第6話 勇者の魔剣


 横穴からドーム内に飛び出し、床に落ちた刀のところまで一直線に走る。

 俺が刀を拾い上げたところで、ドラゴンは俺の存在に気付いた。


『グアァァァッッ!!』


 再びドラゴンが攻撃してくる。

 ドラゴンが移動するたび衝撃で地面が揺れる。そのうえ崩れた天井や壁の破片で足元は最悪だ。

 俺は転ばないよう注意しながら、回避行動に徹した。


 アリスのおかげで体は全快している。

 骨折も火傷も出血も治っている。彼女の治癒魔法はすごい効果だった。


 爪を刀で防ぎ、しっぽをかわし、口から放たれる衝撃波から全力で逃げる。


(そういえば、この衝撃波も魔法なのか……? こっちは聞くの忘れてたな)


 決して反撃には出ず、距離を取ってその時を待つ。

 そして、その時が訪れた。


 豪を煮やしたドラゴンの必殺技ファイアブレス

 大口を開き、そこから吐き出された炎が広範囲を埋め尽くす。


「きた!」


 その瞬間、俺は100%の魔力を解放した。


 俺が動き続けられる魔力出力は10%までだ。

 盗賊と戦った時は制御できずに出力を上げてしまい、すぐに体が動かなくなった。

 だが、あの時の出力でもせいぜい60%くらいだろう。

 おそらく体が本能的に制御していた。


 だが、今回は意図的に100%を出した。

 まだ細かい魔力運用なんてできないから、出せるだけ出してこの一撃に全てを賭ける。

 このあと俺の体がどうなるかは分からないけど、出し惜しみしてしくじるよりは百倍マシだ。


「――いくぞっ!!」


 全身の骨がミシミシ鳴っているのを無視して、両脚に力を溜め、一気に跳躍した。

 踏み抜いた足裏が地面が砕き、自分の体が凄まじい速度で飛んでいく。

 俺は刀を体に密着させ、刀の先端をドラゴンに向け、一本の矢となって炎の海に突っ込んだ。

 そして、刀の先端がファイヤブレスに触れた瞬間、炎の海が


 女神に与えられた勇者の魔剣。

 その能力は、あらゆる魔術の強制解除。敵の魔法を斬り裂き、消滅させる。


 神速の矢となって炎を斬り裂いた俺の勢いは、ドラゴンの眼前に飛び出しても止まらなかった。

 ファイアブレスを吐き出し、大きく開かれたドラゴンの口内に刀ごと突っ込んでいく。

 刀の先端が勢いよく喉を貫くと、そのまま脳まで到達した。


『グオォォ――――ッッッ!?』


 どんな生物でも脳を壊されれば息絶える。

 ドラゴンはけたたましい断末魔を洩らしながら、崩れるように倒れていった。



◆◇◆



「はぁ……はぁ……、うぅ……ッ」


 ドラゴンの口内に刀をブッ刺してから、俺は重力に従い落下した。

 両足、両腕ともに骨がバキバキに折れていたため、まともに着地できず、地面に叩きつけられた。


 体はボロくそだった。

 もはや口から出てきたものが血なのかゲロなのかも分からない。

 意識が朦朧としていて、何も考えられなかった。


「あ、あの……大丈、夫ですか……」


 ドラゴンが倒れた衝撃で舞っていた砂煙が晴れると、アリスが近寄ってきた。


「ぅ、ああ……できれば、かいふく、たのぅ」

「は、はい……!」


 心配しながら怖がるという器用な表情を浮かべながら、アリスは魔法を行使してくれた。

 ああ、心地のいい光だ……。

 骨折が一瞬で治っていくなんて、本当にファンタジーだ。

 彼女を守ると言っておきながら情けないけど、彼女が助けてくれて本当によかった。


「……ありがとう。だいぶ楽になったよ」

「い、いえ……。本当に、勝ったんですね……」

「まあ、なんとかな。ドラゴン見た時はマジで死ぬかと思ったけど……」


 お互い目を合わせないまま、そんな会話をする。

 俺はふと周囲に視線を巡らせた。


「それで、仮面はどこだろう……この先に進めそうな通路は見当たらないし、まさかこっちじゃなかったとか……?」

「……あ、あそこに、隠蔽された魔法陣が、あるかと……」

「え、どこどこ?」


 アリスが指差した先はただの壁だった。

 俺はドラゴンの口内に刺さった刀を回収し、壁の前まで行って確認した。


 んー、やっぱりただの壁だな。

 隠蔽された魔法陣ってことは、見えないようにされてるってことか……?


「この辺りを、き、斬ってみてください……」

「ん、ああ。こうか?」


 俺は言われるがまま何もない壁を斬った。

 すると、斬った部分に急に魔法陣が浮かび上がり、すぐさま消滅した。


「おお、本当に隠れてたのか! よく見つけられたな」


 魔法陣が消滅すると、壁に小さな空洞が出現した。

 そこに宝箱みたいな小箱が置かれていたので、手に取ってフタを開ける。

 すると、少し赤いラインが入った漆黒の仮面が中から出てきた。


「これを手に入れるためだけに、ずいぶん命懸けだったな……」


 呟きながら、仮面を手に取る。

 ひとまず狐のお面とかじゃなくてよかったな、なんてちょっと思った。


 仮面を顔に付けてみると、勝手にピタッと引っ付いた。

 ヒモで固定されているわけじゃないのに、顔を振っても全く落ちない。

 それに、顔全体が覆われているのに視界が阻まれていない。どういう原理だろうか。

 ちょっと不思議だけど、まあそれはどうでもよかった。重要なのは呪いが中和されたかどうかだ。

 特に何か変わった感じはしないけど……。


「あっ……」


 不意に、アリスが吐息をこぼした。

 視線を向けると、驚いた表情の彼女と目が合った。


 ……そう、目が合ったのだ。

 厳密には俺は仮面をしているので、相手は俺の目線がどこを向いているのか分からないだろう。

 でも、俺にはわかった。

 これまで俺の顔を直視できなかったアリスが、まっすぐこちらを見つめていたのだ。


「……この仮面、ちゃんと呪いが中和されてるか?」

「はい。本当に呪いの力だったんですね……」

「じゃあ、俺のこと、もう怖くないのか?」

「……えっと、どうしてこれまであんなに恐れていたのか不思議なくらいです」


 アリスはそう言うと、抱えていた女の子を丁寧に床に寝かせた。

 もう悪魔おれから守る必要がないと分かってくれたんだろう。

 彼女は再び俺に向き直ると、姿勢を正して、ぺこりと頭を下げた。


「これまであなたのことを信用していなくて、本当にすみませんでした!」

「え……?」

「私たちを盗賊から助けてくれたのに、そのあとも身を呈して守ってくれたのに、ずっと失礼な態度を取っていたことをお詫びします」

「ああいや……それは呪いのせいだからさ。こっちこそ怖がらせたり、危険な目に遭わせちゃってごめんな」

「いえ、謝っていただくことなんてありません。私の方こそごめんなさい」


 真摯に謝罪され、これまでの態度とのギャップについ苦笑してしまう。

 正直、半信半疑な部分もあったけど、この仮面の効果は本物だったようだ。手に入れられて本当によかった。


「では、改めまして。私の名前はアリス・ローレンと申します。テミス教会でシスターをしています」

「ああ、俺の名前はヤマヤ・ハル。一応、この世界に転生した勇者ってことらしい」

「勇者様…………ふふっ、そういえば、そんなことを言ってましたね」


 アリスは目を丸くしたあと、口元に手を添えて小さく微笑む。

 そして、白銀の髪を耳にかけながら、赤い瞳を細めてぱっと笑った。


「私を助けてくれてありがとうございます、勇者様。この御恩は一生忘れません」

「…………っ」


 俺はすぐには言葉を返せなかった。

 この世界に来てから、俺は無条件にみんなから恐れられ、拒絶され続けた。

 だから、誰かに笑顔を向けてもらえたのは初めてだった。

 俺はそれが嬉しかった。これからの事を思うとまだまだ不安しかないけど、ただ純粋に嬉しいと思った。


「……じゃあ、まあ、よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 返事に困ってなんとなく手を差し出すと、アリスは優しく握り返してくれた。

 俺はようやく、スタートラインに立てた気がした。




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