第十一話
先生はあれからしばらく元気がなくて、次の日の学校も休んでしまいそうな程だった。
…でも、流石に学校は行くと言い、支度を始めていた。
まぁ、今日明日はテストの日らしいから、帰ってくるのはあまり遅くないし僕がそこまで心配する事もないだろう。
先生は丁度家を出るところで、僕達は玄関に立っていた。
「…先生、」
「?」
先生はきょとん、とした顔で僕に顔を向けた。
…昨日の事は、もう大丈夫なのかな…。
「…、今日も頑張って下さい」
先生は靴を履き替えると、そっと僕の口に口を重ねてきた。
「…あぁ、ありがとう」
…もしまだ引きずっていたとしても、昨日よりかはまし、なのかな…。
「…えっと、今日はいつぐらいに帰ってくるんですか?」
「…そうだな、他の教員達の話によると、皆で一緒に昼食を食べるのは実力テスト最終日の明日らしい
だから明日の予定はまだ分からないが、今日は十二時までには帰って来れそうだ」
そっか…。じゃあ、僕も昼食作って待ってよっと。
「分かりました、…頑張って下さい」
「どうしたんだ、そんなに言って」
…、
…心配だし寂しいけれど、引き止める訳にはいかない。先生は仕事に行かなければならないんだ。
僕のせいで遅刻なんてする事があったら、本当に申し訳ない。
「…何でもないです
今日も頑張って下さい」
先生は、少し僕の様子を伺うように見つめてから、家を出て行こうとした。
先生がドアノブに手を掛ける。
「…、行ってらっしゃい、先生」
「あぁ」
そう返事をして、先生は家を玄関を出て行った。
…はぁ、
何だか憂鬱だな。
あんなに先生が悲しむだなんて思ってもいなかったし…。
そう想定出来ていなかった僕も嫌になる。
…でも、ダメダメ。こんな事考えてちゃ。
僕もこれから色々とやらなくちゃいけない事があるから、しっかりしないと。
…、
…でも、どうしよう。
これからも何回かあの子達に会いに行くって約束しちゃったけど、
…、これから行ける機会って、あるのかな。
…また先生に心配かけちゃうかな。
——————————————————————
今日は実力テスト最終日だが、
このテストは成績には入らないと言われているからか、皆昨日から思った程緊張していない様子だった。
もしかしたら三年生と言うこともあって、とっくにテストと言う環境に慣れてしまっただけかも知れない。
とにかく、皆普段の元気な様子とは一変し、かなり真面目に回答を進めているようだった。
それでももしかしたら不正をしているような子がいるかも知れない、少し歩き回ってみるとしよう。
…、生徒達の様子を見てみると、全然回答欄を埋められていない生徒や、全て回答が合っていそうな生徒など、それなりに解けていそうな生徒との差が激しいようだった。
クラス自体の成績のバランスはそこまで悪くなさそうだ。…だが、勉強を得意としている子達と勉強を不得意としている子達の差はこんなに大きいのだな…。
私もまだ教師になったばかりでまだまだ分からない事だらけだが、毎回高点数を取っている生徒は、一体どのような方法で勉強をしているのだろうか…。
…勉強の仕方が分からない、と言った生徒も中に入るのだろうか。
教育相談も後にある事だし、その時に色々と聞けば正直に答えてくれるだろう。
なるべく生徒達に寄り添ってサポートをしていきたいところだ。
「Colonel先生、」
私は学年主任の先生に話しかけられて、返事をしながら振り返った。
「明日、三年生の先生達で昼食を食べに行くと言う話はしたと思いますけど、時間は一時ぐらいで良かったですか?」
「はい、問題ないかと思います」
Majorには、既に明日の昼食は外食してくると言ってあるから、何時でも問題はないだろう。
…まぁ、実際訊いてみないと分からない事だが、彼ならきっと許してくれるだろう。
「場所は———
って、Colonel先生もグループルームに誘った方が良さそうですね」
「グループルーム…?」
初めて聞くものだな…。
彼女はポケットから携帯を取り出した。
「あれ、知らないんですか?もしかして、あまりSNSは使わない派だったりします…?」
「…確かに、そうかもしれません」
そう言えば聞いた事があるな…。
Majorとのやり取りをしているSNSには、個人で話せる部屋や、沢山の人と同時に話せる部屋があると。
グループルームとは、その事なのかもしれない。
私もポケットから携帯を取り出す。
「そうですか
まずこのアプリ入れて使ってたりしますか?」
彼女が自分の携帯の画面を私に見せてきたので、それを確認した。
…間違いない、Majorとやり取りをしているアプリだ。
「…入れてあります。まだ使い慣れてないですが、使えはします」
「なら良かった!えっと…、
まずここの画面を開いて————」
私は彼女から説明を受けて、何とか三年生の教師達のグループルームに入れてもらう事が出来た。
「ありがとうございます、これから伝えたい事がある時はここで言うようにするので、確認するようにして下さいね
因みに、グループルームに入っている人同士では、勝手にフレンド登録出来たりもするので、勝手に他の先生達から登録されるかもしれませんがそこら辺はご自由にやって下さいな」
「分かりました、わざわざありがとうございます」
今時はやはりSNSなのか…。
私は正直文通の方が慣れているが、こっちの方が明らかに早いし便利だ。
文通をするのもいいが、こちらにも慣れていくようにしよう。
「明日の場所、すぐそこの和風食店なんですが、分かりますか?」
「…あぁ、分かります
此処からも見える所ですよね」
「そうです、分かるなら大丈夫そうですね
また何か分からない事があったら訊いて下さいね」
——————————————————————
電車の中で、さっき入れてもらった教師達のグループルームを眺めていた。
『Colonel先生宜しくお願いしまーす😌』『宜しくお願いします!』『分からない事あったら遠慮なく言って下さいね!😆👍』
見た感じだと、どの先生もSNSを使い慣れている様子だった。
まぁ、私も少しずつ慣れていけばいいだろう。
私は、電車に揺られながら皆からのメッセージに返信をした。
『ありがとうございます、頼りにします。』
まだ絵文字だとか、顔文字だとかは使い慣れていないが、Majorも良く使っているし、慣れてきたら真似して使ってみるとしよう。きっとその方が、相手に伝わる印象が明るく見えるのだろうから。
…何やら、それ以外にもスタンプと言うものもあるらしいが、それもまた後に調べてみるなりしよう。
そもそも携帯自体を使い慣れていない私だが、何とか皆に付いて行けるといいのだがな…。
—————————————————————
「あっ、先生ーっ!!」
家に帰ると、Majorが元気そうな様子で玄関まで走って来て、そこそこの勢いで抱きついてきた。
…朝はあまり元気がなさそうな様子だったから、正直安心した。
「お帰りなさい!昼食、今丁度出来上がったところです!ささ、早く上がって下さい!」
そんなニコニコしながら話してくるMajorを見つめていると、こっちまで微笑ましい気分になってしまい、気付けば私は頬を緩めていた。
Majorはまた小走りでリビングに戻って行ったので、私も軽く返事をしながら玄関を上がり、リビングへ向かった。
ソファに荷物と上着を置き、自分の席に座る。
自分の席には、既にMajorが作った料理が置かれていた。
Majorが「頂きます」と言って食べ始めたので、私も続いてそう言い、カトラリーを手に取った。
早速目の前に置かれた料理を口に入れてみる。
…いつも通りの味だ。
毎度毎度、何故こんなに美味しいものが作れるのか疑問でしかない。
「…先生、もう元気なんですか?」
…やはり、まだ昨日の事を気にしていたのか。
私も今日の朝まではまだ少し引きずっていたが、学校に行って帰ってきたら、もうそうでもなくなっていた。
確かにMajorには海に近付くなとは言ったし、帰って来るのもあんなに遅かった。
だが、結局は結果が全てである為、よくよく考えてみればMajorが無事に帰ってきただけ良かったと思えた。
「もう元気だ、心配はいらない」
「そうなんですか、良かった…
先生、実は僕、先生にお話ししたい事があるんです」
私は食器を持っている手の動きを止め、Majorの方に顔を向けた。
「医療関係の人が海に引き摺り込まれる事件、
あれはもう今後一切…とは言えないけど、しばらくの間は起きないと思いますよ」
…何故、そう言い切れるのだろうか?
そう言えば、私はMajorに昨日海に引き摺り込まれて、その後一体何があったのか訊いていなかったな…。
「…Major、…昨日は、一体何があったんだ?」
…、
Majorは、私に訊かれると黙り込んでしまった。
「…、」
…やはり、情報を漏らしてはいけないのは変わりないのだろうか…。
「…知りたいですか?」
「…それは、まぁな…、」
Majorは少し考えながら料理を食べていたが、いずれ、また口を開いた。
「分かりました
…もし、本当に知りたいなら、明日の夜まで待ってくれませんか?」
…夜、か…。
まぁ、明日は金曜日だし、夜遅くになっても別に構わないが…。
「…あぁ、構わない」
「分かりました、ありがとうございます」
まだ、Majorが海の中で何があったのか全く知らない私は、頭の中で我慢を浮かばせるばかりでいた。
…ともかく、明日の夜まで待てばいいそうだ。
何故そんなに待たなければいけないのかも分からないし、そもそも何故待たなければならないのかも分からない。
…まぁ、とにかく、今はMajorの言う通りにしよう。
…しかし、やはり気になってしまう私は、とうとうそれを口から溢してしまう。
「…何故、黙秘する必要があるんだ…?」
Majorは、また食器を持っている手の動きを止めた。
「…それも、明日言いますよ
先生は、意外と知りたがり屋さんなんですね」
「ふふ」と微笑みながら、そう私に言った。
その笑顔が何とも可愛らしくて、それ以上言い返す気にはなれなかった。
…私が今気になっている事は、明日全て話してくれるのだろう。
それに、明日なら何を訊いても教えてくれら気がする。
…ここは、大人しく待ってみるとしよう。
——————————————————————
…んー、結構難しいなぁ…。
でも、めっちゃ難いって訳でもないし、最悪な点数にはならなさそうだ。
私はそんなような事を考えながらも、ペンを持っている手を動かし続けていた。
…ふと、視線の端側に人影が映った。
少しだけ顔を上げ、ほぼ目だけをそちらに向けて確認してみる。
…どうやら、Colonel先生が生徒達の様子を見回りしていたようだった。
気付けば私は完全に顔を上げ、ペンも動かさずに、真っ直ぐに先生を見つめてしまっていた。
私の横を通り、そのまま前へ歩いて行く先生の足音が教室に響き渡っていた。
…後ろ姿もカッコいい。
何だか逞しい感じがするし、何より大人らしい。
私は別に、皆んな程先生の事が好きな訳ではないけれど、
確かに、カッコいいとは思っていた。
私はペンをを持った手で頬杖を付き、先生を見つめ続けた。
…。
ちらっ、と、先生の横顔が見えた。…、
横顔もカッコいい。
あれ程先生達には興味がなかった私でも、こんなにColonel先生の事はカッコいいって思えるだなんて、
よっぽどなんだな、って、本当に思う。
そして、先生はとうとう私に気付き、不審そうに私を見つめ返した。
そうだそうだ、今はテスト中だった。
私は慌てて視線をテスト用紙に戻す。
カンニングだなんて思われたらとんでもないし、まだ問題も最後まで解けてないんだった。
テスト中にこんな事考えてる暇なんてなかったな…、先生のカッコいい姿を拝むのはまた後でか、とにかくテストじゃない時にしよう。
——————————————————————
無事生徒達の実力テストが終わり、私達は同じ学年の教員同士で昼食を食べに集まっていた。
…相変わらず、皆楽しそうで、見ているだけで楽しい気分になれる。
今の私は浮いている、と言う訳ではないが、少し輪の中から外れていた。
まぁ、そもそも誰かと話すのは正直得意ではないから、有難いと言ってしまえば有難いのかも知らない。失礼になってしまうかもしれないが。
私は酒の入ったコップを手に取り、それを口の中に入れた。
その時、ポケットに入っていた携帯が震えるのを感じ取った。
手に持っていたコップをまた机の上に戻し、携帯を覗いてみる。
『Polckに友達追加されました』
…?
「Colonel先生ー、」
すると、隣から技術担当の先生が声をかけてきた。
そうだった。Polckとはこの先生の事で、たった今追加されたって事か。
「通知見た?」
「あ、はい、たった今」
Polck先生は、私の後ろに回り込み、私のスマホを覗き込んできた。
Polck先生は男性の先生で、とても陽気な先生だ。
良くジョークなどを言ったりして場を和ませたりするし、沢山の教員達と仲がいい。
私に話しかけてくる時もため口で、馴れ馴れしいと言うよりかは、関わりやすい人、と言うイメージがあった。
「お、ありがとー
見ての通り今追加したからさー、とりまこれからも宜しくねー」
「はい、こちらこそ」
Polck先生はのんびりした口調でそう言い、また元の場所へ戻って行った。
そして、また他の教師達と会話をし始めた。
「あれ、Polck先生、ナンパなんかしちゃって〜」
「ははは、全然違うって、失礼しちゃうなー」
「でも、フレンド登録したんですよね?まだColonel先生を登録した人Polck先生しかいませんよ」
「皆が遅いんだよー」
そんな会話を見ていながら、私はまた微笑ましい気分になっていた。
確かに、私を友達登録してくれたのはまだPolck先生だけだ。
メールのやり取りだったらそこまで苦手ではないし、むしろこちらの方が話しやすいから、私のことを登録してくれても構わないのだが…。
まぁ、Polck先生が登録してくれたのをきっかけに、他の教師達も登録してくれたりしてくれるのだろう。
「えー狡いですよ〜!
Colonel先生!私とも交換して下さい!」
「っあ、はい」
私はポケットにしまいかけた携帯をまた取り出したのだった。
——————————————————————
電車の中で、私はまた携帯を眺めていた。
『今日はありがとうございました!!』『また皆でご飯食べに行きましょうねー!!👍✌️😆』『とても楽しかったです』
今日一緒に朝食を食べに行った教師達が、感想などをグループルームで呟き合っていた。
…私も折角誘ってもらったのだし、楽しく感じられたのだからお礼ぐらい呟いてみるか…。
『誘ってくれてありがとうございました、是非またお願いします。』
…、
メッセージを送ると、少し経った後に私宛に行くつか返事が返ってきた。
『いいんですよ〜!✨
また皆で集まりましょうね!!( ´ ▽ ` )』『楽しそうにしてたのでとても安心しました!😊』『是非!!また一緒にご飯食べに行きましょ!』
教員達は、本当に親切だった。何度でもそう思えてしまう。
あまりに居心地が良すぎて、逆に心配を覚えてしまう気もする。
私も、いつか皆に恩返し出来るような機会が作る事が出来ればいいのだが。
しかし、私もこうして携帯を眺め続けて釘付けになっている訳だが、
最近このグループルームに参加させてもらってから、かなり携帯を見る時間が増えた気がする。
これは若者達が携帯ばかり見つめている理由が少しは分かるかもしれない。私も流行に乗ってきた、と言うところなのだろうか…。
いや、他の皆はもっと先を行っているのかもしれないな。まぁ、あまり興味のある事ではないのだが。
すると、教師達のグループルームの上の辺りに、
Majorからのメッセージが届いたと言う通知が表示された。
一旦そのグループルームから離れて、Majorとのトークルームの中に入った。
『そろそろ帰りますか?😶』
ん?もうそんな時間になっていたか…?
私は一度画面の隅に表示されている時計を確認してみた。
…、いつもよりは、やはり遅くなっているようだった。
『今帰っているところだ。』
と、Majorに返信をする。
…数秒後に、またMajorからの返信がきた。
『分かりました!今日もお疲れ様でした、気を付けて帰ってきて下さいね😌』
Majorとも、いつでもこうやってメールのやり取りが出来るのだ。
もしかしたら、既に私も携帯にハマり始めているのかもしれない。
が、携帯の弄りすぎは目に良くないとも聞くし、最悪身体にも影響を及ぼすと聞いた事がある。
その辺りをしっかり考えて使用すれば、まぁ問題はないのだろうか。
…それに、あまりに携帯を何処でも弄りすぎていると、そのうちMajorに飽きられてしまうかもしれない。
カップルの片方が、携帯を弄ってばかりで家事を全然手伝ってくれなかったり、自分の要望に応えてくれなかったりする、と言うことを良く聞いた事がある。
Majorには、そんな事が理由で無理をさせたくないし、苦しんで欲しくない。
見ている感じだと、Majorも沢山と言う程携帯も弄ってない様子だ。
もしかしたら私に気を掛けてくれているかもしれないし、元々あまり弄らない人なのかも知れない。
まぁ、だからと言って私は何か変えるつもりはないが、
とにかく、必要最低限以外は携帯は弄りすぎないようにしよう。
私がドアノブに手を掛けて引くのと同時に、家のドアが音を立てて開いた。
「先生!お帰りなさーい」
「あぁ」
…?いい匂いがする。
まだ昼食を食べていなかったのか…?
私は靴を脱いで玄関を上がり、リビングへ向かった。
ドアを開けると、Majorはまだ昼食を作っている途中だった。
「…遅くないか?」
「ご飯ですか?ちょっと色々あったんですよ〜」
「…、」
色々と気になる事があったが、とりあえず荷物を置き、上着を脱いだ。
…いつもは絶対遅れるなんて事はないのに…。
「…何があったんだ?」
「え?…んー、今日の夜、話しますよ」
これも昨日言っていた事と関係しているのか…、…本当に大丈夫なのだろうか。
…だが、Majorを見た様子からすると、深刻な話でもなさそうだし、重い隠し事をしているようにも思えない。
まぁ、どんなに疑っても、私は夜まで待つことしか出来ないのだろうが…。
——————————————————————
気持ちがもやもやしたまま夜になり、今丁度晩飯を食べ終わったところだった。
「片付けたら家を出て、すぐそこまで少し歩くんですが、いいですか?」
「…あぁ」
未だ私はMajorが何をしようとしているのか全く分からず、ずっと頭にモヤがかかっていた。
…、やはり、大体の情報でも知っておいた方が、事実が私にとって深刻でもショックを受ける可能性が少し低くなるだろうか…?
…。
「…Major、その…今からお前がする事とは、簡単に言うとどんな感じなんだ…?」
Majorは二人分の食器を洗いながら私に顔を向けた。
「どんな感じって、…どう言う事ですか?」
「…、悪い話なのか、そうでもないのか…」
Majorは、んー、と斜め上を見つめながら考えるような仕草を見せ、また洗っている食器に視線を戻した。
「悪い話でもいい話でもないんですけど、んー…
僕達じゃなくて、相手側にとって深刻な話にはなるのかもしれませんね」
相手側…?やはりこの話には私達以外の人も関わっているのか…。
私がどう捉えるかはその時にならないと分からないが、…。
…まぁ、今気にしすぎても疲れるだけか。
全ては後で分かると言うんだ。どんなに気にしていても事実は変わらない。
もう少しだけ、我慢してみるとしよう。
とりあえず私はソファーから立ち、Majorの食器洗いを手伝う事にした。
一通り仕事を終えると、私達は家周辺の森の中を真っ直ぐ歩いて行った。
街灯が立っている訳でもない為、歩いている森の中は暗く、かなり目を凝らさないと見えないぐらいだった。
だが、Majorによると特に何処かを曲がったりする訳でもなく、ただただ真っ直ぐ行くだけだと言う為、迷ったりする心配はないのだろう。
「…此処です」
…、?此処は一昨日私が海水に濡れたMajorを見つけ出した所じゃないか。
家から近い場所にある小さな砂浜だ。
当時はかなり必死になって走り回っていたから、自分が何処を通って此処に辿り着いたのか良く覚えていなかったが…。
海から帰って来たのだから、海が関係している事は、確かに分からない事ではない。
「ちょっと待ってて下さい」
Majorはそう私に言うと、波の音を立てている海の方へと小走りで向かって行った。
私もそれに着いて行く。
…、
Majorが何やら海の方に「おーい!」と呼びかけると、誰かが海から顔を出したのがちらっ、と見えた。
そして、Majorはその海から出てきた誰かを引き連れ、私の元へ戻って来た。
「海牛のVeliくんです」
…、海牛、か…。
Majorの隣にいるVeliと言う少年は、私達よりかは年齢も低いようで、海牛の帽子のような物を頭に被っていた。
「今まで話していなかった事、今から話すんですけど、————」
なるほど…。
話によると、Veliの弟が極わずかな人しか治せない難病にかかり、今まで色んな医師達を攫っては見てもらっていたのだが、誰も治せた事はなく、
そこで、この世界でも極小のモンスターが持つコピー能力を持っているMajorの存在を何らかの理由で知り、一度攫ったらしい。
海に連れ込む、と言うよりかは攫ったのだそう。
攫った理由としては、彼らを金目当てで狙う奴らを恐れているからだと言う。
それから、彼の弟の難病がMajorの手によって治すことが出来た為、もうしばらく誰かが海に誘拐される事はなくなる、と言う事らしい。
Majorは無事彼の弟の難病を治す事が出来たが、その後にその事を祝って長い間パーティを開いていて、
…それで、Majorが帰るのが遅くなってしまったようだ。
今日はVeliしか来ていないが、それはまだ少しでも私達の事を疑っているから、Veliが皆の代表として此処へ来てくれたらしい。
…思ったよりも深刻な話ではなかったようだ。
「だから、この事は誰にも言わないように、って言う約束をしていたんです
先生、とても知りたそうにしていたのに中々教えてあげられなくてごめんなさい」
もう事実を知れた事だし、ちゃんとした理由を聞けた為、私は既に悔いなどなかった。
今までこの事をしつこく知ろうとしすぎていた自分を、少しだけ恥じた。
「…それで僕、毎日じゃないですけど、週に二日ぐらい、これからもこの子達の所に遊びに行こうと思うんですが…、先生はどう思いますか?」
とても悪い子達には見えないし、むしろ彼らの方が私達に怯えているようだった。
それに、地上に住む人の中でも唯一信用出来るのがMajorだと言うのなら、
私はむしろ彼と仲良くしてくれるのは全く構わないし、否定もしない。
「あぁ、別に構わない」
「わっ、ほんとですか、ありがとうございます…!」
少し私の様子を伺っている感じだったMajorも、私のその言葉に顔を明るくし、嬉しそうにした。
Majorなら、もしもの時は彼らの力になれるだろう。多少の危険でも対処できる能力を持っている。
…だが、私も彼らについてもう少し知ってみたい、と言う気持ちは正直あった。
「…なぁ、もし良ければ、お前達を狙っている奴らについて聞かせてもらえないだろうか?」
Veliは、Majorとこれからも会えると言う事を喜び合っていたが、私が話しかけたのに気付き、私に顔を向けた。
「あぁ、勿論だ
昔は俺達にも仲間は沢山いたけど、ある日から地上の人達が俺達の仲間を採り初めて、今では大分少なくなってしまった
今は少し落ち着いてきて、仲間が連れていかれる事はなくなってきたけど、その人達はまだ俺達を狙ってる、って話を聞いたんだ
だから、正直毎日生きるのに警戒が絶えなくて…、何か重要な用事がない限りは水面には近付かないようにしてるんだ」
…思った以上に、残酷で深刻な話だった。
こんな事を言ってしまっていいのかどうかは分からないが、彼らは絶滅危惧種のような存在になってしまっているのだろうか。
そもそも、金目当てで生き物を簡単に扱う奴らが私は許せないし、憎い。
こんな事が起こるのなら、多少逆襲を起こされてもおかしくない気もするが…、繋がりかねないのはそうだろう。
私も何か力になれる事はないだろうか…。
「さっき言った通り、この事は私達だけの秘密にする事は約束する
…その代わり、私にも何か協力出来る事があったら遠慮なく言って欲しい」
「ありがとな!凄く優しい人だった…、警戒する必要もなかったみたいだ」
Veliは安心したようにニコニコとそう言った。
私も信頼を受けたようで、もう警戒されている様子は見られなかった。
だが、基本彼らと会うとはMajorだから、大半の事はMajorに任せるとしよう。
「今日はありがとな!二人とも
Major、またうちにも遊びに来てくれ!」
「うん!行く行く!」
二人が楽しそうに話しているのを、私はただただ微笑ましい気持ちで見つめていた。
少しだけ私は二人の輪から外れている気もするが、
まぁ、Majorを彼が頼り、Majorが彼らと仲良くできるのなら私が手出しする必要はないだろうと判断した。
理由が知れただけで、私は満足だった。
「んじゃ、俺もう帰らないといけないから!皆が心配して待ってるからな!
じゃあな!」
Veliは、私達に見送られながら海の中へ去って行った。
…この世界には、彼らみたいに誰にも知られていないまま苦しんでいる人達が沢山いるようだ。
私も彼らについて何も知らなかったが、他にどのくらいの人数がいるのだろうか…。
「ね?先生、さっき僕が言った通りの話でしたよね?」
「あぁ、そのようだな」
Majorはくるっ、と私に振り返り、笑顔で私に問い掛けていた。
…とにかく、何も悪い事がなくて良かった。
今日はぐっすり眠れそうだ。
「…ねぇ、先生」
Majorが急に改まって話し掛けてき、また彼返事をする、
Majorは私に近寄り、首に腕をまわしてきた。
「…、愛してます」
「!」
…、
そう言えば、最近聞けていなかった気がする。
それに、Majorの方から言ってくれる事なんて滅多にない為、
そのMjaorの一言に私は身を固めてしまった。
「…急にどうしたんだ?」
「僕、彼らを見て思ったんです
Veliくんは弟くんの為にあんなにも自分の身を危険に晒して、弟くんを救おうとして、
僕が治してあげたら、本当に嬉しそうな顔をしてたんです
弟くんはVeliくんの事をあまり好きではなくて、態度もいつも素っ気なかったりするらしいんですけど、
それでも彼はきっと、他の誰よりも弟くんの事を大事に思っていて、大好きなんだと思います
…僕も少し、気持ちを改めました」
しんみりした気持ちでMajorの話を静かに聞いていた。
…私も正直、彼らから聞いた話や、今Majorが話していた話から気持ちを改めた気でいたが、
…そうやって、Majorも彼らを見習って、また私に愛を伝えようとしてくれるところが、
私にはとても嬉しかった。
私も、Majorの背へ腕をまわした。
Majorに対する気持ちを考えれば考える程切りがないが、
毎日少しずつ、確実に伝えていければ、それで十分なのだと思う。
「…私もだ、愛している」
Majorは嬉しそうな表情を見せ、私よりも先に口に口を重ねてきた。
私もそれに応え、Majorの背中にまわした腕に力を入れた。
…愛おしい。
ただただMajorが愛おしかった。
やはり、私にはMjaorしかいない。恐らく、もう他の誰も愛す事は出来ないだろう。。
…私達は顔を離したが、その瞬間に、Majorはもう一度私に顔を近付け、頬にキスをしてきた。
そして、また幸せそうな表情を見せた。
「…えへへ、先生、大好きです」
「…あぁ、私もだ
Major、愛している」
Majorの可愛らしい顔は、キスしてもし足りなければ、見ても見飽きないのだった。
ずっとこのままでいたい…。離れたくない。
ここまできてしまったら、もう後戻り出来ないのは分かっている。
だからこそ私は、
これからもMajorに愛を伝え続けたい。
Majorもきっと、そんな私の我儘にも応えてくれる事だろう。
「ひゅー!お熱いな!」
突然、海の方から大声で声をかけられ、私達は二人でそちらへ振り返った。
…Veliが戻って来ていたようで、海から顔を出していた。
よく見ると、その周りにもう二人仲間を連れているようだった。
「お前達、本当に恋人だったんだな!初め見た時びっくりした
Majorがそんな男らしい奴と付き合ってるなんて、いい意味で想像出来なかったからな!
お幸せにー、またな!」
それだけ言い残すと、三人はそのまままた海へ去って行った。
…、少し恥ずかしいところを見られてしまった。
…が、
不思議と嫌な気分ではなかった。
私達はまた顔を向き直って、互いに微笑みかけた。
「…さぁ、もう帰って寝よう
明日から土日だから、のんびりしようではないか」
「その前にお風呂入らなきゃですよ〜」
「そう言えばそうだったな、」
そんなような会話を交わしながら、私達はまた森の中を歩き始め、家に向かったのだった。
…そうだ、明日からは貴重な土日休みだ。逃したら絶対に後悔する。
お互いにストレスが溜まっている事だろう、絶えず愛を伝えるとでもしようか。
それか、ずっとMajorの側から離れないようにするか…。
たかが土日休みなだけだと言うのに、
私は勝手な妄想を膨らませ、一人で幸せに浸っていたのだった。
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