第12話 プレゼント

長期休暇も終わり、ベルナールお兄様とお父様はそのまま領地に残り、わたしはお母様と一緒に王都にあるタウンハウスに戻ってきた。

本当はね、お母様も領地に留まり、わたし一人が王都の戻る予定だったのだけれど……。

「家族で過ごした後、一人で王都に行くなんて、さみしいわよね」

お母様……お優しい……っ!

というわけで、涙に濡れるお父様を置いて、わたしと一緒に王都に戻ってくださいました。

お母様……好き! 

美しくて思いやりがあって美しくてエレガントで……、ああ、理想の女性っ!

もちろん日本にいたときのお母さんも好きだけどね。

お父様は領地でのお仕事があるし、ベルナールお兄様はお父様のお仕事を覚えようと頑張っていらっしゃるのだ。

紙芝居事業もとりあえず、お兄様が引き継いでくださったから、離れるのがさみしいなんて、言いたいけど言えないわ~。

わたしも、王都でできることはやろうと思う。

新しい紙芝居を作っては……というか、こんな感じのお話と、こんな感じの絵をかいてねっていう原案を作って、モンクティエ侯爵領のお父様やベルナールお兄様にお手紙を送るって程度だけど。

実は、紙芝居の専属絵師とか、専属のお話を書く人とかを育成中なの。

わたしは、だから、発想と監修するだけ。

紙芝居の文章自体は、その人たちに任せるようにしていく。

事業として、成り立つようにしたいからね。

あ、発想と言っても、ベースは元の日本の戦隊ヒーローのお話とか、童話とか、そういうトコロからの連想だから、簡単……というか、むしろ楽しいわ!

試験勉強とか王太子妃教育の合間に楽しい創作!

例えば、ブラック様と死んでしまった女幹部。愛するのはお前だけだと言ったブラック様。それを死んで魂だけになった女幹部が、そっと見守っている……とかとか。女幹部が生き返って、共に共闘するとかとか。

……同人誌とか、作っている人の気分って、こんな感じなのかしらね。

ベルナールお兄様やお父様からのお褒めのお手紙もいただけるし。

幸せな創作活動よ。

もちろん、楽しい創作活動にばかりかまけているわけではない。

勉強もしているよっ!

試験対策もばっちりさ!

で、休暇明けの学園生活&試験ね。

もちろんわたしは淑女科のトップ。

全教科満点を叩き出してやったわっ!

学園の廊下に張り出された試験結果を見て、王太子殿下は歯ぎしりをして、地団駄を踏んでおりましたとさ。

ははははは、ざまーみろ!

そんなこんなで、長期休暇後の学園生活はサクサク進んだ。

そうして晩秋、ベルナールお兄様からお手紙が来た。

「来月になったら、父上と共に、こちらの領地から王都へと向かう」って。

んー? 社交シーズンではないのですが?

なにか用事あるのかな?

あ、年末近いから、新年のお祝いを家族でって感じかな?

でも、ベルナールお兄様にもお父様にもお会いできるのは嬉しい。

そんなことを、侍女に言ったら。

「新年の祝いもそうですが……、年末と言えば、レベッカお嬢様の誕生日でしょう」と指摘された。

ああっ! 

レベッカの誕生日っていうものがあったよね!

いや、転生してから毎年、お祝いはね、してもらっていたけど。

……日本ではわたし、春生まれだったから。

いまいち年末のお誕生日って、感覚的にまだ馴染んでいないのよね……。

いや、うっかりしていたわ。

「わたくし共も、お嬢様の誕生日パーティの準備に余念がありません」と、侍女さんたち。

えっと……。

誕生日、パーティ……。

また、大々的にパーティをするのか……。

日本にいたときの誕生日って、ちょっとお高いケーキを買ってきて、家族でそれ食べて、プレゼントをもらって……と言っても、女子高生になってからは、誕生日プレゼントは現金だったけど。

その現金もらって、友達とカラオケとかが、定番の誕生日だった。

だけど、レベッカは、侯爵家のお嬢様だ。

ということで、つまり……。

家族で楽しい誕生日、なんてものではなくて、大々的なパーティを開かなくてはならないのだ。

だから、いまいち誕生日感がないのよね……。

完全に、社交。

そんな感じ。

しかも国王陛下や王妃様もお呼びせねばならなくて。

といよりも、婚約者である王太子殿下を招待しないといけないのよっ!

しかも婚約者だから、パーティのファーストダンスはわたしと王太子殿下で踊らなくちゃいけないのよっ! 

完全に「わーい、誕生日、嬉しいなー」ではない。

「チクショウ、なにが悲しくって、誕生日に、クソ野郎とダンスなんか踊らなくてはいけないのよっ! けっ! ぺぺぺぺぺぺぺっ!」である。

そんな気分だから、誕生日なんて、終わった瞬間に、記憶から削除よ。

あー……嫌だ嫌だ。

王太子殿下だけ、欠席してくれないかな。殿下だってわたしの誕生日なんて祝いたくないだろうし。毎年すんごい不機嫌な顔でやってくるしね。

これも強制力か……。

いや、乙女ゲームの強制力っていうより、国王陛下たちに無理矢理来させられているのかしらね……。

勘弁してほしいわ。

溜息を吐きながら、それでも誕生パーティの準備を進めていった。

もちろんわたし一人で采配なんてできるわけはないから、お母様主導ですけどねー。

そんなところに、

「ご注文のドレスをお届けに参りました」

と、商人たちが、王都にある我が家にやってきたのだ。

届いたドレスは四着あった。

うち二着がわたしので、残り二着がお母様のだけど。

どうやらお父様から一着ずつ、ベルナールお兄様から一着ずつ、それぞれわたしとお母様に、ということだった。

トルソーにかけられているドレスは、どれもすごく綺麗だった。お母様のドレス、どちらもセクシー&エレガント。

だけど、わたしの目を特に目を引いたドレスは……。

「きれい……」

思わず、トルソーにかけられているドレスに、ふらふらと近寄り、じっと、そのドレスに見入ってしまった。

「あら、そのレベッカのドレス、素敵ね」

ふふっと、お母様がお笑いになった。

「きっと、ベルナールからのものね」

いつもお父様が贈ってくださるドレスは、たいてい白いフリルが大量に使われているゴスロリチックなドレスなのだ。そして、明るい色のリボンとかが付いているのよね。

今回も、商人たちが持ってきたドレスのうち一着はそんな感じだった。

だけど、このドレスは違う。

「レベッカも、こんなふうに大人っぽいドレスが似合う年になってきたのねえ……」

程よく透け感のあるロングドレス。首や肩周りを大きく露出するベアショルダー型の濃紺色の前身頃。そこに細かい網目状にシルクの糸を織った生地が重ねてある。その生地に、小さな宝石が、ビーズのように散りばめられている。まるで夜空の星のように煌めいて見える。スカートの部分は薄い青から濃い青までの薄い生地が、ふんわりと幾重にも重ねられていて、美しいグラテーションを描いていた。

「ベルナールお兄様の目には……わたくしは、このようなドレスが似合う女性に映っているのでしょうか……」

「そうね。もう大人の淑女よね、レベッカは」

ああ……、胸が締め付けられる。

嬉しくて。

苦しくて。

初めてお会いしたときは、ブラック様に似ているから素敵だと思った。

だけど……すぐに似てなくても好きだと思った。

今はもう、ベルナールお兄様がお兄様であるだけで、きっと好き。

優しいところ。

エスコートの手。

頑張れば褒めてくれるところ。

ううん、具体的にどこが好き、じゃない。

言葉で言えなくても、わたしのそばに、いてくださるだけで、恋心が爆発しそう。

ああ……好きだわ。

早く、ベルナールお兄様にふさわしい淑女になりたいと思った。

だから、すごくいろいろ頑張った。

もちろんわたしの魂の根っこには、戦隊ヒーロー好きな男子幼稚園児の魂が根付いている。

だけど、そんな幼稚園児でも恋を知って、そして、淑女にはなりたいと願ったのよ。

そう、そのくらい、わたしはベルナールお兄様のことが、いつの間にか好きになってしまっていた。

そっと、ドレスに手を伸ばす。

触れる、柔らかな感触。

「……似合うって、ベルナールお兄様がわたくしをほめてくれたら……嬉しい、です」

頬を染めて俯いたわたし。

だけど、兄妹としての好きは言えても、男女の愛だとは公言できない。

あんな阿呆な殿下でも、国王陛下とお父様の間できちんと契約を結ばれた婚約者なのだ。

さっさと排除したいけど、そうはいかない乙女ゲームのお約束。

婚約者がある身で、他の殿方に恋慕するなんて……、この世界では非常識。そんな非常識にベルナールお兄様を巻き込むわけにはいかないわ。

お兄様に好きだと告白するのなら、阿呆殿下とサヨウナラした後よ。

それに……ベルナールお兄様だって、わたしのことを愛してはくださっていることはわかるけど、兄として、妹を好いていてくださるだけかもしれない。

男として、わたしを愛しているわけではないかもしれない。

……聞くのが、怖いな。

ベルナールお兄様は、わたくしをどんなふうに思っていてくださいますか……なんて。

ああ、あの戦隊ヒーロー番組に出てきたブラック様をお慕いする女幹部。彼女の気持ちがよくわかる。

愛するブラック様のために、力を尽くしたい。振り向いてもらいたい。そして……それが叶わぬのなら、あなたのために死にたい……。なんて。

……いつの間にやらわたしという幼稚園児魂にも、乙女の切ない恋心が上書きされたみたい……。幼稚園児も小学生レベルには進化したのかしら……なーんてね。

乙女チック思考に、自分でも赤面してしまう。

ああ、でも、このドレスを着たわたしを、ベルナールお兄様がほめてくれたのなら。

それは、どんなに幸せなことなのかしら……。








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