第4話 洞窟の探索


 洞窟の入り口は光に覆われていた。

 地面に魔法陣が展開されており、そこから発される光の壁が入り口を塞いでいるのだ。


「これが結界ってやつか……いってえ!?」


 指先でちょっと触れてみたら、バチンという衝撃とともに弾かれた。

 なるほど。これは入れないな。


 俺は勇者の魔剣を抜いた。

 その瞬間、心臓から魔力が溢れ出てくる。


「う……っ、さっきみたいになるなよ、魔力を半分以下くらいに抑えるんだ……」


 深呼吸して、先ほどの二の舞にならないよう魔力量を調整する。

 魔力の出入り口を狭めて、無理やり出力を抑え込むようなイメージだ。

 結構難しいけど、最初の一回でだいたいの感覚は掴めていた。


「……よし」


 俺は光の壁を縦に裂くように刀を振り下ろした。

 すると、パリンッと音を立てて結界が消失し、地面にあった魔法陣も消失した。

 

「くぅ……っ、全然力を込めてないのにこれか……!」


 刀を振り下ろした俺の腕は、またも激痛に襲われていた。

 さっきほどの痛みではないが、もう一振りしたら腕が動かなくなるという直感があった。

 半分以下の魔力出力でもダメなんだ。

 もっと、ごく微量の魔力じゃないと……。


「あの強力な結界が、こうも容易く……」


 シスターは女の子を抱っこしたまま、驚きの表情で俺の刀を見ていた。

 あらゆる魔術の強制解除。勇者の魔剣というだけあって、やはりすごい能力なんだろうか。

 俺は腕の痛みがマシになると、洞窟の奥を見据えて言った。


「これから中に進むけど……その女の子、俺が持とうか?」

「いっ、いえ、私が持ちます……! 封印の洞窟には、魔獣もいますので……」

「……そっか」


 シスターは俺から女の子を隠すように、抱っこする腕に力を込めた。

 その腕は未だに震えていた。


(ここまで怖がらせてると、悲しいとかよりも申し訳なくなってくるな……)


 でも、この森に彼女たちを放置できないし、今は我慢してもらうしかない。

 これも仮面を手に入れるまでの辛抱だ。そうすれば怖がらせずに済むようになる。

 だからせめて、それまでは何事も起きないでくれ。そう願いながら、俺は洞窟内に踏み入った。



◆◇◆



 洞窟内は想像よりも広く、ひたすら続く一本道だった。

 入り口からしばらく進むと、まずはスライムと遭遇した。

 その次は蛇型の魔獣が出てきたり、コウモリ型の魔獣が出てきたりと、この洞窟は奥に進むほど強い魔獣が潜んでいるようだった。


(仮面の入手もそうだけど、俺自身が強くなることも最優先だよな……)


 俺は自分の戦闘訓練をかねて、遭遇した魔物を全て倒しながら進んだ。


 徐々に敵が強くなっていく環境は訓練に最適だった。

 最初は苦労した魔力の出力調整も、回数を重ねるごとになんとか制御できるようになった。

 今現在、俺の肉体が耐えれる出力はせいぜい10%ほどだ。

 それくらいなら激痛に襲われることもなく、動き続けられる。

 この出力度合いは肉体を鍛えれば上げていけるのか……?


 刀の扱いも順調に慣れていった。

 魔力強化により、俺の身体能力は前世とは桁違いになっている。

 そのせいで刀を振る力加減も、剣の間合いも変わってくるのだ。

 古武道で習った剣術のように刀に全体重を乗せなくても魔獣を斬れる。剣道では一足一刀の間合いが基本だったが、今の俺なら五倍の距離を一歩で詰めれる。

 そういった感覚の誤差を徐々に修正できていた。


「武器の形状が刀でよかった。すぐ手に馴染んでくれ――」

『ガルゥゥゥゥウ!!』

「うおっ、今度は犬型の魔獣か……」


 ぶつくさと呟いていると、すぐに新たな魔獣が現れた。

 爪と牙だけが異常に発達した、狼みたいな見た目の魔獣だ。


 俺は10%の魔力出力を意識しながら、三頭の魔獣と対峙した。

 今さら魔力を抑えても、ダメージと疲労はちゃんと残っている。

 だが、弱音を吐いてられる状況ではない。


 魔獣が飛びかかってくる。振るわれる爪を、俺はスライディングで入れ違うようにかわす。振り向きざまに一閃を放った。


 俺は飛びかかってきた魔獣の爪をスライディングでかわし、振り向きざまに背中を斬った。

 一頭目を仕留めると、すぐに次の魔獣が襲ってくる。

 完璧には避けきれず、脇腹に爪を喰らってしまった。


「いってぇ……なッ!!」


 叫ぶことで痛みを紛らわし、二頭目の頭部に刀を叩き込んだ。

 それと同時に、息を呑む音が背後から聞こえる。


 慌てて振り返ると、最後の一頭がシスターに襲いかかっていた。

 シスターは女の子を抱きながら横に飛び、一撃目をギリギリ避ける。

 俺はすぐさま全力で駆け出し、再びシスターに襲いかかった魔獣を体当たりで吹っ飛ばした。

 そして、地面に転がった魔獣の上から刀を突き刺した。


「はぁ、はぁ……なんとか倒せたな。脇腹の傷は……大したことねーな。そっちは怪我してないか?」


 俺はシスターに駆け寄った。


「えっ……は、はい……。助けてくれた、んですか……?」

「だって、そういう約束だろ」

「…………あ、あぃ……」


 シスターは目を見開いたあと、何かを言いかけて口を閉ざした。

 やはり『君たちを守る』という約束は全く信じられていなかったようだ。

 シスターの顔を見るによほど衝撃だったんだろう。


 俺は苦笑してから、先に進んだ。

 洞窟内はそれなりに明るいため、足元に躓くことはなかった。

 青いクリスタルのようなものが至る所にあり、それが光を放っているのだ。


 あれはどういう仕組みなんだろう。

 早く仮面をゲットして、気になることをたくさん聞きたい。


「あ、あの……」


 ふと、五メートルほど後ろを歩くシスターが口を開いた。


「あなたは、何者なんですか……? その刀も、普通の刀じゃないですよね……」

「俺は勇者として別の世界からきたんだ。この魔剣は女神にもらったものだ」

「え、テミス様に……っ。でも、あなたが、勇者だなんて……」

「信じられない、よな?」

「あっ、いえ、すいません……!」

「ああ、いいんだよ。なんか魔王が俺に呪いをかけたらしくてさ、みんな俺のこと怖がるんだって。だから呪いを中和する仮面を探してるんだよ」

「のろ、い……?」


 シスターは俺と目を合わせるのが恐ろしいからか、チラチラと窺うように見てくる。

 その視線は俺の話を疑っている目だった。

 相変わらず何を言っても信じてもらえない。

 ただ、先ほど体を張って助けたおかげか、話だけはしてくれるようになった。

 俺はそれだけでも嬉しかった。


「なあ、シスターさんの名前はなんて言うんだ?」

「えっ…………、あ、アリス……アリス・ローレンです」

「アリスか。俺はヤマヤ・ハルっていうんだ」

「……」

「自己紹介は基本だからさ、ちゃんとしておきたかっただけだ。気にしないでくれ」

「は、はい……」


 俺が名前を聞いたことでアリスは警戒心を強めた。

 呪いのせいと分かっていても、露骨に拒絶されるのはやっぱりキツイな。

 まあ呪いがなかったとしても、人と仲良くなれる自信はないんだけど……。


 と、少し自嘲しながら歩いていると、初めて分かれ道が現れた。

 俺は立ち止まり、二つの道を交互に見る。どちらも奥までは見通せない。

 これはどっちに行けばいいんだ……?

 グーグルマップが欲しいところだ。


「そういや、さっきの狼を最後に魔獣が出なくなったな……。どっちの道も魔獣がいる気配はないけど……なあ、どっちがいいとか分かるか?」

「ひぃ……っ!!」


 俺が振り向くと、アリスは肩を跳ねさせて後退った。

 不自然なくらい静まり返っていた洞窟内に、彼女の悲鳴が響く。


「急に振り向いてごめんなさい……」

「い、いえ、あ……えっと、左の道からは、魔術の気配を感じます……」

「てことは、そっちに仮面が封印されてるってことか」

「ち、違ったらごめんなさい……」

「いや、そしたら引き返せばいいよ。行こう」


 俺たちは左の道に進んだ。

 相変わらず魔獣が出てこないのが気になるけど、それ以外はこれまで通りの洞窟だった。


 しばらく歩くと、ホールのような広い空間に出た。

 そしてホールの中ほどまで進むと、光の壁が立ちはだかっていた。


「また結界か……。てことは、この先に仮面がありそうだな」


 俺は刀を振り、結界を斬った。

 光の壁が消失し、ホールの半分より向こう側の景色が見えて――俺たちは絶句した。


『グアァァァァァァ――――ッッッ!!』

「ぅ……ッ!?」


 耳をつんざくような咆哮。

 全生物の思考を強制停止させる圧倒的威容。

 戦慄に抱き竦められる俺とアリスの前に現れたのは、アニメや漫画でしか見たことのない生物だった。


「ド、ドラゴン……っ!?」

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