第九話
家のドアを開け、靴を脱ぎ、玄関を上がった。
…Majorからの反応がないな。
…いや、まさかな。
そう思い、今日は一番最初に寝室のドアを開けた。
…、Majorはその中にはいなかった。
正直少しだけ前のような事を考えていたから、心底ほっ、とした。
だとすると、私が帰ってきた事に気付かなかっただけなのだろうか…?
私は荷物を持ったままリビングへ向かった。
リビングのドアを開けると、
机に突っ伏して眠ってしまっているMajorが真っ先に目に入った。寝落ちしてしまったのだろうか…。
私がいつも座っている席には、まだ湯気を立たせた一人分の料理が置かれていた。窓は開いていて、僅かな風が部屋に入り込んでいる。
私は荷物と上着をソファーに置き、窓を閉めに行った。
そして、自分の席に座る前にMajorが座っている椅子の隣まで行くと、Majorの寝顔を横から覗き込んだ。
…最近のMajorは無邪気だから、また私を驚かそうとでもしているのだろうか、とも思ったが、
どうやら、今は本当に眠っているらしい。
私は綺麗な寝顔を私に見せるMajorの頬にそっとキスすると、優しく頭を撫でた。
…可愛らしいものだ。しかし、こんな所で眠ってしまっては風邪を引いてしまう。
私は、先程ソファーに置いてきた上着を持ってきて、Majorの肩にかけた。
そして、あまりにもMajorの寝顔が綺麗すぎる為、もう一度だけ寝顔を覗き込む。
…その可愛らしさに、つい頬を緩めてしまう。
もう一度頭に手を置き、Majorの耳元に自分の口元を持っていくと、
「ただいま」
そう言うと、私はやっと自分の席に座り、Majorが作って置いてくれていた晩飯を食べ始めた。
晩飯を食べ終わり、食器を台所へ持って行き、自分で洗った。そして、洗い終わった食器を元ある場所へ戻す。
手を拭き、ソファーに置いてある荷物を自分の部屋へ移動させ、またリビングに戻って来る。
…そう言えば、Majorはまだ寝ているのか。
またMajorに近付き、様子を見てみる。…、
この状態のままだと、身体の何処かが痛んでしまいそうだ。移動させよう。
私はMajorを浮遊能力で椅子から浮かせ、抱き抱えた後に、ソファーの上に寝かせた。
Majorはこんなに寝起きが悪かっただろうか、…そんなに疲れていたのだろうか。
私はMajorの頭元がある方の空いたソファーへ座った。
Majorの方に身体を向け、頬を指の背でそっと触れてみる。
…いつものように温かく、愛おしかった。
そのままそっと頬にキスし、私もソファーの足元にもたれると、ゆったりした気分になった。
…何だか自分にも眠気が襲ってきているような気がする。
時計に目をやったが、まだそんなに遅い時間でもなかった。
…少しぐらい、Majorが起きるまで此処にいてもいいか。
私はMajorに背を向け、もたれながら首の力を抜いた。
—————————————————————————
…あれ、僕、いつの間に…。
目が覚め、身体をゆっくりと起こした。身体には、丁寧に上着まで掛けられていてたようだ。
ふと横を見てみると、ソファーの空いている部分で大佐が眠っていた。
…、僕が起きるまで待っててくれてたのかな…。
服からして、まだ風呂に入った形跡はなかった。
…ゆっくりとソファーから下りて、大佐の顔を覗き込む。
…相変わらず綺麗な寝顔。
そんな寝顔の頬に、そっとキスをする。
…すると、今まで眠っていた先生がゆっくりと目を開けた。
…今ので起こしちゃったかな。
先生は、まだ眠たそうな顔をして僕の顔を見た。
「おはようございます」
僕は微笑みながら先生にそう話しかけた。
先生は、少し目を擦りながら言う。
「もう起きたのか…?」
先生は、何だか幼くなったような事を言い、僕はつい可愛らしく思っているのが顔に出てしまう。
「…今何時だ?」
「今、ですか?えっと…、
…十時過ぎぐらいですね」
先生も僕と同じように時計を見て、ぼんやりと見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。
「…まだ風呂に入っていないんだ」
「分かってますよ、僕も入ってません」
そんな会話交わした後、僕は浴槽へ向かった。
…が、先生もふらふらと浴槽へ向かう。
「…ん?」
「え、」
僕達は顔を見合わせた。
「…一緒に入るのか?」
まだぼんやりしている先生が、急に恥ずかしい事を淡々と言い出し、僕は一気に赤面してしまう。
「っ、えぇっ、そ、そんなつもりは———」
「たまにはいいんじゃないか、別に」
のんびりとそう言い残して、先生は浴槽の衣服室へ入っていった。
…ほ、本当にそんなつもりなかったのに…、
そ、それに、そんな事したら僕多分落ち着いてられない…。
お互いの裸見るなんて、夜一緒に過ごす時ぐらいしかない、し…。
…んー、でも、もしかしたらこれから何処か旅行とか行って、一緒に温泉に入ったりもするかもしれないし…。
…別にそう言う事じゃなくても、慣れておく、って大事な事、だよね…、うん。
よく分からない説得で自分を納得させ、上手く自分の考えが纏まっていないまま、僕も衣服室へ入った。
中に入ると、先生はもう既に服を脱ぎ始めていて、僕はつい足を止めてしまう。
「ん?結局一緒に入るのか?」
着替えながら、先生は僕に話しかける。
「え、えっと…、はい。」
「…二人が一緒に中に入ると、かなり狭くなると思うが。」
「え、」
これって、何…?先生はこの事についてどう思ってるの…?嫌なのかな、別に大丈夫なのか…。
僕が動揺している間に、先生はもう服を完全に脱ぎ終わってしまって、さっさと浴槽に入って行こうとする。
…すると、先生は浴槽のドアノブに手をかけ、動きを止めた。
…ん?どうしたのかな…。
「…私も実は、少しお前と一緒に風呂に入ってみたいと言う気持ちがある
…まぁ、どうするかはお前が決めたらいい」
そう言って、先生は浴槽の中へ入っていった。
…と言うか、先生って何であんなに自分に素直になれるんだろう。僕には、とてもじゃないけど恥ずかしくて無理だ。
…どうしよう、
…いや、うん、今さっき慣れようとか思ってたし、先生がいいなら別にいいよね。
また変な説得で自分を納得させ、僕も何故か急いで服を脱ぎ始める。
そして、浴槽のドアノブに手をかける。
…わ、何これ、無駄に緊張する……。
嫌だなぁ…お風呂ぐらいゆったりした気持ちで入りたいよ…、
…でも、僕も正直先生と一緒にお風呂入ってみたい、って言うか…、
……と考えると余計にドキドキしちゃう…。
っ、もうさっさとお風呂済ませて寝ちゃいたいし早く入ろう…っ。
僕はまだ気持ちが落ち着いていなかったが、勢いで浴槽の中に入っていった。
中に入ると、温かい空気が僕の全身を擽った。
僕達はスケルトンだから、入浴に時間をかける訳でもないから、すぐに上がる事が出来ると思うけど…、
それまで、僕が落ち着いていられるかどうかの方が心配だ。
すると先生が、使っていたシャワーを僕に渡してきた。
「あっ、は、はい」
頭が回らないまま、特に意味のない返事をし、無意識でそのシャワーを受け取った。
…ダメだ、やっぱり落ち着かない…!
…でも慣れておきたい……。
僕はとりあえずシャワーからお湯を出して、軽く自分の身体を洗い流した。
気付けばソウルが高鳴っていて、それに関して考えれば考える程ドキドキしていった。
…とりあえず、先生が一通り洗い終わるまで待とうかな…。
僕は一旦シャワーから出るお湯を止め、椅子に座って身体を洗っている先生の後ろに座った。
何だか、立っているままだと余計気まずくなる気がするから…。
…でも、先生ももうすぐ洗い終わるみたい。
丁度今洗い終わって、身体をシャワーで洗い流してる。
…ほんの少しだけど、さっきよりかはあまりドキドキしなくなった、気がする。気がするだけ、だけど…。
先生が身体を流し終わって椅子から立った。
「…使うか?」
「っあ、はい」
先生は椅子を僕に譲って、湯船に入った。
…よし、は、早く終わらせよう……。
僕は、今まで先生が座っていた椅子に座ると、身体を洗う用のタオルを手に取った。
—————————————————————————
…そんなに急がなくていいだろう…。
私は湯船に浸かりながら、慌ただしく身体を洗うMajorを見つめた。
…まぁ、Majorも実は少し私と入浴したいと言うのを隠し切れずに入って来たわけだが、
…何とも可愛らしい奴だ。勿論いつもそうなのだが、やはり可愛らしいと思った。
さっきのシャワーを渡した時の反応など、
…何なんだあれは、誘っているとしか思えん。
そもそも身体を交わし合う時ぐらいしかお互いの裸は見ないから恥ずかしいと言う感情があるらしいが、…私は別に何とも思わなかった。
すると、Majorが立てた泡が自分の顔に飛んでくる。
未だ慌てるように身体を洗っているMajorをまた微笑ましい感情になりながらMajorを見つめ、そっと自分の顔に飛んできた泡を拭い取った。
—————————————————————————
さっさと身体を洗い終えて、僕はシャワーを壁にかけ、椅子から立った。
…あ、そうだ、湯船に入ろうかな…?
…わ、え、気まず…。
「どうしたんだ?身体が冷える、入っておいた方がいいぞ」
先生が僕を気遣うように言った。
…で、でも、先生と一緒に湯船に浸かるなんて恐れ多い…。
…。
でも確かに風邪引くのは嫌だし…。
…っ、大丈夫…っ、先生と身体を近付け合うのは慣れてるし、慣れてるし筈だし…??
……。
あぁ、こうしてるうちにも先生に変な風に思われちゃってそう…っ。
僕は、やっとの思いで湯船に両足を順番に入れ、先生の前にしゃがんだ。
水面が波紋を作り、音を立てる。
…浴槽の中には静寂が広がっていき、余計に気まずい気持ちになってしまう。
…で、でも、何か話さなきゃいけない訳でもないし、別に話したい事がなければ黙っててもいいよね…。
「…なぁ、明日の事なんだが、」
「あっ、は、はい」
僕は、下げていた顔を慌てて先生の方に向けた。
「明日からまた六時間で、おまけに部活も始まるんだ
…だから、帰ってくるのはいつもより遅くなってしまうと思う
だが、晩飯はいつも通り机に置いておいて欲しい」
「はい、分かりました、」
僕はなるべく動揺している事を隠しながら返事をした。
…部活、か…。
そう言えば、先生はどこの部活の顧問なのかな…。
「…先生も、どこか部活の顧問を担当しているんですか?」
「あぁ、あそこの学校には格闘部があってな
私はそこの副顧問らしい」
格闘部…、え、凄い、カッコいいな…。先生にも凄く合ってると思う。
部員の子達も沢山いたりするのかな…?
「か、カッコいいですね、先生にとても合ってると————」
なるべくニコニコしながら、必死に会話しようとする僕に、
突然先生が前屈みになって詰め寄ってくる。
「わ、先生、えっ、」
僕は思わず後退りしたが、すぐ後ろにあった湯船の壁に背中が当たる。
先生がこれでもかと言うぐらい僕に顔を近付けてきて、僕は更に背中を壁に押し付ける。
僕は思わず息を呑んだ。
…僕は、先生の瞳を見つめた。
「さっきから、何を躊躇っているんだ」
「え、いや、別に…、」
わ…、これ、もし今先生が人間に変身してる状態だったりしたら、
僕、どうなっちゃってたんだろ…。
あまりに急な展開と急な質問に酷く顔が熱くなっていくのを感じ、顔を背けた。
「別に、何だ?」
「…っ、」
僕は耐え切れなくて、何も言い返せなくて、堪らず目を瞑った。
すると今度は、思いっ切り背けられた僕の顔の両頬を片手で軽く摘まれ、正面へ向けられる。
僕のソウルは既に高鳴っていて、顔がとてつもなく熱くなっているのを自分でも感じていた。
湯の温度で、余計に熱い。
…先生はしばらく僕の顔を見つめた後、
ゆっくりと僕の口元に近づいてくる。
僕は咄嗟に目を瞑り、身体に変に力を入れてしまう。
まだか、と目を瞑りながら先生が迫りくるのを待っていると、突然耳元に気配を感じた。
「可愛らしいではないか」
急なそんな言葉にドキッ、として目を開けた瞬間、
口を口で塞がれつい声を漏らしてしまう。
口元を遊ばれ、ついには耳元に片手を置かれ、もう片方の手で僕の片腕を壁に押さえつけられた。
さっき口を塞がれる衝動でまた目を閉じてしまったが、この状態で目を開けてしまうと僕の理性が大変な事になってしまうと考え、僕は瞼に更に力を入れた。
段々身体に力が入らなくなっていき、そのまま顔まで湯に浸かってしまいそうになる。
…ディープキス、とまではいかなかったが、先生は僕からゆっくり離れた。
僕はまだ力の入り切らない身体を弱々しく腕で何とか支え、ぼんやりした気分で先生の顔を見つめた。
先生も僕の顔をじっ、と見つめた。
「…、相変わらず誘うような様子を見せてくれるんじゃない
こちらまでおかしくなってしまいそうだ」
それだけ言い残して、先生は浴槽から出て行った。
…っっ、
僕は誰も居なくなった湯船に身を預け、水面に浮かんだ。
…あ、あんなの、
狡い、でしょ…っ。
…やっぱり、今の僕ではまだまだ先生には勝てないような気がする。と言うかそもそも競う気なんてないのだけれど。
…、
さっきまでの事を思い出し、僕の顔はまた赤くなっていった。
—————————————————————————
「それじゃあ次、ここ分かる人」
今日もいつものように授業が進められている。
当ててもらうのを競うかのように、何人かが手を挙げた。
今担当しているのは五組。他のクラスもそうだが、生徒達は相変わらず元気な様子だった。
「…じゃあJick、答えてくれ」
Jickは私に当てられて答えると、また席に座った。
「そうだな、だからここを修飾して———」
私は喋りながら黒板に書き足していった。
ここが書き終わったら今日の授業は終わるが、あと何分ぐらいでチャイムが鳴るのだろうか…。
そう思い、ふと時計に目をやった。
…あと10分もあるな。また雑談でもしてやるか。
「———と言う訳だ
…今日の授業はこれでもう終わりなんだが、また時間が余ってしまったな
前の続きを話すが、興味がなければ自習なりしてもらっても構わない」
チョークを置いて一通り片付けをし、教卓に座って皆の様子を見てみたが、
…今回もまた、自習をしている子はいなさそうだ。
正直こんな話を聞いているより自習をしていた方がよっぽど自分の為になると思うが…。
まぁ、楽しみにしてくれているのは私も有難い事だから何とも言えないが。
「…それで、昨日の続きだな
どこまで話したか?…、」
少し考える為に間を置いていると、男子生徒が私に話しかける。
「先生の昔の話じゃなかったですか?」
「あぁ、そうだ。軍へ入隊する頃の話をしていたんだったな」
生徒達の話によると、皆私の過去の話に興味があるらしい。
昨日少し話しただけでもかなり盛り上がっていた。
…自分の過去に誇りを持ったりする事は特になかった為、自分の話でこんなにも反応が見受けられる事に対して私は物珍しい感情を抱いていた。
まぁ、それでも私は生きてきた中色々と経験をして来た。
少しでも生徒達の刺激になればと思う。
「初めは特に参加する事もなく、ただそこにいると言った感じだったのだが、
やがて私も活動に興味を持って————」
自分でも懐かしく思いながら、当時の事を思い出しながら話していく。
しかし、本当に刺激的な体験をしてきたものだ。今でも鮮明に覚えている。
…そして、
「…そう、言い忘れていた
私を受け入れてくれた人はFairhfulと言って、誰よりも私に寄り添ってくれたんだ」
彼の事も、思い出す。
彼がこの世を完全に去った後のしばらくは中々彼の事を考える事すら憚られたが、
今は、もう現実に向き直っている。
…彼にはもう会える事はないが、
その代わりに、Faithfulは私が生きて進む道を作ってくれた。
彼は今でも変わらず、私の恩師であり、立派な上司だ。
「———本当に世話になった
今でも感謝を忘れる事はない」
彼の事を簡単に話し終える頃には、生徒達も真剣に私の話を聞いてくれているようだった。
…中々刺激になる話が出来ただろうか。
まぁ、私の過去に関しては、話すだけではとても収まらず伝え切れない内容があまりに多すぎるが。
もっと詳しく話す機会もあれば喜ばしい。
また時間がある時に話をさせてもらうとでもしよう。
「…軍の頃について話すとザッとこんな感じだな」
一通り軍の頃の話はし終わった。
…他に何か話す事はあるだろうか。
…しかし、Majorの事も隠したままである今、これ以上は過去に関して語る事は———
「先生ー!軍の前までは何をしてたんですかー?」
突然生徒から質問をされ、咄嗟にそちらは向く。
……、
軍の、前、
「先生は何でFaithfulって人に軍に連れて行かれたんですかー?」
……いや、待て、その話まですると、
Jessieの、話になってしまう。
私があいつを殺してしまった事も、話さなければならなくなる。
…これ以上、嘘は増やしたくない。
しかし、皆んなその後の私の話が聞けるのを楽しみに待っている。
皆に怪しまれないよう、少し冷や汗を流しながら口を動かし続けた。
上手く、誤魔化そう。内容が知られれば騒ぎになってしまう。
「…あぁ、
何だった、だろうな…、」
…けど、誤魔化したところで余計に気になるだけだ。
それこそ、嘘をつく事になってしまう。
まずい、間が空きすぎると余計に怪しまれる。
早く、早く何か返事を————
すると、教室に授業終わりのチャイムが鳴り響いた。
…私は拘束から解かれるように肩を撫で下ろした。
「すまない、授業が先に終わってしまったようだ
…続きを話すとしたら、また次の時間だな
…じゃあ、号令をしてくれ」
私の指示に続いて日直が号令をかけ始めた。
…助かった、このまま話し続けなければならなかったら今頃どうなってた事か…。
…あぁ、しかし、取り繕うが故に「また次回」などと話してしまった。
……どう話すべきか考えなければならない。
…、私が忘れたふりをすれば、話さずに済まないだろうか……。
私達が号令を済ませ、私がのんびりと七組へ帰る準備をしていると、生徒達は即座にロッカーから給食ナフキンの入った袋を撮りに行ったり、白衣を取りに来たりした。
そうだった、次はもう給食だった。時が過ぎるのは本当に早いものだな。
しかしすっかり忘れていた、早く七組に戻らなくては…。
その前に、用を済ます為に職員室へ寄る必要もある。
私は急いで荷物を持って小走りで教室を出て行った。
五組は三階で、職員室は二階、そして
七組も三階にある。
往復するにはそれなりに距離がある。
…のんびりしている場合ではなかった、職員室に帰ってからも少し作業が残っている。
色々と考えながら階段を上り、角を曲がろうとした
その時、
—————————————————————————
「うわっっ、」
僕は角を曲がってくる誰かとぶつかって尻餅をついてしまい、手に持っていた皆んなの提出物を地面に落としてしまった。
「っす、済まない、怪我はないか
申し訳ない、もっとちゃんと周りを見ていれば…」
僕は身体に痛みを感じながら、その人の方にゆっくりと顔を上げた。
…その人の顔を確認した瞬間、僕のソウルがドキッとしたお互い身体中に鳴り響いた。
その人も僕に顔を向け、はっとしたような表情になる。
「Hericだったのか
本当に済まない、直ぐに拾う」
Colonel先生は申し訳なさそうにしながら手を動かし続けた。
Colonel先生は僕のクラスの担任の先生だ。この学校に今年に来た先生で、まだ教師にもなったばっかりらしい。
…僕も先生を手伝ってあげないと…。
慌てて僕も先生と一緒に散らばった皆のプリントを拾い始めた。
…これで最後かな、そのノートへ手を伸ばして触れようとすると、
丁度先生の手と重なってしまった。
「っあ、」
「っ、…なに、気にするな」
先生も一瞬気まずそうな顔になったが、直ぐに表情を直して、そのノートを拾い、
さっき拾って集めたノートを纏めて僕に渡してくれた。
「あ…、ありがとうございます」
「私が悪かったんだ、礼はよしてくれ」
先生は少し微笑んで見せた。
…また、僕のソウルがキュッと締まるのを感じた。
すると、後ろから二人ぐらいの生徒が小走りで階段を上って来て、先生に話しかけた。
「あっ、いたいた、先生!
次回の持ち物って何ですか?」
「あ、済まない、そう言えば伝えていなかったな
まぁ、とは言ってもいつも通りなんだから、心配する必要はないだろう」
「分かりました、ありがとうございます!」
「っあ、いや、待ってくれ
前に皆んなに渡したプリントを宿題にした筈だったな、————」
…と、僕は会話をしている先生を見つめていた。
…、
実は僕、Colonel先生の事が好きになってしまっている。
全然同性愛ってわけでもないし、前からそう言う傾向にあったわけでもないけど、
…何故か、先生を見た時から、
どんどん気持ちが大きくなっていっていた。
別に男の人なんて興味ない筈なのに、それでも、
…僕は確かに先生の事を、毎日、少しずつ好きになっていた。
やがて、先生が話を終えたようで、僕の元に戻ってきた。
「さっきは済まなかった、これからは気を付けるようにする」
「…はい、大丈夫ですよ。ありがとうございました」
先生が僕の隣を横切り、行ってしまおうとしていたが、
急に足を止め、また僕の方に振り返った。
「…どうしたんですか…?」
僕は思わず聞いてしまったが、先生は何やら心配そうな顔をしている。
「…重そうだな、持って行けるか…?」
「え、」
僕は思わず声を漏らしてしまったが、何とか直ぐに返す言葉を考えついた。
「い、いや、大丈夫ですよ」
「…、私が持ってやろうか、」
先生が少し僕の顔を覗き込み、そう訊いてきた。
…優しい…、
…で、でも、迷惑をかけるわけには…。
「私もどうせ後で職員室に行くんだ
提出物を運ぶのは職員室までなのだろう?
これから給食当番の子達も沢山階段を上り下りする、またぶつかってしまうと厄介だろう」
そ、そんなに心配してくれなくてもいいのに…。
…嬉しいけど、でも本来なら僕の仕事だから、先生にお願いするだなんて……、
「遠慮するな、お前も教室に帰って準備をしてくるといい」
僕は少し黙り込んでしまったが、先生がそこまで言うなら、と両手に持っていたノートの束を先生に渡した。
普通の先生ならこんな気遣い絶対にしてくれないのに、Colonel先生は特別親切だ。
僕以外の子や他の先生達からも、皆んなから優しいと聞いている。
「…?どうしたんだ?」
気付けば僕は先生をじっと見つめていた。
先生のその言葉に、はっと気付くが、
…そのまま先生に訊いてみる事にした。
「…先生は何でそんなに優しいんですか?
提出物を運ぶのは生徒仕事だから、…そこまで手伝わなくても…と思ってしまいます」
つい先生に向かって本音を話してしまい、若干声が弱々しくなってしまう。
先生は僕の質問で少し考えた様子だったが、すぐに返事をしてくれた。
「…私はどうしてもそう言った様子を見てしまうと放っておけないんだ
そのままスルーしてしまうと後々罪悪感に襲われて、返って自分を苦しめてしまう事が多い」
…やっぱり、Colonel先生は良い人だ。
普通の先生だったら、「仕事は自分で済ませなさい」とかそんなような事を言う筈なのに…。
……、
そんな対応をされたら、
もっと、惹かれてしまう。
「…さ、もう教室に帰ってるんだ
色々と遅れてしまうし、私もまだやりたい事がある」
「あ、はい…引き止めてしまってすみません」
先生は軽く僕に返事をした後、僕から受け取った皆のノートの束も持って階段を降りて行った。
そんな先生の背中を、僕は見えなくなるまでじっと見つめていた。
…、関わる度に先生の事を深く知っていく気がする。
……余計に、
好きになってしまいそうだ。
僕はその場で大きな溜息を吐いた。
—————————————————————————
今日は良い天気だなぁ…。
買い物も済んだし、さっさと帰って昼食を済ませてしまおう。その後、少し散歩でもしに行こうかな。
僕は一人ながらるんるんとした気分で街中を歩いていた。
ふと、右側の視界に建物がなくなって視野が広くなり、そちらへ顔を向けてみる。
…そこには、青々とした海が広がっていた。
あれ、こんなところから海なんて見えたっけ、もっと早くに気付いていれば良かったなぁ。
僕は足を止めて、しばらく海を見つめていた。
…そうだ、ご飯食べ終わったら彼処に行ってみよう。きっと美味しい空気が吸えるに違いない。
そう思うと更に胸が弾み、僕は家に帰る足を早めた。
昼食を食べ終わり、僕は真っ先にさっき見えた海岸沿いまで向かった。
…実際に近くまで行ってみると、心地良い春風が僕の身体に優しく当たった。
こんなに良い場所があったなんて、本当にもっと早く気付いていれば良かった。
僕は更に海岸沿いに近付いた。
そして、身体を屈め、
水面を上から覗き込んでみる。
覗き込んだ先には、多少の小魚が鱗をきらきら光らせながら泳いでいた。
僕はのんびりした気分で、何となくそれに見惚れてしまう。
…、そうだ、
今度先生も誘ってみようかな、たまには二人で散歩したりしたいし。先生も気に入るかなあ。
…先生、学校楽しんでるかな、辛い事とかないといいんだけど…。
先生の事を考えていると、それに関連してある事を思い出し、僕は、はっと気付き、
思い出した。
…あれ、そう言えば先生、
「海岸沿いには近付くな」って、言ってたような…。
それを思い出した時には、
もう遅かった。
僕がぼんやり見つめていた水面には気付けば黒い影が映り、
やがて一瞬の勢いで腕が伸びてきて、僕の手首を掴んだ。
驚く暇もなく、それは僕の手首を掴んだまま海に潜り、
僕は一緒に海の中へ引き摺り込まれた。
水の音が耳中に響く。
必死に水面へ戻ろうと踠いても、まるで無駄だとでも言うように、僕の身体は更に海の奥深くへと引き摺り込まれて行った。
やがて息が続かなくなってきて、
どんどん苦しくなってくる。
最初から、先生の言っていた事を忘れないでいればこんな事には…っ
…っ、まだ、まだ死にたくない、のに…っっ
僕には、先生がいる、…のにっ…。
焦りと体力の消耗でコピー能力を使う事にまで思考が至らず、僕はただただ踠き続けた。
とうとう、意識が薄れ始める。
踠く為の力も、段々入らなくなっていく。
…嫌、だ…、
先…生…ごめんな、さ——————
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