第十話
「Colonel先生!少し教えて欲しい事があるんですがー!」
格闘部用の服を着た私は、大声で二人の女子部員の生徒に話しかけられ、振り返った。
私は返事をしながら生徒達に近寄る。
「あの、どうしてもここから足が上がらなくて…、
何かコツとかありますか?」
「コツか、そうだな…、
一回、何処まで出来るか見せてくれないか?」
私は生徒の前でしゃがみ、動きを観察した。
生徒が、出来るところまで回し蹴りをやって見せる。
…んー、もう少しこっちの向きで…、
いや、違うな。ちょっとした事を意識すればすぐに出来るようになりそうだ。
「形はとてもいいんだ、整っている」
「ホントですか!?」
「お!良かったじゃん!」
「後は意識するだけだろうか…、」
「具体的に何をすればいいんですか?」
「今の身体の動きがとても良かったから、今の動きが具体的にどう言った形でどう言った動きをしているかを理解する必要がある
初めの足の位置が…ここで、身体の向きはこうだ
それから足の角度はこのぐらいで…、」
より生徒が精度の高い技を繰り出せるように細かく教えていく。
一通り教え終わると、元気良く私へ礼を言いながら生徒達はまた返事をして元の場所へ戻って行った。
そして、さっきまで一緒に居たもう二人の女子部員らと合流し、何かを楽しそうに話しているようだった。
「いいなぁColonel先生に触ってもらえるとか!!」
「いや触ってはもらってない!(笑)」
「私も後で訊きに行く!」
それにしても、格闘部となると、私も真面目な部活であまり自由のない部活動だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
毎日、いくつかの課題は与えられるが、後はそれについて先輩や同級生に訊いたり、顧問にアドバイスを貰ったりするだけのようだ。
部員達の雰囲気も良く、やる気があって、とても活発な子達が集まっているようだ。
過去には沢山の賞を取っているらしく、成績自体もいい。
…こんな良い部活の副顧問を、私が担当してしまっていいのだろうか…。
「上手くやれてますか?」
後ろから、顧問のVilius先生が話しかけてきた。
彼女は保健体育担当の先生で、どうやら今までも格闘部の顧問や副顧問をやってきていたらしい。
「それなりに、と言った感じです
何よりも、部員達が意欲をもってくれるのでやりやすいです」
因みにMonocularは魔術部の顧問らしい。
皆に死神である事は隠しているらしいが、彼にとてもあっていると思う。
…単純に魔術部でどんなことをしているか気になってはいる。
「いやぁ、Colonel先生の教え方が上手いから、皆も訊きに来てくれるってのもあると思いますけどねぇ」
私は少し微笑みながらVilius先生と会話をしていた。
此処の学校に務め始めてから、笑顔を見せるのが多くなったのが自分でも良く分かる。
お陰で、私も気持ちの良い毎日を送れている。
この学校や他の教員達、生徒達に感謝しなければな…。
「まぁまぁ!Colonel先生が皆に認めてもらえたなら、皆も貴方に付いて来ますよ
頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
私はまた改まって彼女へ礼を言った。
そしてVilius先生は、一旦武道場から出て行った。
…そう言えば、今は何時頃だろうか…。
私は、ふと武道場の時計に目をやった。
…、十六時、か…。あと三十分ぐらいで部活が終わるな。
…、
Majorは元気にしているだろうか。
いつもより帰るのが遅いから、心配させていたり、寂しい思いをさせていたりはしないだろうか…。
今日、もし平気そうならばこれからもあまり問題なさそうだが、
もしも、大いに寂しがっていたりしたら…。
「先生ー!俺達にも教えて下さーい!」
「ん?あぁ、何を教えればいいだろうか」
遠くから、何人かの男子部員が大声で私を呼んだので、私も返事をしながらそちらへ向かった。
—————————————————————————
…僕は目を覚まして、ゆっくりと目を開けた。
…、どうやら僕は、仰向けになって倒れていたらしい。…と言うか、
寝かせられていた、と言うような感じもしなくもない…?
…、
それにしても此処は…?
不思議な感覚を覚えながら、僕はゆっくりと身を起こした。
…そして、目の前に広がる壮大な景色に目を見開いた。
辺り全体がエメラルドグリーンに光り輝き、そこら中を小魚が泳いでいたりしていた。
……、海の、中…?
とても、綺麗な場所だ。息を、飲む程に。
この世界にこんな場所があっただなんて…。
…ん?それとも僕ってもう死んじゃった…??
…、状況を確認してみる。
確か僕は、さっき海から伸びる誰かの手によって、海に引き摺り込まれたん、だっけ…。
…じゃあやっぱり、此処は海の底か、天国…?
でも、そう言えば息は出来ているな。…いや、でも今いる所は確かに海の中…。
上手く状況を呑み込めず、座ったまま頭を捻っていると、僕の横に誰かが近付いてきた。
「お前がMajorか?」
…少年の声…?
その声に気付いた僕は、声がした方に首を回した。
頭に海牛の被り物…?を被っていて、短めのマントを身に付けている少年だった。…身長も年齢も、僕よりは下、なのかな…?
彼も、見た感じスケルトンの仲間らしい。
「…そ、そうだけど…、」
「そうか、なら早くこっちに来てくれ!
お前にはやってもらいたい事があるんだ」
小さい身体ながら堂々としていて、胸を張りながらその少年は僕に言った。
僕は従うがままに、その少年について行った。
歩いて行く途中、今までに見た事がない超絶景が目に写り、時々足を止めたくなった。
…でも、この少年、少し焦っているように見える。何か重大な事でもあるのかな…。
しばらく歩いて行ってみると、とある部屋の前に辿り着いた。
少年はそのまま中に入って行ったので、僕も続いて中に入って行った。
…中は広いとも狭いとも言えない程の空間で、家具がちらほら置いてある中に、一つのベッドが置いてあった。
そしてその上には、さっきまで着いて行った少年に良く似た、また違う少年が横になっていた。
…でも、何だか苦しそうな様子だ。
「お前は世界に極僅かしかいないコピー能力を使えるモンスターだと聞いたんだが…、それは本当なのか?」
「う、うん…そうだけど…?」
「こいつは俺の弟なんだが、一部の人にしか治療する事が出来ない、
海牛病と言うものにかかってしまったんだ」
海牛病…。聞いた事のない病名だ。先生も知らなさそう…。
んー…、名前からして、海牛からかかった病気か、海牛しかかからない病気か、そう言ったところなのかな…。
と言うか何で僕の名前や情報まで知ってるんだろう……、
不思議な体験をしすぎて、少し頭がついていけない。
「今まで色んな人達に頼んでみたんだが、誰も治せる人はいなかったんだ…
それで、この辺りに住んでる人間やモンスターを調べてみたところ、たまたまコピー能力を持っているお前がいる事を調べ当てる事が出来たんだ
…そのコピー能力で、こいつの病気を治してやってくれないか…?」
それは、別にいいんだけれども…。
…なるほど、最近医療関係に関わってる人達が海に拐われるのはこの事だったのか。
それで、今までの人達はこの子の病気が治せなかったからそのまま帰してもらった、と…。
とりあえず物凄く苦しそうにしてるし、治してあげてから色々と訊いてみよう。
「…分かったよ、それじゃあ…、少しだけ横に避けててくれるかな?」
その少年は頷いた後に、僕とベッドから少しだけ距離を取った。
…この子、どのぐらい症状が重いのかな。
僕はその子の額に手を当てるなりして、少し話しかけてみた。
「どこか痛いところとかあるかな?」
「…っ、う」
…ダメだ、とても喋れるような余裕はなさそう。
どのくらいこの状態でいたんだろう…、可哀想に…。
とりあえず、症状が重いのは分かったから、それなりの力をかけて能力をかけてみよう。
…結構強めのヒールの方が良さそうかな。
僕はその子のお腹に優しく手を置き、目を瞑った。
…そして、神経を集中させる。
…、
…これは、酷いな…。
医療関係について全然知らない僕でも、理解出来る程だった。
きっとこれは、海牛しかかからない病気で、治す方法もかなり限られている病気なのだろう。
そして、今の状況はと言うと、
…もう既に、結構身体中に病気が回っていた。
…僕なんかで治せるのかな…。不安になる程、それは酷かった。
…でも、もし完全に治せなかったとしても、せめて症状が少しでも楽になれば…。
僕は更に神経を集中させた。
額から、汗が垂れ始めたのを感じる。
…、
治してあげたい。
全然知らない子だとは言え、とても辛いのだけは分かる。辛くなると、生きたくなくなってしまう時だってある。
もしこの子がこれまでにそう思ってしまったなら、もうこれ以上はそんな苦しみを味わって欲しくない。
そして、もう二度と、こんな酷い病気にはかかって欲しくない。
僕は色々な願いと決意を込め、その子に能力を送り続けた。
…数分間後。
僕が出来る事は全てやった、筈…。
僕はその子の腹から手を離した。
「な、治ったのか…!?」
「うん…、出来る事はやったよ」
誰かを治療するのに、こんなに体力を使ったのは初めてで、正直僕も身体がしんどくなってしまった。
少年はその子に駆け寄り、話しかけた。
「Dorris、何処か痛むところは…?」
その子が、ゆっくりとベッドから身を起こす。
「…もう、どこも痛く、ない」
…そうだ、僕もコピー能力で確認してみればいいんだ。
僕はその子の状態を、コピー能力で確認してみた。
…、良かった、何とか完治出来てるみたい。
初めは不安だったけれど、上手くいったみたいで良かった。
少し自分も心配になっていたので、心底ホッ、とした。
「ホントか!?わぁっ…やっ、たぁ…っっ」
その少年は、とうとう涙を流し始めてしまった。
僕は少しその場から離れて、二人の明日を伺った。
「…何で泣いてるの」
「だって、だってさ…!治ったじゃないか…!!やっと…!」
「…助けてなんかくれなくて、良かったのに」
「何言ってるんだよ!お前は誰よりも誇れる俺の弟なんだぞ!そんなの…放っておける訳がないだろ…っ」
…でも、どうやら弟くんは、お兄さんの事があまり好きじゃないみたい。
いつもお兄さんばかり得をしているし、性能を優れていたりするから、それを妬んだ、って言うのかな。
羨ましくて、自分の事も少し嫌になってたみたい。
…でも、どうだろう。
そう見せているだけで、本当は大好きなのかも知れない。
そんな時に病気にかかっちゃって、とてもじゃないけれど喋れないような状態になっちゃったけど、
お兄さんは弟くんが自分の事ををあまり好いていない上に、いつも冷たい態度ばっかり取ってお兄さんを困らせていたけれど、
それでも弟くんが大好きで、自分の唯一持てている弟だから、今まで必死に弟くんを助けられる方法を探していた…、と言った感じだろうか。
お兄さんは涙を流しながら僕の方を向いた。
「ありがとう、本当に…!お前のお陰で弟を助ける事が出来た…!」
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい…」
「なぁに言ってるんだよー!お兄ちゃんがこんなに心配してやってんのにさー!このこの〜っ!」
「うわっ、う、やめてよホントにっ」
お兄さんは弟くんに思いっ切り抱き付き、弟くんは嫌そうな顔をしてそれを振り解こうをしていた。
…でも、やっぱり仲良しそうに見える。
…いい兄弟だな。これからもまたが酷い目に遭わないといいんだけど…。
「…ねぇねぇ、ところでさ、」
仲良しそうにしているところを悪いけれど、僕はお兄さんに訊いてみた。
「此処って、何処なの…?」
「あぁ、此処か
此処は海底王国だ、Majorが住んでいるすぐ近くの海の海底だ!」
王国…!?
海底の事は何も知らなかったけど、そんな場所まであったんだ…。
…それに、ちゃんとこの世に実在する場所…?みたいだし…、
「あ…、なんだ、僕死んじゃったんじゃなかったんだね」
「え?
…んあー、なるほどな…」
お兄さんは少し顔をくしゃっと歪め、苦笑いしながらそう言った。
…どう言う事なんだろう。
「お前を最初此処に連れてきたのはFilmだ
彼奴は俺と仲がいいし、俺が自由に水中を泳げないのに対して、彼奴は泳げるからな
俺の代わりに、お前を連れて来てもらったんだ
んー、でも、やっぱり強引に、って感じだったんだな…
しっかり事情を話してから怖がらせないように連れて来いって言ったのになぁ…」
「あ、Film、」
弟くんが僕の背後を見ながらそう言った。
僕振り向いてみると、
…今度は、メンダコらしき帽子を被った少年がいた。
その子もまた、僕より小さい子だった。
「あ…、病気、治ったんだね
良かった…」
「あ、お前!噂をすれば!
俺はあれ程しっかり指示をした筈なのに!
結局Majorを怖がらせていたじゃないか!」
「だ、だって…、誰かと話すの、得意じゃない、し…
また捕まりそうなるの、怖い、もん…」
…?
捕まりそうになる…?
僕は疑問が浮かび、思わず三人に質問をした。
「…捕まりそうになる、って、どう言う事なの?」
「…僕達、実は色んな人達から狙われていて…、
前にも、捕まりそうになった事があるんだ…」
…何か事情がありそう。
それも深刻そう…、気になる。
知っておきたいかも。
「…それは、何でなの?」
「僕達を捕まえて売ると、凄く高いお金になるんだって
僕達は食べれる訳でもなければ、食べてもあまり美味しくない替わりに、高いお金に替わるから、それで…
他の仲間達も、捕まって、売られちゃって…」
…何、その酷い話…。
簡単に生き物を捕まえて、お金の為に売るだなんて…。
しかも生き物の隔離とかじゃなくて、普通に同じこの世界の住民じゃん。
…本当に酷い話。
「っおい、あまり話しすぎると…」
「あっ、ご、ごめん…」
メンダコの子は泣き出しそうな表情を見せながら俯いた。
まだ僕も、疑いがある人だって思われてたりするのかな…。
「…大丈夫だよ、僕はそんな事しないし、したくもないよ
むしろ、凄く酷い話だって思うし…」
「…本当か?」
「勿論だよ、」
三人は、安心するような表情を見せた。
それにしても、本当に酷い話だな…。
先生にも話したいな…。
…って、あれ、僕、
そもそも此処から家に帰れるのかな…。
「なぁ!今日は弟の病気が治った事を祝って、これからパーティを開きたいんだ
お前も一緒に参加してくれ!」
「えぇっ、」
「遠慮しないでくれ、ご馳走を沢山用意する!」
ご馳走、とか、パーティ、とか…、
この子、ただの海牛の子じゃなさそう、だな…。
まだこの子達が誰なのかまだ訊けてなかったっけ…、
「ねぇ、君って…?」
「あぁそうそう、俺はこの辺りの海域の王子なんだ!
名はVeli!それから弟の名前がDorrisだ!」
えぇ、そうだったんだ…!
通りでやけに堂々としてる訳だし、話を進めるのも上手いわけだ…。
…んー、それにしてもパーティ、か…、
今って、何時ぐらいなのかな…?
僕は部屋を見渡してみた。
あっ、時計がある。
…まだ三時ぐらいだ。
んー…、
…まぁ、いっか!
何だかこの子達も歓迎してくれてるみたいだし、そもそも帰れるかどうかは分からないけど、
どうせ今から帰りたいって言ったら失礼になっちゃうし、可哀想だし。
パーティに参加、してみようかな。
—————————————————————————
家のドアが、音を立ててしまった。
…、
またMajorからの迎えがない。また寝ていたりするのだろうか…。
私はまず、入口から、リビングより寝室の方が近い為、先にそっちを確認した。
…いないな、となると、Majorはリビングか…?
…そう言えば、いつもは匂ってくるのだが、
料理の匂いがしないな…。
リビングへと繋がるドアを開け、中に入った。
…、
いない。
Majorがいない。見当たらない。
おまけに晩飯も置いていない。作ってもいない。
…痕跡すらない。
…Major…!?
私はとりあえずソファーに荷物を置き、家中を探し回った。
やっぱりいない。何か、あったのか?
しかし家の鍵は…、そう言えば、
開いていた。開けっぱなしだった。
まさか…っ。
私は家を飛び出し、家の周りを探し回った。
「Major!!」
暗闇が私を襲った。
ほぼ何も見えない。
しまった…、やってしまったのか…?
Major…っ!!
「Majorっ!!」
噴き出る冷や汗や強く鳴り響くソウルの音と共に、私は家の周りの森中を探し回った。
いない、いない…っ。
Majorっ、そんな…!!
私は透視能力を発動しながら、更に家から離れた場所を探し回り続けた。
—————————————————————————
「そうそう、それでこいつがさ!」
「兄さんっ、やめてってば…」
「あははは、」
Veliくんがさっきから長々と、楽しそうに自分達の兄弟愛などについて語っているのだが、いつまで聞いていても飽きなさそうだ。
彼がとても幸せそうに話しているのも微笑ましいし、何よりも内容がとても濃いのだ。
今までにこんなに仲のいい兄弟はいただろうか…、何だか新鮮に感じる。
これからも、幸せな日々を送っていって欲しいなぁ、誰にも、捕まったりせずに。
僕はお皿に残った最後の料理を口に入れた。
食卓には他の海底のモンスター達が沢山集まっていた。机の上に並んだのはほぼサンゴだとか海藻とか、海底で獲れるものばかりだったけれど、
どれも透き通った見た目なのにも関わらず、しっかりとした味が付いていた。それも、今までに味わった事のない味だった。
色んな味の料理が並んでいて、軽いからどれだけでも食べてしまいそうだった。
それに、ヘルシーでとても身体にもいい。なんてバランスの取れた食事なんだろう!
僕の皿が空になると、クラゲなどの海の生き物の姿をした王国の召使い達が食器を下げてくれた。
あーあ、こんなに食べちゃったからもう夜ご飯はいらないなー。
…、ん?
夜ご飯…?
…待って、今何時。
僕はくるっと首を捻り、時計に目をやった。
…え!?七時!!?
「いっけない!!もう帰らないと…!!」
僕は勢い良く席から立った。
「えっ、もう帰っちゃうのか?」
「あっ、うん…、ごめんね、もう時間で…」
王子くんが結構寂しそうな顔になったから、必死に宥めた。
って、ヤバいな…、先生の為に作り置きしておく筈の夜ご飯も全く手つけてないや…。
先生、もう帰って来てたりしないかな…。
…すると、王子くんは少し考えるような様子を見せる。
「…そうだ!お前、これから此処に住んでくれないか?」
「え、えぇぇっ!!」
こ、此処に住む…!?
す、凄いな、僕元々海に住んでる生き物じゃないのに此処に住むだなんて…!
…いや、気持ちは嬉しいけれど、
でも…。
「…ごめんね、気持ちはすっごく嬉しいんだけれど…」
「…ダメか?」
少しお願い染みた言い方で、王子くんは僕にそう訊いた。
「…僕、恋人がいるんだ
だから、帰らないといかなくて…、」
理由を話さないからには納得はしてもらえない。
僕は正直自分の環境の事を話した。
「お、お前恋人いるのか!?」
「凄い、全然分からなかった…」
食卓にいる皆は驚いた表情を浮かべた。
そんなに意外だったかな…、こう見えて歴も割と長いと思うんだけど…、
「それは申し訳ない、すぐに地上に帰してやらないと」
良かった、何とか帰してもらえそうだ。
そして僕は、皆に見送られながら食卓を出て、王子くんと一緒に地上へ出られる道を辿って行った。
「今日は本当にありがとう
お前のお陰で弟も元気になったし、俺も元気が出た
王国の皆んなも今日から安心して過ごす事が出来る!」
「僕は出来る事をしたまでだよ、とにかく役に立てたみたいで良かった」
帰り道も、二人でずっと話しながら歩いていた。
そう言えば僕、今日はこんな不思議な体験をしたんだな。
帰ってから、先生に話す事が沢山ありそうでずっとわくわくした気分になっちゃうなぁ。
「…なぁ、結構大事なお願いがあるんだが…、」
急に王子くんが真面目に話し始めて、僕もつい心を改まってしまう。
「どうしたの?」
「今日海底でお前が体験した事、俺達にあった事、全て地上の人達には秘密にしておいてくれないか?」
あ…、
そう言えば、今まで帰って来た人達も皆んな黙秘してたって言ってたな…。
…それじゃあ、僕は先生にこの話、出来ないのか…。
今までかなり上機嫌だったが、僕は少しだけ落ち込んでしまった。
「分かったよ、約束する
また誰かが捕まえに来たりしたら大変だもんね」
「あぁ、約束だぞ!」
「うん、勿論だよ!約束」
「あと、また是非此処に遊びに来てくれ!
俺達はいつでも歓迎するぞ!」
「ほんと?ありがとう!
どうしようかなぁ…、週に二回ぐらいはまた遊びに来ようかな」
「ホントか!?いいのか!?」
「うん!皆に内緒で、また遊びに来るよ!」
先生に隠し事をするのは悪いけれど、別に悪い事を企んでる訳でもないし、この子達の為にもなるから大丈夫。
またこの子達に何かあれば、力になりたいし。
「そろそろだ、着いたぞ!」
僕達は海から顔を出した。
目の前には、小さな砂浜が広がっていた。
…あ!此処って、家の近くにある浜辺じゃん!
「此処、家の近くなんだ!」
「そうなのか!?」
「うん、丁度この砂浜を上がって、真っ直ぐ行った所だよ」
「偶然だったな、それは良かった!」
僕達はまた少し笑い合って、僕は王子くんを海に残して、砂浜に足を着いた。
「じゃーな!また今度!」
「うん!ばいばーい!」
お互いに手を振り合うと、王子くんは海の中に去って行った。
僕は腕の伸ばして大きく伸びをした。
はぁーっ!よし、早く帰ろ!先生もきっと待ってるよね、
ってうわぁ、服めっちゃ濡れてる…!
そりゃあそうだよね、一応海の中だったもんね…。
海水だから、乾いたらかぴかぴになっちゃう、早く帰らないと!
向きを変え、家に帰ろうとしたその時、
「Majorっっ!!」
…?
突然僕の耳に届いたのは、先生の声だ。
先生…、もしかして僕の事探して…?
「先生ー!?」
大声で返事をしてみる。
すると、目の前の茂みの中から、先生が飛び出て来た。
僕は少しほっ、とした気持ちになってにこにこしながら先生に駆け寄ろうとした。
…が、先生は酷く深刻な顔をして僕の方に全速力で入ってきて、思いっ切り僕に抱き付いた。
…あれ?
「わっ、」
「はぁ、はぁっ、
全くっ、何処に行っていたんだっ!!」
先生は酷く息を切らしていたんだ。
先生は一旦僕から離れ、僕の両頬を撫でて触れ、目を合わせた。
「…せんせ…?」
僕は、先生がそんなに心配しているとは思っていなくて、きょとんとした顔で先生を見つめ返した。
「…あぁ、っ、Major…
良かっ、た…っ」
すると先生は、なんと涙を溢し始めた。
「え、えっ、先生!?先生、」
「…探したん、だぞ…っ」
僕は本当に驚いて、焦るようにして先生の涙を拭ってあげた。
先生は、今にも顔が崩れてしまいそうだった。
先生…、そんなに僕の事心配して…、
そう思うと、僕も涙が溢れてきそうになってしまって、思いっ切り先生に抱き付いた。
「先生っ、本当にごめんなさい…っ!
心配かけて…っ」
先生は、しばらく時間を置いた後、強く僕を抱き返してくれた。
僕の肩が、先生の目から出る液体で濡れていくのを感じ取った。
「…とても心配した」
「本当に、ごめんなさい」
お互いに気が済むまで、僕達は抱き合い続けた。
…そして、しばらく経った後、僕達はやっとお互いの身体を離した。
先生は僕の身体を見下ろして言う。
「…お前、まさか…、」
「…、」
あの子達の事を黙っていないといけないと言う事や、先生の言いつけを破った事を思い出して、
僕は口を紡いでしまう。
「だからあれ程海沿いには近付くなと言ったんだ!!
もう…っ、どこかの餓鬼でもあるまい、
本当によしてくれ…」
先生はまた涙が出てきそうになってしまったのか、僕の前にしゃがみ込んでしまった。
…でも、先生、急にそんなに僕の事心配して、
一体どうしたんだろう…。
僕はとりあえず、先生の前にしゃがみ、目線の位置を合わせた。
「…何があったのか教えてくれ」
先生は顔を伏せたまま僕に訊いた。
…、ダメだ。
先生は誰よりも信用出来るし、きっと言ってもむしろ協力してくれる側だろうけど、
あの子と、あの子達と約束してしまった以上は…。
「…ごめんなさい、それは言えません」
「何故なんだ…っ」
先生は今までにないぐらい、複雑で悲しそうな顔で、僕に縋り付くように問いかけた。
…、これじゃあ先生も可哀想な気がしてくる。
何か、考えておかないとな…。
…。
—————————————————————————
思い出してしまった。
あの日の事を、あの日々の事を。
Jessieが向こう側に行ってしまい、あっけなく殺されてしまった事。
Majorが、Fantom軍の隊員に操られた一つ目のナースに拐われ、危うく殺されかけた事。
…、そして、
Majorが闇オークションにかけられてしまった事。
全てが重なり、大きな恐怖となって私に襲いかかってきた。
そして私は、とうとう我慢が出来なくなり、Majorを見つけ出した挙げ句の果て、
涙を溢し始めてしまった。
繰り返したくなかった。
失う不安を感じたくなかった。
考えすらしたくなかった。
もう、嫌なんだ…。
大切な人を失いかけるのは。
もう、もう…っ。
そう思えば思う程、また涙が溢れ出てしまっていた。
そんな恐怖に押し潰されかけている私を、
Majorは、小さい身体ながら私を包み、
顔を正面に向けさせてはキスを交わし、また抱き締めてくれていたのだった。
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