第十五話
…ゆっくりと目を開け、身体を起こした。
Majorはまだ私の隣で気持ち良さそうに眠っているようだ。
…、今日からまた学校が始まる。早く支度をして家を出なければ。
私はベッドを降り、クローゼットを開け、今日の服に着替え始める。
……はぁ、…何だろうか、
別に何かあった訳でもないが、…何だか憂鬱だ。
もう土日が終わってしまったのかと思うと、どうしても気が落ちてしまう。
私は溜め息を吐きながら白シャツを着た。下から一個ずつ、ボタンを留める。
…、
「、っ」
突然、背後から誰かに抱き付かれ、一瞬動きを止めてしまう。
「あれ、気付いてなかったの?」
Majorだ。
私は身体をMajorの方に向けた。
「?先生どうしたの————」
私は、そのままそっとMajorの背に両腕を回した。
…そして、Majorの小さな肩の上で目を瞑り、大きな溜め息を吐く。
「…どうかしたの…?」
また、大きな溜め息が口から溢れた。
…それから、ゆっくりと目を開ける。
「…学校に行きたくない」
Majorはしばらく間を置いた後、私の両頬に手を触れて正面に向かせた。
私は、どうしても気持ちを隠し切れず、そのまま顔に出してしまう。
「急にそんな事言って、どうしたの?先生」
「…、土日がもう終わってしまったのかと思うと、どうしても寂しくて仕方ない」
私は、両頬に触れられたMajorの片手にそっと触れる。
「…、でも、それは仕方ないよ
僕だって寂しいけど、先生は仕事をしなくちゃいけないんだから」
確かにそうだ、そうなんだが…。
「…、離れたくない」
…自分は何情けない事を言っているんだ、と今気付く。
私は重く肩を落とし、地面へ俯いた。
「…、」
Majorはそんな私をしばらく見つめた後、頬にそっとキスをしてくれた。
…私がもう一度Majorに顔を上げると、今度は口にそっとキスをしてくる。
「先生、頑張って。今週もまた一週間頑張ればすぐに土日がくるから
…毎日美味しい晩ご飯作って家で待ってるから
…ね?だから頑張って、」
Majorは、すっかり落ち込んだ私を優しく慰めるように言った。
…確かに、私は仕事をしなくちゃいけないから、どうしても学校に行かなくてはならない。
Majorと半日以上一緒にいられないのはどうしても気が落ちるし、不安だ。
…頑張った先には必ず幸せが待っていると言う。
……また今週も頑張れば、昨日までのような幸せな土日がやってきてくれるのだろうか。
…、
「…分かった。ありがとう」
「うん、元気出してくれたならそれでいいよ」
Majorはにこっ、と私に微笑みかけ、リビングへ向かって行った。
…そうだな。Majorが応援してくれているんだ。
ならば応援に応える他選択肢はないだろう。
唯一私が愛している人が応援してくれる。そんな今の幸せを忘れてはいけない。
…頑張らなくては。
私はまた着途中の白シャツのボタンに手をかけ、一個ずつ留め始めていった。
…服を着替え終え、鞄の準備をしようと鞄を開く。
…?これは…、
私は、紙の束が入ったファイルを取り出す。
…、!!
「しまった!!」
私はつい大声を上げてしまう。
何事かとMajorが慌てて私の元にやってくる。
「ど、どうしたの?」
「テストの丸付けをするのを忘れていた…」
生徒達のテストの束が入ったファイルを持ちながら、Majorに振り返った。
あぁ、まずい、完全にやらかした…。
教師としてこれは流石に許されない…。
…とは言っても他の教師達や生徒達に黙っておく訳にもいかない…。
「…先生、どうするの…?」
「……仕方がない。何とかするしかない
とりあえず他の教師達にも相談してみる事にする」
私は自分の携帯を取り出し、教師達のグループルームで、一言メッセージを送る。
『お疲れ様です、Colonelです。
テストの丸付けをするのを忘れてしまいました…。』
…何か影響が出ないといいが…。…いや出ない訳がない。
はぁ…、私とした事が…。
せっかくMajorに元気付けてもらったのに、これでは意味がなくなってしまう。
私はファイルを額に付け、考え込むように目を瞑った。
「…でも先生、それは仕方ないよ。忘れちゃったなら忘れちゃったでどうしようもないし
何とか言えば皆も分かってくれる筈だよ」
「何とかって…、本当の理由なんて言えないし、どう言い訳したら…」
私は片手でを隠すようにして目元を押さえた。
…はぁ、まぁ、こうなってしまったからには仕方ない。
どうにかやるしかないか…。
「行ってくる」
「うん、」
靴を履き終え、私達は玄関で軽くキスを交わした。
…学校に着いたら皆に一体何を言われる事やら…。
「…今日も頑張ってね、先生
どうか無理だけはしないで」
優しく微笑みながらそう言ってくれた。
…そうだな。いつまでも事を後悔して引きずっている場合ではない。
心を入れ替え、次へと進まなければ。
…私はMajorをしばらくの間見つめ、頬を緩めた。
「あぁ、ありがとう」
そう言い残し、私は家のドアを開けた。
電車の中で、私がさっき送ったメッセージへの、皆からの反応を見てみる。
『え!?Colonel先生何があったんですか!?』
『それなら仕方ないですよ…😅
何とか生徒達に言い訳でもすれば😩😓』
『僕も時々します……
生徒達に説得しないとですね…、』
『そうですね…、これからは気を付けるようにします。』
良かった…、皆がとても親切で本当に良かった。
…ただ、量は結構ある。今日だけで終わらせられるだろうか…?
…明日は確か五、七、八組は英語があったな…。せめてこの三組は明日までに終わらせよう。
…でも、出来れば今日全部終わらせたい。無駄な時間を作らないようにしなければ。
—————————————————————————
「えぇーっ!?」
クラスの皆が大声を上げる。
「皆本当にすまない…。明日までには絶対返す」
「えっ、先生!!俺の点数は!?」
「それが、皆の答案用紙に全く手をつけていないんだ…。私もとても反省している、今日ばかりはどうか目を瞑ってくれ」
教卓には凄く申し訳なさそうにしてるColonel先生が立っていて、クラスの皆は騒めいたままだった。
「…取り敢えず、今日の書類を配るからちゃんとしまっておいてくれ」
まだ申し訳なさそうな顔をしているまま、先生は前の席の子から順番に書類を配っていった。
…まぁ、他の先生も時々忘れる事あるし。私は別にどうも思わないかな。
前から配られてきた書類を後ろのJenyに渡す。
「ねぇねぇ、あのColonel先生が丸つけし忘れるとかヤバくない?しかも全く手つけてないなんて」
Jenyはすかさず私に話しかけてきた。
「んー、まぁ私は別にどうも思わないけど
そりゃあ誰だって失敗はするでしょ」
「いや違う違うそうじゃなくて、」
Jenyは後ろの子に手紙を渡し、またすぐに私に向き直ってきた。
「Colonel先生、結婚とかしてないなら一人暮らしでしょ?
なのに仕事忘れるとか、絶対何かあるでしょ」
…そう言われてみれば確かに。
一人暮らしなのに、大事な仕事をし忘れるのはおかしい気がする。
「…やっぱり彼女いたりするんじゃないの?」
…マジか。
だとしたらそれは凄く興味あるかも。
他の皆とももっと語ってみたい。後で皆にも訊いてみよう。
私とJenyは、五分休みにすかさずまた別の友達の元へ小走りで向かう。
「ねぇねぇねぇ、Colonel先生が丸つけ忘れたって!」
「あーそれ!!マジでヤバくない!」
「これは何かあるよね、先生絶対隠してる事あるよ」
ちょっとしたミスでこんなにも噂されてしまうだなんて、本当に年頃の中学生は怖いものだと自分でも思う。
でも、こう言う話は私も大好きなので歪めない。つい一緒に盛り上がってしまう。
「彼女いるんでしょ!!」
「それえ!!でなきゃ此処に来たばっかで仕事忘れはヤバい!!」
「マジでヤバくない!?んじゃあ土日は仕事ド忘れしてデートでもしてたってわけ!?」
「きゃぁぁあ!!!」
本当かどうかも分からないのに、私達は勝手な妄想でかなり盛り上がっていた。
でも、本当のところ事実が凄く気になる。
本当に先生に彼女がいるんだったらそれはそれでまた気になるし、いなかったとしてもあのいかにもしっかりしてそうなColonel先生が仕事を忘れるのには、何か訳がある筈。
この話はこれからも大分長引きそうだな…。
—————————————————————————
「よーう、Colonel先生」
「あぁ、Monoか」
昼放課の時間に、せっせと丸つけをしている私にMonoが話しかけてくる。
…だが、何やら企むようににやにやしている。
…、何を考えているのだろうか。
「…何だ、どうしたんだ?」
「ふっふっふ
Colonel、土日何かあったんでしょ」
その顔は、まるで全てお見通しとでも言うかのような表情をしていて、私はついボールペンを持つ手を止めてしまう。
「なっ…」
すると、Monocularは私の机に片手をつき、顔を近付けてき、嫌らしい顔でいながら私を見つめた。
「…恋人いるんでしょ」
「っっ!!」
私は驚いた衝動で勢い良く椅子から立ち上がってしまう。
そして、隠し切れない、この何とも言えない感情を露わにする。
「あれ、俺何か間違った事言っ———」
私はMonoが何かを話し終わる前に職員室の外まで連れ出した。
このまま話を続けてもらっては、周りに怪しまれる可能性が…っ
いや、逆に連れ出した方が怪しまれる…?
…いやいや、盗み聞きされるよりかはマシだ。
私はそのままMonoを屋上まで連れて行き、恥ずかしいような焦るような気持ちで彼を睨んだ。
「ははは、俺マジで当てちゃった感じ?」
「お前っ、話す場所と言うのを考えろ!!」
「つかマジで彼女いるんだねー、まあ知ってたけど」
「っ、煩い!!」
私は表現し切れない感情になりながら、額に片手を当てて地面を向いた。
あぁっ、だから陽気な奴は困るんだ!
「彼女って言うか、簡単に言えば彼氏だよね」
「っ、」
…やめろ…私の精神が持たん…。
「……はぁ、何で知ってるんだ…」
「そりゃあ、死神だから心透視する能力ぐらいあるよね」
「だからと言って彼処で言うのはないだろ…」
私は目を瞑って頭を掻いた。
あぁくそ…、先が思いやられる。
話を広められたりしないだろうか…。
「…まぁ安心しなよ。俺噂広めたりとかそんな事しないからさ」
「……今のお前に信用ならん
本当か?本当によして欲しいのだが」
「分かってるよ、俺も君と仲良くしていく上でそんな事したら台無しになる事ぐらい知ってるからね」
「あのな…、」
私はどうしても落ち着けなくてその辺を彷徨いた。
本当に、これに関してだけでも普通に考えて遠慮する気にはならないのだろうか…っ
「っ困るんだこんな話広められたら!それに生徒達にも恋人はいないって嘘を吐いたばかりなんだ!」
「分かった、分かったって。そんなに焦らなくてもいいじゃん?」
気付けばMonoよりも私の方が必死になっていて、改めて自分を恥じる。
私はまた大きな溜め息をついた。
「とにかく、この事は誰にも言わないからもうそんなに心配しなくていいよ」
「…」
私は心を入れ替えて、何とか感情を整えた。
たく…、此奴が突然あんな事言わなければ精神を削ってまで焦りなどしなかっただろうに…。
「でも、君の彼氏ってMajorくんの事でしょ?
だったら俺、Faitufulと同じで結構前から知ってるよ」
そうだった。そもそも此奴はFaitufulと契約したからどうのこうのと言い、私の事も知っていると言い出したんだった。
ならば最初からMajorを知っているのも当たり前か…。
…私は何故あんなに焦ったのだろうか。あんなに焦る必要もなかったのか…。
「…あー、分かった
あぁほら、もうすぐ昼放課が終わってしまう。職員室に戻ろう」
私が踵を返して屋上を出ようとすると、
「んで?Majorとは何処まで行ったのさ?」
またMonoが腑抜けた質問をしてきた。
私はまた振り返って怒鳴り散らしてしまうところだったが、何とか抑え、ただにやにやしているだけの彼の顔を見つめた。
「お前に話す必要などないだろう
お前は見るからに口が軽そうだからこれ以上は言えん」
「えぇー何でさぁ?俺さっきも噂流したりなんかしないって言ったばっかじゃーん!」
「煩いな、プライバシーの侵害だぞ」
「えぇねぇ、俺達もうこんなに仲いいんだからさ!少しぐらい話してくれたっていいじゃん!俺だって気になるよ〜」
「分かった分かった、また今度な」
質問攻めしながら私に引っ付いてくるMonoから小走りで、逃げるようにして屋上の出口のドアノブに手を掛けた。
「…でも、Colonel。これだけは言っておきたいんだ」
Monoは、突然真面目な口調で話し始め、急に私へ引っ付き回すことをやめた為、
少し驚いて彼の方に振り返った。
「もしも、二人に関係してる何か事件とかが起こったなら、俺は協力するよ
相談は乗るし、一緒に解決策も考えるから
だから、その時は頼って欲しいんだ」
Monoの目には迷いはなく、さっきのチャラけた表情とは違って、本当に真面目に話しているようだった。
…何なんだ?そんな事を急に言われては余計に情報の収集が難しくなる。
「…突然何の話だ」
私は少し頭を傾げ気味で訊いた。
…が、Monoは私に返事をする前に、またいつもの表情に戻ってしまった。
「まぁ!その時になれば分かるよ!
とにかく今は今お幸せにいちゃいちゃしとおくといいよ〜
いつ別れる事にかるか分かんないのもあるしねー!」
「なっ、お前!」
また生意気な口を聞くものだから、逃げるように先を行く彼を引き留めようとしたが、Monoは立ち止まらずに屋上を出て行ってしまった。
私はそんな彼を見送り、また溜め息をつく。
…、”私達が関係した事件”。
しかし、一体どう言う事なのだろうか…。…、
…まぁ、彼も本物の死神だ。あの感じだと、今はそんなに心配する事でもないのか…?
ただ、彼が言うのだからその事件と言うのは本当に起こってしまうのかもしれない。
…そうだな、その時は素直にMonoを頼るとしよう。…そうすれば、いいのだろうか。
それに私にはVarlinもいる。
周りを見てみれば相談に乗ってくれそうな人は少なくはない。
…いざと言う時には頼りにしていこう。時には私一人ではどうにも出来ない時と言うことは分かっている。
—————————
「先生ー、入っていい?」
「あぁ」
Majorはそっと部屋に入ってドアを閉めると、私の両肩に手を置いて机を覗き込んできた。
「今日までには終わりそう?」
私はまた丸付けの続きせっせとやっていた訳だが、今日の隙間と言う隙間の時間を見つけては丸付けをしていた為、何とか今日中には終わりそうだった。
「あぁ、何とかな」
「そっか。他の先生達には何も言われなかったの?」
「皆とても親切でな、むしろ注意するどころか慰めてくれた」
「へぇ、凄くいい人達なんだね」
Majorは私の耳元でそう言った。
丸付けはあと二、三人で終わる。最初は明日までに終わらせるとは言ったものの、やはり間に合わないのではないかと自分でも冷や冷やしていた。
…だが、まぁ何とか終わりそうではあるし、安心しても良さそうだ。
Majorは、私の肩から丸付けを眺めていた。
「…あ、先生。ここ違うよ」
Majorがその場から手を伸ばして、解答用紙の一部を指差した。
…本当だ。微妙な感じ間違いだったが、私はそれなら気付かずに丸を付けてしまっている。
…、今までに丸付けをしてきたところにも採点ミスをしている部分があったりするのだろうか…。
「本当だな。ありがとう」
私は丸を二重線で消し、チェックマークを付けた。
…まぁ、いいか。もし間違っていたら生徒達が訊きに来てくれるだろう。
…いや、間違っているのに丸が付いている場合は黙っていたりする子もいるのだろうか…。
…でもまぁ、一枚一枚丸付けし終わった後に見直しはしたから、そうないだろう。
「…ねぇ先生、今少しだけ時間いい?」
私は丸付けをしながら返事をする。
「何だ?」
「最近流行ってるSNSがあるんだけどさ、あの、先生が僕とか他の先生達と連絡とってるSNSじゃない方の
僕、先生と再会する前からやってたんだけど、良かったら先生もアプリ入れてみない?」
SNSか…。そもそも私は皆に向けて投稿する事などないが、もしかしたら、いつかは必要な日が来るかもしれない。
入れておいて損はないだろう。
「…そうだな、」
「こんな事言っちゃあ何だけど、僕の投稿も見て欲しいし…
まぁ、適当に投稿してるだけだけど…、」
…確かに。勤務中は連絡が取れないし、だからと言って休み時間はずっとMajorと連絡を取り合っている訳でもない。
気軽にその時のMajorを確認出来る点にしてはいいかもしれないな。
「…分かった。もうすぐで採点が終わるから、また後で詳しく聞かせてくれないか?」
「うん!ありがとう」
Majorは嬉しそうにそう言った。
全く、可愛らしい反応を見せるものだ。
…私も、最近こんなような事ばかり考えているな。
「あとどのくらい?」
「もうあと二枚採点したら終わりだ」
「じゃあ僕リビングで待ってるね!」
そう言うと、突然Majorは私の頬にそっとキスをしてきた。
少し驚いてペンがズレてしまいそうになったが、そのままMajorは部屋を出て行き、ドアを閉めた。
…私はMajorが出て行ったドアに振り返り、ぼんやりと見つめた。
…、しかし、まぁ…、
攻めてくる奴になったものだな。
別に私も負けていられないとは思っていないが、ずっと私からの攻めを受けてばかりのMajorがああしてくれるようになったと思うと、何だか、嬉しく感じた。
少しずつ、立場の差が縮まっていってる気がして。
…そのうち、また何かMajorにお返しをしてやらないとな。
私は色々な事を考えながらまた机に向き直り、丸付けの続きに取り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます