第三話

…目が覚めて、ベッドから身を起こした。

隣では、いつ就寝したのか分からない大佐が仰向けになっていた。

…一体いつまで起きていたんだろう、何だか疲れているような様子だ。

でも、今の時間は9時ぐらいで、僕も大佐も大分眠ってしまっていたようだ。

軍隊活動をしなくなってからかなり期間が空いて、就寝時間や起床時間の基準がかなり遅くなっていた。

まぁ、もう軍隊活動をすることはないと思うから、気にすることもないとは思うけれど。

…、起こしてあげた方がいいのかな。

とりあえず、僕は着替えてくるだけしよう。もし着替え終わってもまだ起きてなかったら、起こしてあげることにしよう。

僕は、大佐を起こさないようにそっとベッドから下りて、クローゼットを開いて、今日の服をハンガーごと取り出した。

—————————————————————————

…よし、着替え終わった。…けど…?

鏡へ向けていた身体を大佐の方に捻る。

…まだ起きていないようだ。

よし、起こしてみることにしよう。

僕はベッドに上って、

大佐に跨った。

…正直これがしてみたかったから、最初から大佐には起きて欲しくなかったのはあったけれど。


「大佐ー、起きて下さーい」


大佐に跨ったまま、大佐の身体を軽く叩きながら呼び掛けてみる。

…大佐は少し唸ったが、まだ起きる様子はない。

…大佐って、そんなにすぐ起きない人なんだな…。

…もうちょっと起こしてみたいな。

僕は更に大佐に身を預けるような体勢になる。


「大佐ーっ!」


また身体を軽く叩いては少し強く揺らしながら声を大きくして呼び掛ける。


「…ん…、」


大佐がゆっくりと目を開けた。

やっと起きた…。


「もうっ、やっと起きましたね…。今何時だと思ってるんですか。」


大佐がさっ、と僕の方に顔を向け、少しだけ驚いたような目をする。


「…す、すまない…」

「もういいですよ、ほら…、」


僕が大佐からどこうとすると、

突然、


「、っ!」


勢い良く引っ張り戻され、

ずん、と大佐の顔が目の前まで近付けられる。

…大佐はいつも通りの真顔で、冷静な表情で僕を見つめた。


「…誘っているのか」


語尾を上げずに、大佐はそう言った。

僕は一気に顔を赤らめてしまう。


「っぇ、いや…えっ、と…、」


僕が動揺して何も話さないでいると、

大佐の顔は更に僕の顔へ近付き、今度はの顔が耳元まで近付けられる。


「…誘っているのかと訊いている」

「…っっ、」


僕は、色々と気持ちが抑え切れなくなって、とりあえず大佐に抱き付いた。


「…ぅ、えっと、やってみたかっただけ、です…」


別に誘っている訳でもなかった僕からしてみると、物凄く恥ずかしい気持ちだった。

僕は大佐から離れ、それだけ告げると逃げるようにして部屋から出て行こうとした。

急いで部屋のドアノブに手をかけてその時、


「おい、」


背後から声がした後、大きくて温かい何かに身体が包まれるのを感じた。

僕はびっくりして、声を上げてソウルを飛び上がらせた。


「誰が何もなかったかのように去っていいと言った」


耳元で囁かれる大佐の声に余計胸をドキドキとさせ、大佐が絡めてくる腕の強さが強まった。

…大佐が僕から離れた、

と、思いきや、

大佐の方に身体ごと向かせられ、そのまま壁に押しつけられた。

大佐が顔を近付けてきて、思わず顔を背ける。


「誘ってきたのはお前だろう、何を躊躇っている」

「っ、誘ってなんか…っ、」


僕は顔を背け、目を瞑ったままでいた。

…が、ついには無理矢理正面を向かせられる。


「お前の責任だろう?」


いよいよ何も言い返せなくなって、

怯んだような声を漏らしてしまう。

そして、大佐の口と僕の口が重ねられ、片手を壁に押さえ付けられ、行動不能な状態にされた。

…しばらく熱いキスを交わされ、大佐の片手が服の中に滑り込もうとしてくる。


「ぅ、あっ、」


驚いて声を上げると、大佐の手の動きが止まった。

…そして、僕の口から大佐の顔が離れ、大佐は僕の様子を伺うかのように僕を見つめた。


「…これ以上からは、今夜までとっておくとするか」


僕の服の中に入りかけた大佐の手も、すっ、と抜かれ、大佐は一旦僕から離れて、クローゼットから今日着る服を持って来ると、

また耳元に大佐の口が持ってこられ、


「お前もあまり調子乗ると、

…、分かるな」


大佐はそれだけ言い残すと、僕を残して部屋から出て行った。

大佐の足音が遠ざかっていくのと同時に、

僕の全身から力が抜け、その場にすとん、と座り込んでしまう。

…朝からあれはソウルに悪すぎる、よ…。

未だソウルは鳴り止んでいない。僕は軽く胸を押さえ、地面を見つめた。

…確かに、さっきの僕は調子に乗ったかもしれない。それで今は、返り討ちにあった、みたいな状況にある。

…、うん、反省しよう。……うん。

—————————————————————————

「———jor、おい」


…僕はゆっくりと目を開けた。

今日は朝御飯も昼御飯もちゃんと食べた。

それからソファーに寝っ転がって、

…それから、寝落ちしてしてしまったらしい。

大佐が僕が離れて、食卓の方に歩いて行ったので、僕もソファーから起きてそっちに向かった。

ふわっ、といい香りが鼻に届く。

…と言うか今日、また大佐に晩御飯作らせちゃったんだ…。

大佐が、僕の前の席に座る。

僕も椅子を引いて、座りながら食器を持った。


「…あの、すみません、今日も晩御飯作らせちゃって…」


大佐は、ん?と言うように僕の方に顔を向けた。


「気にするな。気持ち良く寝ているのを、起こしてまで買い物に行かせて飯を作らせようとは思わない」

「…、はい…」


少しだけ気まずい雰囲気を作ってしまってはいないだろうか。

…大佐はご飯を食べる手を止めていなかった。

…、僕も食べよう。僕も食器を持っている手を動かし始める。

……、

それで、

今夜は本当にやる、のかな…?

ご飯中にこんなこと考えるのもどうかと思うけど…。


「…そうだ、昨日言ってた私が就く職業についてなんだが…、」

「あ、はい…」


そう言えば聞いてなかったな。

大佐のことだから、警察とか自衛隊にでもはいるのかな…?


「教師に、なろうかと思っている」

「…ぇ、」


大佐は、普通にご飯を口に入れながらそう言った。

僕は、その一言につい箸を動かす手を止めてしまう。

…大佐が、教師…!?


「意外か?そうだな…、」


大佐は少し間を置いた後、箸を持っている手を下ろした。


「…実は、前々から教師になることに興味があってだな

私が人生で色々と経験をしてきたことを誰かに引き継ぐように伝えていきたいと思った

それで、Majorと会う前から既にその道へ進む為に動き始めていたのだが、

Majorも私が就く職業に関して特に指定はしないと言ってくれただろう

そこから私は、教師の職業に就くことを決めたんだ

…まあそれもあって、自分の経験したことのないような職業に就きたかったのも一つの理由ではあるな」


いや、でも大佐は子供が嫌いな筈…、よりによってそんな…。

そ、それに…っ、


「っちょ、ちょっと待って下さい大佐!…本気で言ってるんですか…!?」


大佐は目を丸くして僕を見つめた。

…出来れば、教師になるのだけ、は…、

大佐は察したかのような態度で喋り始める。


「…学校は恋の発展場。そんな場所で私が働いて欲しくない、と、

…言いたいのだろうか」


大佐が僕の心を読んで、恥をかかせるかのように僕が思っていた事をそのまま口に出した。

…だから、だから、大佐がそんなところで勝手に————


「…お前は私のことを信じていないのか?

心配するな、教師になって学校に行くからと言ってお前から容易に離れる私ではない

それに、私が子供を嫌っているというのは極一部の話だ

顔を歪める程は嫌ってはいない」


大佐は、机に身を乗り出して僕の口を自分の口で塞いだ後、そう宥めるように言った。

…そう、だよね。大佐が、僕から離れる訳ない、よね…。

…信じて、いいんだよね。


「…私はもう食べ終わったが

お前も早く食べないと冷めてしまうぞ」

「…っぇ、いつの間に…

あ、い、いいですよ、僕が後から片付けますからっ!」

「ん、そうか?なら頼む」


大佐は済ました顔でそう言い、自分の食器だけ台所まで持って行った。

僕はそれを言った後も、ずっと大佐の職業について考えていた。

…いや、先にこれだけ食べちゃおう。

さっかく大佐が作ってくれたのに、他の事考えながら食べるだなんてとんでもない。

…考えるのは、せめてこれを食べ終わってからにしよう。

—————————————————————————

食器を洗い終わって、手を拭いて、疲れを落とすようにソファーに座った。

大佐は今、先にお風呂に入っている。

…そうだ、大佐が教師になる、…って、

…。

確かに、大佐が言った通り、大佐が僕から離れるわけがないことは分かってる。

…分かってるけど、…。それでも、

やっぱり心配だ。

大佐が僕から離れなかったとしても、

…絶対に、誰かが大佐を好きになる。近付く。奪おうとする。

…あんなカッコいい人を、みんなが好きにならないわけがない。

しかももし中学校の教師になったら、中学生だなんて思春期の真っ最中。…他の教師からだけじゃなく、生徒からも注目の目が集まってしまう。

…そんなの、そんなの…、

僕が耐えられない。無理、嫌だ、…嫌だ。

どうしよう……

僕はソファーの上で、膝で山を作ってそこにおでこを乗せた。

テレビでは丁度恋愛ドラマをやっていて、旦那さんと奥さんが食卓で、

幸せそうに一緒に食事をしているシーンが流れている。

……、

大佐が職業に就くなら、

教師だけにはなって欲しくなかった。

……でも、

大佐がそう言うなら、僕は止めたくはない。

実際大佐に好きな職業に就けばいいって言ったのは僕だし、

大佐が目指している職業を否定することも嫌だ。


「…はぁ、」


あまりに気が落ち、思わず溜め息を吐いた。

その瞬間、


「っ!」


ほんのり熱を帯びた、大きな何かに身体を包まれるのを感じ、つい驚いてしまう。


「…まだ心配をしているのか

さっきも言っただろう、私はお前から離れることはない

…一度、私を信じてみてはくれないだろうか」


…分かってますよ。…、

きっと大佐は、学校の本当の恐ろしさを分かっていない。

最近は本当に増えている。

ヤンデレやらメンヘラやら、本っ当に増えている。

大人でさえそんな人は沢山いる。

大佐は優しいから、多少は人に騙されやすいこともあるだろう。

昔だって、実際に僕から助けられるハメになって…、

…ダメだ、考えれば考えるほど嫌な考えが浮かんでくる。


「…少し落ち着いてくれ

…その、今夜は私と過ごすのだろう?

…大丈夫なのか?」


正直言ってしまうと、もうそんな気ではいられなくなってしまった。

大佐が危険に身を晒すようなことをしようとするのに、

気分が悪くなってしまった。

今は、とにかく大佐に離れてほしくない。

それしか、考えられない。…吐きそうだ。


「…今日は、もういいです

…なんだか、そんな気もなくなってしまいました」


大佐は何かを考えた後、一度僕から離れて、僕の前まで回り込んだ。


「…Major、」


大佐は僕の前で座って、僕を見つめた。

…大佐は、いつもより少しだけ深刻そうな顔をしていた。

そして、もう一度、優しく僕を抱き締めた。


「…すまない、どうして私がここまで言うのかと言うと、

……実は、既に昨日教師になる為の試験に申し込んでしまったんだ

お前がそんなに反対するとは思っていなくて…」


…もう、僕がどんなに言っても取り消せないことなんだ。

きっと大佐のことだから、試験も一発で合格してくるだろう。

僕の気分は更に堕ちた。


「…すまない、…その、

私の判断ミスだった」


僕は気分が堕ちたままだったが、とりあえず大佐の背中に腕をまわした。


「…大丈夫です、もう大丈夫です

いいんです、もう…決まってしまったなら仕方ないです

…、試験、頑張って下さいね」


自然と、僕の手に力が入る。

大佐は何も言わないまま、僕を抱き続けた。

…雰囲気悪いな、僕ももうお風呂に行こうかな。


「…あの、僕もお風呂入ってきます」


そう言うと、大佐は僕からそっと離れ、もう一度僕を見つめた。


「そうか、…」


大佐は何か言おうとしたが、何も言わなかった。

…何も言わないでおいてくれたのだろうか。

じゃ…、と言って、僕も、それから何も言わずに入浴場へ向かった。

…お風呂入って、今日はもう早く寝て、忘れてしまおう。

…忘れられるわけがないのだけれど。

—————————————————————————

私はあれから寝室に入り布団を被ったが、

どうしてもMajorのことが気がかりで眠れなかった。

睡魔が襲われることもなく、天井を見つめて、さっきからずっとMajorのことばかり考えていた。

…、

私は、早速失敗を犯してしまったのか…?

…にしても、Majorがあんなに嫌がるとは思っていなかった。

そもそも、私は最初からMajorから離れるつもりは全くない為、Majorが考えていたような事は、私の頭には全くと言っていい程浮かんでこなかったし、考えられなかった。

…もうMajorには苦しい思いはさせたくないと決めていたのに、また、私は…。

あれこれ考えていると、部屋に足音が近付いてくる。

Majorが来たのだろうか。私は一度目を瞑って、眠った振りをする。

…ガチャ、とドアが音を立てた後、Majorが部屋に入ってくる。

そっとドアを閉め、私に背を向け、私の隣に寝っ転がり、布団を被った。

私はまた目を開け、Majorに顔を向けた。

私はまだMajorに話したいことがあったのだが、Majorは、とてもじゃないが誰かの話を聞けるような気持ちではなさそうだった。

…もう今日はそっとしておいてやろう。

私も大人しく目を閉じ、眠りにつく事にした。

…、

しばらく経った、その時、

気配を感じて目を開ける。

…Majorが私に近付き、何かをしようとしていたが、

動きを止めて、私を見つめた。


「…Maj————」


次の瞬間、Majorが素早く私の首に腕をまわし、強く抱き締めた。

…Majorは何も言わずに、ただただ抱く力を強めた。

…、

私は何も言わずに、自分もそっとMajorの背に腕をまわした。

…Majorはただ、私が自分から離れてしまうのではないか、と心配になっているだけなのだ。

それは、さっきからずっと分かっていた。

私もあれだけ、自分はお前から離れないと伝えた。

それでもMajorは、

心配で心配でならない、らしい。

私は、Majorが寝るまで抱いていてやろうと決意した。

…これから心配をかけてしまうことが増えてしまうかもしれないが、

どうか、こんな私を許してほしい。

どうか、…、

—————————————————————————

…朝になった。

寝室を出て、リビングに行ってみる。

…大佐はいなかった。寝室にいなければ、リビングにもいなかった。

机の上に、「Majorへ」と書かれた置き手紙が置いてある。

その横に、僕の席の机に大佐が作ってくれたのであろう朝御飯が置いてあった。

近寄って行って、手紙を読んでみる。


『昨日はとてもじゃないがそう言う雰囲気ではなかったので、ここで言わせてもらう。


実は、試験当日は今日のことだったんだ。

今は丁度新シーズンが始まる境目の時期だろう?

だから、今はそう言う試験が受けられる所が多くあってだな、それで、時期も重なっている、と言うことだ。

早速、と言うことにはなってしまうんだが、今日は教師になる為の試験に行って来る。

昼飯頃には帰る、あまり心配しなくても大丈夫だ。


一緒にここで伝えようと思うが、昨日は勝手に就く職業の話を進めてしまって本当に申し訳なかった。

もっとお前の気持ちを考えれば良かった、と反省している。

前々から、ずっとお前に無理させてはならない、辛い思いをさせてはならないと思って、なるべくそうならないよう心掛けていたのだが、どうやら私もまだまだらしい。

この5年間ほど、会っていない間何をしていたんだ、と言う話になってしまうが、これからも気を付けたいと思っている。


長くなってしまったが、そう言うことだ。

とりあえず、今日は私が帰ってくるまで待っていて欲しい。

いつもこんな私を愛してくれてありがとう、お前を誇りに思っているぞ    Colonel』


手紙には、あの時見たような達筆でそう書かれていた。

…そう言えば、大佐って結構手紙書くんだな。

僕は携帯持ってるけど、…と言うか、このこともまだ大佐には言ってなかったな。

…大佐、携帯持ってるのかな…、なんか、持ってなさそうな感じもしなくもない。

…それで、大佐は試験が終わるまで帰らない、と。

大佐の作ってくれた朝御飯の匂いが鼻をくすぐる。

…正直、寝たからか、すっきりしてしまって昨日の事はもうあまり気にしていない。

だから、今はそこまで気分を損ねているわけではない。

…大佐は昼までに帰ってくるんだよね。…、

ちょっと、頑張って何か作ってみようかな。

—————————————————————————

大佐が帰ってきたようだ。


「大佐ー!お帰りなさい、お昼出来てますよー!」


僕は、大佐が”ただいま”を言う前にそう伝えた。

大佐は何食わぬ顔でリビングまでやってくる。


「あ、あぁ、ありがとう」


大佐は机に置かれた僕の料理を一目見た後、持っていた荷物をソファーの上に置いて、コートを脱いだ。そして、寄り道をせずに真っ直ぐ食卓までやって来る。


「お疲れ様です、結果っていつ出るんですか?」

「えっと、だな…、明日にはもう出るそうだ」

「そうなんですか?早いんですね…、」


食器を大佐の席に置いて、自分の席に座りながらそう言った。

…何やら大佐は不思議そうにしている様子だ。きっと、昨日の僕とは違ってすっかり元気になっていることを不思議に思っているのだろう。


「…Major、お前、もう元気なのか…?」

「ん?見ての通りですよ、もうとっくに気分は晴れてますよ」


大佐が真っ直ぐな言葉で質問してきたので、僕もニコニコしながらその通りに返した。

そうか…、と大佐は言って、食器を手に取る。

そして、僕の料理を口に入れた。

…、

気に入ってくれたようだ。僕はまたホッとした気持ちになる。


「…なぁ、私が教師になることについて、今のお前はどう思うんだ?」


僕は動かしている手を止めて正直に答えた。


「そうですね…、

そりゃあ今でも少しぐらい抵抗はありますけど、大佐がそう言うなら別にいいかな、って今は思います」


そう言えるのは、大佐の事を完全に信じてみようと試みたから。大佐ならきっと大丈夫と自分に言い聞かせ、信じているから。

大佐には出来れば誰も近付いて欲しくないけど…、大佐が絶対に僕から離れないと言うのなら、それは許せる。

…筈。


「今日の試験の自信の方はどうですか?」

「…まぁ、受かるとは思うが…」

「そうですか、流石大佐ですね、ふふ

…そう言えば大佐、大佐がもし教師になるんでしたら、

大佐はもう”大佐”じゃなくて、”先生”になりますね

もしそうなったらこれから「先生」って呼ぼうかなぁ…、

…って、まだ受かるかどうかも分からないのに僕ったら何ハードル上げてるんでしょうね、

すみませーん、えへへ」


僕は独り言のようにぺらぺらと喋った。大佐は、余程僕が元気な事に驚いているのか、ずっと目を丸くしたままだった。

…そう言えば、僕前に大佐から呼び捨てでいいって言われたよな…。

いつからにしようかな…、んー、

もうちょっと、もうちょっとだけ慣れてからにしよう。

正直他の事よりもこのことは方が勇気がいる気がする。

—————————————————————————

見た感じだと、Majorはもうすっかり元気との事らしい。

…しかし、私は何故か胸騒ぎがしていた。

詳しくは分からない、ただ、何となく分かるのは、

Majorには、しばらく私に教師になって欲しくないと言う気持ちでいて欲しかった、と思っていて欲しかったこと。

私は、恐らく今日帰って来てからも、Majorは元気がないままだと思っていた。

だが、そんな様子は一欠片もなく、そのことを忘れたかのようにすっかり元気になっていたのだ。

もし元気がないままだったら、また慰めてやろうと思っていた。

…でも、元気になっていたからその必要はない。

…何となく、Majorにはまだ私を自分の傍にだけいて欲しいと言う、そんな気持ちでいて欲しかった。

そう自分は今思っているのではないかと思う。

…本当に、よく分からない。何故か、気が落ちていく。何もしたくなくなる。自分が分からなくなる。

しかし、Majorは悪くない。そう言うと、私も悪くないはず。

それなのに、誰のせいでもないのに、

私は何故か、気を落としていった。


「そう言えば大佐、大佐って携帯持ってるんですか?」


何も知らないMajorは、さっきと変わらない元気そうな様子でそう私に訊いた。

急に質問をされて、若干返事が遅れてしまう。


「…ん?携帯、か…、

一応持ってはいるが…」

「あ、持ってるんですね

あのー…、もし良かったら連絡先交換しておきませんか?もしも何かあった時に便利ですし」


そう言えばそうだな…、全く気にしてないなかった。

私は軽く返事を返した後、席を立って鞄の中を探った。

Majorも、自分の携帯が置いてあるキッチンに向かった。

…しかし、私は比較的携帯はあまり触らないタイプだが、それでもいいのだろうか…。

まぁ、万が一の時の為に連絡先を交換しておくのは、損をすることではないだろう。

鞄から取り出したスマホを持って、Majorの方へ向かった。

Majorが自分のアカウントのQRコードを自分の携帯に表示させ、私がそれを自分の携帯に映す。

…Majorのアカウントが私の携帯に表示された。


「えへへ、ありがとうございます

これから、もし何かあるようでしたらこれで連絡下さいね」


私はまた軽く返事をすると、もう既に食べ終わった食器を運ぶ為に自分の席へ帰った。

—————————————————————————

時が過ぎるのは早くて、あっという間に夕飯の時間になった。

今日の大佐は、試験が行っていたのもあり、何だか帰って来てから少し元気がない様子だったから、

夕飯も僕が作るよう率先した。

大佐は今、ソファーに座ってのんびりとテレビを見ている。

僕は、鍋の中をお玉でかき混ぜながら、試験から帰って来た、元気のない大佐を思い出しながら色々と考え事をした。

…大佐だって、寂しい癖に。昨日はあんな格好つけたこと言っちゃってさ。

お互い様じゃないですか…、僕も大佐も、お互いにお互いを求めているのに。

でも、大佐は自ら教師になりたいと名乗り出た。

…。

とにかく、大佐が新しい事に挑戦したいと言うことは分かった。

実際、大佐が教師になりたいと言って僕があんなに落ち込むとは本人も思ってなかったみたいだし、大佐は僕がそんなに寂しがるとも思っていなかっただろう。

それに、僕が寂しがるような素振りを見せたから、大佐がああ言った感情になる事に繋がったとも言える。

…結局、お互い様になるのか。

僕は出来上がった料理を二人分のお皿に取り分け、食卓へ運んで行った。


「大佐、出来ましたよ」


大佐は特に間をおかずに食卓へやってきた。

僕が大佐の席に食器を置くのと同時ぐらいに、大佐は席に座って、軽く「頂きます」と言って僕の料理を食べ始めた。

…大佐的には、今はもうそんなに元気がないわけではないみたいだ。

少し安心したけれど、…それでもやっぱり、何だか心残りがある気がした。

…でも、もうお互い元気な訳だし、思い返す事もないよね。

僕は、そう考えながら僕の料理を黙々と食べ続ける大佐を見つめた後、自分もその料理を食べ始めた。

—————————————————————————

次の日。

大佐は今日も試験の結果を見に行って、朝から家にはいなかった。だから僕はまた、夕飯を作って大佐が帰って来るのを待つことにした。

今はもうもう既に作り終わって、食べる準備も出来ているところで、僕は自分の席に座ってぼんやりと外の景色を眺めていた。

…自分で大佐が教師になることを反対したものの、僅かだが僕は大佐が受かることを密かに願っていた。

正直、もうそこまで大佐が教師になる事に抵抗はないし、何度も思った通り、大佐がそう言うのなら僕には止める権利がない。

大佐が就きたい職業は、大佐が決めればいい。僕が口出しする必要は一切ないのだ。

窓をあけて、爽やかな春風に当たりながら、外にいる鳥の鳴き声を聴き、目を瞑る。

…それにしても、昨日の大佐の胸騒ぎについては、未だ良く理解出来ていない。

大佐が自分が何でそんな感情になったのか分かっていなければ、僕もそれを分かっていない。

でも、気持ちは分からなくもない。自分でも良く分からないのに、無性に気が落ちる僕も時は多々ある。

特に、大佐と過ごし始めてから、それは急激に増えた。

今はもうそんなに気にはしていないけど、時々この感情が僕の行動を遮ることがあって、厄介な時がある。

…大佐は、そう言うのあったりしないのかな。

僕も、まだまだ大佐のことを知れていないみたいだ。大佐も僕の事をまだ全然知れていないと言っていたけど、そんなのは僕だって同じだ。相手の事を完全に知れるモンスターや人間なんて、この世に存在しないのだから。

…それに、そう大して気にする事でもないだろう。

ドアの方から音がしたと共に、大佐が部屋に入ってきた。


「大佐、お帰りなさい」


僕は大佐に顔を向けて微笑んでそう言った。

大佐はまたいつもと同じように軽く返事をして荷物をソファーに置いた。


「…結果、どうでしたか?」


結果がダメだったと言うことを考えると、少し訊くのを躊躇ったが、僕は大佐にそう訊いた。

大佐が僕に振り返った。


「…一応合格はしたが」

「そうですか、良かったです

ひとまず安心ですね」


僕は微笑んだまま確かにそう言ったが、大佐は、何故だか少し不満そうな顔をしていた。

—————————————————————————

結果は確かに、無事合格だった。

…だが、問題なのは私が担当をする学校が、

中学校になってしまったこと。

よりによって中学校の教師になってしまうだなんて思ってもいなかった。

…確かに、私が小学校の教師になっても、生徒の皆に恐怖を与えてしまうこともあったかもしれないから分からないこともない。

…しかし、これではまたMajorに影響が出てしまうかも知れない。…困ったものだ。

一瞬、合格しても教師になることは辞めにしようとも思ったが、合格した者が合格を辞退すると、試験を受けた他の者にかなりの影響が出てしまうと聞いた為、それはしないことにした。

…Majorに言うべきか?…いや、隠していてもどうせバレてしまうことだろうし、言っておいた方がお互い今後の気も楽だろう。


「…Major、実はだな、私が担当する学校が中学校になってしまったんだ」


私は、今日の結果を正直に話した。


「そうなんですか?別に僕は大丈夫ですよ、もうそこまで大佐が中学校の教師になることに抵抗はありませんから」


Majorは、ニコニコしたままそう言った。

良かった、Majorはあまり気にしていないようだ。

…と、思いたいところだが、

私が担当する中学校は、地元の、変わった生徒が集まると有名な学校なのだ。

…正直、私もどんな生徒達がいるのかは全く分からないが、

……、


「大佐が教師になりたいって言ったんですから、もう僕は何も言いませんよ

僕、一昨日はちょっと考えすぎたところがあったよで、大佐も少し巻き込んでしまったようですが…

それは、僕も謝ります、すみませんでした」


Majorは微笑んだままだったが、少し申し訳なさそうな顔をしてそう言った。

…、言わないでおこう。

実際、あの学校に本当に変わった生徒達がいるのかどうかも分からない。

事実かどうか確かではない事を言うのは、あまり良くない。

…それに、私なら今までの経験からしてそれなりに対応出来るだろう。

勿論、何があってもMajorから離れる訳でもない。

・・・Majorを信じ、尚且つ自分も信じてこれからは行動していこう。

私なら

大丈夫だ、何とかなる。何があっても、成し遂げて見せるだろう。

Majorも、今は私のことを信じてこう言ってくれてのだろう。

…ならば、それに応えなくてはならない。


「今日の晩飯は私が作る

昨日も一日中飯を作らせてしまったのに、申し訳ない」

「えへへ、大丈夫ですよ

大佐、お疲れ様です」


私も席に着いて、食器を手に持ち、軽く「頂きます」と言った後、

Majorの料理を口に入れた。

…やはり、彼の料理は美味い。

余分な味が全く混ざっていなくて、真っ直ぐな風味を引き立てている。

…Major自身に、少し似ている気がした。

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