第十四話

「!!」


私は目を覚まして、ベッドから飛び起きた。

…私はあのまま寝てしまったのか?いや、それにしても昨日のは…、

身体を見てみると、スケルトンには戻っていたものの、上半身は裸だった。

思わずまだ眠ったままのMajorに振り返る。

…まるで何もなかったかのような、幸せそうな顔で眠っている。

此奴…、昨日の夜私に何をしたのか覚えているのか?

と言うか上半身だけ服を着せていないとか、昨日のあれは夢じゃないとでも言いたいのか?

平然とした顔などして…、今度また倍にしてでも返してやった方がいいだろうか。

…はぁ、しかし気が失せた。

昨日のあんな自分の姿を思い出すと、これから生きる気すらもなくしてしまう。

私は気力のない目で、静かに眠っているMajorをぼんやりと見つめた。

そして、そんなMajorを見つめたまま大きな溜め息を吐いた。

…、とりあえず着替えるとしよう。




そうか…、今日はまだ日曜日なのか。

また一週間学校が始まるのは明日からなのか…。

だがこれで良かったのかも知れない。

こんな気持ちのまま学校へ行っても、きっといつものように過ごせないだろうし、それで変に心配されても余計に厄介だ。

今日の服に着替え終え、私はまだ眠っているMajorに振り返った。

…そして近くまで行き、Majorが眠っている側に座った。

…しかし、よくもこんな顔でいられる訳だ。

まさか昨日の事を覚えていないとでも言いたいのか?全く…、

……だが、まぁ…、

正直言うと、そんなMajorを嫌う程嫌ではなかった。

何故か、だ。

確かに私はあんなに嫌がっていたし、本当にやめて欲しいとも思っていた。

…だが、


『本当は嬉しいんでしょ?』


…、

…いや、嬉しいと感じた訳ではない。

…何なのだろうか。

あの時、私にはどこか快楽があって、抵抗する気になれなかったと言うことか…?いや…、

……いや、やめよう…。余計に気が滅入る。

また思い出してしまう。あまりに自分が情けなくて恥ずかしくて今すぐここから姿を消してしまいたい。

…、

ゆっくりとMajorの顔に、自分の顔を近付ける。

…何なんだその幸せそうな顔は。本当に昨日の事に関して何を思っているんだ?

全く、此奴は…。

私は、幸せそうにすやすやと眠っているMajorの頬を軽くつねった。


「…あんな事で優越感に浸るなどするんじゃない」


少し叱るような呟いた、次の瞬間。


「僕に負けた先生も先生じゃん」


今まで目の前で眠っていたMajorは、瞬時に私の背後にテレポートし、肩から腕を絡めてきていた。

…いつから起きていたんだ。


「…はぁ

Major、全く勘弁してくれ」


私は絡められたMajorの手に触れ、首だけMajorの方を向いた。


「何が?」

「何が?じゃないだろう。調子に乗るなと言っているんだ」

「今まで先生が僕の事ナメてたからこんな事になったんじゃん」


いつから此奴はこんな生意気な奴になったんだ?減らず口を言うのもいい加減にして欲しいところだ。


「別にそう言う訳じゃない。今まで通りお前に接していただけじゃないか」

「そんな事ないじゃん。先生は僕の事ナメてたから今まであんなに好き勝手攻め倒したりしてたんでしょ?僕の事怖いって思ってたならあんなにしなかった筈」


切りがない…。

私はMajorの腕を解いて、その場を立った。

そして、改めてMajorに向き直る。


「分かった降参だ。だからそれ以上もう何も言わないでくれ」


私は呆れた表情になりながら、顔の横で手を横に軽く振って見せた。

そして、渋々部屋を出て行こうとする。


「ホントは嬉しかったくせにぃ」


何回言えば分かるんだ…、

私はまたMajorに振り返った。

…舌打ちしそうになったが、何とか抑えた。


「あぁ、嬉しかったよそれがどうした

と言うか、いつからタメ語で話していいと言った」

「前タメ語で話して欲しいって言ってたの先生じゃん」

「あぁそうだったなそれはすまなかった」


私は面倒臭がる態度でそう言い捨て、さっさとその場を去った。

…初めてだな、あんなにMajorに苛立ちを覚えたのは。

昨日から急にだが、本当に一体どうしたと言うんだ?

一体何がきっかけだ?二重人格なのか??全く本当に…。

頭が痛くなりそうだ。

—————————————————————————

「お帰りー」


買い物から帰ってきて、私は玄関を上がった。

あれから特に何かがあった訳ではないし、ただ普通な生活を過ごしていた。

ただ…、


「先生、今日のご飯は何にするの?」


部屋に入ると、ソファーに座っていたMajorが近付いて来ては馴れ馴れしく私の腕に抱き付いてきた。

…Majorが昨日とは一変して、かなりスキンシップを取るようになり、積極的に引っ付いてくるようになった。ある出来事でこんなに変わってしまうものなのか…?

今日の朝からずっとこの調子で、今度はMajorが若干私をナメているような態度でいた。

…でも、まぁ、


「今日は、いつもとは少し違うものを作ろうと思ってな

まぁ、楽しみにしておくといい」


…そんなMajorも、嫌いだとは言える訳もなく。

今までのMajorも勿論愛していたが、…こっちはこっちで可愛らしく、大人しいよりかは何を思っているかはっきり分かる為、よくよく考えれば逆に疲れないかもしれない。

また性格が変わってしまうなら話は別だが、恐らくMajorは昨日の夜の出来事があったから変わったのだろう。

もう流石にあれを超える事は出来ないだろうから、これからのMajorはこのままか、あるいは時より以前のMajorを見せるか…。


「え、どう言う事?」


Majorは興味津々な様子で私にもう一度訊いてきた。

私の顔を見上げ、目を輝かせていた。

…子供のような一面もあるのだな。


「お前ならば、嫌いではないだろう

出来上がるまで待ってみてくれ」

「え、ねぇ、どんな感じのなの?」


ん…やけにしつこい気が…。

Majorは、荷物を置いたり、晩飯を作る準備を始めようとする私に付き纏った。

何だ?構ってほしいのか…?

しかし、今までにこんなにMajorが積極的になったのは初めてだから、正直どう対応してやればいいか分からない。


「ねぇ!少しぐらい教えてくれたっていいじゃーん!」


このまま黙っていてもいいが、何だか落ち込ませてしまいそうでそれはしたくない。

私は材料を持って台所まで向かったが、Majorは引く気もなく付いてきていたのだった。


「ねぇ先生ー、何か言ってよー!」


よっぽど私に構って欲しいらしい。

…仕方ない。


「えっ、うわっ!」


私は、台所でそのままMajorを押し倒した。

流石のMajorも、驚いた顔を見せる。


「いつからお前はそんな子供のような奴になったんだ?構って欲しいならば、その口ではっきりと言えばいいだろう?

「構え」と。たったの三文字口に出すだけだろう?」


私は少し微笑みながら、Majorの口にそっと親指で触れた。

さっきまでの笑顔はないが、Majorの頬が徐々に赤くなっていくのが分かる。

どうせ此奴の事だから、少し攻めてしまえばすぐに黙るのだけは知っている。

これだけは、前と変わらない。


「え、だって—————」


Majorは何かを言おうとしたが、昨日の夜Majorがしてきたように、話している途中で口を口で塞いだ。

…少し経って離れると、Majorの頬はさっきよりも赤くなっていた。


「…だって、それから何だ?」

「っ…」


Majorは恥ずかしそうに目を逸らした。

…可愛らしい奴め。やはり、完全に私をナメたくっている訳ではないのだな。

これだから、Majorの事はどうしても憎めないし、嫌えない。

むしろ、更に愛らしく思えてしまう。


「…さ、分かったら向こうに行って待っていてくれ

何が出来上がるか知りたいなら、ずっと其処で作っている過程を見ているといい」


私は気持ちを切り替えて立ち上がった。

Majorも続いて立ち上がったが、頬を膨らまし、赤らめたままだった。

…そして、また何か言おうとしたが、結局何も言わずにあっちの方へ行ってしまおうとする。

…ふ、

つい、若干の笑みが溢れてしまう。


「っ、!?」


私に背を向けたMajorへ私は背後から抱き付き、前に腕を絡めた。

そっと、その腕にMajorが触れる。


「いざ自分がされるとそんな顔をするのか

今朝はあんなに私を馬鹿にしていた癖に、今となれば何も言い返せない訳か?」


Majorは俯き、黙ってしまった。

また振り向かせてキスでもしてやろうかと思ったが、そうする前にMajorが自ら振り返り、私のネクタイを引っ張ってまた口と口を重ねた。


「…煩いよ、もう」


顔は赤いままだったが、少し嬉しいかのように微笑んでいた。

そして、またリビングの方へ向かって行った。

…まぁ、私も昨日あんなことをされたからと言って弱くなった訳ではない。

結局、隙を突かれるのはMajorの方なのではないだろうか。

…とにかく、Majorが私に完全勝利するのはまだ百年早いと言ったところだ。

と言うのも別に直接言って論破してやる気もない為、私は心の中でそう思う事にし、一人でちょっとした優越感に浸っていたのだった。




「出来たぞ」

「はーい」


Majorはリビングの方から食卓の方へやってきた。

…そして、少し驚いたような顔を見せた。


「…わぁ、」

「たまには和食っぽく、魚料理でもいいかと思ってな

お前が好きだったりするといいのだが…」


今日の晩飯は海鮮丼にしてみた。

私も魚は割と好きな方で、Majorも最近は魚料理を作ることがなかった為、作ってみたのだ。


「…さぁ、お前が楽しみにしていた今日の晩飯だぞ。早く食べて感想でも聞かせてくれ」


Majorは先に座って、食事前の挨拶をしてから箸でそれを食べた。

私も自分の席に座って、Majorの顔を眺めて様子を見てみる。


「…凄く美味しい」

「そうか、それは気に入ってもらえたみたいで良かった

…まあ、私は酢飯の上に魚を乗せただけだがな」


腹でも減っていたのか、箸を動かす手が止まらない様子だった。気付けば、それを見つめていた私は若干口角を上げていた。

しばらくそんなMajorを見つめていたい気でもいたが、とりあえず自分も食べてみる事にした。

…うん、思っていた通りの味になってくれたようだ。

満足だとも言える。


「…魚は好きか?」


美味しそうに食べているMajorに割って訊くのは申し訳ないが、何気なく訊いてみた。


「…うん、肉も好きだけど、魚も大好きだよ」


Majorは、嬉しそうにそう答えて見せた。

私はその笑顔があまりにも可愛らしくて、返事をするのをつい忘れてしまう。

私は自分の海鮮丼に目線を戻し、また箸を動かし始めた。


「…おかわりあるぞ」

「えっ、本当?」

「あぁ、好きなだけどうぞ」

「やったぁ!」


Majorは更に嬉しそうな顔になった。

…Majorの口元にご飯粒が付いているのに気が付く。

私は机に身を乗り出して片手をつき、もう片方の手でそのご飯粒を取ってやり、自分の口へと運んだ。


「…なら、早く食べてくれ

おかわりの鮮度が落ちるぞ」


Majorは嬉しそうな顔のまま、残りのご飯を食べ始めた。

…何と言うか、自分の料理でこんなに喜んで美味しそうに食べてくれるのは、恐らくMajorだけなんだと思う。

そもそも、私が飯を作って誰かに食べさせるのもMajorだけなのだろうから、他の人が私の料理を食べてどんな反応をするかまだ分からない。

…だが、毎回のように私が作った料理をこんなに美味しそうに食べてくれて、私はどうしても嬉しさを隠し切れなかった。

やはり作り甲斐があるし、また頑張ろうと言う気にもなれる。

…それに、また明日、今後のことも頑張ろうとも思える。

Majorは私に元気を与えてくれる唯一の存在、唯一愛せる存在だ。

改めて、Majorと恋人同士で良かったと思えた。

今までに色々あった。何なら昨日の夜はあんな事もあった。

だが、今となってはどれもこれも素晴らしい思い出となっている。これから一生忘れる事もないのだろう。

私は飯も食わずにそんな事を一人で考え、勝手に幸せに浸っていた。

「愛している」と伝えようとしたが、あまりにMajorが美味しそうに食べ続けているものだから言うのはまた後でにしようと思い、

私も同じように、また自分の海鮮丼を食べ始めた。

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