第10話 試験結果

 さて、王太子殿下に言いたい放題してから約二か月。

 学園はまもなく次の定期試験期間に入る。

 それが終われば長期休暇。

 ふっふっふ。

 あれだけ言ったせいか、この二か月間、王太子殿下に煩わされることがなかったの! 気持ちよーく学園生活を送ることができたわ!

 平穏万歳!

 このまま王太子殿下とも、ヒロイン・エーヴ嬢とも、無関係な日々を送りたい!

 そのままスルーで長期休暇に入れれば、わたしは王都からモンクティエ侯爵家の領地へと行き、そこで、誰に邪魔されることなく、ベルナールお兄様とのいちゃらぶな二十四時間×五十日を送れるのよ!

 あ、この世界、日本と同じに一日は二十四時間。

 長期休暇は夏休み、みたいなもので、きっちり五十日間です。

 それから、いちゃらぶと言っても……えーと、兄妹愛の域をまだまだでない……よ……。

 恋人? 

 いや……、その、ですね……。

 わたしも一応これでも転生前は女子高生だったんだけどね……。

 彼氏なんていなかったし、愛だの恋だのというよりは、うなれ必殺技っ! ソニックビームっ! とかを、心の中で叫んでいた女子高生の皮を被った男子幼稚園児でしたがなにか? みたいなものだったけど。

 だから愛とか恋とかねぇ……。

 おおう、敷居が高いぜ。

 ベルナールお兄様と……、こ、恋? 

 いや、恋心はね、あるけどね。心の奥底にね、秘めているというかなんというか……。

 いやいやいやいや、恋人距離まで近づいたら、血圧急上昇で昇天します……。

 妹だから、大丈夫っ! 抱き着いてもセーフっ! という心を前面に押し出さないと安心して甘えられないいいいいいい。だって、恥ずかしいじゃないっ!

 恋愛の意味で好きですなんて、ベルナールお兄様に告白をして、それを受け入れたもらえたら……なーんて妄想はするのよ妄想は。

 だけど、現実に、わたしが、ベルナードお兄様の、こ、恋人なんかに、なってしまったら……。

 嬉しさのあまり、心臓が爆発して死ぬわ。爆裂ファイヤーですよマジで……。

 そ、それにわたし、まだ、ベルナールお兄様のお隣に立って、遜色ない淑女……とは言えない。

 こんな幼稚園男児脳を持つ、淑女もどきがお兄様の隣に立つなんて……。

 恥を知れわたしっ! ですよ……。

 だから、王城に呼ばれての、王太子妃教育も、王太子殿下の顔さえ見なければ、教育自体はどんとこいなのよね。

 ベルナールお兄様の隣には、一流の淑女こそがお似合い。

 努力、根性!

 わたしの精神が男子幼稚園児レベルだとしても、淑女を装えるくらい程度には達していると思う。

 王城での王太子妃教育も、だからちゃんとこなしているよ!

 むしろ、もっとわたしを淑女として鍛えてプリーズ!

 修行だ、どんとこいっ!

 王城の家庭教師どもっ! もっと難問、かかってこいや~! 

 でも、その頑張りは、王太子殿下の為なんかじゃあないからね!

 誤解するなよ、王太子。

 重ねて言うけど、わたしの頑張りは、わたしが、ベルナールお兄様の妹として、ふさわしい淑女になりたいから。

 ま、別に、わざわざ王城に行って、淑女教育を受けなくても、モンクティエ侯爵家で、お母様の立ち居振る舞いを真似しているほうが手っ取り早いんじゃないかなーとは思っている。

 お母様に連れていかれるお茶会なんて、超ハイパーすべしゃるな実践の場。

 王城の王太子教育なんて、お母様と参加するお茶会に比べたら児戯よ、児戯。

 ……ええ、あんなことも、こんなこともありました。

 お母様とゆかいな仲間……じゃなかった、お茶会にご参加になるご婦人たちのスペック、マジ高い……。

 あ、なんか話が逸れたな。

 ええと、なんだったけ?

 そうそう、長期休暇は、モンクティエ侯爵領で、ベルナールお兄様と握手……じゃなくて、一緒に過ごす話でしたね。

 侯爵領……。

 実は、わたし、モンクティエ侯爵領に行くのは初めてなのよね……。

 わたし、レベッカに転生してから、ずっと王都にあるモンクティエ侯爵家のタウンハウスで過ごしていたから。

 あ、もちろん、わたしが転生する前のレベッカは、当然タウンハウスだけじゃなくて、モンクティエ侯爵家の領地にあるカントリーハウスでも過ごしていただろうけど。

 レベッカとして過ごした記憶、ないからねー、わたし。

 うーん、記憶がないことを悟られないように、気を引き締めないと。

 まあでも「自分の部屋が分からないから案内して」なんて言わなくても大丈夫。

 侯爵家のお嬢様には常に侍女や使用人が付いてくるのよ。

 例えば「サロンに行くわ」とか「自室に戻るわ」とか言えば、使用人たちはきちんと先導してくれるのよね。先回しして、ドアを開けてくれたり、危険がないかとか、行く先を常にチェックしてくれているの。

 だから、その様子を観察していれば、だいたいわかる。王都のタウンハウスでも、そうしてきたから、多分大丈夫。

 間違えたときは「あら……、考えごとをしていたら通り過ぎてしまったわ。ふふふ……」とごまかせば大丈夫! 問題なしっ!

 問題と言えば、長い休みだから王太子妃教育とかで王城に呼ばれちゃうかなーとかも、実はちょっと思っていたの。

 だけどそちらの教育はかなり進んでいるし、久しぶりに王都を離れて領地に行きたい。婚姻後は領地に帰ることなど難しくなるだろうから……とか、理由をあれこれつけてみたら、モンクティエ侯爵家の領地に行けることになりました。

 やったあ!

 ……と、いうことで。

 楽しみの前には、面倒くさい、嫌なことは済ませておきましょうかね。

 わたしはとりあえず、長期休暇前の、定期試験勉強に全力を傾けることにした。



    ☆★☆



 途中経過は端折って、はい、定期試験終了~。

 そして、試験の結果ですっ!

 学園の廊下の目立つところに張り出されておりますよ!

 この学園、試験の結果は、コースごとに最上位から最下位まで、すべて実名とテストの点数のすべてが表示される。

 個人情報とか、そんなのに配慮しない世界だからね!

 ちなみにわたしはいつも、淑女科の上から二十番目くらいになるように、成績を調整している。

 淑女科のトップを取り続けて、経営科に行かされてはたまらない。

 あちらの試験は淑女科の何倍もハードなのよ! 

 文官採用試験の過去問題とか、普通にバンバン出してくるし。学ぶ分量もハンパない。

 この国の言葉ではなくて、隣国の言語で隣国の歴史や法律についてのレポートを書けなんて課題も出されるし。

 語学もねえ……。

 日常会話くらいであれば、王太子妃教育の一環として、三か国語くらい覚えさせられた。

 日本にいるとき、語学の暗記方法として、語呂合わせとか歌って覚えるとか、その手の暗記方法を、いくつか知っておいてよかったわ……。

 なんとか覚えられたけど、多分、元々のレベッカの頭が相当良いのだろうなと思った。

 悪役令嬢、頭が良くないと片手落ち、みたいなところがあるからね。

 女神様はチートはない的なことを言っていたけれど、悪役令嬢って、その存在自体が学問的にはチートレベルの脳みそを持っているのかしらねー。

 語学に限らず、暗記項目はサクサク覚えられるのよ……。ああ、ありがたい。

 だけど、経営科の語学授業なんて、日常会話レベルなんかじゃあないんだよっ!

 たとえるなら、日本人が、アメリカに行って、そこで財務次官とかになれるだけの、語学や法律なんかの知識を授業で叩きこまれる感じ。

 それが、経営科。

 つまり、そこに在籍しているだけでなく、さっさと単位取得したベルナールお兄様ってすごい! 

 スーパーエリートよねえ!

 そんな経営科に行ったら、ベルナールお兄様とお茶を飲む憩いの時間すら無くなってしまうじゃないのっ!

 放課後は即座に帰宅したいのよ……っ!

 生徒会だの委員会だのもねえ、お誘いを受けたことはあったけど、丁重にお断りをした。だって、時間がかかるうえに面倒なのだものっ!

 ああ、そうそう。

 紳士科は落第、一般科へ転落した王太子殿下の成績と言えば、その一般科ではなんとか及第点を取れるようになってきたそうな。

 家庭教師の皆様、がんばったのね~なーんて。

 なのに、久しぶりに出会ったローラン王太子殿下はわたしの成績を鼻で笑ってきた。

「最上級の教育を受けているはずのお前が淑女科のトップにすらなれないとは!」とか厭味ったらしく言ってくる。

 ご自分だって、王城で、優秀な教師陣から最上級の教育を受けておきながら、紳士科から一般科に転落したくせに。

 その一般科でも、トップではなく及第点なだけのくせに。

 貴様がそういうつもりなら、こっちだってね。

 言い返しますわよ~だ。

「あら、淑女科のトップの成績を取れと命じられるのなら、王城で行われる王太子妃教育も、王太子殿下との交流も、一切免除していただけます?」

「は?」

「それが可能ならば、わたくし、次回の試験では、淑女科のトップを取ってみせますわよ」

 王城での王太子妃教育自体はともかく、移動時間が無駄よね。

 課題を出してもらって、モンクティエ侯爵家で解いて、それを提出っていう形にするか、もしくはモンクティエ侯爵家まで王太子妃教育の家庭教師を派遣してくれます?

 うん、その方が効率的だ。

 せっかくの王太子殿下の申し出なので、利用させてもらいましょう。

「トップ? はっ! やれるものならやってみろっ!」

 ふーん、わたしにはできないと思っているのね?

 よし、そう思っとけ! 

 今の会話はちゃんと手紙にしたためて、陛下と王妃様に送るからなっ!

 宰相にもなっ!

「では、次の試験結果発表日まで、ごきげんよう」

 それまで、貴様の顔なぞ見せるなよ、と副音声で伝えておく。

 次の試験は、長期休暇後しばらく経ってからだから、まだずっと先だ。

 それまで殿下に煩わされることもないと思えば、うきうきだ。

 で、結論から言えば、わたしは自分の発言通り、次の試験では淑女科のテストで全教科満点を叩き出してやった。

 成績調整するよりよっぽど簡単なのよ。

 試験の問題に、全問正解すればいいだけだから。

 はっ! 王太子、ざまあ!

 ま、それを叫ぶのは、後で。

 まずは、ベルナールお兄様と一緒の楽しい長期休暇ですよ~♡








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