第2話 いきなりの婚約破棄と国外追放

「よく聞け皆の者っ! そして、悪女イーディス・エミリィ・トラウトン! 我が愛するレナに、暴漢までけしかけ、命を奪おうとした卑劣な女! そんなお前を婚約者にしておくことはできないっ! 今、ここで、お前との婚約を破棄し、更にお前を国外追放の処分とする! お前の罪の深さを知れっ! これはお前の父であるトラウトン侯爵の同意も得ているからなっ!」

 ……またもや、なにがなんだかわからない。

 オレンジ色の髪をした、王子様みたいな感じの服を着た男が、わたしを睨みつけていた。

 ……誰、これ。

 ええと、婚約破棄ということは、この男が、イーディス・エミリィ・トラウトンの婚約者?

 初めましてこんにちは。わたし、あなたのこと知りません……なんて、言える雰囲気じゃあまったくない。

 女神のような存在から、転生させられて、即座に『婚約破棄』に『国外追放』?

 なに、それ。

 『断罪』を乗り越えてって、どうやって乗り越えるのよ、この状況で!

 事前の情報も、準備期間も何もなく、いきなり『断罪』⁉

 無理でしょう『ざまぁ』なんてっ!

 そもそもわたし、イーディス・エミリィ・トラウトンとやらに転生するとか言われたけれど。彼女の、これまでの人生の記憶なんて……欠片もない。

 オレンジ色の髪の男にしがみついている、ピンク色の髪をした女の子がレナとかいう人? 

 そんな人と虐げたとか、暴漢をけしかけたとか、わたし、これっぽっちも知らないのに。

 罪なんて犯してない。……少なくともわたしは。

 だけどそれを主張もできない。

 イーディス・エミリィ・トラウトンが本当に罪を犯したのか、それとも冤罪をかけられたのか、それすら判断できない。

 お前の父であるトラウトン侯爵……って、言われても。

 わたしを取り囲んでいる大勢の人たちのうち、誰がそのトラウトン侯爵なのかもわからない。

 この場にいるの? 

 いないの? 

 いるなら娘を庇ったり、守ったりしないの?

 こんな状況で、乗り越える? 

 どうやって?

 足搔く前に、罪、確定でしょ?

「貴様はもう侯爵家の令嬢ではない。平民の罪人だ」

 オレンジ色の髪の王子様みたいな男が、偉そうにわたしに指を突き付けてきた。

「なにか申し開きはあるか、イーディス・エミリィ・トラウトン」

 申し開きって言われても、わたしが、なにをどう言えるというのだ。

 わたしはそんな人じゃありませんとか?

 冤罪ですとか?

 言ってみたほうがいいのか……?

 だけど、本当にイーディス・エミリィ・トラウトンが、レナという人に暴漢とかをけしかけていたのなら、下手な言い訳なんか、心証悪化になるだけだろう。罪が、更に深くなるかもしれない。

 だから、わたしはなにも言えない。

 そんなことしていませんとも、すみませんとも。

 黙ったままのわたしのそばに、剣を持った護衛兵みたいな人が近寄ってた。わたしの髪をむずと掴んできた。

「痛い、やめてっ!」

 ぐいぐいと髪を引っ張られて、思わず悲鳴を上げた。すると、ザリザリという音が耳元でした。

 剣で、髪を……、切られているんだ……。

 髪だけじゃなく、そのままこの剣で、わたしの首まで切られたら……。そんなことを想像して、ぞっとした。

 転生して、即死?

 ……嫌だ。死にたくない。

 ここで死ぬんだったら、転生なんかしないで、土砂に埋もれたままと同じじゃない。

 死にたくない。

 絶対に。

 ぐっと、奥歯を噛む。

 震えるな。

 耐えろ。

「長い髪は淑女の証。お前という罪人に、手入れされた美しい髪は不要だろう」

 足元の、緋色の絨毯。

 そこに、切られたばかりの黄色の長い髪が散らばった。

 ……これ、わたしの髪……、よね? 

 黒い色の髪じゃない。黄色。ヒマワリの花みたいな黄色の髪だ。

 アニメとか、ライトノベルの小説の表紙とか。そういうのでは黄色の髪もあるだろうけど、現実に、こんな色の髪なんて……。

 呆然とした。

 もしかして、髪の色だけじゃなくて、顔とかも元の日本人のわたしのものではなくて、イーディス・エミリィ・トラウトンのものになっているのか……。

 鏡、見たいな……なんて、状況にそぐわないことをぼんやりと思う。

 いや、目の前の現実から、目を逸らしたいのかもしれないけど。

 ……ああ、今更だけど、わたしが着ている服も、さっきまで着ていたシャツにスカートとかじゃなくて、腰をぎゅっと絞められたすごい豪華なドレスになっている。

「お前はすでに王太子の婚約者でもなく、侯爵家の令嬢でもない。平民の罪人として、隣国フィングルトン王国へと追放される。ああ、もちろんフィングルトン王国へも通達済みだ。我が国から平民の罪人がそちらの国へと向かうが、煮るなりなくなり、貴国の法に従って処分してかまわないとな。

 平民はともかく、いきなり罪人。

 なにをしたのかも分からないうちに。

 女神様の「あ、でも、頑張りすぎないでね~。スマイルは、ゼロ円的な笑顔で、気楽にふぁいとぉ」という愛想笑いみたいな顔を思い出したけど……。これで、どうやって、気楽にがんばる……?

 無理、でしょ。

 どう考えても不可能でしょっ!

 抵抗も反論もできずに、逆転の『ざまぁ』なんてものも、当然無理で。

 わたしは大勢の嘲笑と非難の目を感じながら、大広間っぽい場所から、引きずられるようにして、連れ出された。

 そして、別室で、粗末な茶色のワンピースに着替えさせられた。

 抵抗などはしなかった。

 しても無駄だろうと思ったから。

 着替えをしているときの見張りの男が、このままわたしをラングトリー王国とフィングルトン王国の国境である川まで護送すると言ってきた。

 さっきのオレンジ髪の男も、国外追放処分とか言ってたし、この国に何らかの思い入れがあるわけでもない。

 他国のほうが、マシな状況になるかもしれない。

 だからわたしは、そのまま、何も言うこともなく。用意された粗末な馬車に、大人しく乗り込んだ。




    ☆★☆




 馬車に乗せられてから五日は経過しただろうか。

 馬車の小窓から見える風景は、レンガや石造りの建物が多いヨーロッパの町みたいなところから、しだいに農場の中に小さなコテージが点在する牧歌的な感じに変わっていった。遠くにそびえたつ高い山々も見えてきた。その山のてっぺんにはまだ雪が残っているみたいで、白い。だけど、小窓から吹き付けてくる風は、冷たくはない。

 日本の気候を基準に考えてみると、四月の終わりくらい……かな。

 雨が降ったら肌寒いけど、晴れの日は暑いかも……って感じ。

 夜になっても宿に泊まることなく、馬車に乗せられたまま。

 馬車はどんどん進む。

 食事とかの休憩時間は取るけど、基本的に、夜も野営なんてしないで、どんどん進んでいる。馬車の御者とかは交代で……とかなのかな?

 そんなに急いでわたしを他国に追放したいのか……とも考えたりもしたけど、だけど、そんなこと、考えても仕方がない。

 ぼんやりと、わたしは、馬車の小窓から、風景を眺めて、その馬車に揺られているだけ。

 朝も昼も夜も、どうも思考が働かない。

 呆然というか、ぼんやりというか。

 なにも、考えられずに、ただ、馬車に揺られる。

 夜は少し肌寒い。けれど、毛布なんかなくても耐えられる。

 両膝をそろえて曲げた状態にして、膝頭を手で抱え込むように座り込む。

 目を瞑る。

 眠りたい気分ではないが、一日中馬車に揺られているから、体はそれなりに疲れているらしい。目を瞑るとそのまますぐに眠りに落ちてしまう。

 朝になり、揺られる馬車の中で目を覚ます。目覚めたら元の世界……なんてことはない。

 女神様に転生させられたのは、現実。

 いきなり国外追放になんてなったのに、何も考えられない。

 なんでこんなことに、とか。

 これからどうしようとか。

 なにも。

 そんな状態を何日繰り返しただろうか?

「ああ、ようやく見えた」

 そんなつぶやきが馬車の外から聞こえてきた。

 護送のために兵士か、もしくは馬車の御者が漏らしたのだろう。

 馬車の小窓から外を見る。

 確かにかなり川幅の広い川があり、そこに橋が架かっていた。橋は結構長い。

 えーと、高校の時の運動会で走った百メートル走とかの距離よりも長い感じ? どうかな? 

 そんなことを考えていたら、馬車が止まって、扉が開いた。

「ほら、さっさと出ていけ」

 護送の兵士が、馬から降りることなく横柄に言った。

「……橋を渡って、この国から出ればいいの?」

「ああ、そうだ。ラングトリー王国に戻れば、切って捨てていいと命じられている。死にたいのなら、戻ってきてもいいぞ?」

 護送の兵士は、腰の剣を引き抜く動作をした。

「そう……」

 仕方なく橋を渡ろうとしたがけど、橋の手前の掘立小屋にたむろしていた、数人の係員っぽい人達に止められた。

「橋を渡るための金を支払え」

「……お金がいるの?」

「あたりまえだ」

 ぱたぱたと服のポケットを叩いてはみるが、お金など持ってはいない。

「ない。けど、わたしはあっちの国に行かないといけないらしいのよ」

「じゃあ、着ているその服と下着でも売ればいい。ああ、服ではなく、お前のその体を売るのでもいいぞ。俺たちにな。

 ゲラゲラと笑う係員っぽい男たち。

 仕方なく、護送の兵たちに出してもらうとか思ったが、わたしがそちらに歩いていくと、腰に差している剣を抜いてきた。

 前にも行けず、後ろにも行けない?

 だったら……。

 橋の下を見る。

 川の流れは、それほど速くは見えない。

「橋を渡るにはお金がいる。だけど川は無料よね」

「渡れるものなら渡ってみな。深いぜ。歩いて渡れるとは思うなよ」

 またもやゲラゲラと係員たちが笑う。

 だけどわたしには選択肢はない。

 戻れば切られる。

 橋を渡る金はない。

 覚悟を決めて、わたしは川に足を踏み入れた。

 ……冷たい。

 曇りの日、寒い寒いとクラスメートとはしゃいで、鳥肌を立てながら泳いだ学校の屋外プール。それより少し冷たいくらいかな……。

 じわじわと足先が冷えてくる。長い時間水につかっていたら、冷えて体が動かなくなるかもしれない。

 わたしは着ていたワンピースを脱いで、下着姿になる。さっきの男たちはやし立てるけど、気にしない。

「あの女、泳ぐ気だぜ」

「この川をかぁ? おぼれて死ぬだけだろ」

 無視だ。

 ワンピースは裾の方からくるくる巻いて行って、袖を広げて一直線になるように畳む。その畳んだもののちょうど中心を、額に当てて、頭の後ろにぐるっと回す。更にそれを交差して、また額に戻して、かた結び。ターバンを頭に巻くイメージ。ターバンにしてはちょっとごっついかもだけど、なりふりなんて構ってられない。泳ぐのに、足にスカートが絡んだら、泳ぎにくい。

「衣服を着て泳ぐのって、体が重くなるし、水着のときよりも体力を奪われる。水難事故のときには無理して泳ぐんじゃあなくて、浮いて助けを待つということだったけど、ここでは助けなんてない。大丈夫。わたしは泳げる」

 川を横断するんじゃなくて、川に流されるようにして、斜めに少しずつ泳いでいく。少しずつ、本当に少しずつ、隣国の岸が近づいてくるように感じた。

 もう半分、あと半分。あと少し泳げば、たどり着く。

 流されて、水を飲んで。

 それでもわたしは必死になって手足を動かした。

 そうしてどれくらい泳いでいたのか。

 動かしていた手に、ガリッと岩のような感触がぶつかった。

 水深はかなり浅くなってきている。泳ぐ手を止めて、その場に留まる。足が着いた。歩いて岸に向かう。水から上がっていくと、体が恐ろしく重く感じた。下着が張り付いてきて気持ちが悪い。体も、相当冷えている。低体温症、直前かもしれない。

 マズい。

 足が上手く動かなくなってきた。

 あっと思ったときには、わたしは川岸の石に躓いて、そのまま倒れこんでしまった。

 起き上がって、歩かなければ。

 濡れた体を乾かさなければ。

 そう思うけれど、疲弊して、冷えた体は動かない。

 倒れたまま、ここで死ぬのかな……と、目をつぶったときに、「大丈夫か」という声が聞こえたような気がした。

 けれど、すぐにわたしの意識はなくなっていった。

 どうせ死ぬのなら、転生などしないであのまま女神様に死なせてもらったほうが、苦痛を感じることもなかったのにな……と、そう思った。





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第二話、だいぶ書き直しました。すみませんm(__)m

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