第5話 帰還者


「いいか? 少しでもおかしな真似をしたらお前の首が飛ぶからな」


「へ、へいっ、キルス様ぁ、間違いなく、目的地へとお連れいたしやすうぅぅ!」


 盗賊の一人に馬車を走らせ、俺はエルンスト・ダリウス子爵の屋敷へと向かっていた。


 何かちょっとでも異変があれば、いつでも始末するつもりだ。こいつの代わりはいくらでもいるからな。


 で、ほかの盗賊どもは今どこにいるかというと、アジトにいるわけじゃない。


 俺のアイテムボックスの中にいる。


 あれからまだほとんど弄ってないので、倉庫を少し大きくした程度の広さではあるが一応俺の領地だからな。


 しかも、今はサイコロみたいに小さくしてるから、脱出も不可能。


「おいカス、もっと飛ばせっ!」


「へ、へいっ、ボス!」


「……」


 何がボスだ。まあいい。こいつはいつもの癖でボスと言ったんだろう。盗賊団の首領になったつもりはないがな。


 こいつらを利用して、として生きるのも悪くはなさそうだ。


 そうだ。領地も連中に管理してもらうか。


 ……ただ、人数が足りないな。


 それなら、これから向かう親父の家で気に入ったやつだけ頂戴するか。盗賊団なだけに。ん、盗賊が俺の顔をちらちらと見てくる。


「おい、余所見するな!」


「へ、へいっ!」


 隙あらば逃げようって魂胆だろうが、そうはいかない。その瞬間、【切る】スキルで首を切ってやる。


 なんか俺って、盗賊団のボスより凶悪になってるような? まあでもしょうがないよな。


 これだけ強力なスキルを手に入れたら、普段どれだけ綺麗事を抜かしてるようなやつでも豹変するに決まってる。


 俺はイライラや眠気、退屈感なんかを溜まってきたら『軽く切る』っていうのを繰り返していた。これならそんなにエネルギーは消費しないし、こういう使い方もできるんだから快適すぎる。


 もちろん、視界を四分割して、何か異変が起きないか見張ることも忘れない。盗賊の仲間が助けにくるかもしれないからだ。連中にしか見分けられない合図もあるかもしれないし油断は禁物だ。


「お……」


 やがて、馬車が親父の領地へと到達したのがわかった。一応、こっちで13年生きてきて、普段見慣れた景色だからな。


 さて、そろそろ馬車を下りるか。


 盗賊の馬車で近づいたら親父らに警戒される恐れがある上、こいつらの仲間が異変が起きたと考える可能性だってある。


「よし、この辺でいい。馬車を停めるんだ」


「へ、この辺っすか?」


「そうだ。なんか文句あるか?」


「いえ、まったくないっす!」


 ちなみにこいつ、アジトで俺の悪口を言った盗賊だ。アッシュとかいう名前らしい。俺が人質のとき、頭の働きが鈍いとか言いやがったから、こうしてこき使ってやってるってわけだ。


 俺は馬車から降りると、空間のサイコロを取り出し、その辺の空間を切ってくっつけて入り口を広げ、御者役のアッシュを馬車ごと中へ放り込んだ。放置してたらどうせ逃げるからな。


 そのあと、俺は土地勘を利用して屋敷へと足を運んでいく。


 その甲斐あってすぐに住み慣れた屋敷が見えてきた。


 さて……俺は姿で帰還するつもりはない。


 俺は盗賊団に人質に取られた挙句、交渉に応じなかったためにもう処刑されて死んだことになってるはずで、その反応をこっそり窺うつもりだ。


 そのためにどうやるかって?『自分の姿』を切り取るんだ。


 そして何もない場所から『人の姿』を切り取って、それと交換する。それだけで透明人間の完成だ。実際に自分の手を見ても何も見えない。


 切り取った自分の姿はアイテムボックスにでも入れておけばいい。ここには盗賊たちも入れてるので監視役になる。まあ怯えさせるだけで、入口を狭くしてあるし出られないんだけどな。


「……」


 俺は遂に屋敷の門を潜ったが、誰も気づいている様子は当然ない。いよいよ親父らの様子を見られると思うとワクワクしてくる。俺が処刑されたことに対する反応次第で、お前らは生きるか死ぬかが決まるようなものだからな。


 庭にいるメイドたちはいつも通り仕事をこなしていた。今のところ特に変わった様子もない。まあ俺が気に入ってるメイドもいるから、その辺は後で詳しく見てやるとして、それより先に見てみたいものがある。


 それは俺の二歳下の弟エリックと、四歳下の妹エムルだ。


 透明人間のまま、まずはエリックの部屋へ向かうと、やたらと騒がしい。なんだ?


 ドアをそっと開けて中に入ると、赤い顔のエリックがワイングラスを手に、メイドたちに向かって悪態をついていた。


「めでたくも、兄様はお亡くなりになられた。これで僕が子爵家の跡継ぎ確定だ! メイドども、僕を讃えよ、崇めよっ……!」


「……」


 まあ異世界とはいえ、ガキが酒飲んでるってだけでも胸糞なのに、俺の死を祝うとはな。


「はうっ……⁉」


 今は様子見だけってことで、俺はメイドの乳を揉んで罪をエリックに擦り付けるだけにしておいた。


「エリック様、何をなさるのです⁉」


「ぶはっ⁉」


 メイドにビンタされるエリック。無様。真のお仕置きはまた後でやらせてもらうとしよう。次に俺は妹のエムルの部屋へと向かう。


 すると、ドア越しに少年の声とともにエムルの甘い声が聞こえてくる。まさか、9歳のガキの癖に淫らなことを? そっとドアを開けて中に入ると、やつらは食事中だった。なんだ。


 エムルと一緒にいるのはガレフ伯爵の子息アンデル・ガレフだ。そうか、こいつが恋人だったんだな。


 エムルが『あーん』と言って、スプーンで食事をアンデルの口にせっせと運んでいた。アンデルはともかく、エムルは俺が処刑されたって話は知ってるはずなのに、ふざけんな。ってことで、エムルが『あーん』をするタイミングで俺はアンデルの顔面に蹴りを入れた。


「ぶっ⁉」


「ア、アンデル⁉」


 アンデルに睨みつけられて青ざめるエムル。ざまあみろ。お前に関しても後でもっと酷い仕打ちが待ってるからな。覚悟しろ。さ、次は親父のところへ行くか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る