第四話

あれから数日後。

ついに今日は、例の中学校に就かせてもらう事になっている日だ。

特に何も起こる事もなく、お互い気が落ちるような事もないまま今日を迎えられた。

今日も早くに起きて、Majorに置き手紙を置いておこうと思っていたのだが、

Majorは私を見送りたいと言って、私よりも更に早起きをしていた。

そんなこんなで、Majorにネクタイを整えてもらったり軽くキスを交わすなどして家を出、今は電車に揺られ、例の学校へ向かっている訳だが、

…この私でも、若干緊張を覚えていた。

実際教師になった事はない為、学校がどんな雰囲気なのか、どんな生徒達がいるのか、他にどんな教員達がいるのかどうかも分からない。

Majorが元気である事まではいいのだが、

…それ以前に、私は上手くやっていけるのだろうか。

…、

いや、今更くよくよしていても何も始まらないし進まない。一時期は人に教える立場であった私ならば、やっていけるだろう。

…だが、このまま行って自己紹介などをしても、やはりこの堅いように見える表情や怖がらせてしまったりするだろうか。

…まぁそれは、もう少し考えてやっていけばいいだろう。

私は、向こうに着いた後に、生徒達に自己紹介をする際の文を考えながら、電車から外の景色をぼんやりと眺めていた。

—————————————————————————

例の学校、Catharsis中学校の職員玄関まで到着した。

Catharsisとは、此処の地域の名前だ。どうやら此処の学校は、地域の名前がそのまま学校の名前になっているようだった。

…あとはインターホンを押して、校長先生達の話を少し聞いたりするのだろうか…。

…、考えているだけではどんどん時間が過ぎていってしまう

私はとりあえず目の前にあるインターホンを押した。

…。

少しすると、インターホンの向こうから女性の声が聞こえてきた。


『はーい、今出ますね』


私が返事をする前に通話は切れてしまったが、…まぁ挨拶は後ほどしっかりさせてもらうとしよう。

しばらく経った後、職員玄関の扉が開いて、

さっきの声の主であろう女性が出て来た。

見たところ、耳が長い為その女性はエルフのような種族らしい。


「おはようございますー、Colonelさんですか?」

「はい」


私が返事をすると、その女性は、

どうぞ、と言い中に入れてくれた。

着いて来るように言われ、私は流されるがままに校長室まで連れて行かれた。


「今日から宜しくお願いします

では、一度校長に挨拶をお願いします

その後は職員室に向かって、体育館で始業式を行うので、一回舞台まで上がって軽く自己紹介をしてもらいますので、何を話すかあらかじめ考えておいて下さいね、

それから、各担当のクラスが決まります」


私はまたその女性に返事をすると、校長室の扉を軽くノックした。


「…はい、どうぞ」


少しだけ間を置いた後、部屋の中から返事が返ってきた。

私はそっと扉を開け、中を覗き込むようにして中に入った。


「Colonel先生ですか

宜しくお願いします、校長のSecretです」

「はい、宜しくお願いします」


軽く会釈をして、そう返事をした。

校長先生の座っている椅子の向かいの椅子に座るよう言われ、私はそこに座った。

そして、私の情報やこれからの事などが細かく書かれた書類が机の上に広げられる。


「…Colonel先生は、丁度五年前ぐらいには軍の大佐を務めてようだね

それで、この軍では大佐が最上位の立場だった、と」

「はい、そうです」

「実は私も君がここに来ると知った時から、君が誰なのか分かっていたよ

君の軍は有名だったからね」


校長先生が広げた書類を眺めながら、私は話を聞いていた。

その後も書類に書かれた私の情報が合っているかどうかの確認と、とりあえず今日のスケジュールについての説明を聞いた。

教員の仕事内容となると確かに細かく、内容も多いようにも見えるが、要約するとそこまで難しい事でもなさそうだった。

校長先生からの説明が終わって職員室に行き、現役の教員達に軽く自己紹介をするように言われ、校長室の隣にある職員室まで向かった。

校長先生が教員達へ軽く声を掛け、その後に私も一言挨拶をする。


「今日から此処で働かせていただくColonelです

これから宜しくお願いします」


職員室にいた教員達が一斉に私を見て、ちらほら挨拶を返してくれながらそれぞれ会釈をしてきた。

私もそれに応えて、軽く頭を下げる。


「…ぇ、あっ大佐!?」


懐かしい呼び名に驚き、私は咄嗟に声がした方に顔を向けた。

…一つ目の女性だ。

見覚えがある。


「あれ、知り合いなんですか?」

「あっ、はい…前に軍のナースを務めさせて頂いてまして…、」

「それは奇遇でしたねぇ」


なんと、その女性は私の軍でナースも務めていたVarlinだった。

…まさかこんな所で再会出来るだなんて思わなかった。

話が広がってしまって若干追いつけなくなったが、

とにかく、またあの一つ目のナースと再会出来た事に関しては私も驚いた。

…また後で話でもしてみよう。

他にどんな教員がいるのか、辺りを見渡してみると、

獣人の種族や、異形の種族、一つ目のスケルトンなど、色々な種族の教員がいるようだった。

…私以外にもスケルトンの教員が居たのか。

その教員を見つめながらちょっとした考え事をしていると、その教員も私に気付いて目が合った。

向こうが微笑んで会釈してきて、私も咄嗟に会釈を返す。

学校の教員となると、そこまで大人数ではないと思っていたが、そこそこの人数で若干驚きを覚えていた。

だが、皆んな愛想が良くて、私が此処に就くのを快く受け入れてくれているようで正直安心した。

何とか上手くやっていける、だろうか。




その後すぐに体育館へ連れて向かい、体育館の隅に立たされた。

どうやら私以外にも今日新しく来た教員が何人かいるようで、私を含めて列になっていた。

少しもしないうちに、此処の生徒達がぞろぞろと体育館までやって来る。

…私と言えど、新しい環境で、

それもここまでの大勢の前で話さなければならないとなると、流石に緊張を覚える。

まぁ、話す事は大体決まっているし、普通に話していれば問題はないだろう。

そうこう考え事をしているうちに、その時間はあっという間にやってきた。

司会の副校長先生がマイクで話し始める。

皆が礼をするのと同時に、私も礼をする。

その後、まずは校長先生が壇上に立ち、話を始めた。

…、ふと生徒達に目をやってみたが、皆んなしっかりと話している人の方を向いて静かに話を聞いて、中々に真面目なものだ。

学校とはこんなにしっかりした子達が集まる場所だっただろうか…。

私の軍はいつも緩くてもしっかりやってくれる隊員ばかりだったが、特にきっちりした行動は行わなかった為、此処の学校の生徒達にはより感心をしてしまっていた。

…まぁ、単に今日は丁度始業式の日だから、余計なのかもしれない。新しくなったクラスなどでまだ身を潜めているのだろう。

そして、時が過ぎるのは早く、あっという間に自己紹介の時間がやってきてしまった。

私が自己紹介をするのは、最初から三番目だ。

今はもう大分緊張が解れてきて、そこまで焦るような事はない。

私は今日初めて教員を務めて此処の学校に就いた訳だが、私は以前に軍の大佐を務めていた為、ある程度の人へ教える経験はあると見なされクラス担任を貰えると聞いた。

あんなにMajorにも反対され、ついさっきまでは未だにその事について心配をしていたが、

それでも、どんな子達が私のクラスには集まるのかとワクワク感を覚えている私が、確かに此処にいた。

…などと考えているうちに、私の番が回ってきた。

隣の私と同じく新米教員さんからマイクを受け取り、違和感のないよう自己紹介を始めた。

私の癖であるこの堅い喋り方もどうにかしようかと思ったが、変に心掛けると返って違和感を生んでしまうと思い、皆には後日これについて話す事にした。

それと、大佐を務めていた事も別に此処で言っても構わなかったとは思うが、

個人的にそれを全校生徒の前で話すのは少し遠慮してしまい、話すならクラスの子達や、その事に関して訊いてきたりした子だけに話そうと思っている。

私の場合、少しでも微笑んでいないと生徒達に恐怖を与えてしまうかとも思ったが、結局皆最初はそんなものだと思い、私の印象を良くするのは、毎日少しずつでもいいだろうと判断した。

—————————————————————————

私の自己紹介が終わり、残りの新米教員達の自己紹介も終わって、ついにクラス担任の発表の時間がやってきた。校長先生がそれに関して口に出すと、途端に生徒達は騒めき始めた。

…様子を見ていると、どうやらこの調子なのは毎年のことのようだ。

教員達一人一人の名前が挙げられていくのにつれて、生徒達は一回一回歓声や悲鳴を上げた。

今発表されているのは二年五組、二年生は全クラスで六組だ。

一年生のクラス担任の発表の結果はもう出てしまった為、私が一年生の担任になる事はもうあり得ない。

となると、私が担当するのは…、

二年六組の先生が発表され、また歓声や悲鳴が上がった。

呼ばれたのは、私の名前ではなかった。

…私が担当するのは三年生になるのか。

中学三年生の生徒達は、高校に関する進路などで忙しく、教員の仕事内容もかなり複雑になり、忙しくなる。

…上手くサポートしてやれる、だろうか。

まぁ、まだどんな事をしていくか分かっている訳でもない。

理解した上でしっかりやっていけば問題ないだろう。

と、考えているうちにも時間は過ぎていき、今発表されているクラスは五組だ。さっきから生徒達の歓声や悲鳴が止まらない。

三年生のクラスは全部で八クラス、私が呼ばれるのもうそろそろだろうか。

よく様子を見てみると、クラスが決まっていく教員達にも色々な反応が見られて、中々に面白かった。


「七組、Colonel先生」


今、私の名前が呼ばれた。

生徒達は、さっきよりかは歓声や悲鳴を上げず、大きな拍手だけして私を迎えた。

…その中で、ちらほらと声を上げていたりしている生徒もいるような気もするが。

まぁ、初対面で全く面識もないから仕方ないだろう。

私は、七組の生徒達の前に立った。

今回、中学校生活最後の年だと言うのに、好きな先生がクラス担任にならなかったことにがっかりしている生徒もこのクラスにいるのだろう。

ならば、私はそれを覆すような楽しいクラスにしてやらなければならない。

正直言って、このぐらいの歳の子達の扱いはまだ分からない為ほぼ手探りになると思うが、やっていくうちに段々分かっていきたいところだ。

とにかく今は、怖い印象を与えないようにしなければ。

…七組の生徒達は、どうやら今の私への印象など、コソコソ話し合ったりしているらしい。

まあ、今は別にどう言ってもらおうが自由だ。

むしろ、嫌われてしまったとしても私は別に構わないし、割り切るべきだと思っている。

好みは人それぞれであって、私がどんなに努力して好かれなかったとしても、それはもう私が教員である以上仕方がないことだとも思う。

悪口を言われない生き物など、この世には存在しない。

特にこの時期の子達は、悪口を言ってスッキリする子達も多いのだろう。

それは、どんなに注意しても絶対になくならない。

これも、仕方のない事だ。

…だが、虐めだけは絶対にあって欲しくない。

これも何度も注意してもなくならないものだが、虐めだけは命にも関わる場合がある。

もし虐めが仮に起こったとしても、

それをも、私が上手くサポートしてやらなければならない、のか。

そう思うと、やはり教師と言う職業はかなり身を削るような仕事になるのだろうか。

…少しだけ、不安を覚えた。

—————————————————————————

無事始業式も終わって、七組の生徒達の先頭に立ち、クラスへと向かっている。

三年七組は、校舎の三階の奥から二番目だ。

人間達の学校は、三階や四階にもクラスがあって、反対側の教室は副教科で使われる教室があるケースが多いらしいが、

此処の学校はモンスターも人間も共同で人数の多い学校の為、三階までの教室は全てクラスとなっていて、四階は音楽室、理科室などを加え、魔術室や、その準備室などもあるそうだ。

…つまり、私達のクラスは全学年の中でも二番目に下駄箱から遠いクラスになる。

因みに隣の八組の担任は、さっき少し目を合わせた一つ目のスケルトンの教師らしい。

名前は、Monocularと言うのだそう。

隣のクラスの教師だから、結構話す機会が多くなりそうだが、ここの人間関係も上手くやっていきたいところだ。

私が教室の鍵を開けて中に入ると、皆はぞろぞろと自分の席に座っていった。

始業式も終わって気が緩んだのか、皆はさっきに比べると大分ザワザワと話をし始める。

しかし、私が教卓まで移動をすると、全員私の顔を一斉に見、段々と静かになっていった。

…、まだ、信頼は得られていなさそうだ。

…そう言えば、始業式は予定より早くに終わったんだったな。


「あと五分ぐらい余ってるから、トイレ行ったり水分補給などしてもらっても構わない

時間までゆっくりしていてくれ」


静まった教室の中、私は皆に呼び掛けた。

…三秒程時間を置いた後、何人かが席を立ち、教室を出て行ったり、ロッカーの方へ歩いて行った。

…さて、私はこれから配る書類や教科書を配りやすく整頓でもするとするか。

配膳台の方へ行き、配りやすい物から教卓に移していった。

同時に、生徒達の方へ顔を向けてみる。

…茶を飲みながら二人や三人で私の方を見ながら何かを話している子達がいたり、机に座って居眠りをしている子、少し姿勢を崩しながら窓の方をじっと見つめている子など、色々な生徒がいた。

皆個性豊かそうで、バランスのとれたクラスなのかもしれないな。

そんな様子を見ていながら、そのまま私は作業を続けていた。

…よし、とりあえずこんなものか。一通りの物を教卓に移し終え、

…次は、どうしようか。

…、

ふと時計へ目を映すと、もう既に五分経っていたようだった。

時間が経つのは本当に早いものだな。


「時間になったから、各座席に着いてくれ」


私が呼び掛けると、静かになりながら次々に生徒達が自分の席へと戻って行く。

手洗いから帰って来た生徒も、少し急ぐようにして静かに自分の席へ座った。

…まだ、クラス内には緊張感が漂っている気がする。

…、

まずは軽く自己紹介でもするとしよう。

私は黒板に自分の名前を書いた。


「…改めて自己紹介をするが、先生はColonelと言う

表情や喋り方が堅いせいで話しかけ辛いかもしれないが、

私的には皆と仲良くしたい気持ちで一杯だ

気軽に話しかけてくれ

…それと、私は今回初めて教員の仕事を受け持つ

こう見えて分からないことや不安なことが沢山あるんだ

私がもし困っている時は、是非力を貸してくれたらと思う」


そして、黒板に書かれた自分の名前を消し、次に今日一日のスケジュールを簡単に書いていった。

私は書きながら喋り始める。


「…と、これから三年生の教科書を配ったり、…まぁ色々と説明していく訳、だ、が、」


短い文章を一通り黒板に書き終わって、ピリオドを打つ。

チョークを置いて皆に向き直り、手についたチョークの粉を軽く払った。


「まぁ、一気に話されても頭に入らないだろう

とりあえず今から教科書やワークを配るから、順番に名前を書いていってくれ」


そう言って、先程教卓に移した物を一番前の端に座っている子から順番に配っていった。




「…因みに先生のこの喋り方の事なんだが、

…私は五年前まで軍の大佐を務めていて、その時の癖が抜けていないだけなんだ

違和感を感じてしまうかもしれないが、私にとってはこれが普通だ

冷たくしたい訳でも堅苦しい雰囲気にしたい訳でもない

皆んなが私と話す時は、気にしないでもらって構わない」


軍の話をし始めた途端、今まで静かだった皆んなが急に顔を上げ、ザワザワと圧巻の声を上げた。

…少し興味を持ってくれた、だろうか。


「知ってる人もいるかもしれないが、Colonel軍の大佐を務めていた。…どれ程知名度があったかは分からないが

…どうだろうか、知っていたりはするだろうか」


そう軽く質問を投げ掛けると、何人かが私の話に対して頷いて反応を見せてくれた。

…割とその人数もいるようだ。


「知っているか?そうか、

…思ったよりも知られていて驚いている

それで、軍の運営が法律で禁止されて、今は引退して教師になろうと此処へ来たんだ」


静かだった教室が、段々と明るくなっていく。

何人かは周辺の子同士で話していたり、後ろを向いてその席の子に話しかけたりしている。

「だからColonel軍だったんだ」「俺実は名前聞いた時から知ってたんだよねー」「大佐だった人が先生やるとか凄いよね」

色んなところから色んな会話が聞こえてくる。…段々とクラスに活気が現れてきて、私も嬉しい気持ちになる。

そうこうしているうちに、全ての冊子を生徒達へ配り終える事が出来た。

記名の方も、もうすぐで終わりそうな様子だ。

…そうとなれば、次は今日の予定や、明日の予定を説明していくとするか。




「———と、今日話したい事はこんな感じだが、

…結構、時間が余ってしまったな

さっきの話の続きでもするか…?」


ふと、配膳台の方に目を向けると、配膳台の端っこの方に連絡ノートが残されているのに気が付いた。


「あ、すまない、配り忘れていたようだ

適当に話しながらまた配って行くから、名前を書きながらでも聞いていてくれ

別に興味ないと言う人は読書なりしてもらっていても構わない」


小走りでノートを取りに行き、そう言ってまた配り始めた。


「…とは言っても、先生が務めていた軍の話ぐらいしか話題がないが、

…うむ…、それを話すにしても情報量が多すぎる

私ばかり話しているのも少し憚られる。何か質問とかあれば答えるが…

別にさっきの話以外でもいいぞ」


またさっきのように皆んなへ質問を投げてみるが、

…今回は皆周りの様子を見るばかりで、不発だったようだ。

まぁ、当たり前か。初めての環境でいきなりすぐに質問をしてくる子は中々いないだろう。

…と、考えていると、一人の男子がすっ、と手を挙げた。


「…ん、何だろか」


手を挙げてくれた子を指して当てた。

…しまったな、まだ名前を覚えていないんだった。

明日の学活の時間に、今日宿題にする自己紹介プリントを元にして皆からも自己紹介をしてもらう予定だから、その時に少しでも覚えられるようにしよう。


「先生の担当する教科は何ですか?」

「あぁ、そう言えば言っていなかったな

私はこう見えて英語の担当だ

軍隊活動をしていた頃は他国との交流をする機会もあって、外国の知識や言語もそれなりに持ち合わせている」


またクラスが騒めき始めた。そんなに意外だっただろうか…、

…授業のこと以外でも、是非他の私が経験してきた事に関しても話をさせてもらいたいところだ。

その子が座ると、次は周辺とさっきからヒソヒソ話をしていたうちの一人の女子が、面白そうにしながら手を挙げた。


「…次、」


また、手を挙げてくれた子を当てた。


「彼女いますか?」


……これが若い子のノリ、と言うヤツか。

皆はさっきよりも少し騒めいた。

私は一瞬口を開いた。

…が、


「……と———」


…いや、言わない方がいいだろう。


「いや、今はいないな」


私が返事をすると、皆んなは「おー…」小さく呟いた。

別に言っても良かったかもしれないが、第一私は彼女と言っていいのかどうか分からない恋人を持っている。

誤解を生みやすいし、皆にはあまりいい印象を与えないかもしれない。

…それに、此処でMajorを勝手に巻き込むのは少し責任を持ち切れない。

…もし言うのであれば、もう少し様子を見てからにしよう。

…と言うか、これから言うにしても、もう私は今皆んなへ嘘をついてしまったことになるのか。

……、




その後も、「先生が務めていた軍は何でそんなに強くて有名だったんですか?」「嫌いなものは何ですか?」「好きな人のタイプは何ですか?」などと、皆は当て切れない程手を挙げてくれた。

皆んなが私の話に乗ってくれて、心底安心している。

このクラスなら、何とかやっていけそうだ。

ついさっきまでは不安もあった私だったが、今の私は確かに、

此処の雰囲気に慣れ、埋もれてしまっている程だった。


「そろそろ時間だから締め切るぞ

また訊きたい事があれば、いつでも訊いてくれ

それに、明日から連絡ノートを提出しててもらうから、そこのメッセージ欄に書くって言う形でも構わない。その都度返事を書かせてもらおうと思う」


そう伝えた後、皆には帰りの用意をしてもらうよう言った。

今日が三年生最初の日だと言うのに、こんなにも楽しんでくれるとは思っていなかった。

本当に、安心した。それに、かなりいい子ばかりだ。

私はまだまだ分からない事だらけだが、私の事もサポートしてくれるような子達で溢れている。

きっと、大丈夫だろう。

…と言うか、教師は私なのだから、本当は私がしっかりしなければならない。

進路の事などもサポートしてやらなければならない私が分からない事だらけなどと弱音を吐いている暇など、本当はない。

なるべく、周りの手も借りないようにしなければな…。

—————————————————————————

無事今日の仕事は終わり、朝のように電車に揺られ、外の景色を眺めていた。

朝の私は緊張もしていて、不安もあって心配ばかりしていた私だったが、

今はもう気分が良く、むしろ浮かれているような気分になっていた。

まだ今日一日しか体験していないから分からないが、

教師と言うのは、かなり楽しい職業なのかもしれない。

忙しく大変なのは知っているが、それを踏まえてでも楽しめるような職業なのかもしれないと、そう感じられた。

口角が上がりかけた顔で、そんな事を考えながら景色を眺め続けていると、

鞄の中から、携帯のバイブを感じ取った。

取り出して開いて見ると、


『教員生活一日目はどうでしたか?

楽しかった、なんて思ってくれてたらいいなぁ😊

今日も美味しい夕ご飯作って待ってますね☺️』


どうやらMajorからの連絡だったようだ。

絵文字を使いこなした可愛らしい文章が送られてきたらしい。

それを見た途端私の頬は完全に緩み、つい携帯の画面に向かって微笑んでしまった。


『分かった、感謝する。

彼処の学校なら、何とかやっていけそうだ。』


そう返信し、また携帯を鞄の中にしまった。














長い階段を上り終えて、あたしは教室の中に入り、

番号順の席に座った。

教卓には、改めてちゃんと見るColonel先生が立っていた。

あたしは番号順に席に座ると端っこら辺になっちゃっておまけに背の高い男子が前に座るから、先生の顔がよく見えなかった。

と言うか、見ようと思わなかった。

正直先生なんて誰でもいいし、誰が先生になるからどうなるって訳でもない。

…興味なんてなかった。


「あと五分ぐらい余ってるから、トイレ行ったり水分補給などしてもらっても構わない

時間までゆっくりしていてくれ」


先生がそう言うと、皆きょろきょろと周りを見た後、何人かが席を立った。

私は別にトイレに行く気もなければお茶を飲みたい訳でもなかったので、そのまま座ったままでいた。

本も持ってきてないし、やる事がないまま先生や何も書かれていない黒板をじっと見つめた。

先生は何やら配膳台の上にあった教科書やらを教卓に移しているようだった。

先生が色々と作業をしているうちにあっという間に時間になってしまい、

先生はあたし達に座るよう呼び掛けると、チョークを持ち、黒板に何かを書きながら話をし始めた。


「…改めて自己紹介をするが、先生はColonelと言う

表情や喋り方が堅いせいで話しかけ辛いかもしれないが、

私的には皆と仲良くしたい気持ちで一杯だ

気軽に話しかけてくれ

…それと、私は今回初めて教員の仕事を受け持つ

こう見えて分からないことや不安なことが沢山あるんだ

私がもし困っている時は、是非力を貸してくれたらと思う」


先生がそう言いながら黒板の前からはけると、黒板には、

「Colonel」と短い言葉が書かれていた。

…とても綺麗な字だ。しかも、筆記体。

あたしは筆記体を少し練習しているから読めないことはない。


「…と、これから三年生の教科書を配ったり、…まぁ色々と説明していく訳、だ、が、」


先生の持つチョークがピリオドを打つ音を立てた後、また先生は黒板の横にはけた。

…これまたとても綺麗な字だ。丁度いい大きさで、行も綺麗に並んでいる。

少しだけ文字に興味がある私からすると、それはとても興味深い事だった。

あたしは先生の話を聞きながら、黒板に書かれた先生の字を見つめていた。




先生は軍の大佐を務めていたらしい。

まさかあのColonel…?とは思ったけど、この先生が本当にColonel軍の大佐だったとは思いもしなかった。

その後も色々話して、今日の予定や明日の予定も話し終えて、また雑談の続きをすると言ったものの、

先生は連絡ノートを配るのを忘れていた事に気が付き、慌てて配り始めた。


「…とは言っても、先生が務めていた軍の話ぐらいしか話題がないが、

…うむ…、それを話すにしても情報量が多すぎる

私ばかり話しているのも少し憚られる。何か質問とかあれば答えるが…

別にさっきの話以外でもいいぞ」


質問か…、正直訊きたい事はあるっちゃああるけど…。

ここで訊く程の事でもないかな。

すると、隣の席の男子がすっ、と手を挙げた。


「…ん、何だろうか」


先生が当てると、隣の男子は堂々と話し始めた。


「先生の担当する教科は何ですか?」


質問をされると、先生は自分が英語を担当していると返事をした。

軍の時の経験から、それなりに知識もあるんだとか…。

先生がそう答えると、周りの皆は途端に騒めき始めた。

前の席に座っている、去年も同じクラスだったSeriaちゃんが話しかけてきた。


「英語の先生とか意外だよね!」


私もその会話に応じた。


「そうだね、国語とか数学とか、そこら辺かと思った」

「それな!文系も理数系もいけそうな感じした!」


たった今、先生が次の質問を受け付けた。

…すると、別の席に座っていた陽キャ女子達のうちの一人が手を挙げた。

先生が当てると、その子はうるさく面白おかしそうに質問をする。


「彼女いますか?」


…始まった。

毎回こう言うのあるよな…、

皆はまた騒めき始めた。


「…と———」


先生は一瞬戸惑った様子を見せた後、すぐに答えを言った。


「いや、今はいないな」


…いないんだ。

正直いるかなとか思っていたから少し意外だった。

その子が席に座ると、先生は次の質問を受け付けた。

Seriaちゃんがまた後ろに振り返って話し掛けてくる。


「私絶対彼女いるって思ってた!」

「ね、それな」

「私、Colonel先生結構好きかもー

なんか面白い感じするし、優しい感じもしない?」


…、

確かに、それは私も思った。

最初の印象は、正直堅そうで、少しでもやらかしたらすぐ怒ってきそうな人な気がしたけど、

実際は、全然そんな事なかった。


「そうだね、私も結構好きかも」

「だよねだよね!私明日の連絡ノートに色々質問書いてみようかなー」


Seriaちゃんは楽しそうにそう話しながら、また前に向き直った。

私は、次の質問に同じように答えているColonel先生を見つめていた。

とにかく、関わりにくそうな先生じゃなくて良かった。

それに、

…なんか、結構イケメンに見えてきたし。

うちの学校はカッコいい先生があまりいなかったから、本格的に顔の整った人が来てくれて少し新鮮な気持ちを抱いている。

最初は興味ないとか思ったけど、

…今は、少しColonel先生が担任で良かったと思えた。

ちょっとこれからの学校生活が楽しみになってきた気がした。

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