第15話 国王との謁見


「……よし、おかしくないな」


 着替えた服が乱れてないか、自室の鏡の前で確認する。

 俺はこれから、任命式のために王城へ行くところだった。


 コンコン、と扉がノックされる。

 返事をすると、入ってきたのはアリスだ。


「失礼します。準備は整いましたか?」

「ああ、アリスが揃えてくれた服もばっちしだ」


 俺の今の服装は、冒険者風の服に赤いマントを付け、腰に刀を差していた。

 これなら勇者を名乗っても恥ずかしくない。

 ジャージで国王に会って「俺が勇者だ!」なんて言って恥をかかずに済みそうだ。

 まあ、仮面だけは浮いてるけどね。


「どう、似合うか?」

「はい、ちゃんと似合ってますよ。勇者様のご要望通り、赤いマントを探した甲斐がありましたね」

「勇者といえばやっぱマントだろ? 一度付けてみたかったんだよ」


 俺がマントをバサっとやると、アリスは微笑ましい表情を浮かべた。


(あれ、この顔は孤児院の子どもを見る時と同じ顔だな……。もしかして子どもっぽいとか思われた?)


 俺は恥ずかしさを誤魔化すように頭をかいて、話題を変えた。


「この一週間ちょい、色々教えてくれて助かったよ。ありがとう」

「いえ。逆に勉強とか鍛錬ばかりさせてしまって、すみませんでした」

「アリスが謝ることじゃないさ。教会から出られないんだからしょうがない」

「そうですね……でも、今日の任命式が終われば、堂々と外出できるようになります。そしたら一緒に街に行きましょうね」


 アリスは本当にいい子だな。ずっと俺に気を遣ってくれている。

 

「ああ、ありがとう。ぜひ頼むよ」

「はい、約束ですよ」


 アリスは可愛らしく微笑んだ。

 ファンタジーの街で食事や買い物。仮面を付けた勇者なんてかなり目立ちそうだけど、それでもとても楽しみだ。


「あっ、そういえば昨日、ルミナスさんから連絡があったんです」


 アリスは思い出したように手を叩いた。


「ルミナスさん、来週には出張から戻られるそうです。ようやく対面ですね」

「ああ、聖女になる人か……どんな人なんだ?」

「とても正義感の強いお方ですよ。この国を支える大貴族、バレッタ公爵家の御息女で、名実ともに聖女に相応しい人物です」

「ふーん、そうなんだ……」


 ルミナスが戻ってきて正式に聖女に任命されれば、俺は彼女と一緒に魔王領へ旅立つことになる。

 つまり、アリスとはそこでお別れなのだ。


「……アリスも、本当は聖女になりたかったよな」


 ちょっと寂しい気持ちになって、俺はつい無神経なことを言ってしまった。

 アリスは表情を暗くして答える。


「そう、ですね……。魔人に家族を殺されたあの日から、もう私みたいな思いをする人は出したくないと思って生きてきました」

「それで、聖女を志したのか……」

「きっかけはそうですね。……こんなことを言ったら怒られますけど、聖女としての実力では負けてないんです。なので、正直悔しいです」

「そうなのか?」

「学力も、治癒魔法も、成績は一番でしたから。平民のくせにでしゃばりやがってと、みんなからは疎まれてました」


 アリスは冗談っぽく、それでも寂しそうにそう言った。

 それでか、と。彼女が他のシスターから距離を起れていたことに納得した。


 もし勇者が魔王を倒せば、一緒にいた聖女もその偉業を讃えられる。

 そうなれば聖女の家族も恩恵を受け、さらなる富を得られる。だから貴族たちは自分の娘を聖女にしようとするのだ。


 そして、聖女を選ぶのは国王と国の重鎮たちだ。

 貴族の子どもが優先的に選ばれるのは当然で、孤児出身のアリスが選ばれることはない。

 それなのに、アリスは諦めずに聖女を目指し続けた。俺はそれをすごいことだと思う。

 だけど、他のシスターからすれば鼻についただろう。


(もし叶うのなら、俺もアリスに聖女になって欲しかったな……)


「……ですが、人々を守ることは、別に聖女じゃなくてもできることです」


 それでも、アリスが悲観することはなかった。


「勇者様とは違う道に進みますけど、交わるところは同じです。私は私のやり方で頑張っていきます」


 アリスはそう言って、顔の前で両拳をぎゅっと握った。


 ああ、やっぱり彼女は強くて気高いな。

 俺もアリスに負けないように頑張らなくてはいけない。そう思わされた。


「じゃあ、お互い頑張ろうな」

「はい。勇者様にだって負けませんよ」

「ははっ……ところでさっきの変なポーズってなんなの?」

「え、なんのことですか……?」


 真面目な話が終わって、和やかなくう空気が流れる。

 俺たちはそのまま一緒に部屋を出た。



◆◇◆



 教会の外に出ると、馬車が三台も待機していた。

 俺は真ん中の馬車に乗って、前後の馬車には騎士団の人たちが護衛として乗るらしい。

 すごい大所帯だ。


「勇者様、最後にひとつだけお願いがあります」


 馬車に乗り込む直前、アリスが小さな声で言ってきた。


「理由を聞かずに、これを馬車の中に置いといてもらえませんか?」


 そう言って渡されたのは、長方形の紙切れだった。

 神社とかでよく見る御札に似ている。だが、御札に書かれた文字は『悪霊退散』などではなく、小さな魔法陣だ。


(理由を聞かずにって、なんだろうこれ……?)


 アリスの顔は真剣そのものだった。

 よく分からないけど、彼女の願いだ。断る理由がない。


 俺は小さく頷いて、御札をマントの中に隠した。


「勇者様、お乗りください」


 騎士団の人にそう言われ、馬車に乗り込み、出発した。

 教皇は先に王城に向かったため、お見送りはアリスだけだった。


 少しの時間、馬車の小窓から街並みを眺めていると、すぐに王城に到着した。



◆◇◆



 俺は謁見の間に通された。

 

 謁見の間は見事な造りだった。

 天井は高く、大木のような柱で支えられている。

 赤い絨毯の先には立派な玉座が、壁には煌びやかな装飾が、上を見上げれば大きなシャンデリアが灯りを放っていた。


 広間の左右には甲冑を着込んだ兵士と、ローブ姿の魔導士ずらりと整列している。

 もしここで国王に無礼でも働けば、絶対に逃げられないだろう。


(それにしてもすごい人数だな……まるで見張られてるような気分だ……)


 なんだか余計に緊張してきた。

 異世界に来てからずっとアリスと一緒だったから、やっぱり一人は不安だ。


「第38代テミス聖教国王、ダリオス・ル・ロザリア様が入られます」


 そんなことを考えていると、国王の登場を知らせる声が広間に響いた。

 俺はすぐに片膝をついた。事前にアリスに教わった通り、右手を左胸に添えて頭を垂れる。


「面を上げよ」


 そう言われて顔を上げると、金髪に長い髭を生やした四十代の男が玉座に座っていた。


 この男がテミス聖教国の王様だ。

 イメージ通りの見た目でちょっと安心感を覚える。


 国王の横には教皇と、たぶん偉いんだろうおじさんが数名並んでいた。


「そなたが異世界から来た勇者か」


 国王が俺に問いかけてきた。

 今日の流れは、まずは国王と問答を交わし、それから任命式に移ると聞かされている。

 俺は気を引き締めて答えた。


「はい。女神テミス様により異世界から転生させられました」

「そうか。本当に妙な仮面をしているのだな」

「申し訳ありません。呪いのせいで素顔を晒せないのです」

「事情は教皇から聞いておる。だが、改めてそなたの口から説明してもらえるか?」

「はい、わかりました」


 俺はこれまでの経緯を説明した。

 魔王に呪いをかけられたこと。女神の計らいにより『勇者の間』に召喚されなかったこと。呪いを中和する仮面を手に入れたこと。

 あらかじめアリスと練習した通り、簡潔に伝えた。


 説明を終えると、国王は厳かに口を開いた。


「……そうか。では、そなたは間違いなく『異世界の勇者』だと申すのだな?」

「はい。これからは勇者として、魔王討伐に全力を尽くす覚悟です」


 俺は国王の目を見ながら言い切った。


 大勢の前で喋った経験が少ないからか、口の中が異常に乾いているけど、自分の意思はハッキリ伝えられた。

 合格点だろう。きっとアリスがいたら褒めてくれたはずだ。


「……と、申しておるが、これは事実で間違いないか? 教皇よ」


 国王は隣に立つ教皇に問いかけた。

 ここで教皇が頷けば、このまま勇者の任命式に入るだろう。


 呪いがあろうとも真摯に話せば信じてもらえる。それは教皇が証明してくれたことだ。

 教皇は俺を信じて、こうして任命式の準備をしてくれた。

 だからここで教皇が頷かないことはない。俺はそう思っていた。


「いえ。全くの嘘でございます」


 そう思っていたから、教皇の返答を聞いて凍り付いた。


「………………………………え?」

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