第六話

あれから一日経ち、一週間もあっという間に残り一日となった。

今週までは特に忙しい用事などはないのだが、来週からは部活も始まり、三年生は早くも実力テストが控えている。

今はまだ私も楽しい学校生活だと感じているかもしれないが、来週からはそうもいかなくなるかもしれない、と言う訳だ。

とりあえず、まだ私は何の説明も聞いていない。話をされるまで待つとしよう。

と、思っている私は今、学校にいく為に電車に揺られている。

次降りるのは、先程出発した駅

から二個目の駅だ。

それまで、私はまたのんびりと景色を眺めている訳だが…、

…、

私はどうも気がかりなのだ。

Majorは、今まで少しでも私が離れたり他の人と関わっている事を知ったりすると、

すぐに嫉妬し、構って欲しそうな様子で私に甘えてきていた。

…しかし、私が教師を始めてからそれをぱったりもやめてしまい、私が学校での出来事の話題を持ち出しても、ずっとニコニコしながら共感を交えて聞いてくれるのだ。

そうしてくれるのは嬉しいのだが、あまりにも急すぎると言うのも感じ、やはり割と無理をさせてしまっている気もするのだ。

…今日で一週間が終わる。前はお互いの気持ちの事情でできなかったが、

今日は金曜日だ、明日は休日でもあるからいい加減誘ってみるとしよう。…いや、一度何も言わずに攻めてみるか?

どんな反応をするのだろうか…、逆に嫌がったりは————


「ぁっ、Colonel、先生…」


いつの間にかもう次の駅に着いていたようで、

私の前には、うちの学校の制服を着た女子が立っていた。

変な妄想をしていた私は、そんな予想外な状況に頭が若干混乱してしまっていた。


「あ、…、私のクラスの生徒だろうか」「は、はい…、あの、窓際の席の…」

「…そうだな、見覚えがある」


顔は少し覚えていたのだが、名前まだはまだ覚え切れていなかった。

気まずくなって、少し顔を逸らす。


「…あの、隣いいですか?」

「あ、あぁ、構わない」


私が失礼な事を言ったのにも関わらず、その子は私の隣に、

ほんの少しだけ距離を置いて座った。

…、何か少しでも会話をしたいのだが、中々思い付かない。


「…すまない、まだ名前が覚え切れていないんだ

…何と言っただろうか」

「っあ、私、えっと…、

Velri、です…」

「Velri…、そう言えば居た気がする

次からは忘れないようにする

…自分のクラスの生徒の名前も覚えていなくて、本当に申し訳ない」

「全然大丈夫ですよ、

先生もまだ始めたばかりですし、それに、まだ一週間しか経ってませんし…、」


Velriは、少し微笑みながらそう言った。

生徒にまで気遣われてしまって端ない…。

大分学校での生活も慣れてきたと思っていたのだが、

私もまだまだだな…。本当に。

こんな調子ではなるべく多くの生徒と仲良くしたい、と言う願望も難しくなってしまう…。

…、次の駅までもう少しだけある。

話を繋げていきたいところだが…。


「…少しは、クラスにも慣れたか?」


電車の中の為、私はさっきの同じく声を抑えて話しかけた。


「はい。先生のクラス、とても楽しいです」

「そうか、それは良かった」


と言うか、こんな事教師に聞かれても、

はい、といしか返事のしようがないじゃないか。

少し返事のし辛い質問をしてしまっただろうか…。

そうこうしているうちに、もう目的の駅に着いてしまった。

私は座席から立ち、電車を降りようとした。


「…あ、あの…、」


続いてVelriが電車から降り、私に駆け寄って来た。


「せっかくですし、学校まで一緒に行きません、か…?」


少しぎこちなく、彼女は私に訊いた。

彼女も、私とは仲良くしようとしてくれているのだろうか…。

…もしそうならば、私もその気持ちに応えてあげたいが、


「あぁ、構わない」


私がそう言うとVelriは、ほっ、としたような表情で私に着いて来たのだった。

改札の前まで来て、私が財布をポケットから取り出し、センサーにカードを読み込ませようとしたが、

Velriは、うっかり財布をサブバックにしまったままで、今慌てて探しているところだった。

私は改札から引き返し、Velriの元まで戻った。


「あ、あの、すみません…、先行っててもいいですよ…」

「いや、…、」


とは言われても、とても言われた通り置いて行ける訳もなくて待ち続けてしまう。

すみません…、と彼女は本当に申し訳なさそうに言い、サブバックの中を探り続けた。

…今日も持ち物が多くて、鞄の中は満帆になっていた。

そんな重い鞄を背負い、少し大変そうにサブバックの中に手を突っ込んでいるVelriであった。

私は気が気でなくて、ほぼ無意識に彼女のサブバックを持って支えた。


「ぁ、すみません、あの…」

「すまない…、とても放っておけなくて

…それよりも、財布は見つかりそうか?」


彼女は私を少しの間見つめた後、思い返したようにまたサブバックを探り始めた。

…すると彼女は、塞がっていた手が空いて楽になったのか、すぐに財布を見つける事が出来た。

財布を取り出した彼女に私がサブバックを返すと、彼女はさっきよりもいい笑顔になった。


「ありがとうございます…!」

「構わない

さぁ、時間も時間だ。少し急ごう」


私と彼女はそのまま改札を通り、一緒に学校へと向かっていくのだった。




「ありがとうございました」

「あぁ、それじゃあまた後で」


私は先に職員室に行かなければならない為、一旦彼女と二階で別れた。

私が職員室に続いている廊下を歩いていると、さっきの場所から女子達の大きな声がここまで聞こえてきた。


「うわ!Colonel先生と学校来たの!?」

「そうなのー!めっちゃ偶然で嬉しい〜!!」

「えー狡いーっ!!え、何処から一緒に居たの??」


その中には、Velriであろう声も混じっていた。

が、その声はさっきの少し消極的な声とは違い、活発な女子が出す大きな声に変わっていた。

…私の前ではお淑やかにしていた、と言う事か…?それとも、単純に慣れていないと上手く話が出来ないだとか…。

…何にせよ、私はそんな風に性格を使い分ける事が出来る彼女は凄い、と感じた。

—————————————————————————

あれから普通に授業が過ぎていき、今は昼放課の時間だ。

私は、クラスの皆から預かった連絡ノートのメッセージの返事を書く仕事がある為、ペンを持って職員室に篭っていた。


『先生は、もう仲がいい他の先生とかいたりしますか?』

『そう言えばクラス目標っていつ決めるんですか?』

『先生の授業がとても分かりやすくて面白くて、毎日楽しみにしてます。』


皆が色んな質問やメッセージを書いてくれるのに対し、私は、


『実は隣のクラスの消しゴム先生と、既に仲が良かったりする』

『クラス目標は、来週のどこかの学活で決めるつもりだ』

『そう思ってもらえているなら、私も嬉しい限りだ。もうすぐ学力テストも控えているから、是非頑張ってくれ』


などと、コメントを返していった。

皆、まだ直接私に話しかけてくれる訳ではないが、連絡ノートでは沢山質問もしてくれるし、沢山メッセージも書いてくれる。

時々、面倒臭いのか、

二行あるのにそれを無視して大きく書いて量を誤魔化している生徒もいるが、私はむしろそう言うノートの書き方も面白くて悪くないと思う為、それを見たままの感想を書くようにしている。

別にこれが成績に入る訳でもないし、注意する必要すらないと思う。

一冊一冊返事を書いていると、次はどうやら、

今日の朝たまたま会った、Velriのノートがまわってきたようだった。

今日の彼女は何を書いてくれたのだろうか…。少し心を弾ませながらノートを開いた。


『先生は沢山の能力を持っているんですね!凄いです。私の能力は、電気を操る能力を持っています。』


前々回のノートで、私が持っている能力について質問され、今日はその話題の続きを書いてくれくれたようだ。

彼女は電気を操れる、と…。

具体的にどんな事が出来るのだろうか…?

…これをこのまま訊いてみるとしよう。


『他の生徒も本当に色々な能力を持っていて興味深いと思っている。Velriは具体的にどんな事が出来るのだろうか?』


いつも、皆んな多くのメッセージを書いてきてくれて、私も本当に嬉しく思っている。特にやる気がない素振りも見せず、意欲的に私に話しかけてくれているのだ。

私と言うと、何か面白い事を言ってる訳でもないのに、

それでも皆んなは”授業が楽しい”、”面白い”、などと言ってくれていた。

未だ、まだ何故皆んながそう思うのか分かってはいないが、皆んながこれで授業を楽しんでくれているのなら、まずはこれを続けてみて、様子を見てみるとしよう。


「失礼しまーす、三年七組のShuveです

Colonel先生いますかー?」


私の名前を呼ばれ、一度席を立ち、小走りで職員室の入り口まで向かった。

…Shuveは、今日の授業で出せなかった宿題のプリントを渡しに来たようだった。


「あ、これ、今日出せなかったので」

「あぁ、ありがとう

今日のうちに提出出来たから、まだ成績には影響しないからな」

「ホントですか!?よっしゃー!ありがとうございます!!」


私の横から、他の先生が、

「こらっ、静かにしなさい」と呆れながら行った為、Shuveは「さーせーん」と言いながらそそくさ職員室を出て行った。

彼から受け取ったプリントを見ながら、また席に戻ると、右隣に座っていたMonoが話しかけてきた。


「もうクラスの皆とは大分仲良し、って感じ?」

「どうだろうか、…それ程に、と言った感じだろうか」


そう、私は偶然Monoと隣の席なのだ。

彼と仲良くなる前までは、まだあまり気にしていなかったから気付かなかったが、たまたまそうだったらしい。


「凄いなぁ、Colonelって皆から惹かれる何かがあるのかもしれないね?

俺も教えて欲しいぐらいだよ」


…、皆んなを惹いている、私の何か、か。

…あまり考えられないな。皆がただ単に私と仲良くしてくれているだけだと思うのだが…。

…、違うだろうか。


「いや、私は本当に普通に過ごしているだけだ

恐らく、皆んなが私と仲良くしてくれているのだろう」

「またまたぁ、そんな事言っちゃってさー

そう言うColonelの優しいところに、皆惹かれてるんじゃないの?」


…いや、分からない。自分の事は、よく分からない。

実際、自分が周りから見てどんな感じなのかも分からないし、皆が実際私の事をどう思っているのかどうかも分からない。

と言うかそもそも、皆んな仲良くしてくれているならそこまで考える必要もないな。

…とにかく、これからもこの調子でやっていけたらいいのだが。

—————————————————————————

六時間目は、どうやら三年生だけの集会を開き、ざっと三年生担当の教師達の自己紹介をするらしい。

私は初めて来た時に一度自己紹介をしたが、また話さなければならないらしい。

まぁ、皆んなと過ごしてみて、話す事も大分増えた事だし前程苦ではないだろう。

今は自分のクラスの生徒達を引き連れて体育館まで向かっているのだが、相変わらずこの子達はメリハリがついていて、先程の放課とは真逆と言っていい程静かに歩いていた。

まだ緊張感が残っていたりする、と言う事だろうか。まぁ、三年生の心構えとしては成っているからいい事ではあるが。




体育館に到着すると、学級委員が正しく整列させ、合図を出すのと同時に、私に続いて並んでいた生徒達が腰を下ろした。

私は他のクラス担任達が並んでいる壁際まで行き、列に混ざった。

すると、最後に来たクラスが私のクラスの隣に並び、同じように腰を下ろした。

…静かになった事を確認した後、話をし始めた。


「はい、皆さん静かに整列出来ていて素晴らしいと思います。この調子で頑張って下さい

…それじゃあ、一組の男子学級委員さん、号令をお願いします」


それに従って一組の男子学級委員が「起立」と言うと、体育館にいた全員の生徒が一斉に立った。


「気をつけ

お願いしまーす」


私も皆と同じように、その言葉を繰り返した。

すると、生徒達は自分達でまたその場に腰を下ろした。


「今日はまず、この学年を担当する先生達の自己紹介をしていきたいと思います

皆、先生達の話をしっかり聞いて、せめて名前だけでも覚えておくようにしましょう

それじゃあ早速、一組の先生からお願いします」


拍手が起こる中、一組の先生が皆のまえまでやって来る。

…一組から順に、と言う風になると、私はまた最後の方での発表になりそうだな。

だからのんびりしていようと言う訳ではないが、もう少し何を話すか考えておく事にしよう。

一組の先生は女性の先生で、担当教科は国語らしい。見た感じだとそこまで活発と言う訳ではなく、印象で言うと親切そうな先生だ。

自己紹介も流暢で、聞いていてとても落ち着く。

どうやら、この子達が一年生の時から担任を務めていて、ここまで繰り上がってきた先生のようだ。


「————ますので、宜しくお願いします」


彼女の自己紹介が終わると、自然と生徒達から拍手が起こった。

私も、気付けば皆んなと一緒に拍手する。


「Syury先生、ありがとうございました

じゃあ、次は二組の先生、お願いします」


…二組の先生も女性の先生で、今度は元気で活発そうな先生だ。

担当教科は、…保健体育、らしい。見た目のイメージにも合っている。

運動だと球技が好きらしく、中学生時代や高校時代もバスケ部やバレー部に入っていたらしい。

この先生も、一組のShugai先生と同じく繰り上がりの先生のようだ。




そんなこんなで自己紹介が続いていき、

三組担任の、男性で社会担当の物静かな先生、

四組担任の、男性の理科担当のインテリチックな先生、

五組担任の、女性の社会担当の声が良く通る先生、

六組担任の、女性の英語担当の少し静かだが元気でもある先生など、色々な教員達の自己紹介が続いた。

そして、とうとう次は私の番となった。

自己紹介では、私が担当していないクラスの皆にも伝えたい為、ここで軍に勤めていた事も話そうかと思ったが、

…今ここでするのも少し鬱陶しいと言うか、口説いような気もする。

自分のことをあまり語りたいとは思わなかった。

…まあ、また機会があればその時に。

そうこうしていると、六組の先生の自己紹介が終わり、拍手が起こった。

私は話す為に、六組の先生と入れ替わりで、六組の先生が歩いてくる同じ道を歩いた。

…と、ついその先生と鉢合わせになってしまって、私が横に避けようとしたが、

その先生も同じ方向に避けようとした為、結局鉢合わせ、と言う状態になってしまう。


「あっ、すみません」


生徒達の前で恥を覚えてしまう。

生徒達の方からも若干笑い声が聞こえてきていた。

改めて皆が私に拍手してくれて、私は皆に向かって軽く会釈をすると、なるべく軽い気持ちで喋り出した。

ザッと内容を説明すると、自分の見た目に少し恐怖を感じてしまうかもしれないが、自分は皆と仲良くしたい気持ちでいっぱいな為、遠慮せず沢山話しかけて欲しい、と言う事と、

自分は初めて担任を務めさせて頂いているが、まだ完全に緊張が解れていないし、此処の学校についてまだ良く分かっていない為、困っている時は助けてほしい、と言う事、そんな感じだ。

…まぁ、私のクラスで話した内容とほとんど同じだ。

少しでもそのイメージを和らげる為にまたこれを話してみたが、少しでも私が関わりやすい教員になれば、と思う。

私の自己紹介が終わった後は、八組担任の理科担当のMonoと進路指示の男性の数学の先生や、もう一人の国語担当の女性の先生、家庭科担当の女性の先生、技術担当の男性の先生などと、また自己紹介が続いていった。

副教科担当の先生は皆繰り上がりで、Monoと進路指示の先生ともう一人の国語の先生も繰り上がりのようだ。

こうやって考えると、繰り上がりではない先生もそこまで多くはないのだな。また教員に関して色々と教えてもらわなければ。

…気付くと、五教科担当の教師達での男女ペアは私と六組の先生しかいないのか。

また挨拶をしておきたいところだ。

ある程度周りの教員達の顔は覚えたが、まだ直接話を出来ていない人が多い。

…生徒達の事も、教員達の事も覚えていかなければならない。

相変わらず、やるべき事が多そうだ。

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