第14話 ローズとの修行
教会に来て一週間が経った朝、俺はアリスに連れられて教皇の執務室に来た。
教皇からのお呼び出しだ。
部屋の奥の質のいい執務机に座りながら、教皇は言った。
「勇者様の任命式の日取りが決まりました」
「え、もう任命式ですか……?」
俺はきょとんと聞き返した。
まずは国王に会って事情を説明し、自分が勇者であることを伝えるのだと思っていた。
それがまさかいきなり任命式とは、会う前から勇者だと認められたようなものだ。
「はい。異世界から勇者が現れたこと、呪いに関することなどは、全て私の方から国王に説明済みです」
「おお、ありがとうございます。それで国王も納得してくれたんですか?」
「はい。勇者が現れたのならすぐに任命式を行おうと、国王も張り切っておられました」
テミス教会トップの教皇から話してくれたことで、すんなり信じてくれたって感じか。
とんとん拍子に進んでくれてありがたい。
「ただ、任命式の前にいくつか国王と問答を交わすことになると思います。魔王に呪われた経緯などを、今一度ご自身の口からも説明していただきます」
「わかりました。そこはちゃんと伝えます」
「では、任命式に関する説明、指導、ハル殿の服装の用意など、もろもろの準備はアリスに任せます」
教皇はアリスの方を見てそう言った。
国王の前に出た時の礼儀作法とかは何もわからないから、アリスが教えてくれるなら安心だ。
「…………」
しかし、なぜかアリスは何も答えなかった。
少し考え事をするみたいに、形のいい眉を寄せている。いったいどうしたんだろうか。
「アリス? よろしいですか?」
「……はい、わかりました。ですが、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
教皇が再度呼びかけると、アリスは赤い瞳を教皇に向けた。
「なんでしょうか?」
「普通なら勇者の任命式は、聖女の任命式と一緒に行われるはずです。今回はなぜそうしないのでしょうか?」
「次期聖女のルミナス嬢は現在出張中です。今回は特例で勇者様の任命式を先に行うことになりました」
「それは何か理由があるんですか?」
「国王は勇者が現れたことを心より喜んでおられました。今回は事情も事情ですので、いち早くお会いしたいとのご要望です」
ルミナスというのは、聖女に選ばれる予定のシスターだ。
教会のシスターは各地に赴いて慈善活動をしている。ルミナスはその慈善活動でちょうど不在だった。
そのため俺もまだ会ったことがない。
(とりあえず、今回は俺一人で国王のとこに行くって感じか。正直一人だと心細いけど……早く任命を受けて先に進みたいし、頑張るか!)
俺は心の中で前向きに考えた。
「……わかりました。話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
アリスは少し難しい顔をしていたが、それ以上は食い下がらなかった。
「では、ハル殿のことをお願いします。日程は二日後の正午です」
「はい。謹んでお受けします」
「わかりました、ありがとうございます!」
話がまとまり、俺とアリスは執務室から退室した。
◆◇◆
俺は任命式が決まったことをローズに伝えた。
すると、ローズは事前に知っていたようで、
「おめでとうございます。では、稽古の方はこれで最後にしましょう。任命式に向けて色々と準備があるでしょうから」
と、にこやかに言ってきた。
俺とローズは木剣を構えて向かい合う。
一歩目を強く踏み出し、俺は果敢にローズに斬りかかった。
稽古を始めてからまだ五日しか経っていない。
それでも格上の相手とひたすら戦ったことで、俺の動きは見違えていた。
何度か体を打たれるが、立て続けに攻められても退がらない。必死でローズの剣についていく。
剣の実力ではまだまだローズに及ばない。どこを攻めても簡単に防がれる。
だから、まずはローズから一本取ることが俺の目標だった。
ローズが木剣を下から斜めに振り上げてくる。初日の俺じゃ反応できなかった速度だ。
俺はしゃがむように姿勢を低くしてかわし、ローズの首筋に鋭いカウンターを叩き込んだ。
「ふ――っ!!」
ローズは剣を振り上げた体勢だ。防御は間に合わない。
決まった――と思った瞬間、ローズは体を回転させるようにして回避した。
「ぐわっ!?」
すぐさま俺の頭部にローズの一撃が決まる。勝負あった。
「くっそ、絶対に決まったと思ったのに……!」
「今のは本当に危なかったです。勇者様の成長速度にはヒヤヒヤさせられますよ」
ローズはちょっと驚いたような表情で言う。
それでも、結果は結果だ。結局、俺は最後までこの人から一本も取れなかった。
学ぶことは多かったし、成長した実感もあったけど、正直めちゃくちゃ悔しい。
「短い間だったけど、本当にありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまです。拙い指導しかできずに訳ありませんでした」
お互いに頭を下げ合う。
拙いだなんてとんでもない。元々俺が無理を言って頼んだことなのに、五日間もみっちり指導してくれて助かった。
「最後にひとつ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「え、はい。なんですか?」
ローズがふと尋ねてきた。
その視線は俺の腰元にある刀を見ている。
「あなたはまだ、魔剣の必殺技は放てないのですか?」
「ん、必殺技……?」
唐突に飛び出した厨二病みたいな単語に、俺は首を傾げる。
はて、なんの話だろうか。
「魔剣とは、特殊な能力を秘めた刀剣のことをいいます。その中でも勇者の魔剣は、会心の一撃必殺、もしくは超広範囲攻撃を放つことができます」
「マジっすか!? そんな話は初耳だけど……」
「……そうでしたか。それでは、その刀はどういった能力なのですか?」
「え、それは……」
答えようとして、ふと思い留まった。
アリスから『魔剣の能力は安易に話すな』と釘を刺されていたのを思い出したのだ。
「えっと、ごめんなさい。女神からは、すごい力が出る魔剣だとしか……」
「……そうですか。困らせてしまって申し訳ありません。お答えいただきありがとうございます」
「あ、いえ」
うう。俺は胸が痛んだ。
こんなによくしてくれた相手に嘘をつくのは気持ちよくない。
この人になら話しても問題ない気がするけど……アリスとの約束は守ろう。
それにしても、必殺技か。
この刀にもそんな能力が秘められているのか?
女神はそんなこと言ってなかったけど……正式な指南役がついたら聞いてみるか。
「では、私はこれで失礼します。あなたにはすごい才能があります。過酷な道のりになると思いますが、どうかこの世界のことをよろしくお願いします」
最後にローズは右手を胸に添えて頭を下げてきた。
俺は慌てて頭を下げ返す。
「はい、頑張ります。本当にありがとうございました!」
ふっと人好きのする笑みを浮かべて、ローズは去っていった。
こんな俺にも真摯に接してくれて、本当にいい人だった。
ローズは俺の素顔を知る少ない人物だ。呪いがあっても俺を信じてくれて、俺に自信を与えてくれた人でもある。
――もしかしたら、前の世界でも最後まで諦めなければ、こんな風に前を向けたんだろうか。
一瞬そんなことを考え、ぶんぶんと頭を振って切り替えた。
昔のことを後悔してもしょうがない。
今を全力で生きていくんだ。
俺はアリスの元に向かい、二日後の任命式についての準備を始めた。
そうして、ついに任命式の日を迎えることとなった。
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