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航は押入れから埃の被った段ボールを取り出した。
ダンボールの側面にはマジックで『たいせつ』と下手くそな筆跡で書かれている。『た』と『せ』が異様に大きく、全体のバランスがまるでとれていない。
「うわ、懐かし」
段ボールを開けると、中には一見ガラクタとも思えるおもちゃの数々。
しかし航にはそれらが光を放っているかのように輝いて見えた。
走らせすぎてタイヤが変形している車のラジコン。時間が経って色が淡く濁ったレゴブロック。戦わせていたら腕とツノが取れてしまった怪獣の人形。
どれもこれも、思い出がたくさん詰まったものばかりだった。
そんな中、一つだけ記憶にないものが目につく。
『三月二十七日』に赤い丸印がついた卓上カレンダーだった。
2014年、ちょうど十年前のもの。航が当時小学二年生の年だ。
十年前のことを思い出そうとするが、ほとんど記憶が残っていない。
航はカレンダーを不思議がりながらも、他のおもちゃと一緒にダンボールへと戻した。
昔のことを思い出している場合ではなかった。来週にはこの家を出て、東京へと引っ越さなければならない。今はそのための片付けをしていた。
航が他の荷物を押入れから出していると、部屋のドアをノックする音が鳴った。
「航、今日お母さん仕事でいないから、夜ご飯一人で勝手に食べてて」
「うん、わかった」
「……あ、でも冷蔵庫に今何もないかも」
航の母親が「しまった」と口に漏らす。
「コンビニで何か買って食べるよ」
「……そうね。そうだ、美里ちゃんのお店で何か食べるのは? コンビニよりもずっと美味しいし、栄養もちゃんと取れるじゃない。それにもう美里ちゃんとしばらく会えなくなるんだし、挨拶も兼ねて行ってきたら?」
「確かに、それもいいかも」
「じゃあ決まりね。下にお小遣い置いておくから。それと、片付け早く終わらせるのよ? もう来週には東京に行かなきゃいけないんだから」
「わかってるよ」
母親は足早に下に降りていった。階段を降りる音が聞こえてくる。
航の家庭は共働きのため、航が一人でご飯を食べることも珍しくなかった。
そのため一人で食べることには慣れている。
近所にある美里の家は定食屋で、航も時々食べに行っていた。
どのメニューを頼んでも味は確かなものだ。
時刻は午後四時半。
部屋の散らかり具合を見ると、まだまだやらなければいけないことが残っている。美里の家に行くためにも、なるべく早く作業を終わらせたいところだ。
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