第11話 領地に行く。ヒーロー布教活動だ!
無能殿下に煩わされることもなく、大手振って、ベルナールお兄様と交流! レッツ、お楽しみタイムっ!
そういうつもりだった。
そのはずだった。
……なのに、なんで、こうなった?
いや、悔いはないのよ、悔いは……。
ある意味楽しかったのだけれど……。
お兄様とラブラブ♡のはずの休暇は……、なぜだか、領地における、文化振興事業の遂行となった……。
なぜだ……。
えっと、長期休暇に入り、モンクティエ侯爵家のカントリーハウスに到着して、しばし、そこでの生活にも慣れたころ。
侯爵家の令嬢らしく、孤児院訪問とか、そういうなんて言うの? ノーブレスなんとか、えーと、貴族の義務的なものがありますね。
そういう感じで、わたしも領地内の孤児院なんかを慰問に行ったの。
ベルナールお兄様とご一緒に、楽しいお仕事~♡
最初は、そう浮かれていた。
モンクティエ侯爵家っていうのは、我が国でもトップクラスなお金持ちのはず。
なのに、領内に孤児が多い。
え? うちの領地でさえ、孤児がこんなに多いってことは、他の領地なんてどうなってんの?
それに孤児だけが、問題なのではなくて、つまり、孤児になる社会背景があるってことよね。
大人だって、捨てたくて、子どもを捨てるわけではない。
そもそも親が病死したり、金がなくて孤児院に子どもを預けたり、売ったりなんだり……。
え? 社会保障ってどうなってんの?
ないの?
平民は搾取されるだけなの?
うわ……、モンクティエ侯爵家が悪いとかじゃなくて、そういうのが当たり前の社会ってことよね、ここ……。
乙女ゲームの、うふふで、あははの、恋愛脳の世界のはずなのに……。
ごめん、今さらながらに気が付いたよ。
なんて言っても、わたしにできることなんて、せいぜい孤児院に慰問に行って、クッキーとかスープとか、そんなものを配る程度なんだけど……。
うん、そうなのよね。
わたしがモンクティエ侯爵家で飽食の限りを尽くしているというのに、孤児院の子どもたちは一日に二回の食事。
しかも、豆と野菜が入っているスープだけ。パンとかある日はごちそうって……。
それで、朝から晩まで働いているのよ、子どもたちがっ!
児童保護法、どこ行った?
子どもは遊んで勉強しなさいよ。
日曜日の午前中はテレビでヒーロー番組見なさいよ。
え、文字なんて書くどころか、読むこともできない?
どーゆーことよっ⁉
孤児院のスケジュールって言ったら、まず朝起きて、子どもたちは畑に行く。
そこで畑の作物に水をやったり雑草を取ったりする。
畑でとれたものは、孤児院のみんなで食べることができるから、みんな一生懸命に畑作業。
で、ニンジンとかジャガイモとか、朝食分の作物を収穫して、それを持って調理室へ行く。自分たちで朝ごはんを作る。あ、もちろん孤児院の職員もいるか、彼らと一緒にご飯を作るんだけど。
作って、食べて、片づけをしたら、今度は洗濯と掃除。
掃除はともかく洗濯は大変。
まずバケツを持って、川に水を汲みに行く。で、その水を大きなたらいに移す。
繰り返して水がたまったら、衣類やシーツを洗う。
石鹸とか洗剤なんて、お貴族様が使う高級品。だから、水で洗って干すだけ。あんまりにひどい汚れは、大きな洗濯用の窯? 鍋? みたいなもので、煮沸。
で、干して、たらいとかを片付けたら、一応休憩時間だけど……。
小さい子なんて、疲れ切って寝ているわよ。
大きい子だって、無意味にゴロンと横になっている。
休み時間だ、よっしゃー、ヒーロー戦隊ごっこやるぜー……なんて子はいない。
みんなぐったり。
お腹もグーグー鳴っているのを、水を飲んでごまかす……って感じ。
で、休憩時間が終わったら、作業時間ね。
女の子は刺繍とかの手仕事をして。
大きい男の子は、職員さんと一緒にそれを売りに行く。
売り上げで、肉とか小麦とかを買う。買えるほど売り上げがない日もある……。
そして、それで夕食を作る……。
ええと、マジか……。
小学生なんて、遊んでなんぼでしょう?
宿題やったら、お友達と遊べよっ!
あー、塾とか行って、勉強するのもありだけど。
労働オンリーの生活? 子どもの時から働いて、大人になっても働いて?
夢も希望もないじゃないっ!
これは、駄目だ。
なんかわからないけど、駄目だ。
もっとこう……、遊べよっ!
とか言っても、無理なんだろうなあ……。
わたしにできることはないかな?
一時の施しとかじゃなく。
なんかないかな?
ちょっと本気でそう思った。
かといって、社会を変えるようなチートなんてないし。
んーんと、転生前に、図書室の本で読んだ。
発展途上国に、先進国のお偉いさんが学校を作りに行きました。
学校は作ったけど、そこで勉強をしようなんて子どもは皆無でした。
だけど、午前中に授業を受けたら、お昼ご飯を提供しますよ。
みんな、ぜひ、勉強をしにおいでよ。
って、ご飯で誘ったら、勉強をする間、労働をしなくてもいいし、お昼ご飯までくれるんなら……って、学校にくる子が増えて。
そうして、学校で勉強するのが楽しいな、将来役に立つんだなーって、わかる子が増えるまで、十年以上もかかったけど、そうやって少しづつ知識をつけて、貧困から抜け出すようになっていく子どもが出始めたって。
発展途上国支援を、本気で行っている大人が、何年もかかって、この程度の成果しか上げられないのよ。それが現実。
つまり、わたしが本気で領地の子どもたちの貧困の連鎖をなくそうとしたら、長期的視野に立って、彼らをサポートしなくてはならないということだ。
わたし一人で、鼻息を荒くするのではなく、大勢が貧困から抜け出せるシステムを作り上げないとダメなのだ。
……できるのかな?
わたし自身が断罪されて追放されるかもしれないのに?
だけど、見てしまったものは、放置しているわけにはいかない。
できること、ないかな……。
考えて、考えた。
で、紙芝居を作ってみました。
もちろん内容はヒーロー戦隊ものよっ!
悪を懲らしめて、正義が勝つ!
わたしが作った紙芝居を、孤児院のみんなの休み時間に読んであげるの。
で、紙芝居を見てくれるなら、クッキーとか、マフィンとか、あげるよーって言って、それを食べながら、紙芝居を見てもらう。
疲れている子は、寝っ転がって見ていても構わないよって。
……まあ、この程度しかできないけどね。
最初は、もらったおやつを食べて、食べ終わったら背中を向けてゴロンって横になっている子が多かったけど。
回を重ねるうちに、わたしの紙芝居に夢中になってくれるようになった。
みんな、目を輝かせている。
ううう、嬉しい!
嬉しくなって、何種類も、紙芝居を作ったわ。
ヒーロー的な内容だけじゃなくて、お姫様と王子様が結ばれました話とかも。
ブラック様と女幹部の悲恋ラブロマンスの紙芝居を披露したら、子どもだけではなくて、孤児院の職員たちも夢中になって見てくれた。
そうして、創意工夫と回を重ねるごとに、もらえるおやつではなく、わたしの紙芝居のほうを楽しみにしてくれるようになった。
ううううう嬉しい!
「レベッカお嬢様~、今日はどんな紙芝居するの?」
今では、わたしが孤児院を訪問するとすぐに、そう言って、男の子も女の子もわたしを取り囲んでくれるようになった。
労働に疲れ切った目ではなく、キラキラと輝く瞳で。
わたしは侍女に持たせていた紙芝居を、子どもたちに見せるように言う。
「じゃーん、今日は新しいお話が二つだよ」
「ええーっ! 二つも!」
きゃいきゃいと、喜んでくれる女の子。
どんな話なのと、期待に満ちた顔を向けてくれる男の子。
「うん、一つ目はね。かわいそうな女の子のところに、魔法使いがやってきて、きれいなドレスを……」
ま、シンデレラの紙芝居なんだけどね。さわりだけ話したら、女の子たちが一斉に「きゃあ」と歓声を上げた。
男の子の反応はいまいち。
なので、もう一つの紙芝居を見せた。
「もう一つは、ある勇者たちの話だよ。犬とサルと鳥を手下にして、悪の大帝王を倒しに行くんだ」
「何で犬とサルと鳥なんだよー」って男の子たちは叫んだけど、だけど、瞳はキラッキラしている。
あはははは、勇者っていうか、モモタローだからだよ。
あ、勇者はモモタロー一人じゃなくて、赤・青・黄色……と色分けした五人のヒーロー戦隊にしたけど。
敵も本当は鬼なんだけど、この世界には鬼っていう概念がなかったから、悪の大帝王にしたけど。
この世界の常識に合わせて、ある程度はアレンジが必要だからねえ。
そうそう、犬とサルと鳥を、巨大化させて、ヒーローズたちを背中に乗せて、敵と戦うっていう場面を書いたら、男の子たちにめっちゃウケた!
ほら、やっぱりみんな、好きだよね、正義のヒーロー。
そんなこんなで、長期休暇の間に作った紙芝居は八種類。
それを、画家見習の人たちに声をかけて、わたしが作ったつたない絵の紙芝居を、きれいに描きなおしてもらって、量産して、モンクティエ侯爵領の全部の孤児院に渡せるようにした。
わたしがいない間も、みんな紙芝居を見て、楽しんでもらえるようにって。
ついでに文字の書き方の本とかも、プレゼントした。
まあ、書き方の本をじっくり読むよりは、わたしがしゃべった内容を覚えて、紙芝居ごっこをする子が多かったけど。
文字を勉強しなくても、見て、親しんでいれば、いつか、自分でも字を書きたいって思う時が来るかもしれないからさ。
そんなときのために、教本として、字の書き方の本も、うちの領地にある全部の孤児院に配布した。
ただね、やっぱりわたし一人では、やれることに限界はある。
わたしが学園に戻ったあと、せっかく作った紙芝居が、孤児院の片隅でほこりをかぶっておりました……っていうのも、さみしいし。
で、お兄様やお父様のお力をお借りして、「紙芝居師」というものを募集することにしたのよ。
紙芝居師っていう名称も、なんだかな、もうちょっといいのがないかなと思ったけど、まあ、わかりやすさ優先で。
ほら、「講談師」っていう人たちがいるでしょ。
『太平記』や『真田軍記』みたいな歴史、『大岡裁き』みたいな政談や、有名な事件なんかを、興味深く聴衆に聞かせる朗読劇のようなものを、しゃべってくれる職業の人っていうの?
落語……とはちょっと違うのかな? 似ているのかな?
落語の噺家って、登場する人物になりきって、会話を中心に物語を進行していくのよね。
講談師はあくまでも語り部として物語を進行するのよ。
噺家がアクターの要素が強く、講談師はあくまでストリーテーラーに徹するといったところかな?
紙芝居だから、ストーリーを話す感じ。
だけど、淡々と話すのでは、子どもたちの興味は引けない。
口調を変える。
声の大きさを変える。
ゆっくり喋っていたかと思えば、いきなり早口で、畳みかけるように話す。
そんな話し方を、わたしもノリノリで、募集した「紙芝居師」たちに指導した。
で、ついでに必殺技。
ふっふっふ、紙芝居だけではない。
紙芝居師たちには「ハリセン」を渡してみた。
ハリセンを「パパパッパンパンパン!」と小気味よく叩いて、話のリズムをとるの。
それから、話の山場では何度もたたき上げ、効果音としての作用も発揮するのね。
紙芝居の戦いのシーンなんかは、ハリセンをバンバン叩く。
いわゆる効果音的に。
お姫様の物語のシーンとかだったら、小刻みに「タン、タッタ! タンタカタン!」みたいにリズムを取って、音楽のかわり。
大きく一つパンッと叩いたら、紙芝居のお話の、舞台転換を知らせたりとかね。
まさに、紙芝居を支える万能小道具!
紙芝居師一人に対して、サポート要員も二人、つけてみた。
一人は、紙芝居の紙をめくったりする紙芝居師の補助役。
もう一人は、紙芝居を見に見てくれた子どもたちにお菓子なんかを配って回ったりする役目ね。見に来てくれた人たちの、安全にも配慮もしてもらう感じ。
三人一組のチームをとりあえず、十組作って、それに合わせて、紙芝居も必要部数作って、いろんな孤児院に慰問に行かせた。
もちろん、費用はモンクティエ侯爵家が全面バックアップ。
お父様、ありがとう!
テレビはないけど、紙芝居だけど。
日曜の朝は、ヒーロー番組! みたいに、わたしが作った紙芝居が、モンクティエ侯爵家に、ううん、この国全部に広まればいい。
今は、モンクティエ侯爵家の全面バックアップの上、成り立っている紙芝居巡業だけど、いつか、紙芝居師たちが、これでお金を稼げるようになってもらえれば、更にいいかなって。
例えば、紙芝居を見せるスペースの右側に食べ物屋さん、左側に飲み物屋さんをセットしておいて、そっちは紙芝居を見に来てもらった人たちにお金出して買ってもらう……とか。
まあ、まだそこまでは、休暇の間程度ではできなかったけど。
娯楽の提供&経済循環?
人生、労働ばかりじゃつまらない。
楽しみがないとね。
例えば、村のお祭りなんかのときに、子どもも大人も集まって、みんなで紙芝居を見るのが当たり前みる。そんなふうになればいいなって。
そう願って、長期休業中、わたしはがんばった。
で、充実感と共に、長期休業を終えた後、気が付いた。
お、お兄様とイチャイチャラブラブの、ピンク色の休日はどこ行った?
あ、ああああああ……。
いや、そりゃあ、紙芝居師たちを募集とか、そんなときにはお兄様のお力や助言をいただきましたが……。
ビ、ビジネスライクに……、支援制度とか、採算とか……、費用対効果とか……。
そ、そんなお話しか、してなかったよっ!
植物園を散策して「ああ、あの花はお前のように美しいなレベッカ……」「美しいのはお兄様のほうですわ……」なんて、ピンク色のオーラ漂う会話なんて……皆無だったわ。ああああああ……。
……ま、いいか。
紙芝居事業、お兄様もほめてくれたもん! ぐすん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます