第十六話

「じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」


私達はいつも通り玄関で軽くキスを交わした。

そして、またいつも通り小さく手を振り、優しく微笑みながら私に手を振ってくれるMajorを最後目にした後、

時間に遅れないよう電車の駅まで向かった。




『Colonel先生!今日はちゃんと丸つけして来ましたかー?😏』


電車に乗って学校に向かっている途中、学年主任の教員からメッセージが届いた。

心配してくれていたようで、何だか嬉しかった。


『はい、今日生徒達へ返却出来る状態です』


そう返事を書くと、すぐに既読マークが付いた。


『それなら良かったです!これでテスト返しを待ち遠しくしている生徒達にテストが配れますね!☺️☺️』


気持ちが表れている、親切な返事が返ってきた。

学年主任の教師は私にいつも気を遣ってくれている。

…何だか申し訳ない、少しでも恩を返せるようそれ相応の行動で示さなければ。

完全にこちらの不手際だったと言うのに、こんなにも親切にされていることが不思議に思えてしまう。

…今後は二度とこう言った失敗がないようにしなければ。


「Colonel先生…?」


座席に座っている正面から誰かに話しかけられ、私はふと携帯から目線をずらした。

…前にも行きの電車で会った自分のクラスの生徒だった。

…えっと、名前は確か…


「Velriか。また偶然会ったな」


若干間が空いてしまったが、何とか名前を思い出せて自分でも少し安心している。


「…今日はちゃんと名前覚えていてくれてたんですね」

「早く覚えようと努力しているつもりではある。…中々すぐに覚えられなくて申し訳ない」

「そうなんですね、全然大丈夫ですよ

…また隣いいですか?」


私は軽くOKを出し、Velriは私の隣に座った。

私にも慣れてくれたのか、前よりかは自分の近くに座っていた。


「…テストって、今日返されますか?」

「あぁ、今日はちゃんと返せる。採点は昨日中に終わらせられた」

「そうだったんですね、良かったです」


Velriは少し嬉しそうな顔になって、私に向けていた顔をまた正面に向けた。


「…Velriは、今回のテストは自信があったりはするのだろうか?」

「いや、特にそう言う訳ではないですけど…、」


Velriは控えめな返事をして見せた。

…単に話題としてテストの話を出しただけか。あまり訊かない方が良かっただろうか。

下手に質問し返すべきではないな…。

私は軽く返事を返した後、話すネタが途切れてしまった為、少しだけ携帯を覗いた。


『Colonel先生今日はちゃんと丸付けしてきたんですね!良かったです👍』『先生のクラスの子達、早くテスト返ってきて欲しいって疼いてましたよー!😂😂』


携帯を開いた時のホームに、二件程他の教員達からも返信が来ていた。

…皆本当に親切で、仲良くしてくれている。

私も、早いところ他の教員と同等に働けるよう努めなければ。

私は画面のホームに表示されている通知を少し見た後、すぐに鞄の中へ携帯をしまった。

…ふと、チラッと隣に座るVelriに視線を移してみると、彼女は英語の教科書を開いてそれを読んでいるようだった。

…英語か、私の担当教科だ。それに今日の授業で使うページだ。

…今日の予習をしているのだろうか。

…何だか、いざ自分の担当する教科を熱心に勉強してくれていると思うと、やはり嬉しいものだな。

勉強が好きな子なんて中々居ないはずだと言うのに、こうやって努力しようとしてくれている姿を見ていると、何だか安心が出来る。

—————————————————————————

「それじゃあ、昨日返せなかったテストを今から返す。番号順に前に来てくれ」


名前を一番から順に呼んでいくと、その番号の子から順番に私の前へやってくる。

私は特に何も言わずにテストを返していったが、テストが返された子から順番に大きな反応が見られた。

かなり落胆した様子で机に伏せてしまっている子や、自分の中で点数がいいと思ったのかずっと表情に出しながら他の子達にも点数を訊き倒している子、などなど、

色んな子達がいた。

…今回のテストの平均点は、もう一人の英語担当のKaity先生と共有し合った情報によると大体62点ぐらいらしい。

まぁ、悪くもないし、むしろいい方だとも思えば丁度いいとも思える。

私も初めて作ったテストだったが、難しさもKaity先生と良く相談し合って決めた為、バランスがおかしかったりとそう言う事はなるべくないようにしていた。

この感じだと、難しさはこのぐらいが丁度良さそうだな。今後の参考にするとしよう。


「次、Ruel、」


何気ない感じでテストを返していっていたが、そのRuelのテストの点数を見て少し手を止めてしまう。

…つい昨日の夜採点したばかりなのにも関わらず、今ここでも多少の驚きを隠せなかった。


「…よく頑張ったな、」


私の前まで来たRuelに、褒めて微笑みかけながらテストを返した。

Ruelは小さく「ありがとうございます」と言ってから席に戻って行った。

「えっ!?お前何点!??」「うわっ!!9———うわ!!!」「前言ってた点数よりも全然高いじゃねぇかよ!!」

彼の点数は89点、かなりの高得点だと思う。

Ruelは少し恥ずかしそうに、でも何処か嬉しそうな表情になりながら友達に囲まれていた。

クラスであんな高得点を取ったのはTyruとRuelぐらいだ。

…まぁ、TyruはRuelと更に差を作って94点だが、然程変わらない。

それに、彼がかなり高学歴なのは風の噂で聞いていた。

その為納得はしたのだが、Ruelがそんなに点数を取れる子だとは驚かされたものだ。

—————————————————————————

皆が僕の机を囲んで、沢山点数の事で褒めてくれた。

僕的には90点は変えたかった気もするけれど、さっき先生も褒めてくれたし、これぐらいでも僕は十分満足だった。

…それに、僕が今回のテストでこんなに点数を取れたのには理由がある。

去年まではそんなにテストに手を込んでいなかった。元々十分な成績は取れていたし、行きたい高校への偏差値も足りていた。

…でも、僕はColonel先生が大好きだから、テスト勉強を頑張った。それも、かなり。

先生に凄いと思われたかった、褒められたかった、イメージを良くしてもらいたかった。

友達に褒められたいからでも、親に褒められたいからでも、更に成績を上げたいと思った訳でもない。

僕は、Colonel先生が大好きだから、テスト勉強を頑張っただけの話だ。

89点なんかじゃ先生は気にも留めないと思っていたけど、まさかの予想外に、先生はこんな点数でも僕を褒めてくれた。

…先生がいるなら、僕は頑張れる気がする。

今回は先生を想い始めてまだ間もないから、必死には勉強したつもりだけど、全力ではなかった。

だけど、こんな点数でも褒めてくれる先生を見ると、

Colonel先生にもっと褒められたいだとか、もっと凄いと思われたいだとか、

そんな欲だけが、ただただ溢れてきた。

だから僕は、友達に褒められようが親に褒められようがこれ以上内申点が上がろうが、別に嬉しい訳じゃないしそれがきっかけで頑張ろうとも思わない。

また先生にあんな表情で褒めてもらいたい。

気付けば僕は、未だ褒め倒してくれている友達に囲まれながら話は聞き流し、

その友達の隙間から見えるColonel先生を見つめていた。

—————————————————————————

「Colonel先生、」

「?」


私は職員室で自分の席に座っている、Colonel先生に話しかけた。

きょとん、とした表情でColonel先生は私に顔を上げた。


「どうかしましたか、」


少し緊張しながら、私は声を頑張って絞り出した。


「あの…、テストは、ちゃんと皆に返却出来ましたか?」

「あ、はい。ちゃんと返却しましたよ」


そう言って、Colonel先生は優しく微笑んだ。

…やっぱり駄目だ。

Colonel先生と話すのはどうしても慣れない。

他の先生と話す時は全然大丈夫なのに、何故かColonel先生と話す時だけは、

変に胸が高鳴り、口から上手く声を出そうとしなかった。


「生徒達にも今日必ず返却するって約束していましたからね、何とか昨日中に採点もし終えました」

「そうだったんですね、それなら良かったです…」


私は、恐らく上手く作れていない笑顔でそう言った。

…少し声が震えてしまう。これでまた気遣ってくれて心配でもされたら、もっと余裕がなくなってしまう。

…落ち着け、普通に話せばいいだけなのよ、私…っ


「そう言えば、Kaity先生は今日もテストを返したクラスはあったんですか?」

「えっ、と…はい、二クラス分ぐらい

今日でテスト返却するクラスは最後です」

「そうですか。…えっと、

平均点はまた変わる可能性はありそうでしょうか、」

「ああ、はい、そうですね…

今日で少し平均点は下がると思います」

「分かりました、ありがとうございます」


先生はまた微笑んだ。

…その度に、ソウルがきゅっ、と締まる。

そのうち喋れなくなってしまいそうだ、胸は高鳴ったままで、気持ちも全然落ち着かない。

…本当に、私は今後Colonel先生と話すのに慣れる事は出来るのだろうか…。

今後の事が、更に不安になってしまっていた。

—————————————————————————

「Colonelー、」


Monoが私の隣の席に座り、同じく椅子に座っている私へ少し身を乗り出して話しかけてきた。


「ねぇねぇ、今日何の日か知ってる?」

「…?急に何の話だ」

「あれ、やっぱ気付いてないんだー」


Monoはニヤニヤしながら、私の机に食い気味で身を寄せ、頬杖をついていた。

…一体何の事やら。


「あれだよ!あの日。皆が待ち望んでる日じゃん!」

「だから、一体何の話だと言っているんだ

面倒臭い話に付き合うつもりはないぞ」


「もぉー、」と若干頬を膨らませ、Monoは溜め息をついた。


「今日はバレンタインでしょー?」


それを聞いて、少し反応が表情に出てしまう。

…、そう言えばもうそんな時期だったか。

しまったな…、うちのクラスの生徒達にバレンタインの事について注意するのを忘れていた。

特に中学校なら、皆良く恋愛をしたがるものだろう。私達教員に隠れて、わざわざ学校でチョコを渡す生徒もいるそうだ。

その事に関して少し注意をしておいた方が良かったと思うが、大丈夫だろうか…?

いや、しかしMonoは何故こんな事を私に訊くんだ?あまりにも関連性がなさすぎる気が…。


「彼氏くんからチョコ貰う予定とかあるの?」


Monoは悪戯な笑みを見せ、そう小声で私に囁いた。

そうだった…此奴は私とMajorの関係について全てお見通しなんだったな…。

それを聞いた私は一瞬をまた声を上げそうになったが、今回は何とか抑え、上がっていく感情も冷静に落ち着かせた。


「…それはどうだろうな」

「えー、そりゃあだって気になるしー?年にたった一度、愛を伝え合える日なんだよ?

二人はなんか特別なこととかするのかなーって思って」


……別にバレンタインなんかにならなくとも、私達の距離が遠ざかることはないが。

周りに盗み聞きされていないか、良く警戒しながら、私はMonoへの返事を探る。


「…、チョコを貰う予定は特にないんじゃないか」

「はっ、え?そうなの??」


Monoは少し声を大きくして、驚いた様子を見せた。

…今日の朝の様子を見ていても、Majorにはそれを表すような行動や様子が見られなかった。

…、きっとMajorも忘れてしまったりしているんだろう。


「…ちょっと寂しいんでしょー」

「…違う

そう言うわけではない」


……本当に忘れてしまっているのだろうか。

あれほど愛を示してくれるMajorが、こんな割と大切な日を忘れたりするだろうか…?

…、けど、まあ、仕方のない事と言ったらそうかもしれない。

私達はついこの間まで離れ離れで、全く余裕のない生活をしていた。あれから日にちもそう経っていない。

ならば、そんな事を考える余裕もない筈だ。

…私自身だって、今日のことを忘れていたぐらいなのだから。


「…Colonel。思いっ切り顔に出てるよ」

「っ…、だから違うとさっきも言って————」

「そう強がらないで、ってー。気付いてないかもしれないけど、俺がこの話し始めてから、

Colonel、めっちゃ表情暗くなったんだからね?

でもやっぱり、バレンタイン忘れられたら悲しくもなるし寂しくもなるよー

まっ、そもそも俺は恋人とか出来た事ないから気持ち分かんないだけどね!笑」


いつまでも陽気でいるMonoに、私は少しイラッとしながらも、

…やはり、心の奥底では寂しい気持ちが芽生えていた。

……。

…私が、最近よく構えていないからなのだろうか?

Majorへ、愛情を十分に注げていないから…?

…しかし、あんなにいつも私にべったりなMajorが突然そんなことを忘れるわけ…、

……

まさか徐々に飽きられているだなんてこと……、

…それに、何故Monoは突然こんな話をし始めたんだ…?

此奴がこの話をしなければ、私もずっと忘れたままでいられた。…気が落ち込むきっかけなど作られなかったのではないか。

…それなら、もういっそ忘れたままの方が良かった。

Majorも忘れているのなら、私も忘れたままで何事もなく、そのまま、

…、……

更に不安が募っていると言うことを、自覚してしまっていた。

—————————————————————————

学校からの帰り道。もうすぐ家に着くところだ。

夜で辺りは真っ暗だが、私はその小さな森の中を歩いて行っていた。

…特に何か考え事をする事もなく、ただただ早めに家に帰りたいとだけ考え、単純な気持ちで帰り道を歩いていた。

…次の瞬間、


「っ、?」


すぐ横の茂みで、ガサッ、と大きな音がし、私は思わず足を止めた。

…音のした方をじっと見つめる。

…明らかに、何か気配がする。

…、

すると、茂みの中から、青白く光る二つの大きな目が私を見つめた。


「!!」


…いや、逃げてはいけない。逃げたら向こうは必ず襲いかかってきて、余計こちらが不利になる。

私は荷物を持ったまま、少しだけ後退り、身を構えた。

今思えば、ここは列記とした森の中。危険な生物がいるのも無理ないだろう。

…しかし、いくら向こうが襲って来たからと言って殺したくはない。

…何とかしなければ…。

茂みの音はどんどん大きくなり、私に近付いてくる。

私は若干冷や汗を流し、近付いてくるそれから目を離さず、静かに深呼吸をした。

…そして、

茂みの中から何かが飛び出したかと思い、私は更に動きやすい体勢に構えた。


「…、?」


しかし、何も目立つものは目に入らなかった。

…、何だ?

ふと、自分の足元に視線を落としてみる。


「…」


なんと、足元には予想の四分の一程の大きさの、

小さなドラゴンのような生き物が私を見上げていた。

主に朱色に近い赤色をした身体…、小さな額に大きな目が二つ、小さな角が二本生えていて、飛べるのか飛べないのか定かでない大きさの羽、少しだけ鋭い牙、太いの尻尾……、

目で見た情報だけでも、それは確かにドラゴンの形をしていた。

…とても大きく、濃い水色のつぶらな瞳で私を見つめてくる。

こんな生き物は初めて見た。何処からか逃げ出してしまったのか…?

そのドラゴンのような生き物は、小さな鳴き声を出しながら私の足周りをうろうろした。

靴の匂いを嗅ぎ、また私を見上げる。

…私はゆっくりとしゃがんだ。

すると、その生き物は横に垂れていた私の右手の中に顔を入れ、自分の頭を擦り寄せてくる。

…人に慣れている。やはり何処からか逃げ出したのでは…、

何処かに届けに行った方がいいだろうか…。いや、しかし……、

色々と考え、私は少し目線を逸らし、そちらを見つめた。

…すると、その生き物が、こちらを見つめながら逸らした視線の中にそっと映って来る。

…、だが、こう言った生き物もごく稀に現れる、と言う話を聞いた事がある。

ただ単に人に慣れやすい生き物なのかもしれないし、それもあって返って私が危害を与えてしまうかもしれない。

こう言うのは、放っておいてやるのが一番なのかもしれないな。

私は立ち上がり、少しの間まだこちらを見上げてくるその生き物に目を合わせた後、

引き続き家への帰り道を辿って行った。

…が、何か気配を感じて、また立ち止まり後ろに振り返る。

…、さっきの生き物が小さな四本足を動かしながら私に着いて来ていた。

その生き物は私に追いつくと、またつぶらな瞳で私を見上げてくる。

私はそんな表情に少し顔を顰める。

…、やめろ、そんな目で私を見つめるのは。

私はまた屈み、その生き物を見つめた。

…連れては帰れない。何を食べるのかも分からないし、何よりとても裕福な訳でもない。

育てられる情報もなければ道具もない。

…だから、すまない。連れてはいけないんだ。

私はその生き物の頭をそっと撫でた。

撫でられて気持ち良さそうにしているのを最後に、私はまた立ち上がって早歩きで家への道を辿った。

自分を甘えては駄目だ。浅はかな判断で生き物を飼ってしまうと、その生き物に負担をかけてしまう事を知っている。

私は絶対にそんな事はしたくないし、罪悪感を背負いたくない。

だから—————


「っ!?」


今度は上からパタパタと羽音を鳴らしながら視線に映ってきた。


「…キュー」


細い鳴き声を私に聴かせ、また大きな瞳で私を見つめた。

…。




私はドラゴンのような生き物を腕の中で抱え、家の玄関を開けた。

Majorに何と言えばいい事やら…。

そんなような事を色々と考えていると、

突然、


「あぁっ!!待って!駄目だってば!!」


リビングの方からMajorの張った声が響いた後に、

驚いた事に、今腕に抱えている生き物の青色をした色違いが飛んで来たのだ。

私の腕の中からもその生き物が飛び出し、リビングの方から飛んできたもう一匹の個体と近付き、床に降りて身を寄せ合っていた。

リビング入り口から疲れ切ったMajorが顔を出す。


「あっ、ぇっと先生、こ、これはー…、

って、あれ…?」


Majorも玄関の方まで来て、仲が良さそうに身を寄せ合っている二匹のドラゴンのような生き物に視線を映した。


「…どうやら、どちらも文句は言えないようだな」

「…、はは、そうみたいだね、」


恐らく、Majorも私と同じように此奴を拾ったんだろう。まさかMajorと全く同じだったとは…。

不思議な事も起こるものだ。

私達はしゃがんで、未だ仲良しそうにしている二匹を見つめた。


「…しかし、これから一体どうすればいいのだろうか、」

「大丈夫だよ、何とか出来る筈

心配する必要はないよ」


何か考えがあるかのように、Majorは私に視線を移した後に優しく微笑んだ。

…なら、大丈夫なのだろうか。

けど、Majorに任せっきりなのは流石に申し訳ない。

私も何か考えておかなければ…。


「…名前、つける?」

「そうだな、

二匹とも良く似ていて、見分けがつかないからな」

「何にしよっか」


すると、それを聞いていたかのように二匹は身を寄せ合うのをやめてこちらを見た後、そのまま床で何かをし始めたのだった。


「…?」


私達は二匹が見つめている床を横から覗き込んだ。

…そこにはそれぞれ、青いドラゴンの前に”Doru”、赤いドラゴンの前には”Dora”と爪で床を傷を付ける形で文字が書かれていた。

…人の言葉まで理解して、文字を書くことすら出来るだと…?

思った以上に、知能が高そうだ。

その文字は、幼稚園児のような可愛らしい文字をしていた。

二匹は私達に振り返って、また鳴き声を上げた。

なるほど、元々名前がついていたのか、ならもう今名前をつける必要はなさそうだな。

…いや、まず、

何故元々名前もついているんだ…?

やはり何処かで飼われていたのか…?…、


「言葉が理解出来てる…」

「そのようだな…、一体どんな生き物なのやら…」

「…先生、僕、この子を見つけて連れて帰って来た時にちょっと調べてみたんだけど、」


Majorがポケットから携帯を取り出し、電源を入れた。


「…えっと、この子達、実はもう絶滅してる生き物として扱われてるらしいんだよね

だけど、きっと何処かで飼われていたのか保護されていたのが逃げ出しちゃって今此処にいるんだと思う

…だからもしこの子達を何処かに届けに行ったりしたら、研究所に送り出されて、取り調べされるのかもしれない、って…」


絶滅種…、なら尚更こんな所にいる事がおかしい。

…本当に、一体何処から来た生き物なのだろうか。


「研究所へ届ける事はいけない事なのか?」

「取り調べされるんだから、まず何をされるか分からないよね…

絶滅種として記録されてるから、そこから更に命を奪って研究に使うだなんて事はしないと思うけど、…それでも、ちょっと何をされるか分からないなって」


…それは確かに良くないな。

何をされるのか分からないし、私達もこの子達にそんな仕打ちを受けて欲しくない。

…と、なれば、やはり此処でしばらくの間面倒を見る以外に手はない、と言う訳か…。


「…しっかり面倒を見てやれるだろうか…、」

「大丈夫だよ。それに言葉が理解出来るなら多少は融通が効くと思うし、僕もコピー能力が使えるから、それを生かそうと思ってるよ」


Majorはかなり自信満々で、張り切っているようだった。

そんな中私は不安も抱いていたが、確かに心を躍らせている気持ちも少しあった。

生き物を育てるのは初めてで、それもこんなに珍しい生き物を育てる事になるだなんて。

不安だが、今後楽しみしか湧いてこないのだ。これから何が起こるのかすらも想像出来ないが、

とにかく、これからの日々に期待をしている私がいた。


「…あっ、そうだ。

ねぇ先生話変わるんだけど、ちょっとこっち来て!」


Majorは何かを思い出したかのように、リビングへ戻って行った。

私と後に続いて行くと、DoruとDoraも後に続き歩いて着いてくる。

…Majorが冷蔵庫から何かを取り出し、私の元へ戻って来た。


「これ…、」


Majorが差し出してきたのは、立派に作られたチョコレートケーキだった。

私は、言葉を失って反応を表情に出した。


「今日、バレンタインでしょ…?こんなものしか作れなくて申し訳ないけど…、頑張って作ったんだ」


私は、唖然としながらそのケーキを受け取った。

…Majorは、ちゃんと今日の事を覚えていてくれていた。それも、即席などではなくて、しっかりと計画されて作られたものだ。

Majorが今日の事を忘れてしまっているのではないかと疑った自分を恥じて、同時に憎んで、

だが、私の胸の奥はみるみるうちに嬉しさと幸せで一杯になっていった。


「あと、これも…、」


またMajorの手に視線を移すと、

Majorの手には、分厚いのフォトアルバムと、一本のペンが持たれていた。


「先生の誕生日は僕達が会えてない期間の間にもう過ぎちゃったけど、今更ながら誕生日プレゼントを用意したんだ

…えっとね、軍してた時とかにも写真撮ったの、覚えてるかな

その時の写真も全部此処に入ってるんだけど、まだまだ余りのページが沢山あって」


Majorがアルバムを開き、懐かしい写真が並んでいるページをめくっていくと、沢山のページを余らせて空白のページにめくられた。


「…えっと、そんな大した物用意出来なくて凄く申し訳ないんだけど、これからも沢山写真とか撮って、このアルバムに入れていきたいなって思って

それで、このペンは…、アルバムだけじゃ何だか物足りない気がして用意したんだけど、ずっと昔から僕が使ってたペンなんだ

先生って、学校の教師になって大分筆記用具を使う事が増えたけど、僕はもうあまり使わないから…

…ほら、先生も軍の時誕生日にペンくれたでしょ?だから今度は僕が先生にあげたらお揃いみたいで、なんかいいかなって、

良かったら、これからは先生が————」


私は我慢出来なくて、さっきら受け取ったケーキを近くにある机の上に置いて、丁寧に丁寧に説明してくれているMajorを強く抱き締めた。

…Majorは、私が思っていた以上の事を用意してくれていた。

私はそれが泣けるほど嬉しくて、じっとだなんてしていられなかった。

Majorがどれほど私の事を愛しているのか、考えてくれているのか、想っているのか。

今、また再確認出来た気がする。

…いや、また再確認することが出来た。

未だ込み上げてくる嬉しさと幸せに、私は更にMajorを抱き締める手の力は強くなっていった


「ありがとう、Major。ありがとう…っ」


Majorはしばらく固まっていたが、すぐに私を抱き返してくれた。


「…喜んでくれたなら良かった

先生の事、本当に大好きだから、このぐらいはしないと気が済まないよ」


耳元で、Majorの優しい声が囁かれる。

とても聴き心地が良くて、本っ当に愛おしくて、他の誰よりも優しい声で、他の誰にも聴かせたくない声だった。

こんなに私の事を絶えず想っていてくれているのに、

私はそれを疑おうとまでしていた。

本当に、本当に情けない。

自分が恥ずかしくて、最低とまで思えてしまう。

Majorは、本当に私だけの恋人なんだ。

Majorの私への愛は、本当に果てしないものなのだと改めて知った。

…私も、恥をかくことのないよう、それに連なるよう過ごしていかなければ。


「愛している、大好きだ。Major」

「…僕もだよ。えへへ

誰よりも大好き、愛してるよ。先生」


…一旦身体を離し、私達は隠し切れない笑顔で見つめ合った。


「ピーッ!」


突然二匹の方から鳴き声がして、私達咄嗟にそちらへ顔を向ける。

…DoruとDoraが、冷蔵庫へ飛んでその表面を爪でカツカツと音を立てながら私達へアピールしていた。

……、…飯、か。

腹が減っているとでも言いたいのだろうか。


「あぁ、ご飯も作らないとね、

きっと「早くご飯作らないの?」って教えたくれてるんだよ

二匹もお腹空いてると思うし、…早くケーキも食べたいしね、」


Majorは私へ微笑みかけると、離れて冷蔵庫を開けて今日の晩飯の用意をし始めた。

…、

今日Majorを見ていると、

彼の全てが、愛おしく思えてしまう気がする。


「…私も手伝う

何から手伝えばいいだろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る