第5話 対ドラゴン戦
洞窟の中にぽっかり空いたドーム状の空間。
そこに居たのは、魔物の中でも最強種と謳われるドラゴンだった。
全身を覆う赤い鱗。獰猛な牙。強靭な爪。
その全てが、俺の脳裏に死を連想させる。
全長は約二十メートル。巨大トカゲみたいな姿をしたドラゴンの眼光が、ギロリと
「こんなのまで一緒に封印されてるなんて聞いてねーぞ!」
俺とアリスはどちらから言うでもなく走り出し、入ってきた入口に駆け込もうとした。
洞窟内に戻ってしまえば、ドラゴンの巨体では追って来れない。
『ガァ――――――ッッッ!!』
ドラゴンが大口を開けて叫んだ。
その瞬間、ドラゴンの口から発された衝撃波が洞窟の入口に衝突し、岩壁が崩落した。
凄まじい風圧が発生し、崩落した岩により入り口が塞がれる。
「くっ……と、閉じ込められた!?」
「そんな……あっ、ドラゴンが……!!」
アリスが慌てた様子で声をあげる。
すぐさま視線を戻すと、ドラゴンが凄まじい速度で頭から突っ込んできた。
俺とアリスは紙一重で回避し、しかし衝撃で吹き飛ばされる。
抱きかかえた女の子が無事なことを確認するアリスに向かい、俺は叫んだ。
「後ろに下がってろ! もうこいつと殺り合うしかねえ!」
「う……で、ですが……っ」
アリスは何かを言いかけて、呑み込み、走ってドラゴンから距離を取った。
言いたいことは分かる。俺だってドラゴンを倒せる気は全くしない。
でも、せめて致命傷を負わせて動きを封じるくらいしなければ、このまま食い殺されるだけだ。
(ビビるな……もうやるしかないんだ。やれ、やれッ!!)
俺は刀を握る手に力を込め、ドラゴンの周りを撹乱するように駆け回った。
ドラゴンが俺を叩き潰さんと爪を振るい、しっぽを振り下ろす。
その動きは想像以上に軽快だったが、避けきれない速度ではなかった。
ドラゴンの背には羽が生えているが、空中を飛ぶ様子はない。
この広い空間も、ドラゴンが飛び回るには狭いサイズなのかもしれない。
なら、戦えるはずだ。
俺はドラゴンの体を足場にして跳躍し、真横から首筋に斬りかかった。
ドラゴンの鱗は硬いと聞く。だから、今回は刀に全体重を乗せて振り下ろす。
「くっ!?」
だが、振り下ろした刃はドラゴンの鱗を通らなかった。
カキンッと甲高い音とともに刀が弾かれ、両腕が痺れる。
着地前の宙に浮いた状態の俺に、ドラゴンは頭突きをかましてきた。
『グァァァァァァァァァァアッ!!』
「がは……っ!」
俺は背中から岩壁に叩き付けられた。
激痛が全身を駆け抜ける。
飛びかけた意識をなんとか手繰り寄せ、追撃の爪からギリギリで逃れ、必死に逃げ惑った。
「ふざけろッ、俺はついさっきまで引きこもりの高校生だったんだぞ……!」
悪態をつきながら足元に斬りかかるも、やはりドラゴンの鱗に刃は通らない。
ドラゴンは足元のハエを潰さんと足裏を踏み下ろした。
俺はそれを横に飛んで回避する。が、砕かれた地面が弾丸となって飛散し、直撃を喰らった。
「ぐへ……ッ!? ぅ……あぁ……っ」
呼吸がままならない。
至る所から出血している。
立ち上がろうとするだけで体が痛い。苦しい。泣きそうだ。
いったいどうすればいいんだ……。
ドラゴンを斬ることはできない。
でも斬れなきゃ勝てない。勝てなきゃ死んでしまう。
(嫌だ、嫌だ、死にたくない……っ!)
俺は再び駆け出した。
だが、逃げて、逃げて、打開策を考えるも、焦るだけで何も浮かんでこない。
闇雲にドラゴンから逃げ惑っていると、視界の先にアリスがいた。
いつの間にか離れていたアリスに近付いてしまったのだ。
(やべっ、このままじゃ巻き込んじまう……!)
そう思った直後、業を煮やしたドラゴンの口内に火が灯った。
俺は目を見張りながら、すぐに理解する。
「ファイアブレスだ!! 避けろッ!!」
吐き出される炎。
喰らえばあらゆる生物が焼失する業火。
真っ赤な灼熱が一瞬にして周囲を埋め尽くす。
俺は全ての思考をかなぐり捨て、アリスを抱いて炎の放射線上から逃れた。
吐き出された炎は岩壁に直撃する。
その衝撃で壁や天井の一部が崩落し、俺の意識はそこで途絶えた。
◆◇◆
「ぅ……っ!」
目が覚めると、ドラゴンの咆哮が周囲に轟いていた。
だが、視界の先はドラゴンではなく、狭い岩壁に囲まれている。
「ここは……あ、アリスは!?」
慌てて振り返ると、離れたところに座るアリスと目が合った。
彼女は俺と目が合うとすぐに逸らした。
アリスも、抱きかかえられた女の子も、かすり傷はあるものの無事なようだ。
「よ、よかった……。ここは?」
「いっ、岩壁が崩落したおかげでできた、小さな横穴です……」
「横穴か……助かった、ありげとう。俺はどのくらい気を失ってた?」
「う……っ、一分、くらいです……ここに避難してからは、すぐに目覚めました……」
「そうか、よかった」
壁が崩れて横穴ができたことも、崩落に巻き込まれなかったことも幸運だった。
横穴の幅は人が入るのがやっとの狭さだ。
入り口からドーム内を覗くと、ドラゴンは俺たちを探して動き回っている。
時折、叫びながら壁に頭突きしたりしていた。
「こっちはもう動けないってのに、あっちは元気そうだな……」
俺の右半身は火傷で皮膚がめくれていた。
骨も二箇所くらい折れてるけど、感覚がバグっていて痛みを感じない。
詰み、というやつだろう。
せめて弱点でも分かれば、玉砕覚悟で突っ込めるんだが……。
「なあ、あのドラゴン、弱点とかないのか?」
「ひぃ……っ! えっ、あの、えっと……っ」
アリスは怯えた。
「ああ、ごめん。俺と目を合わせられないんだろ? こっち見なくていいから、何か知ってたら教えてくれないか?」
俺は地面に視線を落とした。
アリスは常に怯えているが、俺と目が合った時の怯え方は特にひどい。
そういう呪いの効果なのか、一秒以上目が合ったことはなかった。
アリスは顔を伏せながら答えた。
「じゃ、弱点はわかりませんが、ドラゴンの鱗の強度は簡単に破れません」
「ああ、それはもう十分に味わった」
「……で、ですが、表面は硬くても、体の内側や粘膜部分なら、攻撃が通るかもしれません……」
「体の、内側か……」
チラリとドラゴンの姿を観察し、一つだけ賭けの要素が強い案が頭に浮かんだ。
俺はドーム内に視線を巡らせ、床に落ちている刀を発見する。
「……なあ、さっきドラゴンが吹いた火って、魔法だよな?」
「は、はい……人の魔法とは原理が違いますが、魔力を炎に変えているのは同じです……」
「今更だけど、魔術と魔法って同じものだよな?」
「発動の仕組みが違うだけで、や、やっていることは一緒です」
……よし、いける。
あとは恐怖心を捨てて、覚悟を決めるだけだ。
「俺はこれから、最後の悪あがきをしてくる」
「へ……?」
「体は限界だけど、魔力をぶん回せばなんとか動くと思う。けど、ドラゴンを倒した後はきっと動けない」
「……」
「だから君は、その子と二人で逃げてくれ」
この状況でなぜ他人を逃がそうとするのか、自分でも意味が分からない。
でも、どうせドラゴンを倒せなきゃ死ぬんだ。
だったらせめて、最後くらい誰かの役に立って死にたいじゃないか。
俺は壁に体重を預けながら、無理やり立ち上がろうとした。
「あ……あの……っ!」
アリスが大きな声を発した。
振り返ると、彼女はおずおずとこちらに寄ってきて、俺の体に手をかざす。
彼女が「ヒーリング」と唱えると、手のひらから白い光が発された。
「これは、治癒魔法……?」
俺は目を見開いた。
全身が温かな光に包まれ、怪我や疲労が全回復していく。
「私は、これくらいしか、できません、ので……」
「いや、すごいよ……これならまともに動ける! ありがとう!」
「い、いえ……。こちらこそ、さ、さっきは、助けてくれて……ありがと、うございます……」
アリスは恐怖で顔を歪めながら、感謝の言葉をこぼした。
俺は本当に単純なのかもしれない。
この世界に来て初めてお礼を言われたのが嬉しくて、思わず笑みがこぼれた。
「必ず勝つよ。行ってくる」
俺はタイミングを見計らい、横穴からドーム内へと飛び出した。
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