第13話 着々と
ローズは朝から夕方まで、みっちり剣の稽古をつけてくれた。
この世界の剣術は、前の世界で習った古武道とそう遠くない。
違いといえば、魔力により身体能力が跳ね上がるため、体捌きや剣の間合いが変わってくるくらいだが、その辺りは魔獣との戦いですでに学んでいた。
『基本的なことはできていますので、実践形式での打ち合いを中心に行いしましょう』
ローズにもそう言われ、俺たちは木剣での戦いを繰り返した。
「また引きましたね。そこは前へ出てください!」
「はいっす……ぶへっ!」
「勇者様は攻められると退がりたがる傾向にあります、悪い癖です!」
「グオ!?」
ローズは意外とスパルタ指導だった。
容赦無く木剣を打ち込んでくる。おかげで俺の体は滅多打ちの打撲まみれ。唯一、顔だけが仮面に守られて無事だった。
というか、この仮面の強度は尋常じゃないな。
「勇者様は覚えが早いですね。教え甲斐があります」
休憩中にはそんなことを言われた。
ローズは俺を褒めてモチベーションを上げることも忘れない。できた男である。
「教え方が上手いおかげですよ」
「そんなことはありません。本当はもっと実力を隠しているのではないですか?」
「ははっ、まさか。教えてもらっといて隠したりしませんよ。でもローズさん、こんなに俺に付きっきりで、他の仕事とか大丈夫ですか?」
「そこは心配無用です。教皇様からも、勇者様の指導に専念しろと言われてますから」
俺が勇者だから優遇してくれているのか。
自分で頼んでおいてだが、そう言われるとちょっと申し訳ないな。全力で応えないと。
その後のローズとの打ち合いは夕方まで続いた。
俺は稽古後に自主トレも行っていた。剣の素振りと筋トレだ。
今の俺の体が耐えられる魔力出力は10%くらい。
これはアリスに教わったことだが、魔力総量が多い人は、器の強度が魔力量に追いつかず苦労する人が多いらしい。
俺は女神のおかげで魔力量が多いらしいので、今より体を鍛える必要があった。
「きゅうじゅうはち……きゅうじゅうきゅう……ひゃーくっと!! ぷは〜っ!」
最後の腕立て伏せを終え、俺は庭の上に寝っ転がった。
すっかり暗くなった空に見下ろされながら、吸って吐いてを繰り返す。
「ああ、もう動かねえ〜。早くアリスのとこ行くかあ」
俺は起き上がると、教会に併設されている学舎に向かった。
この学舎では孤児院の子ども達に文字の読み書きや計算を教えている。
そして、週に二回だけ、聖女を目指しているシスターへの授業が行われていた。
テミス教会は、勇者の旅に同行する聖女を選出する機関でもある。
そのため、勇者の転生が近くなると希望者を募って育成を始めるらしい。
とはいっても、聖女を目指す人は多くない。
ほとんどは家に箔をつけたい貴族連中が、自分の娘を送り出すそうだ。
本来であれば、その中から最も優秀な者が公平に選ばれるらしいが……。
「おっ、終わったみたいだな。えーっと、アリスは……」
小さな学舎の中から、授業終わりのシスターが談笑しながら出てくる。
その集団の後ろにポツンと、ひとりぼっちのアリスを見つけた。
(あれ、なんでアリスだけみんなと離れてるんだろう……)
クラスでハブられた経験があるからか、俺にはなんとなく、アリスが一人だけ浮いているように見えた。
ここに来た日にも思ったけど、他のシスターとは仲が悪いんだろうか。
「あっ、勇者様」
と、俺の方に気付いたアリスが駆けてきた。
俺は思考を切り替えて片手をあげる。
「お疲れ様です。今日もボコボコですね」
「ローズさん容赦ないからな。アリスもお疲れ」
二人で喋りながら歩いて、裏庭まで戻ってベンチに座る。
アリスに会いにきた理由は、稽古でボコボコになった体を治してもらうためだった。
彼女には迷惑をかけるけど、これをしてもらわないと明日は動けない。
「まだ稽古を始めて二日ですけど、すごく頑張ってるみたいですね」
「ローズさんが付きっきりで教えてくれるから、頑張らないわけにいかないさ」
「そうですか。でも、無理は禁物ですよ?」
「ああ、わかってる」
アリスの手のひらから温かい光が溢れ出す。
光に全身を包まれると、疲労と打撲痕があっという間に癒された。
「ありがとう。相変わらず魔法ってすごいよな。俺も使ってみたいよ」
「勇者様にはもっとすごい力があるんですから、欲張ったらダメですよ」
過去、異世界から来た勇者は、みんな魔法が使えなかったらしい。
だから、たぶん俺も使えない。
女神が与えられる力にも限度があるため、魔剣の能力と魔力量にリソースが割かれるそうだ。残念。
「そういえば、勇者様の魔剣の能力については、どなたかに話しましたか?」
「え? 聞かれてないから話してないけど……どうかした?」
「いえ、特に何かあったわけではありません。ただ、あまりに特殊な能力なので、安易に人に教えない方がいいなと、前々から思っていたんです」
「ああ、そうなのか……」
あらゆる魔術の強制解除。やっぱり相当すごい能力なんだな。
「自分の能力は隠しておくものです。誰かに狙われても困りますしね」
「なるほどな。わかった、気を付けるよ」
俺はアリスの助言を心に留めた。
ついでに思い出したように質問する。
「あっ、そうそう。魔力の使い方? とかが上手くなる練習ってある?」
俺は魔力のコントロールが未熟だ。
今は無理やり出力10%に抑え込んで使っているが、いつ暴走して体がぶっ壊れるか分からない。ちゃんと練習しておきたかった。
「魔力操作の基礎訓練なら、私でも教えられるのがあります」
アリスは人差し指をピンと立てた。
「おお、ぜひ教えて欲しいです」
「わかりました。では、まずは魔力を解放してください」
俺はアリスに言われるまま魔力を解放した。
刀を抜かずに魔力を出すのは初めてだったが、なんとなく感覚でできた。
「魔力の流れに意識を向けてみてください。どんどん体の外に漏れていくのがわかりますか?」
「……おお、たしかにそうだな」
魔力が次々と心臓から生産され、全身に行き渡る。
全身に行き渡った魔力は、次に生産された魔力に押し出されるように、毛穴から外に蒸発していく。
「それをなるべく蒸発させないようにして、体内で循環させてください」
「循環……って、結構難しいな」
言われた通りにやってみるが、魔力はどんどん蒸発していく。
ただでさえ魔力出力を抑えるので精一杯なのに、それを循環させる余裕なんてなかった。
「これを続けると魔力操作がうまくなって、魔力効率も高まります」
「ぶは〜っ、動いてないのにめっちゃ疲れるな」
「ふふっ、最初は誰でもそうです。コツコツ頑張りましょう」
「だなー。ちなみに他にもやっておいた方がいいことってあるか? 勉強とかでも」
「そうですね……旅をすることを考えると、文字は覚えておいた方がいいですね」
「げっ、たしかに……」
俺はこの世界の言葉を最初から理解していたが、文字は読めなかった。
きっと女神が会話だけはできるよう調整してくれたんだろうけど、この街にきて看板が読めなかった時はガッカリした。
「今晩、部屋に伺いますね。勉強会です」
「文字かぁ……大変そうだけど、やるしかないか」
「他にも勇者に関する知識や、一般教養も教えていきます。頑張りましょう」
「おお、それは助かる。じゃあ、よろしく頼むよ。こんなに色々してくれて、本当にありがとう」
「いえ、これもテミス教会のシスターとしての務めですから」
アリスはえっへんと胸に拳を当て、可愛らしく微笑んだ。
彼女も仕事だから世話を焼いてくれている。そう分かっていても、彼女への感謝は尽きなかった。
剣の稽古、魔力トレ、勉強……やるべきことがたくさんある。
だけど、正式に勇者に任命されれば、今以上に学ぶことは多くなるのだ。
だから、もっともっと頑張ろう。
この世界で前を向いて生きていけるように。
今度こそ、みんなから受け入れてもらえるように。
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