第11話 勇者への第一歩
俺とアリスは、教会内部にある教皇の執務室にやってきた。
「失礼します。勇者様をお連れしました」
「どうぞお入りください」
コンコンとノックをすると、扉の奥から物腰柔らかい返事が返ってきた。
アリスが扉を開けると、執務室の中には教皇と騎士っぽい男性が一人いた。
俺とアリスは、部屋の中央にある四人掛けのテーブルに座る。
金で縁取られた赤い椅子の感触はふっかふかだ。
座り心地はぶっちゃけ微妙だけど、超高級ということだけは俺にも分かった。
教皇はゆったりとした動きで、テーブルを挟んだ向かい側に座った。
騎士の男は後ろの壁際に控えている。
「話はアリスから伺いました。あなたがテミス様により召喚された『異世界の勇者』であると」
教皇は無駄な前置きをせず、本題に入った。
今日ここに集まったのは、俺が勇者であることを伝えるためだ。
教会に到着したのはつい昨日のこと。アリスは夜中のうちに時間を作り、教皇に俺のことを話してくれていた。
そのおかげで教皇もすぐに時間を取り、この場を設けてくれたのだ。
「彼女の話に、間違いはありませんか?」
「……はい。俺は異世界から来た勇者です」
俺は毅然とした態度で答えた。
すると教皇は、思案げな表情で「そうですか……」と顎に手を添えた。
「近年、魔物や魔族の活動が活発なことから、魔王の復活が近いことは人類の共通認識でした。そして、魔王の復活が近付くと異世界から勇者が召喚されることも、過去の歴史や伝承から学んでおります」
「伝承から……ってことはやっぱり、勇者がいつ召喚されるとかは、女神から教えられないんですね」
「我々が神の啓示を聞けることはありません。テミス様に直接お会いできるのは、勇者にのみ与えられた特権なのです」
この辺りは想像していた通りだ。
女神自身も「この世界にはあまり干渉できない」と言っていたしな。
「なので、我々は伝承どおりに勇者が現れれば、その人物を勇者だと受け入れます」
「伝承どおりなら普通、勇者は『勇者の間』に召喚されるんだもんな……」
俺が勇者の間に召喚されなかったのは女神の計らいだ。
だが、女神にその事実確認を行える者は誰もいない。
「じゃあやっぱり、異例である俺は認められないんですか?」
「あなたの証言だけでは難しいですね。それに一番の問題は、我々があなたのことを『勇者だ』と認識できないことです」
この世界の人は、勇者を見れば直感的に『勇者だ』と分かるらしい。
しかし俺は呪いの影響なのか、人々に勇者だと認識してもらえなかった。
これに関しては、仮面で呪いの効果を抑えても同じだった。
他の呪いの効果は抑えられるのに、なぜこの部分だけが変わらないのか、それはアリスに相談してみても分からなかった。
正直、このイレギュラーは痛かった。
何をどうしたって、俺が勇者だと証明する術がないのだ。
「呪いが原因であることはアリスから伺っています。ただ、そのような呪いは聞いたことがないので、にわかには信じられず……」
教皇は困ったように眉を下げた。
予想はしていたけど、やっぱり人に信じてもらえないというのはなかなか堪えた。
だけど、この程度で諦めるわけにはいかない。
教皇の態度は友好的だし、端から俺を疑っているわけでもない。ただ信じられる根拠が欲しいのだけなのだ。
それなら、俺の努力次第でなんとかできるはずだ。
「すいません、呪いのことは俺にもよく分からないんです……。でも、女神から勇者の力を与えられたことは本当です」
俺は教皇の目をまっすぐ見て、誠心誠意訴えた。
「勇者の力を示せと言われれば、全力でやります。なので、他に何か、俺が勇者だと証明できる方法はありませんか?」
教皇はしばし考える素振りを見せた。
「……では、テミス様より授かった『勇者の魔剣』を見せて頂けますか? 伝承では、勇者は女神から魔剣を与えられると伝わっています」
「わかりました。……けど、見ただけで何か分かるんですか?」
俺が首を傾げると、教皇は後ろに控える騎士を手で示した。
「彼は聖教国騎士団の所属で、刀剣にかけては優れた目利きです。彼の慧眼に適えば、その魔剣は本物でしょう」
「おお、なるほど……」
白い制服をピシッと着こなした、精悍な顔つきの男性だ。一目で騎士だと分かる。
教皇は最初からこの騎士に魔剣を鑑定させるために同席させたんだろうなと、なんとなく思った。
俺は刀をテーブル上に置いた。
騎士が「失礼します」と言って刀を手に取る。鞘から刀身を抜き、念入りに観察した。
「刀の形状をした魔剣は初めて見ましたが……これは、間違いなく本物の魔剣でしょう」
観察を終えると、騎士はやや興奮気味に言った。
「私は昔、光の勇者の魔剣を拝見したことがあります。これはあの魔剣にも見劣りしない一級品です。少なくとも、その辺で手に入るような代物ではありません」
「ほう、
教皇は何やら納得したように頷いた。
(光の勇者? 勇者って他にもいるのか……?)
よく分からない会話だったけど、二人の空気が俺を信じる方向に流れたのは確かだった。
するとそのタイミングで、アリスが口を開いた。
「魔剣は本物だと証明されました。それはこの方が勇者だと信じるのに十分な証拠です」
「……たしかに、その通りですね」
「私は、この方が人を騙すような人だとは思えません。もし何かあった場合の責任は私が取ります。なのでどうか、国王への謁見を許可して頂けないでしょうか」
アリスはそう言って頭を下げた。
俺は胸が熱くなった。
人攫いから助けてもらった恩を返すためとはいえ、誰かが自分のために頭まで下げてくれているのだ。嬉しくないわけがない。
俺はその嬉しさをグッと胸にしまい、一緒に頭を下げた。
「……わかりました。アリスがそこまで言うのです。私も、あなたが勇者であると信じましょう」
教皇はにこやかな表情で言った。
俺とアリスはぱっと表情を明るくし、顔を見合わせる。
アリスには俺の表情なんて見えてないけど、きっと喜んでいることは伝わっただろう。
「ですが、最後に一つお願いがあります。一瞬だけで構いませんので、仮面を外して素顔を見せて頂けますか?」
教皇はそう付け加えた。
その一言に、俺はドキッとさせられる。
「え……でも、この仮面を外したら……」
「呪いのことはアリスから伺っております。その件を国王に説明する上でも、呪いの力を確かめておかねばなりません」
「ああ、そっか……」
たしかに俺の話を信用するためには、その過程が必要だろう。
実際に自分で確認もせずに、呪いの力を信じるわけにはいかない。
俺もここは素直に仮面を外すべきだろう。
(……けど、もしそれで信じてもらえなくなったら…………)
「心配はいりません。私はあなたを勇者だと認めました。呪いの力がいかに強力であろうと、それで約束を反故にすることはありません」
不安がる俺に、教皇は優しい口調で言った。
ふと隣を見ると、アリスも俺の顔を見て頷いてきた。その視線からは「大丈夫です」という励ましの意思が伝わってくる。
俺は一度息を吐き出し、ゆっくり仮面を外した。
「…………ひぃッッ!?」
悲鳴を洩らしたのは教皇だった。
バンッ、と椅子を倒しながら立ち上がり、慌てて壁際まで後退る。
騎士の男は顔中に冷や汗をかきながら、腰の剣に手を添えてこちらを威嚇してきた。
俺はその反応に心を痛めつつ、チラリとアリスの方を見る。
すると、彼女はスッと俺から視線を逸らし、膝の上で拳を震わせながら俯いた。
(……やっぱり、呪いのせいで目は合わせられないんだな……)
アリスが俺を信用してくれてることは分かっている。
それでも、素顔を見せるとこうも恐れられるのだ。呪いのせいだと理解していても、やっぱりショックだった。
俺は仮面を付け直した。
すると、教皇と騎士はハッと我に返り、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
教皇は倒れた椅子を元に戻し、座って荒い呼吸を整える。
「………………………………」
とても長くて、嫌な沈黙が流れた。
もし、これで悪魔だと断定されたら。勇者だと認めるという前言を撤回されたら。そんな不安が俺の頭を過ぎる。
教皇は平常心に戻ると、
「……申し訳ありません。少々、お見苦しいところをお見せしました。それでは約束どおり、国王との謁見を手配しましょう」
「え……?」
俺はつい聞き返してしまう。
「本当ですか……? 俺の素顔を見ても、信じてくれるんですか……?」
「二言はありませんよ。私はあなたを勇者だと認めています」
「……!」
俺は心の底からホッとした。
アリスと初めて会った時は、最初から素顔だったせいで信じてもらえなかった。
だけど、こうして仮面を付けて事情を説明したあとなら、素顔を晒しても信用してもらえる。
アリス以外の人にも、俺が勇者だと信じてもらえる。それが証明されたのだ。
「一週間ほどお時間をください。謁見の場を用意するのに時間を要しますので」
「わかりました。ありがとうございます!」
「礼は不要です。テミス様の信徒として当然のことです。それでは、日程が決まり次第お伝えします。それまではご自由にお過ごしください」
「はい、本当にありがとうございます!」
話がまとまり、俺とアリスはまた顔を見合わせて喜ぶ。
勇者を支援するための組織、テミス教会。
そこの教皇に認めてもらえたんだから、きっと国王との謁見も大丈夫だ。ちゃんと勇者として認めてもらえるだろう。
俺は勇者としての第一歩を踏み出せたんだ。
この世界でなら、また前を向いてやり直せる。
もう、理不尽な
頑張ろう。これからたくさんの人を助けて、自分の使命を果たしていこう。
そんな希望と決意を胸に、俺は国王との謁見に備えるのだった。
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