが、これはこれで、彼にも年相応な部分があるものだと安心できる。最も、それが垣間見える瞬間が生まれるのが花札というのは、安心して良いものか測りかねるが。


 これがデジタルゲームか、せめてトランプなどであれば手放しで安心できたであろうに。


「花札じゃあ楽しめないかとも思ったのですが、ルールをご存知だったようでよかったです。家にはこんなものしかなくて」


 熟れた手つきで札を切りながら、ホズミくんはこちらの心を読んだようなことを言ってきた。


 そういえば今いるのは祖父母の家だと言っていたし、それも仕方のないことなのかもしれない。むしろ薄型テレビと最新家庭用ゲーム機なんぞ持ち出してこられては、そちらの方が面食らうであろう。


「大学時代にな、通学時間や空きコマの時間潰しに嗜んでいたことがある。最も、実物の札で遊ぶのは初めてだが」


「最近はいろんなアプリがありますものね」


「ホズミくんこそ、最近の若者なのだからそういった方面のほうが馴染みがあるかと思ったが、随分手慣れているではないか。よくやるのか?」


 僕の一言で素早く札を切るホズミくんの手がピタリと止まった。すわ不用意であったか、と俄に焦りだすところであったが、彼はすぐに穏やかな顔つきで、緩やかに札を配り始めた。


「いえ、幼い頃祖母に教えてもらって以来、あまり触れて来なかったハズなんですけど……不思議ですね。なんだか毎年のように、こうして誰かと遊んでいたような気がします」


「記憶を弄る物の怪にでも遭ったか」


「やめてくださいよ。山田さんが言うと洒落に聞こえません」


 ホズミくんの表情はにこやかで、無難に梅のカスを獲得するその戦略にもブレは見られないが、視線が一瞬玄関の方に向いた。


 彼は馬鹿ではない。無論僕も馬鹿ではない。あの程度で誤魔化されるわけでも、誤魔化しきれると思っているわけでもないのだ。


 それでも、あえて奴らの側へ引き込む必要もあるまい。彼だって踏み込もうとはしてこない。まあ、もう既にナツキは引き合わせてしまったし、そうと悟られていないだけでヒヨ子も猫又も怪異側であるのだが。


 もし奴ら以外の誤魔化しようがないモノと不意に出遭うことがあれば、その時奴らとの関わり方を教えてやるくらいでいいだろう。そんなことをわざわざしなくとも、別に危害を加えてくるわけでもないのだが、まあ、それはそれとして。


「花見で一杯。こいこいだ」


「はやいですね」


 まずは花札で教えてやろうではないか。格の違いというものを。

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