第19話 強敵現る
たぶん五分くらい経ったと思う。
俺は涙をゴシゴシぬぐって、赤くなった目元を隠すように仮面を付け直した。
「落ち着きましたか?」
「……ああ、ありがとう。もう大丈夫だ」
アリスが愛情深い笑みを向けてくる。
俺はちょっと気恥ずかしくて、頬をかきながら視線を逸らした。
「ごめんな、俺のせいで時間食っちゃって」
「そういう反省はあとです。まずはここから逃げることを優先しましょう」
「……そうだな。ここを出たら、ちゃんとお礼するから」
ここは敵地の中だ。悠長にしている時間はない。
今も兵士が俺たちを探し回っているはずだ。見つかるのも時間の問題だろう。
(本当はもっと泣きついてたかった……なんてダサいことは死んでも言わないどこう)
正直いえば、心の整理はまだついていない。
否定されて、犯罪者扱いされて、アリスの話だと指名手配までされるらしい。ひどい話だ。
でも、俺にはアリスがいてくれる。
そう思えるだけで、もう怖いものなんてなかった。
「それで、どうやって逃げる? 城は高い塀で囲われてるし、門も閉まってるだろ?」
俺はアリスに尋ねた。
「城壁を乗り越えることは困難ですけど、城壁の近くまで行けば、これを使って脱出できます」
アリスは俺の涙でカピカピになったローブの中から『御札』を取り出した。
魔法陣が描かれた紙切れだ。馬車に乗る時に彼女から渡されたのと同じものだ。
「えっと、それがあれば逃げられるのか?」
「はい。城壁の近くなら有効範囲内に入ります。私の部屋までひとっ飛びです」
ひとっ飛び……ワープ的なやつだろうか。
謁見の間からここまで一瞬で来たのと同じ手段か?
「よく分かんないけど……とりあえず城壁まで行けばいいんだな。おっけい、俺はアリスを信じる」
「ありがとうございます。ここは王城の一階にある倉庫内です。外に出て敷地内を一直線に走りしょう」
アリスは立ち上がった。
彼女の右手には、先端に綺麗な水晶玉がついた木製の杖が握られている。彼女愛用のものだろうか。
「兵士に見つかった場合、戦闘になることは覚悟しておいてください」
「ああ、わかった」
そう言われ、俺は腰に差した刀の柄に触れる。
覚悟はできているが、できることなら戦いたくはない。見つからずに済むのが一番だ。
俺はアリスに続く形で馬車を降りた。
倉庫内はかなり広く、他の馬車が何台も停められていいる。出入り口の扉は馬車が通れるだけあってかなり大きい。
俺たちが乗っている馬車は扉の目の前だった。
「では、このまま出口から外に――」
「やはりここにいたか」
その時、後ろから声がした。
声は扉とは反対側、城の中に続く通路の奥からだ。
そこからゆっくり近付いてくるその人物を見て、俺は息を呑んだ。
「ローズさん……!」
◆◇◆
「アリスが現れたと聞いて、ここが怪しいと思って来てみた。まさにビンゴだったな」
ローズはそう言って、数メートルほどの距離で立ち止まった。
教会にいる間、俺に剣の稽古をつけてくれた人だ。もしかして助けに来てくれた……という雰囲気ではない。
ローズの表情は険しく、視線もゾッとするほど冷たかった。
「あんたもやっぱり、俺を信用してなかったんだな……」
「当然だろう。誰がお前みたいな悪魔を信じるか、魔王の手先に成り下がったクズが」
ローズが吐き捨てるように言った。
口調が別人だ。あんなに優しくしてくれたのは演技だったのか。俺にかけてくれた言葉は全部うそだったのか。
そんな感情が渦巻いて、胸に痛みが走った。
(……でも、大丈夫だ。俺はもう折れない。ちゃんと立ち向かえる!)
ぎゅっと瞼を閉じ、気持ちを切り替えるように開く。
戦う覚悟を決め、俺が刀を構えた――瞬間だった。
「っ!?」
ローズが突進さながらの勢いで斬りかかってきた。
正面からの袈裟斬り。
俺は刀を滑り込ませてなんとか防ぐ。が、ローズの突進の勢いは殺しきれない。
そのまま吹っ飛ばされ、倉庫の出入り口の扉を壊しながら城外に弾き出された。
「勇者様っ!?」
アリスが慌てて駆け寄ってくる。彼女は無事だったようだ。壊れた扉の破片とかに巻き込まれなくてよかった。
だが、ものすごい音を立てて外に出てしまった。ここは城の敷地内。兵士が来るのも時間の問題だろう。
「あそこだ!! いたぞッ!!」
と、思っていた矢先、城の方から兵士が駆け出してきた。
「見つかりましたね……勇者様、逃げましょう。こっちです!」
「ああ、わかってる!」
俺とアリスは走り出した。
兵士の数は多くないが、捕まると厄介だ。
それに、ローズと正面から戦うわけにはいかない。俺は稽古中、あの人から一本も取れたことがないのだから。
目指すは城壁。敷地が広くて少し距離がある。
後ろの追っ手を気にしつつ、整備された庭園の中を駆け抜けた。
すると、途中にあった大きな噴水の横で、
「そんなノロさで逃げられるか、悪魔がッ!」
「え、はや……!」
ローズが一瞬で俺たちに並んだ。
そして躊躇なく剣を振り下ろしてくる。
俺は足を止め、アリスを庇う形で受け止めた。
「くっそ、足止めされたっ!」
「勇者様、攻撃がきます!」
ローズに気を取られていると、城の方から魔導士が魔法を放ってきた。
火の玉が空を飛んでこちらに迫る。
アリスはローブから『御札』を取り出すと、バリアっぽい魔法を出して火の玉を防いだ。
が、その隙に兵士が追いついてくる。
「こっちは私がなんとかします。勇者様はローズさんをお願いします! 殺してはいけません!」
アリスはそう言って、こちらに背を向けて兵士を相手した。
兵士の数は十人はいる。彼女一人に任せてもいいのか……なんて考える余裕はなかった。
俺がローズを倒せなければ、絶対に逃げられないのだから。
(けど、勝てんのか……? しかも殺さないよう注意しながら……?)
罪のない人を殺すわけにはいかない。彼らは本気で俺を悪魔だと思い、国を守るために殺そうとしているだけだ。
そもそも、俺に人を殺す覚悟なんてない。
だけど、そんな生半可な覚悟でローズを倒せるのか……。
「くそ、考えるな! どっちみちやるしかないんだ!」
俺は刀を両手で握り、斬りかかってきたローズの剣を受け止めた。
ローズの剣は速い。だが、反応できない速度ではない。我慢していれば必ずチャンスが来るはずだ。
「教皇様はお前を確実に捕らえるため、罠に嵌めたはずだ。いったいどうやって封魔の檻から逃げ出した?」
刃と刃が交差し、鍔迫り合いになる。ローズが睨みつけるように聞いてきた。
封魔の檻……俺を閉じ込めた結界のことか。
あれは強力な結界だった。魔力も使えなくなったし、勇者の魔剣がなければ終わっていた。
今思えばローズが俺の魔剣ついて聞いてきたのも、不測の事態を防ぐためだろう。
事前に魔剣の能力を知っていれば、あの結界とは別の手段で俺を拘束したはずだ。
(たしか普通の魔剣は、すごい一撃必殺を放つんだっけか……アリスに言われた通り、話さなくて正解だったな)
「あんたが稽古をつけてくれたのは、俺を見張るためと、実力を図るためってことか」
「そうだ。何か力を隠し持っているのではと疑っていたが……期待外れだったな。その程度でよく勇者を名乗れたものだ、恥知らずが!」
ローズは怒りをあらわにし、攻撃のスピードを上げてきた。
(くッ、稽古の時より速い! これがこの人の本気か……!)
俺はジリジリと後退しながら、紙一重でローズの剣を防いでいく。
防戦一方。実力差は歴然だ。
ローズが刺突を繰り出してくる。
剣先を避けきれず、頬の肉を浅く裂かれた。
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