第6話 入学式当日
そしてやってきました、貴族学園入学式当日。
この世界では、こういう式典なんかがあるときは、普通、婚約者を迎えに来て、一緒に式に向かったりするらしい。
だけど、当然、王太子殿下から、そんな申し出はない。
事前にこちらから問い合わせもしないし、あちらから「入学式の日は迎えに行くよ」とか「行かないよ」とかの連絡もない。
わたしは一人で学園に向かい、一人で入学式に臨み、そして、入学式が終われば一人でこのモンクティエ侯爵家に帰ってくることだろう。
あ、いや、わたし専属の侍女は一緒に来るけどね。とにかく王太子殿下は、迎えになんて、絶対に来ない。
わかっているから、わたしは学園の制服に着替えさせてもらった後、侍女のエマと一緒にモンクティエ侯爵家の玄関ホールに向かった。
用意してもらったのは、モンクティエ侯爵家の家紋が描かれた六頭立ての馬車。
ああ、そういえば、ベルナールお兄様に初めてわたしが出会ったときも、お兄様は六頭立ての馬車から優雅に下りてこられたんだなーなんて、思い出しながら、馬車に乗り込もうとした。
「レベッカ!」
「ベルナールお兄様」
すっと向き変えて、ベルナールお兄様に一礼をする。ああ、嬉しい。ベルナールお兄様のご尊顔を拝せて超ラッキー☆
「レベッカ、学園に行くのか?」
「ええ。入学式ですから」
答えれば、ベルナールお兄様は少しだけ、眉根を寄せた。
あら? どうしたのかな?
「……入学式だというのに、婚約者である王太子殿下はレベッカを迎えに来ないのか?」
あー、そういうことね。
紳士なお兄様からすれば、婚約者が貴族学園に入学するというのに、エスコートもしないで、一人で行かせるなんて、ありえないのだろう。
「ええ、もちろんですわ。わたくし、王太子殿下からは毛嫌いされておりますから」
ころころと、鈴を転がすようにわたしは笑った。
ベルナールお兄様の眉間の皺が深くなる。
「……父上や母上からは、レベッカと王太子殿下の交流は順調だと聞いているのだが」
ちなみに今日、お父様とお母様は先に学園に行っている。王太子殿下がご入学だから、国王陛下も学園に行っていて、それで、陛下よりも先に学園に着いていないと不敬に当たるってことらしい。お貴族様って大変ね~。
「ええ、そうですわね。王城での淑女教育にも、王太子殿下との交流にも慣れました。いつも殿下はわたくしに蜘蛛や芋虫入りの紅茶を出してくださいますし、ドレスが汚れれば、水をかけてくださいます。そういうことに対する対処にも慣れ、華麗に回避できるようになりました」
にこりと笑って、わたしはごく普通の声音で答える。
もう慣れたから、いちいち傷ついたり、憤ったりしないのよ。華麗にスルー。回避スキルは相当アップした。
けれど、ベルナールお兄様は衝撃を受けたようなお顔になった。
あら、いつも柔和な笑みを浮かべていらっしゃるお兄様が、怒りを抑えたような顔になっているわ。そういうお顔になると、ブラック様にとてもよく似て見える。 素敵。 ブラック様はいつも眼光鋭く、ヒーローたちを睨んでいらっしゃったから、基本的に眉間にしわが寄っていらっしゃるのよねー。
「……それが、王太子殿下がお前にしている仕打ちなのか? 父上と母上は知っているのか?」
言ってもね、無駄だとわたしは思っている。
仕方ないのよ。多分、乙女ゲームの世界に異世界転生したとかいうお話にはよく出てくる「物語の強制力」ってヤツね。
わたしを、レベッカを愛してくれているお父様とお母様。貴族として、きちんと空気も読めるし、いろいろなことに目ざとい上に、有能なお二人が、なぜだか王太子殿下がわたしにしてくる仕打ちに気が付かない。
あの考えなしで知能低レベルの王太子殿下が、バレないようにうまくやっている……わけではないと思う。
レベッカは、断罪されるまでは、王太子殿下の婚約者でなければならない。
それがこの世界の絶対的なルールなのかもしれない。
本当のところはどうかわからないけど。
少なくとも、芋虫入り紅茶を出されたことをお父様が知ったら、王家にケンカ売ってでも、即座に婚約などなくしてくれると思うのよね。
なのに、そうならない。
実に不思議だ。
だから、やっぱり、ここは乙女ゲームの世界で、レベッカは王太子殿下から婚約破棄を叫ばれて、断罪さえるように、そういうふうに世界ができているのよね……と、わたしは理解している。
その証拠に、わたし付きの、このエマという名の侍女、王城にもついてきてくれるんだけど、王太子殿下がわたしに意地悪をするときは、なぜだかぼんやりとして、人形のように突っ立っているだけなのだ。そうしてお父様とお母様には「今日もお嬢様はしっかりと王太子妃教育をこなされました」と報告するの。
最初はエマは、王太子殿下に買収されているとかで、王太子殿下に不利な報告はしないのかなとか疑った。
だけどそんな気配はない。
普通に親切で気が利く侍女なんだよね。
そういうことを、ベルナールお兄様に言ったらどうなるのかな?
わたしがおかしいと思われるのだろうか? それとも……ベルナールお兄様も、エマみたいになっちゃうのかな……。
わからないから、あいまいに微笑むだけにしておく。
あ、いいこと考えた。あれを、お母さまの必殺技をやってみよう!
わたしはまず、辛そうに俯く。
「ごめんなさい、ベルナールお兄様。……お父様とお母様が知って、それで王家や王太子殿下から、我がモンクティエ侯爵家が何らかの咎めを受けたらと思うと……、わたくし、なにも言えなくて……」
「レベッカ……」
「でも、大丈夫ですわ。お父様によれば、男のかたには若気の至りというものがあって、相手にちょっかいを出すかたもいらっしゃるとのことですし。それにお母様によれば、そういう子供じみた相手に真正面から対処するのではなくて、躱すことも淑女としての必須項目らしいですから」
「しかし……」
わたしは、以前にお母様がしたみたいに、まず、ベルナールお兄様の瞳をじっと見上げる。そして、言った。
「嫌ですわ、こんないたずらを仕掛けてくるなんて。他の人からそんな意地悪なコトをされたら、絶対に許しませんけれど。でも、あなただから許して差し上げますわ」
そうして淑女の笑みでにっこりと笑う。
「こんなふうに、王太子殿下からのいたずらなど、軽くかわしておりますから。安心なさってお兄様?」
茶目っ気たっぷりに、ぺろりと舌まで出してみる。
淑女としては、舌を出すなんて、アウトだけど。今はね、いいよね?
ベルナールお兄様は一瞬だけ、呆気にとられたような顔になったけど、すぐに頬を緩められた。
「レベッカ、お前は本当に、本物の淑女だな」
やったあ! お兄様からのお墨付きをいただいたわ! 頑張ったかいがあった!
嬉しくてにこにこしていたら、お兄様が「少しだけ待て、私も学園に行く。制服に着替えてくるから」と、入学式についてきてくれることになった。
そういえば、行く必要がないだけで、ベルナールお兄様もまだ学園の生徒でした。
ということは、入学式のエスコートはベルナールお兄様にお願いできるのね! しかもベルナールお兄様の制服姿も堪能できる!
はわーっ! なんという幸福。
わたしは最上級にご機嫌になりながら、急ぎ足で着替えに向かう、そのベルナールお兄様の背中を見つめ続けたのだった。
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