第7話 まずは教会へ


 ドラゴンを倒したあと、俺とアリスは地べたに座って休憩していた。

 足を横にして綺麗に座るアリスに対し、俺はあぐらをかいてリラックスしている。


「それで、アリスはなんで捕まってたんだ?」

「今朝、この子が突然いなくなったんです。それで慌てて探しに出たんですが、途中で罠にハマってしまって……私もまんまと捕まってしまいました」


 アリスは膝の上で寝かせている女の子の頭を撫でながら、反省するように言った。


「人攫いってよくあることなのか?」

「その手の話は絶えませんね。私も最初からあの盗賊たちに狙われていたようです」


 それで手ぶらで捕まっちゃって、この森に連れてこられたと。

 物騒な世界だな……。

 いや、俺には関係ないと思っていただけで、元の世界でもこういうのはあったか。


「ですが、勇者様が助けてくれました。ありがとうございます」

「もういいって。お礼を言われすぎるのも困るから。俺も助けてもらったしね」

「ふふっ、謙虚な方なんですね。それにしても、勇者様はどうしてこんな森にいたんですか? 伝承では勇者は『勇者の間』に召喚されるはずですが……」

「ああ、それには理由があるんだ」


 俺は改めて、アリスに事情を説明した。

 女神に転生させられたこと。魔王に呪いをかけられたこと。仮面を入手するために女神が洞窟の近くに召喚したこと。

 一から丁寧に説明した。


「なるほど、テミス様が……。そんな事情があったんですね」

「テミスっていうと、あの女神の名前か。一応聞くけど、ちゃんとみんなから信仰されるような女神なんだよな?」

「もちろんです。私の国、テミス聖教国はテミス教を国教としています。私も一応、教会のシスターなんですよ?」

「シスターなのは修道服を着てるから一目で分かったよ。教会って普段はどんな活動をしてるんだ?」

「集会、病人の治療、孤児院の子どもたちのお世話ですね。あとは、魔獣や魔族に襲われた村まで赴いて、慈善活動を行っています」


 なるほど。まさに聖職者って感じの活動だ。

 それにしても、女神様を信仰する国家か。俺は無宗教だったからイメージつかないけど、いったいどんな国なんだろう。

 アリスの人柄からして、危ない国ではなさそうだけど。


「ちなみにテミス教の一番の活動目的は、勇者様に関係することなんですよ?」


 アリスは人差し指を立て、顔を可愛らしく傾けた。


「俺に関係? どういうことだ?」

「テミス聖教国には、魔王の復活前に勇者が現れます。テミス教はその勇者に同行させる『聖女』を育成する組織なんです」

「聖女……?」

「教会のシスターの中から治癒魔法を扱える者を育成して、最も優秀な者に『聖女』の称号を与え、勇者の旅に同行させるんです」

「なるほど……なんの知識もない勇者をサポートする役目ってことか。しかも回復役ヒーラーも兼ねてると」


 この話を聞いただけでも、勇者への支援がしっかりしてることが分かって安心した。


「じゃあ、アリスも聖女を目指してたりするのか?」

「そうですね。そのために精進してきました。……でも残念ながら、私は聖女にはなれませんでした」

「あ、そうなのか」

「はい。聖女には実力だけでなく、家柄なんかも求められるんです。私は元々戦争孤児だったので、大貴族の御令嬢には敵わなくて……」


 アリスはちょっと悔しそうに言った。

 これまでの努力が血筋のせいで認められない辛さは、俺にもよく分かる。

 仮にも魔王討伐を掲げる国が、実力ではなく家柄で判断するなんて、普通に考えておかしいと思う。どの世界でもこういうのは同じなんだな。


「ですが、勇者様を王城までお連れするお役目は、教会のシスターとして私が責任を持って行いますので、安心してください」

「王城って、俺を王様に会わせるのか?」

「はい。そこで任命式を行い、国王から正式に勇者として認めてもらうんです」

「任命か……。そもそもの疑問なんだけど、俺が勇者だってことはどうやって証明するんだ?」


 俺は素朴な疑問を挟んだ。

 本来なら勇者の間に召喚されるはずだった俺は、訳あって森の中に召喚された。

 その事情を知らない人たちが、いきなり森から現れて勇者を名乗る俺を見て、果たして勇者だと信じるだろうか。

 しかも、仮面で素顔を隠した怪しい男だ。


「普通は一目見ただけで『この人が勇者だ』と認識できます。勇者とはそういう存在なんです。……ですが、おそらく勇者様は呪いのせいで、人々から勇者だと認識されません」

「おお、やっぱりそうか……」

「でも、今はその仮面があるので、理不尽に恐れられることはありません。事情をきちんと説明すれば、理解してもらえるはずです」


 アリスは明るい表情で言った。

 たしかにこの仮面があれば、こうして人と対話することができる。

 対話ができれば理解してもらえる可能性は高い。

 ……だけど俺は、自分なんかが本当に信用されるのか、受け入れてもらえるのかという不安が拭えなかった。


(そもそも、俺は本当に勇者なんてやるのか……? 流れで話が進んじゃったけど、仮面を手に入れたあとのことは何も考えてなかったな……)


「……不安ですか?」


 アリスは気遣うように聞いてきた。

 どうやら顔に出てたらしい。


「まあ、少しな。まだこの世界に来たばっかで混乱してるのかも」

「あっ、そうですよね。気が利かず申し訳ありません」

「ああいや、謝らないでくれ。色々と教えてもらえて助かってるし、王様にはちゃんと会うからさ」

「……ありがとうございます。いきなり王城にお連れするわけではなく、まずは私のいる教会に案内しますので、今後のことは落ち着いてから話しましょう」

「わかった。何から何までありがとな」

「いえ、教会のシスターとして当然のことです」


 アリスがえへんと胸を張る。


「では、まずはこの洞窟を抜けましょうか」


 そんなやり取りを経て、俺はアリスと一緒に教会に行くことになった。



◆◇◆



 ドラゴンと戦ったドーム状の空間は、出入り口が瓦礫に塞がれていた。

 まずはそれらを掘り起こして人が通れる隙間を作り、洞窟内へと戻る。

 そのあとは行きと同じ道を戻った。


 帰りも行きと同じくらい魔獣が出てきたが、ドラゴン戦を経て一皮むけたのか、苦戦することはなかった。

 今回はアリスと密に連携を取れたことも大きかった。


 洞窟を抜けると、森の中をひたすら歩いた。

 アリスはこんな森の中でも星の位置からなんとなく帰り道を割り出せるらしい。頼もしすぎる。

 森の中にも魔獣は出たけど、警戒していれば大した脅威ではなかった。


「今日はこの辺りで休みましょうか。見張りは交代で行いましょう」

「ああ、了解。ちょうど腹も減ったしな」

「魔獣は丸焼きにすると結構おいしいですよ。枝葉を集めて火を付けましょうか」

「おっけ。じゃあ俺はさっき殺した魔獣を持ってくるよ」


 俺とアリスは火を囲い、丸焼きにした魔獣の肉を手に取った。


 仮面を少しだけ浮かして、隙間から口の中に肉を捩じ込む。

 どうやら一部分を少し浮かすくらいなら、仮面の効果は継続されるようだ。

 めっちゃ食べにくいし口の周りがベッタベタになるけど、一人で離れて食べるよりはよかった。口はあとで拭こう。


(……うん、見た目は最悪だけど味はジューシーだな。肉汁がヤバイ)


「ん……」


 そんな風に食事を堪能していると、不意に女の子が目を覚ました。

 ボーッとしたまま瞼を擦ってキョロキョロすると、アリスを見つけて胸に抱きつく。


「おねえちゃ……こわいひとたちは?」

「もういないから安心して。もうすぐみんなのところに帰れるからね」

「おねえちゃがやっつけたの?」

「ううん。そこにいる勇者様が助けてくれたんだよ?」

「ゆうささま……」


 女の子はキョロキョロして俺の姿を見ると、アリスの後ろに隠れた。

 ちょっと涙目ですらある。

 まあ呪いの効果がなくても、こんな怪しい仮面つけた人は怖いよね。


「大丈夫、私たちを助けてくれた優しい人だよ。だからちゃんと『ありがとう』って言おうね?」


 アリスは女の子の頭を撫でながら、優しく微笑みかけた。

 女の子はこくりと頷くと、テトテトこちらに歩いてきた。


「ゆうささま、ありがとっ」

「……ふっ。ああ、どういたしまして」


 俺は思わず笑みをこぼし、差し出された女の子の手を握り返した。

 こんなに小さな手なのに、とても温かい手だった。

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