第12話 今できること
勇者としてやっていくために、俺は何をすべきなんだろうか。
教皇と話した日の夜、布団に入りながらそんなことを考えた。
真っ先に思いついたのは、強くなることだった。
魔王がどれほど強いのかは分からないけど、世界中の人が復活を恐れるほどの存在だ。
勇者はそれに打ち勝てる存在でなければならない。
(けど、問題はどうやったら強くなれるんだろう……)
魔力を100%使いこなせるようになること。この世界の剣術を学んで極めること。この二つはマストだろう。
ただ、どちらも俺一人ではやり方が分からない。
(きっと正式に勇者に任命されたら、指導者とか付けてもらえるんだろうけど……)
とはいえ、それまで何もしないで過ごしたくはない。
時間はいくらあっても足りないのだ。
「着きました。ここがテミス教会の大聖堂になります」
「ん……」
アリスに言われ、俺は考え事をやめて顔を上げた。
今はアリスに教会の中を案内してもらっていた。どうやら目的の場所に着いたようだ。
「見てのとおり、ここは信徒の方が礼拝に訪れる場所です。集会もここで行われます」
「おお、綺麗な場所だな……」
大聖堂の名に相応しい、幻想的な空間だった。
左右に長椅子がずらりと並び、天井一面がステンドグラスの窓で覆われている。
大聖堂の奥には女神様の像があり、像に向かって信徒が長蛇の列を作り、順番にお祈りしていた。
(すっげえ人の数……そして、なんかすっげえ見られてない?)
感動してキョロキョロしていると、周囲の視線が俺に集まっていた。
なぜかみんな不可解そうな顔をしている。
「何あの仮面……」「テミス様の前で顔を隠すなんて失礼だわ!」「神聖な場に不審者が……」「シスターと一緒にいるみたいだけど……」
ヒソヒソとそんな感じの声が聞こえてくる。
……なるほど。ジャージにパーカー姿で黒い仮面、たしかに変質者だ。
仮面があれば呪いの効果は抑えられるけど、不審がられるのはどうにもできないようだ。
「とりあえず、離れたほうがいいよな?」
「そうですね……すみません、私が軽率でした。こちらに来てください」
俺とアリスは小走りで大聖堂を出た。
◆◇◆
「人前でこんな仮面してたらそりゃ目立つわな……」
教会の裏庭に来て、俺はため息をついた。
この庭は教会関係者しか立ち入れないから安心だ。
「勇者様の存在が世に知れるまでは、街にも出ない方がよさそうですね……」
「そうだな。国王に会うまでは教会内で大人しくしてるよ」
国王に勇者だと認めてもらえれば、俺の事情も世に知れ渡る。
そうなれば仮面のまま人前に出ても大丈夫だし、むしろ勇者だと一目で伝わるから向こうも安心だろう。
「すみません、街を案内するとお約束したのに……」
「いや、アリスが謝ることじゃないよ。こっちこそごめん」
アリスは申し訳なさそうに眉を寄せた。
その気持ちだけでありがたいから、そんな顔をしないでほしい。
(けど、ずっと教会内にいるだけってのも勿体ないよな……何か今のうちにできることはないか?)
「なあ、もしよかったらなんだけど、俺に戦い方とか教えてくれないか?」
俺はアリスに尋ねた。
時間があるなら、少しでも強くなるために使いたかった。
「戦い方を学ぶなら、私ではなく、剣術に詳しい方に教わった方がいいでしょう」
「おお、それはそうだけど……教えてくれそうな人っている? 正式に勇者になったらそういう支援はあるのか?」
「もちろんです。魔王討伐に出発する日までは、鍛錬と勉強の日々で忙しくなりますよ」
アリスが言うには、異世界から来た勇者には専属の指南役が付くらしい。
だいたい1、2ヶ月かけて戦い方を教え、必要な知識を叩き込んでから、魔王領に向けて旅立たせるそうだ。
本当に激動の日々になりそうだ。
「そっか。でもできたら勇者になる前にも、やれることをやっておきたいな」
「でしたら、私から教皇様に頼んでみますね。今から数日の間だけでも、剣を教えてくれる方がいないかと」
「ありがとう、俺も一緒にいくよ」
◆◇◆
「そういうことですので、どなたか剣の指導を行ってくれる方はいないでしょうか?」
俺とアリスは教皇の執務室に来て、お願いしていた。
教皇は部屋の奥の執務机に座ったまま、少し考え込む。
「……わかりました。でしたら、こちらのローズに稽古をつけさせましょう」
教皇は後ろに控える騎士のことを紹介した。
昨日、俺の魔剣を鑑定してくれた人だ。たしか聖教国騎士団の所属だったはず。
「えっと、いいんですか? 教皇の護衛の人ですよね?」
俺はおずおずと尋ねた。
「問題ありません。数日であれば別の方にお願いできます。ローズ、ハル殿の指導をお願いできますか?」
教皇がローズに問いかけると、ローズは「わかりました」と一歩前に出た。
「私はローズ・アンドリューと申します。まだまだ未熟な身ですが、精一杯手解きさせていただきます」
「そんな、騎士団の方に教えてもらえるなんて光栄です。よろしくお願いします!」
右手を胸に添えて頭を下げるローズ。俺も慌てて頭を下げた。
ダメ元で頼んだつもりだったけど、教えてもらえることになってよかった。
きっと俺のことを勇者だと認めているからこそ、便宜を図ってくれたんだろう。
ありがたいことだ。全力で取り組もう。
「では、先に裏庭に行っていてください。私も準備をしてから向かいますので」
「わかりました」
ローズにそう言われ、俺とアリスは執務室を出た。
◆◇◆
教皇side.
教皇は執務机に両肘をつき、顔の前で手を組み合わせながら、アリスたちが退室した扉を見つめていた。
「教皇様、確認してもよろしいですか?」
ふとローズが尋ねてきた。
ローズとの付き合いは長い。彼が何を聞きたいかは分かっていた。
「なんでしょう?」
「教皇様は、本気で彼を勇者だとお思いですか……?」
「――ご冗談を。そんなわけないでしょう」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
それも仕方ない。さっきあの悪魔と対面した時だって、嫌悪感をひた隠すのに必死だったのだから。
「あなたも、あの仮面の下の素顔を見たでしょう。あれは勇者なんかではない。人の皮を被った悪魔です」
「……安心しました。私も教皇様と同じ考えでしたので」
ローズが同意する。当然だ。誰があんな悪魔の話など信じるものか。
異世界から転生した勇者は『勇者の間』に現れるものだ。それは絶対に覆らない。
あんな訳のわからない作り話に騙されるわけがない。
「でしたら、なぜすぐに捕えないのですか?」
「私は、あれが新たな
「魔人……! いやですが、アレは全く強そうには見えません。たしかに底知れない恐ろしさは感じましたが、今なら私一人でも倒せるかと……」
「あの悪魔の刀は、勇者の魔剣に匹敵する代物だったのでしょう? 下手に刺激して
悪魔がどんな手を隠し持っているか分からない。何が狙いかも分からない。安易な行動は危険だ。
「では、どうするおつもりですか?」
「今のところ悪魔は大人しくしています。要求を呑むふりをして、悪魔が最も油断したタイミングで罠に嵌めるのが得策でしょう」
「では、国王陛下に謁見させると?」
「はい。この件は国王にも報告済みです。勇者を名乗っている以上、自身の目で悪魔を確認したいとも仰っていました」
国王の判断次第ですぐに処刑できるよう、入念な準備をして罠に嵌める。
そうするだけの危険性をあの悪魔には感じた。
ただ、ひとつ懸念があるとすればアリスの存在だろう。
彼女はあの悪魔とかなり親しくしている。もしかすると、すでに洗脳の魔術をかけられているのかもしれない。
(まったく、彼女は本当に教会にとって厄介な存在ですね……。作戦決行時は悪魔から遠ざけておきますか)
「あなたは剣の稽古をつけながら悪魔を監視し、実力を探ってきてください」
「そういうことでしたか。かしこまりました」
ローズは右手を胸に添え、恭しく一礼して退室した。
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