「ご注文は『異世界転生』『悪役令嬢』ですね。ご一緒に『ざまぁ』はいかがですか?」

藍銅 紅(らんどう こう)

第1話 異世界転生は突然に

「ご注文は『異世界転生』に『悪役令嬢』ですね。ご一緒に『ざまぁ』はいかがですか?」

「はい?」


 以前、有名ファーストフード店ではおなじみだった「ご一緒にポテトはいかがですか?」みたいな問いかけ。

 わたしは反射的に首を横に傾けた。

 ……えーと、まず『異世界転生』ってなに? 

『悪役令嬢』って? 

『ざまぁ』って、つまり『ざまあみろ』の省略形? 

 そんな注文、わたし、してないんですけど……。

 それに、ここはどこ?

 わたしの目の前にいる、背中に翼を生やした光り輝く美人は誰……というか、ナニモノ?

 とにかく深呼吸。

 落ち着いて、それから改めて、あたりを見回してみる。

 まず、わたしは何もない真っ白な空間にいた。

 本当に何もない。

 空も雲も太陽も地平線とか水平線というものも、なーんにもない。

 そんな空間にわたしはなぜかいて、そうしてわたしの目の前に、白いローブのような衣をまとった光り輝く女の人が、ふよふよと宙に浮いていた。

 よくわからないけど、女神様とかそういう感じ?

 なにもかもがわからない。

 わたしが問いかける前に、女神らしき美人は、ぺらぺらと言葉を発していく。

「かしこまりました。ではご注文を繰り返します。『異世界転生』『悪役令嬢』『ざまぁ』の三点セットですね!」

 セットメニューかっ!

「転生先は中世ヨーロッパに酷似した異世界で、ラングトリー王国。あなたはその国のトラウトン侯爵家の長女、イーディス・エミリィ・トラウトンに転生します。『悪役令嬢』なので、当然ラングトリー王国の王太子であるグウィリム・モルダー・ラングトリーの婚約者。卒業パーティとかで『断罪』されるというのが、お約束の流れですね」

 ミドルネームがエミリィ? 

 わたしの名前が一ノ瀬エミリだから、ちょっと似ているなー……なんて、呆けている場合じゃない。

 待て、女神様っぽい美人っ!

 なんで勝手に話を進めていくのっ!

 しかも『断罪』ってなにっ! 

 わたしが何か罪を犯したことにされて、それを裁かれるの⁉

「そんなの嫌だよ、拒否しますっ!」

 急ぎ、答えたけど、女神様? は、不満顔。

「えー、拒否ってことは、転生しないの?」

 唇をすぼめて、ブーブー言っている。

「したくないですっ! 『はい!』って肯定したのではなく『はい?』って聞いただけ! わたし、これから予備校の授業があるのっ! 元のところに戻してよっ!」

 今日の授業は楽しみにしていたんだ。大学入試突破のためのちゃんとした授業もするけれど、その合間に話してくれる雑談が面白い先生がいて、その先生のおかげでわたしの数学の成績はぐんと伸びた。このままいけばきっと、わたし、次の入試では第一志望に合格できる。

「戻してもいいけど……もうすでに埋まっているから、あと数分で死んじゃうけど、それでもいい?」

「え?」

 埋まる? なんだそれ。

「運が悪かったのね~。土砂崩れに巻き込まれちゃって、あなた、今、埋まっちゃってるの」

「……え?」

 埋まった……の……? え? 土砂崩れ……って、まさか、そんな、いや、でも。

 記憶を探る。でも、そんなこと覚えていない。

 えっと、今の今まで、わたし、なにをしていた……?

「覚えて、ない……」

 え、え、え? 

 自分の記憶がぽっかりない。

 朝起きて、予備校の授業の準備をしたところまでしか覚えていない……。

「ショックを受けないように、前後の記憶、少しだけ抜いたけど」

「……記憶がないというのも、かなりなショックなんだけど……」

「あら、それはごめんなさいね。でも、死ぬ間際の埋もれた記憶よりはマシよね」

「た、たぶ……ん」

 わからないけど、手も体もがくがくと震えてきた。

 怖い。

 わたし、どうなるの……?

 というか、どうなっているの……?

「で、ね。死ぬ人間の全員が転生できるわけじゃないけれど、あなたの魂の強度は転生に耐えうるのよ」

「魂の、強度……」

「そう。普通はね、無理に異世界に転生させちゃうと、雲散霧消しちゃうのね。耐えられないの。だけど、あなたは、なにがあっても乗り越えるみたいな、そういうカンジで」

「そ、そう……なの?」

「ええ、いわゆる根性があるタイプ? だから、魂のリサイクルとかリユースに耐えられるのよ。ラッキーでしょ」

「リユースとリサイクル……。らっきー……」

 女神様っポイ人の、言い方に、わたしの体の震えが、少し収まった。

 ゴミというか資源なのかわたしはっ! などというツッコミもできそうなくらい。

 足の力が抜けて、ぺたりとしゃがみ込んではいるけれど、もしかして、女神様、わたしのために、ファーストフードの店員さんみたいな軽い口調で話しかけてくれてのかな……なんて、考えられるようになってきた。

 ありがとうございますと感謝を述べたほうがいいのかな……。

 わたしの気持ちがちょっと持ち直したのが分かったのか、女神様は問いかけていた。

「で、どうする? このまま数分後に死ぬ? それとも転生する? ファイナルアンサーでよろしく☆」

 埋まるってことは、かなり苦しいはず。

 そんな死か。それとも過酷な未来か。

 その二択しかないなんて……ひどい。

 でも……。

「死ぬよりは、過酷な未来のほうがマシ……です……」

 多分、これは、女神様にとっては厚意なんだ。

 そのまま死ぬよりマシな未来を、選べるようにしてくれたんだ。

 そう思ったら、女神様はふっと微笑んだ。

「かしこまりました。『異世界転生』を承りまっす!」

「……平坦な人生を希望します……」

 厚意に対して甘えかな、と思ったけど、一応言ってみた。

 女神様はスマイルはゼロ円みたいな、接客用の笑顔を浮かべ出す。

「苦難を乗り越えないと真の自由は獲得できないものよ。あなたの大学受験だってそうでしょ。無試験で希望の大学なんて受からない。勉強して、試験を受けて、合格をもぎ取るの」

「……大学受験と『断罪』されるご令嬢への転生を、同一に並べないでほしいです……」

「カッコでくくれば同類項っていうじゃない。大学受験も悪役令嬢も、ごくありふれた事象に過ぎないわ」 

「別々のものをカッコでくくるな!」

 叫ぶくらいには、ショックが抜けてきた……のかな?

 とりあえず、立ち上がることはできないけど、だけど、震えは止まった。

「とある数学者は言った。『数学とは人生を幸せにするためのものである』と。大学に合格すればしあわせ。『悪役令嬢』が逆転『ざまぁ』をすればしあわせ。数学もしあわせを目指すもの。ほら、ぜーんぶ同類項」

 なんなのそのテキトウな理論っ!

「いや、ホント。せっかく転生するんだから、しあわせ目指してね。あ、でも無理しないで、気楽にのんびりやってー」

 気楽にのんびりできるはずがないでしょうっ! 『断罪』されるんだからっ!

「だったら初めから困難なんてないほうがいいじゃないですかっ!」

 反論しつつ、立ち上がる。

 ……大丈夫、立ち上がれた。

「それじゃあ面白くないでしょ」

 面白いとか面白くないとか、そういう問題じゃないっ! 

 わたしのっ! 人生っ!

「新学年・新学期、新入社員とかお引越しとかさ、新しい環境になじむまでは不安だし大変なこともたくさんあるけれど、どきどきわくわくしながら気楽に転生を楽しんでね」

「それと異世界転生を一緒にするなあああああっ!」

 もうっ! せっかく女神様らしきこの美人に、ありがとうの気持ちを表明しようとしているのにっ!

 感謝を言う隙を、女神様は与えてくれない。

「あっはっは。新しい環境に飛び込むって点に関しては同じよ。問題はその先。新しい環境で、あなたがなにを選んでどう生きるかよ。大学受験だって合格するのがゴールじゃないでしょ。単なるスタート。合格した大学で、何を学んでどう過ごすか。そっちが重要」

「そ、それは……そうだけど……」

「だから、がんばって」

 気楽に言わないでほしい。

 だけど……きっと、あれだ。この女神様は、わざと、こういう言い方をして、わたしにがんばれって言ってきているんだ。

 多分。

 元々の性格が、ファーストフードの店員っぽい感じなのかもしれないけど。

 とにかく、ショックは抜けた。……抜けた、と思う。

「理不尽な困難や苦難が、突然降りかかってくるのが人生ってものです。平坦な道なんてない。だけど、それを乗り越えれば、きっと明るい未来が待っています。だから、どうぞ、自分のしあわせを目指して進んでいってね。『断罪』を乗り越えて、『ハッピーライフ』とか、善いことを推奨して、悪いことを懲らしめるとか。理不尽な相手に鉄槌をとか。復讐に燃えるのもいいと思う。あたしの好みはすっきりさっぱり爽快感のある『ざまぁ』だけど。でも、お客様のしあわせはお客様が決めていいよ」

「はい」

 だから、わたしは、素直に答えた。

 はい。頑張ります。

 困難な転生でも、幸せ目指して頑張ります。

 だって、自分の人生、やるしかない。

 諦めたらそれで終わり。

 ああ……こうやって前を向けるあたりが根性があるってことなのかな?

 心の中でそう思ったら、女神様は「うんうん」と頷いた。

「あ、でも、頑張りすぎないでね~。スマイルは、ゼロ円的な笑顔で、気楽にふぁいとぉ」

 女神様は、ぺろりと舌を出し、愛想笑いを浮かべた後、キリッとした顔になった。

「それではお席までお届けいたしますので、こちらの番号札をお持ちくださいなーんてねー、札なんてないけどねー」

 はっはっはと笑う女神。わたしは光の渦に巻き込まれ、どこかに飛ばされてしまったのだ。






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 新連載です。

「カラカラカラ、ジージージー、ウィーン」と唸るパソコンをなだめつつ、のんびり連載のつもりです。ええ、つもりです……。

 いきなり更新が止まったら、「あ、藍銅のパソコンが壊れて、修理に出したな」と思ってくだされ……。



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