第五話

次の日、私は目覚ましの音で目が覚めた。

私がベッドから身を起こすと、Majorも後に身を起こした。

…Majorも私の目覚ましで起きたようだった。

私はベッドから降り、クローゼットを開け、今日来ていくスーツを取り出す。


「ん〜、おはようございます…」


まだ完全に呂律が回っていないMajorが、目を擦りながらのんびりそう言った。私も軽く返事を返し、部屋を出て行こうとすると、Majorも続いて部屋から出てくる。


「大佐、今日はいつぐらいに帰ってくるんですか?」


私達は一緒に部屋に向かいながら会話をした。


「今日からもう授業があって、六時間授業だ

その後にまた会議や打ち合わせなどあるから、

今日帰るのは午後の六時ぐらいになりそうだ」


「そうですか、分かりました」とのんびり言って、Majorはキッチンの方へ向かっていった。


「因みに明日からは部活動があるから、部活があって六時間の日は、午後の六〜七時に帰ると思う」

「はーい」


Majorはまたのんびりと返事を返した。

…しかし、本当に大丈夫なのだろうか。

ついこの間までは、私に離れて欲しくないと訴えるように言っていたMajorだったと言うのに、今ではこんなに開き直っている…のか?

だが、見た感じだと、Majorは本当に不満がないようにしか見えない。Majorは割と思った事をすぐ口にする性格をしているから、何かあったならばすぐに伝えてくれる筈だ。

…まあ、まだ教師を始めてから二日も経っていない。もう少し様子を見てみるとしよう。


「行って来る」

「はーい」


靴を履いて玄関に立つと、私とMajorはその場で軽くキスを交わした。

そして、ドアノブを掴んで外に出ようとする。


「…行ってらっしゃい、先生」


その呼び方に少し驚き、Majorの方に振り返った。

…Majorは少し照れ臭そうにしていたが、元気そうに微笑んでいた。

私はそんなMajorの顔を少しの間見つめた後、

ほんの少しだけ、頬を緩めた。


「あぁ、行ってくる」

—————————————————————————

職員室に入ると、何人かが私に挨拶をしてくれた。


「あ、Colonel先生、おはようございます」「おはようございまーす」


一人が私の名前を読んだ後、それに気付いてまた何人かが私に挨拶をしてくれた。朝から雰囲気が良くて、本当に過ごしやすい職場だ。

昨日与えられたばかりの自分の机まで向かうと、その上に鞄を置き、机の上に出しておきたい物を取り出す。

…しかし、まだ宿題も特に出してないし、回収した物もなければ採点するものもないから朝は特にやる事がない。

…、時間までどうしようか。

机から身を起こして後ろに振り返ってみる。すると、最初にVarlinがいる事に気が付いた。そう言えば、昨日話しかけてみようと思っていたはいいものの、結局バタバタしていて時間がなくなってしまっていた。

これからはこの職場でも世話になるのだろう、改めて挨拶ぐらいはしておかなければ。

私は、すぐそこにある彼女の机まで歩いて行き、気軽に話しかけた。


「あっ、大…えっと、Colonel、先生…!

改めましてこれからも宜しくお願いします、」

「私はもう大佐ではないぞ

宜しく頼む」


少し鼻で笑った後、私はそう言った。


「ふふ、そうですね、久しぶりですし、何だか新鮮な感じがします

私のこと、覚えてますか?」

「あぁ、勿論だ

当時は世話になったな」


そう彼女は口に手を添えながら笑った。

その添えられた手の薬指には、金の指輪がはめられていた。

…結婚したのだろうか。

彼女は、私がその指輪を見つめている事に気付いたのか、それについて話し始めた。


「あ、これですか?そうそう、私お陰様で結婚しまして…」

「そうなのか、それは良かった

いつぐらいなんだ?」

「つい最近ですよ!

…あ、いや、そうでもないかなぁ、半年前ぐらいですね

時が経つのってあっと言う間で、本当につい最近の事のように感じてしまいます」


そうか、彼女もとうとう結婚したのか。めでたい事だ。

微笑ましい気分になりながら、私は何度も彼女に頷いて見せた。


「Colonel先生は、彼女さんと上手くいってるんですか?」


それを聞いた私は、ついソウルをドキッと鳴らしてしまう。不意に周りに聞こえていなかったりしないかと、きょろきょろ周りを確認した。


「…あの、どうかしたんですか…?」


Varlinは私の様子に気遣って小声でそう訊いた。

…今更彼女に隠しているのも面倒臭い。

彼女だけには話してしまおうか。


「…ここだけの話なんだが、」




「えぇっ、そうだったんですか…!?」


彼女は声を抑えながら私にヒソヒソ話をするように言った。

彼女には、いつぐらいから付き合っているのか、それもMajorと付き合いをしていると言う事に関して、全ての事を簡潔に話した。

彼女とも、当時は長い付き合いだったから多少は分かってくれるだろう…。


「そうなんだ…だから、この事は他の皆に黙っておいて欲しい」

「えぇ、でも、この世界では同性愛なんて普通ですから、そんなに気にしなくても大丈夫だと思いますよ…?」


…確かに、そうだ。私もそれは知っている。

この世界では、同性愛の者もいれば、同性で交際をし、子供を作っている者もいる。

…だが、やはりそれに関してまだ恥を覚えてしまう私がいて。今からこの関係をオープンにしていけるかと言われたら、とてもじゃながそれは出来そうになかった。

彼女は小さく唸りながら何かを考えていたが、すぐに考え直し、私に返事を返してくれた。


「分かりました。じゃあ、内緒にしておきますね

教えてくれてありがとうございます」

「あぁ。ありがとう、感謝する」


それを言った直後、朝礼のチャイムが職員室に鳴り響いた。他の教員達もそれを聴き、荷物を持って職員室から出て行った。

私ももう行かなければ…。


「朝礼の時間ですね

それじゃあ、また今度機会があれば」

「あぁ、宜しく頼む」


そう言い残して、私も荷物を持ち、職員室を後にした。




教室に入ると、朝読書をしていた皆が一斉に私を見た。

…皆んなとても真面目なようで、私は更に感心した。

私は鞄を配膳台に置く。


「…そうか、学級委員はまだ決めていないんだったな

それじゃあ、起立」


教卓に立ち、そう呼びかけると、生徒達は音を立てながら椅子を引き、一斉に立った。

次に私が、「おはようございます」と言うと、

それに続いて皆も同じ言葉を繰り返し、席に座った。

私の言葉で動いている皆んなを見ていると、まだ軍隊活動をしていた頃の事を思い出す。

過去を懐かしみながら、私は今日の予定が書かれた書類が綴じてあるファイルを教卓に広げた。


「今日の重要事項について話す

今日は六時間で、掃除は無しだ

まだ掃除の担当場所も何も聞かされていないと思うが、今日の五時間目でそれなどについて話すから、覚えておくように

掃除の話や、他にも色々と説明しなければならない事があるが、

もし時間が余れば、明日にする予定のクラス係や委員会も決めたいと思っている

給食当番については、四時間目に話す

因みに六時間目は昨日宿題にした自己紹介カードを使って、前で自己紹介をしてもらう予定だ

六時間目まで自分で持っていてくれ、もしも忘れたと言う子がいれば、後で個人的に言いに来て欲しい

連絡は以上だ、…何か質問はあるか?」


ファイルを閉じ、私に真面目な目線を向けた生徒達に問いかけてみる。

…、居なさそうだな。


「大丈夫か?それじゃあ、後ろから連絡ノートを集めてきてくれ」


私がそう言うと、一番後ろの席に座っている子達が順番に同じ列の子のノートを集め始めた。

それにしても、皆んなスムーズに動くものだな…、

三年生だから、こんなものか?…まぁ、新しいクラスだとは言え、もう三年も同じ学校に居ればそれなりに慣れるか。

ノートを集め終わった子が、ばらばらと私の元へやってくる。


「お願いします」


一人目の子はそう言ってノートの束を差し出してきた。私は小さく頷いてそれを受け取った。

その後も何人からかノートの束を受け取ったのか、一人目の子に同じく、「お願いします」と言ってくれる子も結構いたが、照れ臭いのか、何も言わずに渡してくる子などもいた。

本当に、個性豊かな子達ばかりで面白い。このクラスなら、私も好きになれそうな気がする。

またそんな気持ちになりながらいると、私の横に活発そうな一人の男子がやって来た。


「せんせー、自己紹介プリント忘れましたぁ」


少しへらへらしながら、私に結構大きめな声でそう言った。

「アイツ強すぎだろ」「どうせ六時間目まで使わないんだから今言わなくても良かった事ね?」「あーアイツ終わったな」

ちらほらと、面白がるようなそんな声が周りから聞こえてきた。

…まぁ、忘れ物をしたからと言って、私は別に一々怒る気はない。忘れ物が成績に響いてくる事ぐらいは、この子達も知っている事だろう。


「そうか、今は持ってるのか?」

「ぇ、あ、家です」

「うむ、多分今日全員発表するのはどうせ時間が足りないと思うから、明日に回してやろう

明日は忘れずに持ってくるんだぞ」

「ぁ、はい、分かりました」


そう言って、その子は小走りで自分の席へ戻って行った。

「思ったより怒らなかったね」「それな、結構怒るかと思ってた」「先生普通に優し」

また、ちらほらとそんな声が聞こえてきた。

このぐらいの時期の子達は、起こった出来事をすぐに口に出したがる年頃なのだろうか…。

中学三年生前半だからか、まだまだ子供っぽいところもあるのだな。

…今思えば、今まで何故私は子供を嫌っていたのかが分からなくなってきた。…とは言っても、彼らはもうそんなに子供と呼べる程でもないが、

それでも、もう前よりかはその気持ちはほとんどなくなっていた。


「そうだ、もし他にも忘れた子がいるなら、それはちゃんと言うんだぞ」


まだ忘れた子が私に言いに来るのではないかと、少しの間様子を見てみたが、どうやら忘れたのは先程の子だけだったらしい。

…そろそろ時間だ。

今から私が行くクラスは六組、隣のクラスだ。

昨日が月曜日…で、今日は火曜日。

火曜日の一時間目が英語で私が担当するのは、どうやら六組のようだ。

…そうだ、他のクラスでも私は自己紹介をしなくてはならないのか。

授業時間が短くならないように気を付けなければ…。




担任の先生が出て行って、周りの人達と同じように、僕は近くの席の子と喋っていた。


「そいやー、一時間目何だっけ」


僕がTyruに訊くと、Tyruは「えっとー、」と言いながら背面黒板に振り返った。


「…英語だな」

「英語かー、何先生だっけ」

「さぁ?まだ時間割表も配られてないし、分っかんね

他の教科の先生も、お楽しみって感じかな」


そう話していると、


「おぉーーっColonel先生ー!」

「っ、なん、…」

「授業こっち?そっかー宜しくね〜俺こっちだからー」


八組の、Monocular先生だろうか。

馴れ馴れしく誰かに話し掛けるような喋り声が聞こえてくる。

…Monocular先生は元気が良くて馴れ馴れしいから。

他の先生達とも友達のように関わっているのを良く見かける。

そんな話し声が聞こえて来た後、

前の扉からそのMonocular先生に絡まれたであろう先生が入って来た。

すると突然、後ろの席に座っている女子達が悲鳴を上げた。

先生はそれに少しびっくりしてそっちを見たが、すぐに視線を逸らし、ドアを閉めて中に入ってきた。

後ろの女子達は、さっきからずっとキャーキャー言いながら騒いでいるようだった。

「え、え、マジめっちゃ嬉しいんだけど…!!」「それな!しかも英語とか…!!」「以外すぎるし嬉しすぎてマジ!」

小声になりながらも、まだ騒ぎ続けているようだった。

僕とTyruはそんな女子達を見た後、呆れた顔をお互いに見合わせた。

先生の方に視線を向けていると、先生は教卓の上にファイルや教科書を広げ、それを黙々と見つめていた。

…真面目そうな先生だ。でも、単に雑談ばかりして授業数が足りなくなる先生よりかはマシだ。

先生の授業が聴きやすくないと、勉強しようにもままならないし。

すると、教室にチャイムが鳴り響いた。


「ん、それじゃあ授業始めるぞ

起立」


先生がそう言うと、皆は音を立てながら椅子を引き、席を立った。

その後に先生が「お願いします」と言うと、皆も続いて同じ言葉を繰り返した。

そして、皆がまた音を立てながら椅子を引き、席に座った。


「…少し、時間を取らせて欲しい

終わるまで待っていてくれ」


…すると、先生は黒板に長々と英文を書き始めた。

やっぱり思っていた通りだ。僕の学校では、一番最初の英語の時間は毎年先生が英語でスピーチし始めるか、黒板に英文の自己紹介を書いていくのが恒例の流れだ。

それで最後に、意味分かった人ー、ここの意味がこうでーこの単語がこうでー、とか、そんな解説に入る。

とりあえず、もう三年生で進路の事も大分関わってくるし、態度を良くする為だけでも今は静かに書かれていく文字を見ているとしよう。




「…毎年やっているようだからもう大体わかっている人もいるかもしれないが、

今、私がここに書いた内容で意味が分かる子、いるか?」


…まだ誰も手を挙げなかった。

先生皆周りをきょろきょろと首を回し、僕達の様子を伺っているようだった。


「何でもいいぞ、一つぐらいは分かる部分もある筈だろう

まずは誰でも分かるようなところからでも構わない」


…正直言うと、僕は先生の文字が筆記体で読めない部分が多すぎた。

もしかしたら、皆もそんな感じで手を挙げられないのかもしれない。

…すると、


「お、じゃあ…Tyru」


僕の前の席に座っている男子が手を挙げた。

先生は教卓の中にしまってあった座席表を確認し、Tyruの名前を呼んだ。

彼が席を立つ。


「先生は、五年前まで軍隊に所属していた…?」

「正解だ、よく分かったな

まだ習っていない単語や文法も出てきたと思うが…

因みに、意地悪な質問をさせてもらうが、

軍隊の中でも何の役割を務めていたか分かるか?」

「大佐、ですか?」

「あぁ、そうだ

凄いな。英語は得意なのか?」


先生は関心混じりにそう言った。

クラスが少し騒めいた。

「分かんねー」「私全然聞き取れなかった…」「流石Tyruは凄いなぁ」

…Tyruは、頭がいい。

去年までも成績トップクラスを保持し続けていて、順位もずっと一桁だ。

Tyruの事だから、きっと暇な時に英和辞典でも眺めていたんだろう。

クラスの騒めきの中、「そうでもないです」と先生に答え、Tyruは静かに席に座った。


「今のは流石に難易度が高すぎるが、もっと簡単なところでも大丈夫だ

他に何か聞き取れた子はいるだろうか」


…皆はまた周りの様子を見ていた。

すると、クラスの中でも陽キャの男子が一人、先生に話しかけた。


「先生ー、筆記体?読めませんー」


皆の中ではちょっとした笑いが起こったが、皆その言葉に共感するように頷いた。

先生は自覚していなかったかのような表情を見せていた。


「あぁ、そうか。それは…すまなかったな

…じゃあ、…そうだな、ちょっと待っていてくれ」


すると、先生は特に筆記体で繋がった文字になっている単語を読みやすいように書き直し始めた。

—————————————————————————

「ありがとうございました」


私がそう言うと、皆も続いて同じ言葉を繰り返した。次のクラスに移動しなくてはならないから、少し急いで片付けを始めた。

やはり、この学校の生徒達は雰囲気もいい。次に私が担当するクラスは八組だが、八組は一体どんな生徒達が集まる教室なのだろうか…。

あまり表情に出さない私でも、つい笑みを浮かべてしまいそうな程、私の心は踊っていた。


「あの、Colonel先生!」


片付けをしている途中に隣から話しかけられ、私は咄嗟にそっち顔を向けた。

…そこには、四人の女子がニコニコしながら立っていた。


「どうした、」

「彼女さんとかいるんですか!!」


これまた直球で唐突に訊いてくるものだな…。

気付けば、クラス内の生徒達の視線がほとんどこちらへ向いていた。

…とりあえず昨日の質問で訊かれた時みたいに返すか…。


「一応今はいないな」

「おぉぉ、え、軍隊活動してた時もお付き合いとかなかったんですか?」


凄いな、今時の中学生はこんなに見た目が怖い先生にもそんなにすぐ気軽に話しかけにきてくれるのか。

それとも、先程の授業で心配を抱いてくれたのだろうか。それならそれで嬉しいが…。

一応出来れば皆と仲良くしたいし、向こうの気が済むまで話に付き合ってやろう。


「軍隊に所属していた時は、そんな事をしている余裕などなかったんだ

女性なら一応ナースが彼女達も仕事で程いっぱいだったものでな」

「えぇぇ先生めっちゃカッコいいのに彼女なしとか勿体無いです!!」


こちらの話を聞いている他の生徒もそれを聞いて笑い声を上げた。

私はあまりに直球な内容に苦笑してしまう。

…彼女達には申し訳ないが、私は事実とは正反対の嘘を吐きまくった。

仲良くしてくれるのは本当に嬉しい事だが、女子中学生のテンションに少しばかりついていけない気もするな…。

私が慣れてないだけなのもあるとは思うが…。

その時、次の授業が始まる合図のチャイムが教室に鳴り響いた。

まだ授業は始まる訳ではなくて、また五分後に鳴るチャイムで授業が始まる為私はまだ遅刻になった訳ではないが、教師である以上はなるべく早いうちに移動しなければいけない、と私は思っている。


「あ、すまない、続きはまた今度話してくれ」

「また訊きます!すみません!」

「気にするな」


私は簡単に返事をした後、すぐに教室を出て行った。急いで向かわなければ…。

…これから小テストやテキスト提出をする機会もあるだろうが、このぐらいの時期になってくると生徒達もたまには不正をしたくなる時があるだろう。

しかし、進路指導をしてやる以上、見つけ次第それら黙っている事は出来ない。

そのうち、私が心情透視が出来る事も皆に伝えてやって、せめて私と関わる生徒達だけでも緊張感を持たせてやった方がいいだろうか…。

—————————————————————————

…、大佐…いや、

先生はまだ寝ているようだ。今日はたまたま僕の方が早起きだったらしい。

でも、時間も時間だからもう起こした方がいいよね。


「…、」


大佐か先生って呼ぶか迷ったけど、

…いいや、大佐も察してくれるよね。


「先生、起きて下さい!もう時間ですよ!」


横から先生の身体を少しだけ強めに叩きながらそう大きな声で言うと、

前は起きが悪かったけど、今回はすぐに目を開けてくれた。


「……ん、今何時だ」

「六時です」

「それはまずいな」


そう言うと先生は突然ぱっちりと目を覚まして、ベッドから飛び起きるようにしてクローゼットの方へ向かった。


「向こうでご飯作っておきますから、食べて下さいね」

「あぁ」


先生は僕に背を向けて着替えながら返事をした。

そうとなれば、僕も先生の為に早く朝御飯を作らないと…。

——————————

「ありがとう、助かった」


先生は何とか時間通りに家を出る事が出来た。

とりあえず間に合って良かった…。

そして、僕達はまたいつものようにキスを交わす為に近付いた。


「行ってくる」

「はい、今日も頑張って下さい」


さっ、とキスを交わし、手を振る僕に見送られながら家を出て行った。

ガチャン、とドアが音を立て閉まり、先生が見えなくなって、

腕をすとん、と下ろした。

そして、しん、と静まり返った玄関で、僕は一つため息を吐いた。

…。

先生、最近本当に構ってくれないな。

…、仕事を始めちゃったから仕方のないことかもしれないけど。

これから、

どうやって過ごしていこうかな。

—————————————————————————

昼放課の時間になった。

四時間分の疲れを少しでも癒せる時がやっときたようだ。

昨日もそうだったが、まだ何時間もぶっ通しで授業を担当するのは、まだ私の身体が慣れ切っていなく、どうしても疲れを感じてしまう。

また、校舎の屋上に行って外の美味しい空気でも吸いに行こう。

私は、職員室の自分の机の上を綺麗に整頓してから、屋上に行く為に職員室を後にした。

多くの学校は、生徒達に危険を及ぼす為屋上は行けないようになっているらしいが、

此処の学校は設備が成っていて、屋上から誰かが落ちてしまうなど、そう言う事故は絶対にないように結界が張られている。

だから、生徒達も自由に屋上を出入り出来るのだ。

だが、此処の生徒達はそんなに興味がないのか滅多に屋上に出る事はないのだそうだ。

少し頑丈な扉を開け、階段を登り切り、屋上に出るドアを開いた。

暖かくて、心地良い風が身体に当たった。

…ん?

誰か、いるな。

私はそっちを見ながらドアを後ろで閉めた。

それを、よく見つめて確認してみる。

…!!

確かにそれは人型だったが、黒紫のローブを羽織った誰かが、私に背を向けていた。

手には大鎌を持ち、空を見上げていた。

…誰だ…?

まだ、私に気付いていないのだろうか…?

すると、その人は空中で大鎌を消し、能力か何かで、

ローブから真っ白な白衣に早着替えした。

そして、一息吐き、私の方に振り返ろうとする。

咄嗟に逃げようかと思ったが、

私の身体は咄嗟に動かず、ただそれを見届けるだけしていた。

…とうとう、私とその人は目が合ってしまう。


「っ、貴方は———」


私が話しかけようとした次の瞬間、

その人は突然テレポートをし、私の背後へと瞬時に移動をした。

私はそれを感じ取った上攻撃されることを予測し、

それを避けた後に、同時にそれを掴んで防いだ。

…振り下ろされた大鎌は、私に柄の部分を掴まれ、動きを阻止される。

……大きな一つ目を持ったスケルトンが、私を冷酷に見下ろしている。


「あは、筋力落ちてないねー!

流石!現存って感じ!」


不気味に気分を高くして話しながら、未だ私に振りかざしかかった鎌に力を入れているままだった。

私もそれを掴み続けて抵抗する。


「…貴様、何者だ」

「何者、かぁ…」


其奴は大きな一つ目を少し細め、不気味に微笑んだ。

そして鎌から力が抜け、私をそれを離し、

少し後退り、其奴の様子を見た。

其奴は大鎌をまた空中で消し、改まったような態度を見せる。


「…あれから五年経ったって言うのに、まだその反射神経は衰えていないんだね

Colonel、」

「…何の事だ」

「ふふ、一つ目ってキーワードで何か思い浮かぶ事、ない?」


私は少し構えた状態を保って警戒しながら、言われた通りにそのキーワードについて考えた。

…、何だろうか…。

…、


「……、」

「分からない?そっかぁ、

それじゃあ、ヒントでも出そうかな」


まだ何かくるかもしれないと警戒している私は、更に神経を集中させた。


「…Faithful、」

「!何故彼を————」


それを言いかけた瞬間、私の脳裏にFaithfulが言っていた言葉がよぎった。


『死神と契約したんだ

彼は一つ目で、明るくて陽気な性格をしてた』


「…死神

…、Faithfulと、契約した死神」


すると、その死神は満足したかのように口角を上げた。


「ご名答!そう、俺はあの時Faithfulと契約した死神さ

まさか、こんな所で君と会えるだなんて思っていなかったよー、

…なぁーんて言おうと思ったけど、

実は初めから知ってたのさ。ずっと君に会うのを楽しみに待ってたんだ」


死神はまだ不気味に笑っていた。

…だから、だからどうすると言うのだ。


「…だから何だ」

「…、」


死神は少しの間動きを止めて、私を見つめた。

…、


「んま、そもそも君と戦うつもりなんて最初からなかったんだけどねー」


死神は、すっ、と表情を明るくし、先程よりも声のトーンを上げて軽やかにそう言った。

…何がしたいんだ…?


「ほらほら、そんな格好してないでさー、」

「っ、っ!」


死神が私に易々と近付いてくるので、私はそれをまた警戒して後ずさった。


「あはは、もう、ごめんって!驚かせちゃったよね、そんなに怖がらないでよ」


死神は満面の笑みで、そう私に言った。

最初から透視を使えば一発だろうと思うかもしれないが、

…何故か、この死神は心情透視する事が出来なかった。

私が思うに、恐らく異世界からやって来た者に透視は無意味なのだろう。

それに、私にとって心情透視は能力ではなく、特技だ。

…だから、効果が掻き消されてしまうのだろう。

…しかし、私も今だけでこんなに警戒心があるのなら、この後も反射神経も恐らく働いてくれるだろう。

…ここは、一度信じてみるとしよう。

今度は、彼が近付いて来ても抵抗しないでいた。

私は構えていた姿勢を楽にする。

…全く、本当に何がしたいのやら————


「あははっ!引っかかったぁ!!」


次の瞬間、その死神は目に見えぬ速さで私の背後に回り込み、瞬時に時空から取り出した大鎌の刃先を私の首に回した。

完全に隙を突かれたと言うことを自覚し、息を呑む。

…やはり、油断し—————


「なーんてね!今度こそ嘘だよ!」


彼はまた、すっ、と大鎌を時空にしまった。

…な、

何なんだ此奴は…!!

私はいい加減苛立ちを覚え、呆れて何も言わずに振り返ってその場から立ち去ろうとする。


「あぁぁっ、ごめん!ごめんって!!

待って待って悪かったよ、まだ話したい事あるんだから!」


彼は急いで私の前へ回り込んで来ては必死に止めにくる。

私は回り込んでくる彼を不機嫌な顔で睨みつけた。


「俺、誰かをからかうのマジで好きでさ…、つい癖で…」


反省しているのかしていないのか分からないへらへらした表情をしながら私に言った。

…私は不機嫌な顔のまま、彼に向き直った。


「ホント、ごめん

改めて、俺Monocular、宜しく」


Monocularは改まった様子で、私に握手を要求してきた。


「君とは仲良くしたいし、協力し合いたいんだ

これからの事も、色々とね

だから宜しく、」


Monocularは、先程とは違う自然な笑みでそう私に言い、私からの握手を待ち続けていた。

私はまだ彼を睨みつけていたが、

少しだけ表情を緩め、彼の手を握った。


「あ、良かったぁ、俺マジで嫌われたかと思った!」

「なら初めからあんな事してくれるんじゃない」


私はそう吐き捨て、またその場から立ち去ろうとした。

そんな私に、Monocularは慌てて私に着いて来る。


「ごめんごめん、さっきはホントごめん」

「もういい」


私はすっかり呆れて、大きな溜め息を吐きながら、Monocularを自分の隣に並べた。


「そいやーさ、俺名前長いから、呼び名はMonoでいいよ!」

「MONO消しゴムか」

「うわ、え、君までそんな事言うの!?」

「何だ?そのままだろう」

「皆にもそんな事ばっか言われてもうなんか呆れちゃうよ俺!!」


Monoは、私の隣で煩く喚いた。

どうやら、私の機嫌を治そうとするのに必死らしい。

…しかし、確かにこんなところで会えるとは思っていなかった。

これは、本当に奇遇な出来事なのだろうか…?


「ところで、お前は何故しにが—————」

「シーッッ!一応俺が死神なの皆んなには内緒だから此処では俺の事絶対そうやって呼ばないで!!」


ぐん、と私に顔を近付け、小声で私に怒鳴った。

…一々面倒くさい奴だな…。


「…Monoは、何故こんなところで教師をやっているんだ」

「そりゃあ、偵察のためだよ

一応、これも向こうの世界での仕事だからね」


お前も普通に死神に関しての話をしてしまっているがそれはどうなんだ…、

良く分からない奴だな…、それにテンションが高すぎて若干着いていけない気もしてしまっている…。


「そんな事より!さっき言ってた話したい事に関してなんだけど!

大事な話!!」


またMonoは私に大袈裟にアピールするようにして話しかけてくる。

…今度は何だ。


「俺が何でColonelと会うのを楽しみにしてたかって話!」


私はまた、若干面倒臭がるような態度を見せながら話を聞いた。


「俺がFaithfulと契約したって話は聞いたでしょ、

それで俺、Faithfulと契約する時いい事思いついちゃって!

本当は今後もFaithfulがColonel達を支えていかなきゃいけないのにそれももう長く続かなくなっちゃったなら、

俺が見ちゃえばいいんじゃんって思ったわけ!

FaithfulからColonel達の話を聞いて君達に関して探りを入れてみたけど、

なんか楽しそうだし面白そうだし?

Colonelと一緒に居れば俺のつまんねー死神生活もより楽しませてくれるかもって!

だから、Faithfulにmirrorにも居られない条件で契約する代わりに、その後は俺がその役目務めちゃおーって思ったわけ〜

だから、俺は君達にとってFaithfulの代わり!

それでこんなに君と宜しくやろうとしてるってこと!」


…そんな経緯で…、

…私は話す彼の顔を見つめた。

……。


「…お前にFaithfulの代わりなど務まらない」

「と言うと思ったー!知ってる知ってるー、ColonelにとってFaithfulがどれ程大きい存在かもちゃんと分かってるよー

でも、間違いなくColonel達の周りでは、とてもじゃないけど君達だけでは対処し切れない大きな出来事が起こるの、決まっちゃってるからさー

どうしても代わりが必要なわけ

その上で俺も代わりを頑張ろうと思うからさ、ほら、ちゃんと責任持つし!

俺の事、これから沢山頼って!こう見えて超強いんだからー

だから、宜しくってこと!」


…私は続けてMonoの話を聞いていた。

…彼の言っている様子だと、どうやら内容に偽りはないようだ。

…、しかし、

まだ此奴とも会ったばかりで、しっかりとどんな人物かも把握出来ていない。

いきなりそう言った形で彼を受け入れろと言われても、

…まだ、難しいかもしれない。


「…、…分かった

…しかし、私はまだお前をしっかりと理解出来ていない

完全に受け入れるにはまだ時間が掛かるかもしれないが、」

「いいよいいよー、俺がやりたくてやってるだけだから

きっと君が困った時、気付いたらもう俺に助けられてるよ

君は普通に過ごしていればいいだけ。ただ俺にはその手助けをさせて欲しいだけだからさ

何も心配する事ないし普通にしてくれたら大丈夫ー、俺も早いところColonelに信頼してもらえるように頑張るし?

ま、だからとにかく宜しくって言ってんの!

ほら!話してたらもうこんな時間!授業始まっちゃうよー、

俺もまた教員に成り切らなきゃー」


そう言ってMonoは私の背を押し、校舎へ一緒に進むよう促した。

…人柄は悪くなさそうだが、

…、…信用していいのだろうか。

それに、Faithfulの代わりになろうとして、

私の元へわざわざ…、

…。

まだ分からない事も多いが、

仲良くすれば、いいのだろうか。

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