第十二話

私は、窓から差し込む日の光で目が覚めた。

…、朝か…。

…そして今は八時…、

普段ならば学校があってこの時間だと大遅刻となってしまうが、今日は土曜日の為心配する事はない。

ふと、まだ眠気があってうっすらと重い瞼を開けながら隣を見る。

…Majorだ。まだ眠っているらしい。

…、そう言えば、最近のMajorはよく早起きをしていて、眠っている顔をあまり見れていないんだったな。

私はゆっくりと身体をMajorの方に向け、ベッドに肘を付き、手の平で自分の頬を支えた。

…、まぁ当然の事だが、それはとても可愛らしいものだった。

仰向けに寝っ転がっていて、顔の向きが少しだけ私の方を向いている。

そして、静かな寝息を立てていた。

私はそんなMajorの頬を指の背でくすぐってみた。


「…〜っ、んー…」


Majorは唸った後に寝返り、体の向きを完全に私の方に向けた。

…相変わらずだな、Majorは。

そんなMajorの頬を、今度は手の甲で撫でてみる。


「ん…えへ……」


くすぐったかったのか、Majorはむにゃむにゃ言いながら笑みを浮かべた。

…こんな可愛らしいMajorの一面もあるのか…、見ていて全く飽きない。

私は思わず、身体ごとMajorに近付いた。

…しかし、今日は寝起きが悪いのだな…。

いつもはあんなにしゃきっ、としていると言うのに。

平日は毎日学校に行っている為、Majorが普段何をしているのかどうかは分からないが、MajorもMajorで、疲れが溜まっていたのかもしれない。

土日と言うと、たったの二日だと思ってしまうかもしれないが、

こんな二日でも、私達にとっては大切な休日だ。

なるべくMajorに不満が残らないようにしてやりたいところだ。

色々と考えながら、私の手は無意識にMajorの頭へと伸びていく。

そして、そっと手を置き、優しく撫でた。

…そうだ、土日は私が家事を担当するとしようか。…と言うか、先週もそうだったか?

まぁ、とにかくその方がバランスが取れる。

いつも美味しい朝食と晩飯を用意してくれるMajorに、私もそれなりのお返しをしてやらねば。

…となると、今日は何を作るとしようか…。

脳内でずっと独り言を呟き続けていると、私が撫でている事に気付いたのか、Majorがゆっくりと目を開けた。

Majorが目を開けるのと同時に、私は手の動きを止める。


「…おはよう」

「…あ、おはようございます…」


そっとMajorの頭から手を離すと、どうやらMajorは今まで私が彼を撫でていた事に気付いていなかったらしく、少し驚いた表情を見せた。


「…あ、あの、」

「?」


Majorは、もう一度私の手に触れた。そして、そのまま私の手の平を自分の頬に押し当てた。


「…あったかい、ですね」


Majorは少しだけ頬を赤らめてそう言った。

…それは、恐らく私が起きたばかりだから体温が上がっているからだと思うが、

…何よりも今は、自分の頬に私の手を押し付けて暖かそうにしているのが、愛おしかった。

とても誘っているつもりではないのだろうが、素でいているとしても可愛らしすぎる。

私は、またMajorに距離を詰めた。

そして、優しくその小さな身体を抱き締めてやった。

Majorは小さく声を上げたが、すぐに腕を背にまわしてくれた。


「…あったかい」


嬉しそうで、幸せそうなMajorの声が耳元で響く。

…今抱き締めている、小さなMajorの身体にも大きな温もりを感じていた。

離れたくなくなるような、そんな優しい温もりだった。


「…愛している」


そのまま、Majorの耳元でそう囁いた。

Majorは少しだけ驚いた反応を見せたが、小さく鼻で笑った。


「どうしたんですか?急に

平日、あまり僕と一緒にいれなくて寂しかったりしたんですか?」


それは、そうに決まっている。Majorだって同じな筈だ。

…だが、毎日学校に行っていた私は、朝Majorの作る朝食を食べ、キスを交わし、

その後も学校で親切な教員達や生徒達と一緒にいる事で、

それだけで裕福感を感じているのは、正直あった。

勿論、学校から帰って来てMajorが嬉しそうな顔で私を迎えてくれるのも、毎日の楽しみだった。

それでも、やはり私は、

Majorと一緒にいる時間が一番幸せなんだと思った。

…そう、再確認した。

なんだか、とても大切な事を忘れていた気がする。

長い間Majorを抱き締めていた事に気付き、私は我に返り、Majorから離れた。


「…、それは、寂しかったに決まっている

だが、それはお前も同じなのだろう

…やはり私は、Majorといる時が一番幸せだ」


すると、Majorが身を乗り乱し、口と口を重ねてきた。

急で少し驚いたが、Majorはすぐに私から離れた。


「んふふ、もちろんですよ

僕もです。先生」


そう言って、可愛らしい笑顔を見せた。

…Majorから、目が離せなくなってしまいそうになる。


「…さ、ご飯食べましょ

僕、準備してきますね」


Majorはそう言い残して寝室から出て行こうとする。

…いや、今日明日は私に任せて欲しい。


「Major、お前は平日いつも私の為に飯を作ってくれているんだ

土日ぐらい私が作ろう」

「?そうなんですか?

分かりました、じゃあお言葉に甘えて」


Majorはまた顔をにっこりとさせ、そのままリビングへ向かって行った。

最近は本当に忙しくて、しっかりとMajorの顔も見れてしなかったが、やはりMajorはどんな表情でいても可愛らしい。

…まぁ、今日はまだ笑顔しか見られていない訳だが、

それでも、そう感じてしまっていた。

—————————————————————

…さて、そろそろいい時間な事だし晩飯の食材でも買いに行くか。


「Major、買い物に行って来る」

「あっ、待って下さい!」


私はそれを言ってすっかりそのまま行ってしまう気でいたから、少し驚きながら玄関へ走ってくるMajorへ振り返った。


「たまには、二人で買い物行きませんか?」


…成程、そう言う事か。

私は何か返事をする前に思考を巡らせた。

…まぁ、別に構わないだろう。下手に別行動して、どちらかが事件に巻き込まれる危険性が減るだけだろうからむしろいい考えだと言える。


「あぁ、構わないぞ」

「やったぁ!んじゃ、はい!行きましょ!」


Majorはすっかりうきうきしたような様子で靴を履き、私に明るい笑顔を見せた。

可愛らしい奴め、本当に何度言っても言い足りない。




「Major、何か食べたいとかはないのか?」

「特にはないです、先生が作ってくれるなら何でも嬉しいですよ」


Majorはさっきからずっとニコニコしていた。

そんなに私と買い物をするのが楽しかったりするのだろうか…。まぁ確かに二人で買い物は始めてだが…。

何でもいいと言われてしまうと、結局は迷ってしまう事になる。

昨日の夜は確かパスタで、一昨日はカレーライス…だったか?最近の昼だと野菜炒めやビシソワーズとか…だろうか。

朝は毎日ほぼ同じものしか食べないから例外だとしよう。

…ふむ、どうしたものか。…、

…そうだな。こう言う時は、名前のない料理が一番なのかもしれない。

料理は、何となくと言う感覚でも美味しく出来上がる事が多い。失敗例は、調味料の種類や分量を間違えるぐらいだろう。

それじゃあ、まずは————


「え、あ!Colonel先生!?」

「っ、」


まさかと思い、自分でも表情が曇ったのが分かった。

恐る恐る、声のした方に顔を向ける。


「先生買い物ですか!?こんな所で会えるなんて俺達運いいっスね!!」

「…先生、この子達…、」

「うちの生徒だ、…どうしたものか…」


目を輝かせながらこちらに寄ってくる三人の男子に隠れてこっそり、私とMajorはヒソヒソと話をする。

…しまった、割とマズい状況になってしまった。

さっきまで気分が良くて、Majorが来たいと言った為容易に許可してしまったが、

こんな事態が起こる事は想定していなかった。

いや、しかし、だからと言って私は教員である身だ、嫌な顔をしてはいけない。

上手く切り抜けなければ…。


「あれ、横にいるのって…」

「ん?あぁ…、昔軍隊活動をしていた頃の同僚だ。今でも仲が良くてな」

「え!?すげぇマジか!!」

「おいすげぇとか先生に向かって言うなよ、挨拶しろよちゃんと」


今回は嘘はついていない、確かに事実を言った筈だ。

この話題に関してだったら、次に何を訊かれても答えられる筈…。

生徒達は、あっちで勝手に話を盛り上げていたが、

…その二人の背後に、もう一人誰かいるのに気がついた。

私はその子が誰なのか気になって、少し覗き込むようにして二人の背後を見ようとした。


「あっ!Ruel、何隠れちゃってんだよ!」

「あっ…」


二人に押し出され、私が確認しようとしていた子が前に出された。

…Ruelだったのか。

前に廊下でぶつかり、私が迷惑をかけてしまった私のクラスの男子生徒だ。

大人しい子だと思っていたのだが、こんなに活発な子達とも交流があるのだな…。

最近のこの時期の子達は、本当に良く分からないものだ。


「…あ、あの…、こんにちは」

「あぁ、昨日振りだな」


向こうが少し恥ずかしがっている様子で挨拶をしてきた為、私も少し安心させるよう返事をした。


「お前何恥ずかしがってんだよ、好きな人でもあるまいしー!」

「っっ、ち、違うよっ…!」


Ruelは顔を真っ赤にして必死に反論していた。

…この子は、こんなに性格の違う子達とでも気が合うのだろうか…?

二人がまだRuelをからかっているようなので、少し止めに入る事にした。


「おい、あんまりからかってやるなよ、嫌がっているだろう」

「あ、すいませーん、注意されちゃったー」

「お前そんな生意気な態度見せたら内心下げられるって!」

「あっ、やべー!すみませんいじめてる訳ではありませんー!!」


いや…、授業をしている訳でもないし、むしろ今日は学校が休みの日なのだ。

休日にたまたまあって少し態度が悪いからと言って、そんな事はしない。

…そう言えば、あまりMajorの事も訊いてこないし、案外苦しい事でもなかったな…。

…そうだ、こんな事も訊いてみるか。こちらへ質問させない為の一つの手段でもある。


「そう言えば、昨日でテスト期間が終わったが、

自信はあったりするのか?」

「えっ、あー何の事でしょうかーー」

「俺百点の自信ありますよ!!」

「嘘ぉつけぇ!!」


…かなり元気そうで、若干ついていけない。

二人はさっきから結構な声量で喋っているが、ここでは他の人達に迷惑がかかったりはしないだろうか…。

少し周りの目を気にしてしまう。


「あっ、Ruel。お前は?」

「っ、え…?」

「テスト、どうだった?」


Ruelは急に話を振られ動揺し、もじもじしている。


「…えぇっと、…そんなに良くはないよ」

「あっ!またそんな事言って〜。どうせ今回も80点以上なんだろ?」


…これは定かな事なのだろうか…。彼には申し訳ないが、とでも意外だ。

そんなに学力が高い子なのか…?


「ぅっ、うぅ…っ、も、もう行こうよ…

先生達に迷惑かかってるって…」

「まぁたまた話逸らしてー

んじゃ先生、ご迷惑お掛けしましたー!」

「また明後日会えるの楽しみにしてまーす!」

「あ、あぁ…また」


三人は、そのまま私に別れを告げて去って行った。

…良かった、何も疑われずに済んだようだ。

…と言うか、結構長い時間話してしまっていたのだな…、少し急いだ方が良さそうだ。

Majorに軽く呼びかけ、また歩き始めた。


「先生、上手くやれてそうですね」

「…まぁな」

「少し安心しました。皆と仲良く出来ているようで」


ふふ、とMajorは笑って見せた。

…そう言えば、今回のMajorは嫉妬などはしなかったのだな…。

と言うか、最近はちょっとした事だけでは嫉妬しなくなったような気がする。

Majorも心が成長したのだろうか…。


「…Major、嫉妬しないのだな」

「え?」

「前まではちょっとした事だけでもすぐに嫉妬していたのにな」

「…、前って、大分昔の話じゃないですか、」


Majorはすぐに私の言葉を理解し、そう言った。


「きっと、強くなったんですね、僕も

何だか嬉しいです」


そうか、強くなったのか…。

…、私は、強くなれたのだろうか…?


「…偉いぞ」

「…え?」


Majorは目を丸くして、私の方に顔を向けた。

…そのままの意味だ。察してくれ。

私は特に何かを言う事もなく、正面を向いて歩き続けた。


「…もうっ、先生ったら!」


嬉しそうにMajorは私の脇腹を肘でついた。

お前は成長した。確かに強くなったんだ、Major。

だが、恐らく私はほぼ何も変われていない。強いて言うならば、能力を更に覚えた事ぐらい。

心は、あれから変わっていないのだと思う。

しかし、Majorはそんな私に構わずどんどん成長していっているのだ。

今更悔しい気などしないが…、何だか胸が騒めいた。

だが、結局のところ、私はMajorが毎日を元気に過ごせるならばそれでいい。それさえ実現出来るなら、私はこれ以上強くならなくてもいいとまで思っている。

私は常にMajorに尽くしているつもりだが、今でも十分だと言うのが見て分かる。

…私も成長はしなければならないが、焦る必要はなさそうだ。とにかく、いざと言う時にMajorを守ることかが出来るならそれでいい。

…となると、やはり私はこれよりも強くならなければならないのか…。

…まぁ、心配はいらない。少しずつでいい、私は少しずつ成長していこう。

例え本当にMajorに追い抜かれてしまったとしても、それは私が努力をしてこなかったのが悪い。Majorは何も悪くないのだ。

そもそも競う気なんて全くない。Majorを守る事が出来るならば、それでいい。

本当に、それだけの事なのだ。

…それと、これからもお互いに愛し合っていけるなら。

これだけの事を保てればいいのだ。その為にも、私も少しは強くなる事を努力しなければな。

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